報告
「また来るぞ!盾を構えろ!」
兵舎の正門前で隊列を組んだ兵士達は一斉に盾を前面に展開する。その直後、凄まじい数の魔術が盾へと打ち込まれた。
「ぐ、盾が持たねえ!」
「た、隊長!もう限界です!」
「ちぃ!ギルドの連中は無能揃いじゃ無かったのか!?」
兵舎の防衛を指揮する兵隊長がそう悪態をつく。報告では主力の冒険者達は外に出掛けており、残っているのは何れもEからFランクの低ランク冒険者のみである筈であった。
時間は少し遡る。兵舎の警護を当たっていた兵士達は冒険者達が近付いてくるのを発見すると、隊を預かる男はすぐに号令を出し正門の守りを固めた。するとそれを見た冒険者達は体を翻し、兵舎から離れていった。すぐ後を追撃しようとした矢先に大量の魔術が飛んできたのだ。不意を突かれた何人かは深手を負ったが、なんとか立て直して現在は相手の魔力切れを狙って盾で防いでいた。
ところが相手の魔術は一向に途切れそうに無い。思わぬ長期戦に、そろそろ兵たちに持たせている盾も限界だ。
「一体どういう事だ!?何故あれだけ魔術を撃てる!」
冒険者達は建物の陰に隠れながら魔術を撃ちこんでくる為、兵士達は相手がどのようにこれだけの魔術を放っているのかまるで分からなかった。そろそろ壊れそうなこの盾が無くなれば兵士達は後退して兵舎の中へ逃げ込むか、一か八か前に突っ込まなければならない。どちらの判断を取るべきか、その選択の時は刻一刻と迫っていた。
「魔力が切れた!次代わってくれ!」
「おうよ!」
Eランクの魔術を扱える冒険者がそう告げると、後ろで休んでいた代わりの冒険者が再度魔術を詠唱し始める。その詠唱は非常に短く、威力も低めだがその分早く数多く撃ち込める。それは牽制程度にしかならないが、それを何人もが一斉に撃てばそこそこの威力となった。冒険者の隣では、派手な鎧に身を包んだ青年が凄まじい勢いで魔術を連発させている。
「アミーさん、待っていて下さい!この私、カイン・シア・クロフォードがすぐに助けに行きます!」
カインは魔術に関してはそこそこの覚えがあり、サミにも魔術を教えたくらいだ。他の者よりか人一倍張り切っていた。
「坊ちゃん!余り無理をしないで下さい。そろそろ休まれては・・・」
「はい、カインさん。これ飲んで」
カッタが心配する横で、ユリィが液体の入った瓶をカインに手渡す。
「ありがとうユリィ君」
カインはそれを受け取ると一気に飲み干した。すると大分消耗していた少年の魔力は一気に回復をする。
「全く、とんでもねえ子爵様だぜ。高価な【マジックポーション】を大量に持ってきた挙句、遠慮なく使ってくれだなんて・・・」
そう言いながら、先程魔力切れで交代した冒険者は、ユリィや魔術を使えない者が手渡した【マジックポーション】を飲み干す。すると男の魔力も全快近くまで回復をした。
「よーし、もう少しだ!行ってくるぜ!」
そう告げると男は再び前に出て魔術を唱え始めた。
「いやはや、愛する方の為に自らの私財を投げうつクロフォード様の御覚悟、お見事で御座います」
カインを褒め称えながら防御の魔術を展開するのは、隣町の領主バアルの執事であるトニーだ。彼は急ぎバアルに現状を報告した後は、冒険者やカイン達に助力していた。彼は主の護衛の為の防御魔術をいくつか修得していた。
敵もただ盾で防いでいるだけでなく、魔術を使える者が時たま反撃をしてくるのだ。こちらとは真逆であちらは長い詠唱を唱え強力な魔術を放ってくるが、それをこの老人は見事に防ぎきっていた。
「お見事です、トニーさん」
「いえいえお恥ずかしい。それに貴方様の方が私なんかより余程魔術に長けていらっしゃる」
そうトニーが褒めたのは、セレネトの冒険者ギルド長マドーであった。彼は先程から横で声を張り上げ人一倍頑張っているカイン以上に多くの魔術を連射していた。それは威力こそ低いものの恐ろしい程の速さで兵士へと向かっていった。それにさっきから大分長い間撃ち込んでいるが、彼は全く【マジックポーション】を飲んではいなかった。
