本当にすみません
「ケージ君!素材を買い取ってくれる人がいるってのは本当かい!?」
そう息巻いて迫って来たのはこのボロギルドの長、マドーであった。
「ええ、こちらトニーさんと言いまして買取に協力してくれるようですよ?」
「初めまして。私、隣町ヘタルスの領主であらせられますバアル伯爵様の執事をさせて頂いておりますトニーと申します」
老人は初対面のギルド長に、恵二達と初めて会った時のように丁寧な挨拶をした。その洗礼された流れるようなお辞儀にマドーは面食らい、隣町の領主の名まで出てきて更に驚いた。
「こ、これはどうもご丁寧に。私はこのギルドを預かるマドーというものです。しかし、一体隣町の領主様の使いの方がどうして我がギルドに?」
マドーの疑問にトニーは恵二との関係を簡単に説明する。それを聞いて納得したマドーは恵二にお礼を告げるも、少し難しい表情をして口を開いた。
「素材を買い取って頂けるのは恐縮なのですが、しかし門での調査で問題になりませんか?」
確かにそれは恵二も疑問に思っていたのだ。いくら買い取ってくれるといっても、町の外へ持ち出せなければ意味が無い。そこのところは何か考えがあるのだろうか。不安そうな顔でマドーがそう話すと、老人は笑みを浮かべながらこう答えた。
「問題ありますまい。そもそも私の乗って来た馬車は、出入りの際全く検査を受けていないのですよ」
そう、この町は確かに入出時には検査を受けるのだが、それはあくまで平民だけであった。貴族やその馬車は検査を免除されるのであった。それを聞いて一安心する恵二たち。しかしマドーはいまだに不安そうな顔でこう切り返した。
「だけど、それって不味くは有りません?もし見つかったら問題になるのでは?」
そう質問を投げかけると、それにも老人は笑みを崩さずこう答えた。
「問題とはなんの事ですかな?私が素材を買い取って素材をヘタルスへ持っていくことですかな?それともここの領主が何故か素材の持ち運びを禁止していることがですかな?大丈夫です。この件を公にされて困るのはあちらの方ですよ。私はただ買い物に来ただけなのですから」
そこまで自信を持って言ってくれるのであれば大丈夫なのであろう。マドーも杞憂が晴れたようで途端に笑みを浮かべてこう話した。
「そういうことでしたら、ぜひお願い致します!いやー、本当に助かりました。貴方やケージ君たちはまさに降って沸いたアムルニス神の使いのように見えます」
そうはしゃぐマドーに老人はこう返した。
「いえいえ、私の方もお礼が言いたいくらいですよ。こんなにも良い素材がお安く買えるなんて、きっとバアル様もお喜びになるでしょう」
「え?お安く?」
「はい。私共も相応のリスクを負っています。手数料とでもいうのでしょうか。多少相場よりかはお安くして頂けると有り難いのですが?」
などと絶対に断りようがない老人の提案に、マドーはさっきまでの笑みを少し引きつらせながらこう告げた。
「あ、・・・はい。お安くしときます。ありがとうございます。はは・・・」
軍配は勿論トニーに上がった。
こうして一応ギルドの運営資金問題は解決したのだ。
時は過ぎて凡そ二週間。恵二はセレネトの町にて忙しい毎日を送っていた。最初はテラードに馬の扱いを教わりつつ、一緒に冒険者としての依頼もこなしていった。日が暮れ孤児院に帰るとトニーと約束した異世界のスポーツの詳細を紙に記していった。
馬の扱いを修得した後、日中は完全に冒険者として活動をしていた。恵二たち3人に時たまテラードも加わり、討伐依頼や町の住人の手伝いを熟していく。勿論日頃の鍛錬も欠かさない。サミとセオッツとの三人での教え合いも継続中だ。恵二は魔術のバリエーションを増やしていく。
