赤の世界<デミフレア>
「失礼ですが、<色世分け>をお願い致します」
検問所の兵士にそう促され、少年は水晶に手をかざし魔力を通す。するとその水晶は緑の輝きを放った。
「おお、貴方様は<レアウート>の勇者様でしたか」
「ああ」
金髪の少年ルウラード・オレオーは衛兵の言葉に短く返す。すると、その背後では他の兵士たちが一様に声を上げる。
「――何だ!この色は!?」
「初めて見る色だぞ?」
「白とは少し違う・・・銀の色・・・?」
どうやら騒ぎの原因は、ルウラードの勇者仲間であるナルジャニアが<色世分け>を行った為であった。彼女も異世界の勇者だと事前に兵たちは説明を受けていた。にも関わらず白とは違う輝きを放った事に兵たちが驚きを見せたのには色に原因があった。
「この嬢ちゃんは銀の世界<ベスカトール>の出身だ。かなりレアだろうが、ちゃんと記録にあるはずだぜ?」
そう言ってナルジャニアの帽子ごと頭をポンポン叩いたのは、赤ローブを着た魔術師ランバルド・ハル・アルシオンであった。ナルジャニアはランバルドに叩かれ形の崩れた帽子を不満そうに整えながらこう話す。
「私の世界の同郷人って本当に珍しいんですね」
「ああ、そうらしいな。過去にいたことは確からしいんだが余り話を聞かないな」
「きっと、私に似て慎ましやかな性格なんでしょう」
「・・・・・・」
赤ローブの魔術師は少女の戯言を軽く受け流して入国の手続きを済ませる。
ルウラード、ナルジャニア、ランバルドの3人は訳あって、王国の隣国<シイーズ皇国>へと来ていた。この国は入国の際、<色世分け>をする決まりがある。例えそれが王国からの使者であろうと勇者であろうとだ。それは偏にある色の異世界人を入れさせない為であった。
「ご協力感謝致します、ランバルド殿に勇者殿。ようこそシイーズ皇国へ」
どうやら無事入国手続きが終わったらしく、3人は馬車に乗ると皇国の首都クレイムルへと向かう。クレイムルまでは馬車の足でもかなりの時間がある。少しでも時間つぶしをしようとルウラードは先程疑問に思ったことをランバルドに尋ねた。
「ランバルトさん。何故この国は赤の世界から来た異世界人を入国禁止にしているのですか?」
「ああ、それ!私も気になっていたです」
ルウラードの質問にランバルドは少し考えるような仕草をする。どうやら話したくないと言うよりかは言葉を選んでいるようだ。しばらく間を置いてからランバルドは口を開く。
「赤の世界<デミフレア>っていうらしいんだがな。その世界は聞くところによると、それは激しい世界らしい」
「激しい、ですか・・・?」
いまいち要領を得ない表現に疑問を投げかけるルウラード。ランバルドもあくまで噂だがと付け加えて続きを話す。
「なんでもそこら中で戦争しているは、凶悪な魔物が跋扈しているはと生き辛い世界らしいな」
「確かにそれは激しいですね」
ナルジャニアがそう感想を漏らす。
「ああ、オマケに災害なんかも多くて赤の世界は末期だなんて言われてるらしいぜ?」
「・・・それと入国拒否と何か関係があるんですか?」
未だに入国拒否の理由が分からず、ついせっかちな質問をしてしまうルウラード。それにランバルドは分かっているといった顔をしてこう話を続ける。
「赤の世界がそんなだからかなのか。なんつーか、気性が激しい奴が多いらしくてなあ。おまけに劣悪環境にも堪え得るだけの力を持った異世界人が多いらしい。つまり問題児が非常に多いんだ<赤の異人>は」
「ふむ、ケージさんたち<青の異人>みたいに変人が多いってことですか?」
「あー。問題児と変人とでは少しニュアンスが違うと思うんだが・・・」
ナルジャニアの台詞に少し困った表情で言葉を返すランバルド。
「赤の異人の悪口を言うわけでは無いんだがな、過去にあちこちでやらかした連中が多くてな。あちこちの国で入国拒否されている。青の異人も問題を起こす輩はいるのだが、殺生沙汰は余り聞かないし、比べたらまあ可愛いもんだ」
どうやら<赤の異人>は相当なことを過去にやらかしたようだ。それも死人を出すほどの事を。
(確かにそれならば入国拒否も頷けるものだ)
必ずしも<赤の異人>全員が悪人だと決めつけるのは早計だろうが、民衆はそういった大らかな目では見れないであろう。それは自分の祖国でも経験済みだ。
「白状するとな。お前らを最初に召喚した時、部屋に閉じ込めていただろう?あれは<赤の異人>を警戒してのことだ」
「「え?」」
つい二人の言葉が重なるが、それを気にも留めずに魔術師は続きを語る。
「あの時既にお前たちを<色世分け>していたんだ。・・・もし、その中に赤の異人が居て性格に難有りと判断したらそのまま部屋ごと崩壊させるつもりだった」