「その魔力量に腕前・・・。貴方様お一人で冒険者ギルドも立て直せたんじゃありませんか?」
思わずトニーは今は関係ない事を尋ねてしまった。それにマドーは魔術を放つ合間に律儀に答えた。
「まあ、そうですね・・・。けど、私は現役を退いて、今は運営者の身。・・・いくら私一人で頑張っても後が育たなければ意味がありません」
そう、このマドーもまたコマイラの町のギルド長と同じで元Aランクの腕利き冒険者であった。体力こそ自信なかったが、現役時代は魔術でブイブイ言わせていたのだと語る。
「しかし、今は緊急事態ですからね。ほら、現役の貴方たちも頑張りなさい!もうじき相手のガードが崩れますよ」
『おお!』
こうして冒険者達は強力な助っ人と【マジックポーション】というアイテムに物を言わせて、兵舎の守りを打ち崩すのであった。
「おい、兵舎の方が危ないらしいぞ!?」
「何!?ここ程じゃないにしろ、結構な数がいただろ?」
「なんでもカイン子爵が動いたらしい。正門を崩されそうだと報告があったぞ?」
「どうします兵士長?」
「うーむ・・・」
ここガルシアの屋敷には大勢の兵士が集結していた。領主に反意を持った輩が動き始めたらしく、警備を強化した結果だ。些かこちらに集まり過ぎな気がしないでもないが、それでも兵舎の方には十分な兵がいた筈だ。それが今落ちようとしていると聞き、ここの警備を任されている兵士長は判断に迷った。
(ここを手薄にはしたくは無いが、このまま兵舎が落ちればさらに反乱者たちが勢いづく・・・)
兵士長は熟考した後こう命令を下した。
「4、5、6班は兵舎の応援に向かえ!それ以外はここで待機だ。後は出来るだけ町中にいる兵士をここに集めろ!今は町の検問も不要だ。門を閉めた後すぐこちらに人員を回せ!」
『はっ!』
ガルシア邸の警備についていた半数を兵舎の応援に回した。一時的にここの警備が薄くはなるが、これで兵舎は大丈夫であろうと兵士長は一息ついた。だが、その判断はすぐに後悔をする事となった。
「――っ!ガルシアの守りが薄くなったぞ!?」
「今がチャンスなんじゃないか?」
「いや、それでもまだこちらより戦力が上だ」
話し合っていたのは町の住人達であった。彼らはセレネトの元領主であるアレン・ウォールト伯爵を慕っていた者達だ。恐らくアレンを暗殺したであろう首謀者ガルシアに対する思いを隠し、今まで我慢を重ねてきたがアレンの忘れ形見、アリーシア嬢が連行されたことによりついには限界へと達した。
最初は冒険者ギルドと行動を共にしようと考えたのだが、既に彼らは行動を起こしていたようで、ならばその隙に敵の本陣であるガルシアの屋敷を狙おうとしたのだが、流石にそう甘くは無かった。
「小心者の領主様らしいな。自身の守りを最優先、か・・・」
「だが、兵が分散された今こそ好機なんじゃないか?」
「どうする?コーディーさん」
かつて領主であったアレンの執事を務め今はこの集団のまとめ役をしているコーディーは、暫く考えた後にこう告げた。
「いくらマドーギルド長やクロフォード子爵といはいえ、あれだけの兵が増援に向かったのならば厳しかろう。ならば我々は奴らの後を突いて、丁度兵舎辺りで挟撃してみてはどうだろうか?」
「おお、それはいいアイデアだぜ!」
「流石に兵士達も挟み撃ちにすれば倒せるはずだ!」
「よし、やはり我々もお嬢様をお助けに参ろう!」
そう決めた元領主の忠臣達は、増援の兵士を奇襲するべく後を付けるのであった。これが功を奏して兵舎の守りは完全に落ちるのであった。
「?おいおい、門に誰もいないぞ?どうなってんだこりゃあ・・・」
「兵がいないのは揉め事なさそうで良かったけど、これは只事じゃないわね」