あれからゴロツキどもも大人しくなり、日中護衛がついている教会や孤児院は平穏そのものであった。
冒険者ギルドの方も段々と正常化しつつあり後払いであった報酬も受け取ると、何時までも孤児院で世話になるのも悪いと考えたのと貴族の青年カインがやたら煩いので、恵二とセオッツはそれぞれ町の宿に宿泊する事にした。ちなみにそこはクロフォード子爵家の息がかかった宿らしく、破格のお値段で借りることが出来た。
トニーへの情報提供も順調で、早速ヘタルスでは領主を筆頭に恵二の知識を基にした企画が進行しているのだという。この二週間は忙しくもあったが全てが順調であった。
「ええい、忌々しい連中だ!どいつもこいつも私の町で勝手な真似をしやがって・・・!」
この町の領主であるガルシア・レイ・ダゥード伯爵はここのところ真昼間から酒に入り浸っていた。不機嫌さを隠そうともせず家の者や物に当たり散らす。ガルシアはアルコールの強い酒を一気に喉に流し込むとそのまま空になったグラスを壁に叩きつけた。
「クロフォードの小倅めが!私に弓引く様な真似をしおって・・・!いや、一番目障りなのはバアルの奴だ!他人の領地にズカズカと踏み込みやがって・・・!」
ガルシアはここ最近冒険者ギルドの様子がおかしいと感じ、部下に命じて調査をさせていた。
町の商店にはギルドの買取を拒否するよう圧力をかけ、門の兵士には素材を持ち出そうとする冒険者や行商人を絶対に通すなと厳命していた。
只でさえ力の無いギルドなど潰れるのは時間の問題だと思われていたのだが、最近ギルドの羽振りが良くなったとの報せを受けた。部下に調べさせた結果、どうやら新たにギルドにやってきた若い冒険者たちが優秀で次々と討伐依頼をこなしているようだ。更にその素材は隣町の領主バアル伯爵の手の者が買取をしていると聞いた時にはガルシアの怒りは頂点となった。
「バアルめ!何度私の邪魔をすれば気が済むのだ、あの男は!!」
ガルシアはバアルを毛嫌いしていた。その理由はお互い領土が隣接している為諍いが度々起こっているのと、それぞれの町の繁栄速度に大幅な差が出始めている事にあった。
ヘタルスの町は立地もさることながら、周辺の町へと続く街道を多額の予算を注ぎ込み整備したお蔭で馬車を利用した商人たちが次々と訪れるようになった。ここ最近もメキメキと力をつけており、シキアノス公国の中でも1、2を争う行商の町へと変貌を遂げたのだ。
それを為したのがバアル伯爵のエッケラー家であった。4代前の当主が貴族入りを果たすまでは、ただの商人であった家柄が今では自分と同じ伯爵位にまで上り詰めていた。そのことも気位の高いガルシアが許せないひとつの要因であった。
「この私と卑しい出のあの男が同格などというのがそもそも可笑しいのだ!あの町が発展できたのもただ運が良かっただけだ!それなのに上の連中ときたらどいつもこいつもあの男を過大評価しやがってえ!」
この後も散々バアルを罵り続けたガルシアは、さすがに疲れたのかそれとも酔いが回ったのか、座り心地のよさそうな椅子に身を沈め静かになった。そのタイミングを見計らったかのように部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「・・・誰だ?」
「旦那様、お客様です。なんでもご相談があるとのことですが」
「たいした用件で無ければ後にしろ!私は今疲れているのだ・・・」
「それがですね・・・。その者は最近ギルドに入ってきた若者について話があると・・・」
(最近入った若者、だと?)
