アクシデントの匂いがするぜ!
「とりあえず、冒険者ギルドに行きましょう」
サミの提案に頷く恵二とセオッツは一夜明けた翌朝、3人で冒険者ギルドへと向かった。シキアノスは貴族が支配をする性質上、荒くれ者が多い冒険者を好まない傾向にあった。国内には無数の村や町があるものの、冒険者ギルドが置いてあるのは公国でもこの町だけであったのだ。
「流石にギルドがゼロってのも体裁が悪いらしくてね。半ば押し付けられるようにこの町に建てられたらしいわよ?」
そのせいか冒険者の質も悪く、ギルドの発言力も弱いらしい。例のゴロツキが幅を利かせているのもそういう訳であった。
「流石にこんな所じゃあ、新米だった私は冒険者としてやっていけなくてね。知り合いの薦めでシイーズの方で活動をすることにしたのよ」
「成程なあ」
彼女がシイーズ国で活動していたのにはそんな訳があったようだ。
「しっかし、それでよく冒険者になろうなんて考えたなあ・・・」
セオッツが疑問を投げかけると彼女はこう答えた。
「まあね。でも全員が質の低い冒険者ばかりじゃないのよ?昔、私が貴族にいちゃもんつけられていた時に助けてくれた冒険者がいてね。その人の影響が大きいわ」
「へえ、その人は今でもここで活動をしてるのか?」
「さあ。少なくともあの時は寄り道をしただけのようだけど、ジルって言う名のAランク冒険者だったわ」
「Aランク!?そりゃーすげえなあ」
冒険者のランクは上からS、A、B、C、Dといった具合に振り分けられている。Aランクともなれば超有名人であり一国に一人いるかいないか、Sランクはそれ以上の、まさに伝説級だと言われ現在Sランクは大陸でも7人しかいないようだ。
(あのおっさんがAランクとは到底思えないんだけどなあ・・・)
恵二はコマイラの町にいた駄目ギルド長の姿を思い浮かべた。そういえば恵二が持っている【魔物大全集】の著者も元Aランクのホーキンである。
(Aランクっていってもピンキリなのか?)
そんな事を考えていたらあっという間にギルドの建物へと到着した。その建物は町の南側にひっそりと建てられていた。
この町は主に北側は貴族の住宅地として整備されており、中央から南下していくと段々建物も古臭くなり整備も行き届いていないのか、舗道も悪路となる。冒険者ギルドの建物もその例に漏れず、みすぼらしい有様であった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「何固まっているのよ?さっさと入るわよ」
サミは慣れたものなのか、気にせず中へと入っていく。それにつられる形で二人も後に続くが思わずセオッツはこう呟く。
「これはひでえよ・・・」
「ああ、ちょっと、な・・・」
恵二も思わず頷き返す。今まで他の冒険者ギルドなどコマイラの町しか見たことが無かったが、比べるまでも無くこのギルドは酷いと言えた。看板は斜めに傾いているし、扉も立てつけが悪いのか半開きのままだ。清掃もされていないのかあちこちに蜘蛛の巣や埃がかぶっている。
それでもサミは1人でスタスタと入っていくので、少年二人は意を決して中へ踏み込む。すると中も予想通り荒れ果てていた。建物の規模自体もコマイラのギルドと比べると小さく、職員の数も少ない。その顔に生気は無く、恵二たちが入ってきても碌に挨拶をせずただぼうっとしていた。
そんな職員の目の前にサミは立つと、ランク証を見せてこう言い放った。
「Cランク冒険者のサミよ。暫くこの町に滞在するから宜しく!」
「――っ!し、Cランク冒険者だって!?」
目の前の職員だけでなく、それを耳にした他の職員も驚いた表情をしていた。その驚きはこんなボロギルドに高ランクであるCの冒険者が来た為か、それともこんな幼い少女がCランクであることに驚いたのか。職員たちの反応にも意を介さず、サミはそのまま話を続けた。
「後ろの二人もDランクよ。ちなみに丁度いい依頼は何か無いかしら?」
「しかもDランクが二人!?た、大変だ!」
職員はそう声を上げると、サミの質問を完全にスルーし大慌てで奥の部屋へと駆けこんで行く。
「え?なに、これ?」
状況が分からずポカーンとする彼女。
「なあ、これって・・・」
「ああ、もしかして・・・」
「面倒事の匂いがする・・・」
「アクシデントの匂いがするぜ!」
前者は恵二で後者はセオッツの反応であった。
「・・・なんで嬉しそうなんだよ?」
「いやあ、こういう突発的なイベントってなんだか憧れね?英雄には付き物っていうかさあ」
気持ちは分からないでもないが、今は他の懸念事項も抱えている。これ以上の問題は御免であった。やがて奥から物音がすると、さっきの職員は1人のひ弱そうな男を連れてやってきていた。
「ギルド長、彼らです。Cランク1名、Dランク2名!彼らこそまさに救世主です!」