一方恵二に後を任せて馬車でいち早くセレネトの町に戻ったセオッツにサミは、あれだけ厳重であった門に誰も見張りが着いていないことに疑問を持った。門は完全に閉じられていて馬車のままでは入れそうになかったが、シドリスの町ほど高くないこの町の外壁は登ろうと思えば冒険者にとっては朝飯前であった。
「とにかく、直ぐに町へ入って孤児院に向かいましょ!」
「おう!」
馬車を停めると二人は誰も見張りの居ない壁を登り始めた。
「―――報告!」
(やっと来たか・・・)
ガルシアは一番厄介な三人組の冒険者を始末したという報告を今か今かと待ち続けていた。どうやらやっとその報せが届いたと思ったが、その期待は見事に裏切られた。
「・・・兵舎が反乱者達によって落とされました」
「・・・・・は?」
まさかこの町の兵の本部とも言うべき兵舎が落ちるとはガルシアは夢にも思わなかった。何せ相手は潰れかけの冒険者ギルドの低ランク連中に、私兵の数を二桁も所有していない子爵の若造だけであったからだ。
一体何があったのかと問い詰めようとしたその時、もう1人慌てた様子で兵士が執務室へと踏み入れた。
「――ほ、報告!例のCランク冒険者とDランク冒険者、合わせて2名が町に戻ったとの情報です!」
「――な、なんだとぉ!?」
完全に始末したと思われた冒険者の3人の内2人が戻ってきたと聞き、思わず大声で聞き返してしまう。それに伝令の兵士は困った表情を浮かべたまま押し黙る。
「くそお!あのチックとかいう男、二人も取り逃しおって・・・!あいつらは今どこで油を売っているんだ!?」
「はっ!情報では見かけたのは冒険者2名のみとの話です」
「あの無能共め!でかい口ほざきやがって―――」
ガルシアがここにはいない二人の凸凹コンビの男女を罵ろうとしたその矢先―――
「―――ほ、報告です!そ、外に騎兵が多数、この町に向かっております!方角から恐らくヘタルスの町からであるかと・・・」
「―――な、なんだと!どういう事だ!?説明しろ!」
次から次へと厄介事が舞い込んできてガルシアの頭の中は処理しきれなくなってきていた。だが、最後の報告だけは聞き捨てならない案件であった。この国でも最大戦力である騎兵が、それも多数来ているとなるとは只事では無い。それこそ冒険者や町の反乱者などどうでも良かった。
伝令しに来た兵士を問いただすも、兵も何が何なのか分からず、むしろこちらが説明して欲しいといった表情であった。だが問い詰めた本人であるガルシアには心当たりがあった。いや、それしか考えられなかった。
「―――バアルの野郎・・・。アイツだな!全てアイツが仕組んだんだな!」
この今の現状はきっと隣町の領主であるバアルの差し金に違いない。そうガルシアは思い込んだ。だが、確かに今迫っている騎兵隊はトニーから連絡を受け、バアル伯爵が手配した者達であったが、町の反乱に関しては完全に自業自得であった。己の所業は一切顧みず、ただひたすらバアルを呪うかのように罵りだす。
そこへ更に追打ちを掛けるように伝令が現れた。
「―――た、大変です!」
「今度は何だ!」
新たな厄介事を持ってきたであろう兵士を怒鳴り付けるように問いただす。だが兵士は相当慌てていたらしく、それには全く意に介さず報告を続けた。
「屋敷に多数の反乱者達が押し寄せております!数では上回っておりますが状勢は芳しくありません!」
その報告を耳にしたガルシアの真っ赤な顔色は、急激に青ざめていった。ついさっきまでは、遂にこの町を完全に手中に収める事ができると息巻いていた。それが段々と予想が狂い上手くいかずに当たり散らしていたが、それでもまだどうとでもなると高を括っていた。
ところが実際には、反乱者達はもう己の目と鼻の先にまで迫っていた。もし、このままこの部屋にまで押し込まれたら自分はどうなってしまうのだろうか。
ここでガルシアは初めて自分に死が近づいている事に気が付いた。体の震えが止まらないガルシアは絞り出すようにこう呟く。
「・・・何をしている」
「は?」