それは恐らくあのギルドを立て直した元凶でもある3人組の冒険者のことであろう。まだ十代にも関わらずランクC1人にランクDが2人のパーティーらしく、最近ではEランクに昇格した少年も加わったと報告を受けている。ギルドの取り壊しが失敗したのも、元をただせばこの冒険者たちのせいであった。
その忌々しい冒険者たちについて話があると来訪者は告げていた。それだけでガルシアの興味を引くには十分であった。
「分かった。すぐにここへ通せ」
「はい、旦那様」
そう返事をした執事が連れてきた者は二人組の男女であった。しかしなんとも奇妙な二人組であった。男の方は30才くらいであろうか。そこらにいる平凡な男にしか見えない。若干痩せているようにも見える。着ている物も決して安くはないのだろうが、装飾など一切無く地味な印象だ。
それとは完全に真逆で女の方は20代だろうか。こちらは派手な服装で真っ赤なワンピースを身に着けている。ただ髪の方はぼさぼさで、茶色の髪を一切手入れしていないのだろうか、無造作に腰の位置まで伸ばしていて長い前髪に隠れていて顔が良く見えない。
一体この凸凹コンビは何者なのかガルシアは尋ねた。
「はい、私はとある町の商人でしてチックと申します。こちらは私の部下になります」
「・・・ふん。その商人が私になんの用だ?」
「はい、先程もお伝え致しましたが例の冒険者についてお話があります。率直に申し上げますがあの冒険者たち、邪魔ではありませんか?」
男の話しにガルシアは反応をする。普段外の人間には平静を装っている貴族も、男の余りにもストレートな発言に反応せざるを得なかったのだ。
「・・・話を続けろ」
それには答えず話の続きを促す。
「実は私たちもあの冒険者達には用がありまして、ここはひとつ手を組めないかと馳せ参じました」
「伯爵でもあるこの私が、見も知らないお前達と組めと?それになんの利がある?」
確かにあの冒険者達は邪魔ではあるが、この男達と徒党を組むつもりは無いと伝える。これは無駄な時間を食ってしまったかと、ガルシアは執事を呼びこの者達を追い出そうとしたがチックと名乗った商人は続けて語りだす。
「はい、私どもには十分な戦力があります。・・・失礼ですが、ガルシア様はあの冒険者どもの強さに手を焼いているのではないですか?」
ベルで執事を呼ぼうとしたガルシアの手が止まる。そう、この男の話した事は図星であった。ガルシアは例の冒険者達を排除しようという考えにはとっくに辿り着いていた。だが、それは実行する前に頓挫した。伯爵ともなれば表立った部下共の他に、裏の人間にも繋がりがあった。そいつらに頼めば大抵の荒事は片付いたのだ。
だが、どうもその冒険者たちは察しがいいのか襲撃を掛ける前に気付かれてしまうようで手が出せないと泣き言を言われたのだ。正面きって挑もうにも、部下からの情報では単独で脅威度Bランクの魔物すら倒してしまったとの報告も受けていた。それほどの者たちを相手に挑める戦力をガルシアは持ち合わせてはいなかったのだ。
領主にすら手に余るあの冒険者達を、この目の前の男が倒せるとは思えなかった。だが、ここまで言うからには余程の自信があるのだろう。
「お前達を信用したわけではないが、ひとつ試してやろう。口だけで力がなければ話しにならんからな。直ぐにその戦力とやらを庭に連れてこい。うちの者でその力量を見極めてやる。次第によっては今回の件、聞き入れよう」
「ありがとうございます。奴らと戦う者は伯爵様の目の前におりますよ。その力、とくと披露致しましょう」
男の言葉に呆気にとられるガルシア。この女が戦うとでも言うのだろうかとチックを睨みつけるも、男は全く表情を崩さない。どうやら本気のようだ。
「よかろう。すぐ庭に向かうぞ!だが、もし虚言であったならば容赦はせんぞ?」
「はい、それでは参りましょう」
この後ガルシアは私兵を庭に集め、赤いワンピースの女と戦わせた。その後、圧倒的な戦力を目の当たりにしたガルシアはすぐにチックと手を結ぶのであった。
「ふむ、ユリィ君。これで満足かな?」
「はい。それもこれも全てカインさんのお陰です」
ここはクロフォード家の屋敷内にある当主の執務室である。現在この部屋の所有者は、家督を継いだばかりの青年、カイン・シア・クロフォードの私室となっていた。ここには現在青年の他にカインが呼びつけた1人の幼い少女しか居ない。
少女の名はユリィ。赤ん坊の頃に両親を亡くし孤児院で生活をしている少女であった。
孤児院出身の義理の姉にあたるサミは冒険者として一人立ちをし、アミーは教会のシスターと孤児院の世話係として勤しんでいた。つまり孤児院で養われている子供達の中では彼女が最年長であった。その彼女はついこの間まで、色々な悩み事を抱えていた。その内のひとつが孤児院に対する嫌がらせであった。