「ちょっと、それってどうゆうことよ!?」
サミは質問を投げかけるも、またしてもスルーされる形で連れられてきたひ弱そうな男が話し始めた。
「はじめまして。私はここを預かるギルド長のマドーと言います。いきなりで恐縮ですが貴方たちにぜひ頼みたいことがあるのです」
「「・・・・・・」」
「はい、なんでしょう?」
二度もスルーをされ若干お冠なサミと嫌な予感が的中した恵二は黙り込み、セオッツただ一人だけが妙に張り切っていた。
「実はセレネトの町の南部にある森に厄介な魔物が棲み着いていましてね。すでに被害も出ております。その魔物の討伐を早急にお願いしたいのです」
「OK、俺たちにま――」
バカッと鈍い音がする。横を見ると“任せろ”と言いかけたセオッツがサミに杖で叩かれたようだ。頭を押さえうずくまるセオッツに代わりサミが返答をする。
「その魔物は何?脅威度は?数はどのくらい?報酬はいくらかしら?」
「え、えーと。そのですね・・・」
矢継ぎ早に質問を受けた職員は、たじろぎながらも書類に目を通しこう告げた。
「魔物は狼タイプですね。ランクは不明です。数は少なくとも3匹以上います。報酬は──」
「ちょっと待って」
職員の言葉をサミは途中で止めた。
「全然調べられていないじゃない!脅威度も数も分からないんじゃ話しにならないわ。討伐依頼の前にまずは調査依頼が先でしょう?」
サミの苦情は尤もであった。通常討伐の依頼とは、達成難易度を定めてから冒険者に掲示をする。その難易度を参考に冒険者側は受けるかどうかを吟味する。もし魔物の正体や数が分からなければ、事前に調査をする必要があるのだ。
サミは先に調査依頼を出せと文句を言うが、困った顔をした職員の横からギルド長であるマドーが助け船を出す。
「ごもっともです。ですから高ランクである貴女たちには調査兼討伐をお願いしたいのです。調べてもらった上、問題なければそのまま退治して下さい」
そのマドーの言葉に彼女の目がギラッと光ったように恵二には見えた。
「つまり、報酬は調査依頼と討伐依頼の分を頂けるのね?」
「え?」
「だってそうでしょ?調査もするし、討伐もするんだから勿論報酬も2件分よね?」
「そ、それは・・・」
どうやらギルド側は報酬を1件分と考えていたらしく、マドーは言葉に詰まる。その横ではギルド職員が“何余計なこと言ってるんだ”とギルド長に抗議の視線を向ける。
「それで、報酬はおいくらになるのかしら?それ次第では受けてもいいわよ?」
サミの追撃に観念したのか、ギルド長自らの約束できっちり2件分の報酬を貰える事となった。
「けどよぉ、討伐依頼を受けてる場合じゃねえんじゃねーか?」
3人はギルド職員から聞いた狼の魔物が出るという森の傍にまで来ていた。だがいざ森に入ろうというタイミングでセオッツがサミにそう尋ねたのだ。セオッツは3人が町の外に出ている間に、また教会への嫌がらせが起こるのではと懸念していたのだ。
「まあね。その可能性はあるでしょうけど四六時中見張っている訳にもいかないでしょう?」
「そりゃあ、そうなんだがな・・・」
「だったら私たちは私たちできっちり仕事をこなして、お金を溜めておかないといざっていう時に無一文じゃ、路頭に迷うわよ」
彼女も実家である孤児院は心配ではあるのだが、昨日見た限りでは差し迫った危機は特に見られなかった。それならばもしもの場合に備えてしっかり稼ごうと冒険者ギルドを訪れたのであった。
「まあ、思った以上にギルドはボロボロであんまり今回の件にも宛てにでき無さそうだけどね・・・」
あわよくばギルドに孤児院の嫌がらせについて報告しようかとも思っていたのだが、この町のギルドは相当干されていたらしく経営は火の車だそうだ。今回の依頼料もギルド長に泣きつかれ、前代未聞の分割払いとなったのだ。
「まあ、あそこのギルドは昔から低レベルの冒険者しか居なかったからね。経営が苦しいとは思っていたけれど、報酬を分割だなんて初めて聞いたわよ・・・」
冒険者ギルドの運営資金は、主にそのギルドに所属する冒険者の腕にかかっていると言っても過言ではない。ギルドの存在意義とされる一文“世の為、人の為に励む事”。これが為されていないと判断された場合には、国や本部からの助成金は愚か存続さえ危ぶまれるのだ。冒険者の質が悪く人手不足のあのギルドは半分取り壊しの域にまで達していたのだ。
「しょうがねえだろ?俺たちがどんどん魔物を倒して素材をギルドに持っていけば、少しは良くなるだろう」
「・・・そうだといいんだけどね」
サミは思うところがあるのか、余り楽観視していないようだ。
「それより、実家の護衛の件はどうすんだよ?俺は魔物の討伐の方が楽でいいけど、放置って訳にもいかないだろ?」