さっきまでとは打って変わって声量の小さなガルシアの呟きを聞き取れなかった兵士は思わず聞き返す。すると一気に声のボリュームは上がった。
「何をしている!もうやつらはそこまで来ているのだぞ!?お前達もさっさと応戦に行かないか!」
そうヒステリックに叫ぶガルシアに頷くと、執務室にいた兵士達は急ぎ戦いの場へと駆けていく。彼らも今までガルシアの下で甘い汁にたかっていた身だ。ここで負けるわけにはいかないのだ。
兵士達が去り一人だけになると、ガルシアは急に心細くなってきた。戦いの音は既にここまで届いていたのでどうしても不安が生じる。
「どうしたら・・・、どうしたらいいんだ・・・!?」
頭の中には様々な考えが過った。直ぐにこの場を逃げる。何処へ行こうと言うのか。降参する?良くて爵位を落とされるか最悪死罪だ。許容出来るわけがない。では徹底抗戦・・・。
ふとガルシアはある事を思い出した。とある国の貴族と密約を交わした事。その際に友好の証としてある物を受け取っていたことを・・・。
「・・・クク、誰が逃げるものか!降参なぞするものか!!私は、この町の領主だ!」
そう独り言を叫んだガルシアは普段は滅多に開けない引き出しからある物を引っ張り出した。
「ハァ、ハァ・・・。これ、どういう状況?」
「ケージ!無事だったか!もうそろそろクライマックスだぜ?」
「その様子だとキッチリあいつらは倒してきたようね」
スキルを限界まで使用し、馬車も無かった恵二はセレネトの町までマラソンを敢行した。やっとの思いで町へと着いたら門が閉まっていたので今度は壁をよじ登ってきた。急ぎ孤児院へと向かおうとしたところ、何やら騒がしいガルシアの屋敷へと寄ったらセオッツやサミをはじめ、見知った顔が勢揃いであった。
「ケージ、遅かったな!」
「良かった、ケージさんもご無事で・・・」
そう声を掛けてきたのは小太りの青年カインとサミの義妹ユリィであった。
「カインさんは何となく分かるけど、なんだってユリィがこんな所に・・・。危ないだろう?」
恵二の心配する台詞に微妙な表情を浮かべるユリィ。その少女の横でカインが擁護するような発言をする。
「彼女は功労者だぞ?いち早く私の元に孤児院での出来事を伝えに来てくれて、お陰でアミーさんを救出出来たのだからな」
そういえば、ここにはアミーやコーディー神父といった争い事とは無縁のような人達もいる。いまいち状況が掴めなかったが、背後から声を掛けてきたマドーが簡潔に説明をしてくれた。
「成る程、後はガルシアを捕まえるだけですね」
「ああ、そういう事なんだけどね。何処に隠れているのやら、見つからないんだよ」
「バアル様に応援を頼んだ騎兵隊もそろそろ到着します。いくら上手く隠れようとも、最早詰みでございましょう」
マドーに続いてトニーがそう語る。その時であった。
「───動くな!!」
「きゃあっ!」
「──っ!?」
突然の大声と悲鳴に、この場にいた一同はその声の発生源に目をやる。そこには何処に潜んでいたのか、この館の主人であるガルシア伯爵と、ナイフを持った伯爵の腕で小さい体を拘束されていたユリィの姿があった。
『ユリィ!!』
サミにアミー、そして恵二の叫び声が重なる。反射的に助けようと体を動かそうとする恵二達にガルシアは再び警告をする。
「動くなと言っただろうが!少しでも抵抗の意思を見せればこの娘を殺す!」
などとフィクションではお約束の三下の台詞を吐く。人質という手も使い古された卑劣な行為だが、実際にやられるとかなり厄介であった。ユリィの喉元には切れ味の鋭そうなナイフが置かれ、少女の柔らかい皮膚など簡単に切り裂けられそうだ。
全員がガルシアとそのナイフに目がいっている中、恵二はガルシアの右手に持っているそれに目が釘つけとなっていた。
(──嘘だろ!?あれは・・・銃じゃないか!)
ガルシアの右腕には、恵二がこっちの世界では勿論あちらの世界でも実際に見たことの無い凶悪な武器“銃”がそこにはあった。