大人達は何故か隠しているようだが、勘の良い少女はそれに気がついていた。しかもユリィは犯人の姿も目撃していたのだ。それは少女でも知っている町でも有名なゴロツキ連中であった。
大人達はイタズラだと思って余り危機感を感じていないのか、行動を起こそうとはしなかった。それどころか普段からお世話になっているカインにも、心配をかけまいと黙っているつもりのようであった。
だがユリィの心は不安で一杯であった。それも無理はない。14才の少女にとってあのゴロツキどもはとても恐ろしい存在だったのだから。
そこで少女が取った行動は、強くて頼りになる大好きだった冒険者の姉に頼る事であった。サミならこの状況をなんとかしてくれるのでは。そう考えたユリィはカインに大人たちには内緒だとお願いをして、サミ宛てに手紙を送ったのだ。手紙の内容をカインは知らない。ただ姉に早く帰ってきて欲しいからとだけ彼に伝えた。
最初カインは、この少女がただ姉が恋しくなって顔を見せて欲しいと思い一筆したためたのだと考えていた。だが今回の孤児院での事件を聞いて、そうではない事が後になって気が付いた。彼女は大人たちに内緒でサミにSOSを出していたのだ。
「君の手紙でサミ君は戻り、一緒に引き連れたケージ君やセオッツ君の活躍でギルドも安泰。ゴロツキどもも手を出さなくなったというわけか・・・」
「はい、騙すような事をしてすみません」
少女は頭を下げ謝罪の言葉を述べた。いくら結果オーライとはいえ、カインを騙すような形でサミをわざわざ遠方から呼び寄せたのだ。罪悪感が沸いた少女は申し訳なさそうに頭を下げた。だがそれを見たカインはばつが悪そうな顔をする。
「頭を上げてくれ。これについては私も同罪だ。なにせ君の取引に応じて私も内緒で手紙を送ったのだからね」
そう、彼女が内緒で手紙を送って欲しいと頼んで来た時、当然カインは理由を問いただした。しかし、彼女はそれには答えずある取引を青年に持ち掛けてきた。それは―――
「―――アミーさんの焼いたクッキーを持ち出されては、断れるはずも無かったがね・・・」
「・・・本当にすみません」
そう、この青年は思い人の焼いたクッキーと引き換えに手紙を内密に送る事を了承したのだ。サミが思ったよりも早く帰ってきたのには多少の罪悪感もあったがそこはまあ結果オーライである。
「だが、このまま黙ってるというのも私もそうだが君も後ろ暗いだろ?今日はアミーさんに夕飯を誘われているのだ。どうだい?これから一緒に事情を話して謝りに行かないかい?」
青年の提案にユリィは大きく頷いた。
「―――と、いうわけなのだ。サミ君、本当にすまない」
「ごめんなさい、お姉ちゃん」
今日はアミーに夕食を誘われ、恵二とセオッツは久しぶりに孤児院の食堂に来ていた。どうやらカインも誘われていたらしく、大勢で夕飯を楽しんだ。その後何時もならユリィが子供たちを連れて行ってから大人の話し合いが始まるのだが、何故か今日はユリィが戻ってきた。そこで“手紙”についての経緯をカインが説明し、二人は謝罪の言葉と同時に頭を下げた。
「そっか。手紙の送り主はユリィだったのね。まさかあんな綺麗な字を書けるとは思わなかったから、全然気づかなかったわよ・・・」
サミはそう話した後、小さく溜息をついてからユリィの頭をポンと優しく叩いた。その後彼女の耳元に口を近づけてボソッと小さい声でこう呟いた。
「ありがと、手紙を送ってくれて。お蔭であの二人と出会うことが出来たわ」
サミは顔を赤く染めながらそう呟いた後、恥ずかしさを誤魔化すかのように大きな声でこう告げた。
「でも嘘をついたのは良くないわね。そこはちゃんと反省しなさいよ?」
「はい、お姉ちゃん。ごめんなさい」
シュンと頭を下げるユリィに、近くにいた恵二はフォローを入れる。
「まぁまぁ。サミもそう怒るなって。皆を助けようとしてついた嘘だろ?ユリィも孤児院を守る為に頑張ったんだよな?」
そう少女に話しかけると、恵二はユリィの頭に手軽くをポンと乗せた。
「あぅ~」
その恵二の行為に少女は何とも言い難い呻き声を上げる。
「・・・あんた、人の妹を甘やかさないでよね?」
「そうかな?俺、一人っ子だから妹のような存在のユリィにはどうしても甘くなるのかもな」
恵二はそう告げながらユリィの頭を撫でまわす。みるみる顔を真っ赤にするユリィにサミは一瞬で妹の心情を察する。
(この子、既に落ちてるわね・・・)
そう、ユリィのここ最近の一番の悩みはどうやったらこの青年が自分の事を妹から女へと見てもらえるかという事であった。