セオッツの言葉にサミは難しい顔をする。どうやら彼女も一晩だけでは良いアイデアが浮かばなかったようだ。サミはそれには応えず恵二に話を振る。
「・・・ケージはどう?何か良い案でも浮かんだかしら?・・・こう、異世界人ならではの視点で変わった案でもあればと思ったんだけど」
「うーん」
恵二も難しい顔をしながら口を開いた。
「俺の世界では、いくら権力者だからといっても表立っての横暴は非難される。だが今回の件はそもそも主犯が誰なのかまだ分かっていない。都合よくゴロツキどもを自白させてもシラをきられればそこでお終いだろう?」
「悔しいけど、その通りだわ・・・」
「だから考えたんだけど目には目を、貴族の権力には同じく貴族の権力で対抗するしかないんじゃないか?」
「―――何か考えがあるの?」
何か良い案があるのかとサミは恵二の話に食い付いてくる。恵二はそんな彼女に前もって期待するなよと告げてこう話す。
「他人任せの策だが、隣町のバアル伯爵に相談してみるのはどうだろう?あくまで俺の見立てだが、あの人は権力を己の欲だけで振りかざすような性格には見えなかった。まあ無料では済まないとは思うけど・・・」
恵二の提案にサミは考え込む。彼女の代わりにセオッツが口を開いた。
「いくら隣町の領主だからって、口を出せるのか?この町は、えーとガルなんとかって伯爵様が領主なんだろ?」
「ガルシア・レイ・ダゥード伯爵ね」
隣でサミがそう訂正する。確か彼女が碌でもない奴だと話していた男の名だ。彼はシキアノス皇国の中でも最大派閥であるレイナード・ワードナー侯爵一派の支持者だ。この国は貴族間の派閥争いで色々と面倒なことになっているらしいが、流石に一冒険者に過ぎないサミにも詳しくは分からないようだ。
「私も貴族のことまでは流石に分からないけれど、試してみる価値はあるわね」
話し合った結果、今度恵二宛てに来るというバアル伯爵からの使者にこの件を相談してみる事にした。
「・・・平原ばっかりかと思ったら、こんな森もあるんだな」
「流石に国土の全部が平地ってわけじゃないわよ・・・」
恵二の言葉にサミが呆れたように返す。シキアノスはその国土の殆どが平地である為、馬や馬車での往来が頻繁で軍の大半は騎馬隊で構成されている。この国の多くの人々が騎乗することができるようだ。
(そういえば、この国で馬の操縦を習うんだったな)
以前サミに馬の操縦を教えて欲しいと頼んだのだが、この国にならもっと適任者がいると言われ今日まで乗り物酔いを我慢して来たのだ。この森に来る途中も、相変わらず気分が悪くなりさっきまで体調が優れなかった。
(明日は誰か、馬の操縦に長けた人を探そう)
恵二がそんな事を考えていると、前を歩いていたセオッツが急に立ち止まって小さく呟いた。
「いたぜ。奥に何匹か狼がいる」
セオッツが指を指した方向には、確かに黒い動物のようなものが動いているのが分かった。しかし遠すぎて一体あれがなんなのか分からなかった。だが、セオッツの視力は相当なもので詳しい容姿や数を告げていく。
「体長は1メートル半ってとこか?毛は黒くて数は6・・・いや7匹はいるな」
「あんた、相変わらず凄い視力ね・・・」
サミがそう呟いている横で、恵二は事前に持ってきていた【魔物大全集】に目を通していく。
「――――あった。恐らくDランクの<黒鋼狼>だ。毛は硬いがその分鈍足。5匹以上の群れだとC相当なので注意、て書いてあるぞ」
「脅威度C・・・。なら決まりね」
「ああ」
「よっしゃあ、いくぜ!」
3人は頷き合うと、森の中を駆けだし狼の群れへと迫る。耳がいいのか、それとも匂いで感づいたか、狼たちが迎撃態勢をとる。
真っ先に狼たちへと向かったのはセオッツであった。まずセオッツは囲まれないように一番右端にいた狼へと斬り込んでいく。事前に硬いと聞いていた黒い体毛の上から剣を力強く振り下ろす。
「せいっ!」
その渾身の一撃は、硬いと書かれていた体毛を気にも留めず黒鋼狼を真っ二つにした。
一太刀で1匹倒したセオッツだが、その大振りで隙が生まれてしまった。狼たちは群れでの戦闘に手馴れているのか、すぐ隣にいた狼がセオッツへと襲い掛かる。
「――光の刃!」
すかさずサミがフォローに入る。セオッツに飛びついた狼は、光属性の中級魔術<光の刃>にて首を切り落とされる。森の中である事と、なるべく素材を残そうと彼女は得意な火属性を封印して狼を倒していく。
「よし、俺も1匹!」
恵二は自らのスキル<超強化>を使用し身体能力を強化させる。二人の戦闘を見たところ、恐らく5%の力加減で強化すれば十分であろうと判断をする。単純な能力だけでいえばセオッツ並の力を得た恵二は迫る狼たちを躱しながら、マジッククォーツ製の短剣に魔力を通し狼たちを斬りつけていく。
こうしてあっという間に7匹の黒鋼狼たちを討伐するのであった。