なんとも衝撃的な事実を今更告白され、言葉に詰まる二人。つまり、あの中に一人問題児がいれば、最悪他の者ごと始末するつもりだったと魔術師は告げたのだ。
「結果問題が無かったとはいえ、お前さんたちにとっては不愉快な話だよな。本当に申し訳ねえ」
「いや、それはしょうがないんじゃ無いですか?」
「そ、そうですよ。結果オーライってヤツです」
急に頭を下げる年上の魔術師に二人は慌ててフォローする。もう過ぎたことであるし、これは話す必要もなかった事だ。それを態々打ち明けたのは、男の中にもモヤモヤとした感情があったのであろう。
二人に許しを得たランバルドは顔を上げると、話を戻すがと付け加えこう話す。
「お前たちに渡した<色世分け>用の水晶で、もし赤の反応があれば極力近づくな」
改めて二人にそう注意を促す魔術師であった。
「――――!?」
恵二の目の前で男の首が飛ぶ。それはつい先程ザイルと呼ばれていた外套を着た男のものであった。それを行った下手人は男をザイルと呼んだ女であった。その女は男と同じ地味な外套を羽織り、その外套についているフードで顔を隠している。フードの隙間から見える口元は、とても首を刎ねたばかりだとは思えない無邪気な笑みを浮かべていた。
「私、勉強嫌いなんですよぉ」
突然そんな訳が分からないことを女は告げた。呆気にとられていた恵二はそこでハッと距離を少し取ってから腰の後ろに手を回しマジッククォーツ製の短剣を抜く。女のすぐ足元ではザイルと呼ばれた男が首から血を流して倒れている。その頭部はごろごろと少し転がったところで止まる。その夢みたいな光景に恵二の思考が若干麻痺する。
「だからザイルさんには本当に助けられました。私、ケージ君の容姿のこと全く知らなかったんです。ちゃんと予習していたザイルさんは本当に偉いですねえ」
自分の名前を呼ばれてビクッと身体を震わせる恵二。女はそれを気にも留めず首から上が無くなった男の死体を跨ってこちらへと足を運ぶ。
「――な、なんなんだお前は!?」
その不気味さに恵二は後ずさりをする。この女の得体の知れなさは異常であった。魔力量だけでいうならさっきの青年の方がダントツに上であった。足運びや体格を見るにセオッツほどのパフォーマンスがあるとは到底思えない。しかしこの女からはとても嫌な気配が漂っている。
(こいつも俺に用があるのか?顔見知りっぽいヤツの首をいきなり落とすし気味が悪すぎる・・・!)
「お、おい。そこのお前!そこを動くな!」
すると、タイミングが良いのか悪いのかさっきまで呆けていた壮年の兵士が再び割って入る。どうやら他からの応援も到着したようで、この大通りには現在多数の兵士と野次馬であふれかえっている。応援の兵士のお蔭か自信を取り戻した兵士は、現れていきなり男の首を刎ねた女に動くなと命令をする。
「ふふ。私、誰だと思います?」
しかし女はそれを気にも留めず恵二の方へゆっくりと近づいてくる。同じように恵二も後退し後ずさると、視界の隅に動きを見せたものがいた。
「あ!」
それはサミの声であった。動いた影は先程まで悶絶していた灰色の髪の青年だ。なんとしぶとい事にあの青年は隙を見て逃げ出したのだ。
(――アイツ!いや、今はそれどころじゃない。この女の事が先だ。それに奴も魔力が底をついているはず・・・。それに魔力が戻ったところで)
この<色世分け>の水晶玉で奴を追う事ができる。そう判断してふとその水晶に目を向けると、その水晶は依然赤い輝きを放っていた。
(あれ?奴の魔力はもう殆ど残っていないはず・・・。なんでまだ反応が・・・)
疑問に思った恵二はふとある事に気が付く。
(こいつは一体何時現れた・・・?丁度水晶が赤く輝きだした後じゃなかったか?)
目の前の女が何者か思い至ってしまった恵二は、こう呟く。
「<赤の異人>・・・」
「せいかーい」
パチパチパチと白々しい拍手をする女。こいつこそがこの水晶に反応した異世界人であるようだ。
「<赤の異人>だと!?」
その恵二の台詞に反応したのは先程の壮年の兵士であった。外套の女に再三無視をされ、すっかり顔を真っ赤にしていた兵士はすぐに表情を青ざめさせる。<赤の異人>の単語に周りもざわめき立てる。
「大変だったんですよ、ここに来るのは。この国は赤の異人を差別して入国拒否にしてるんですから・・・」
とても苦労したとは思えない口調で淡々とそう話す女。恵二は目の前の女をどう扱っていいのか悩んでいた。今のうちに無力化するべきか。しかし頭の片隅にさっきから警笛が鳴る。迂闊な行動は不味いと恵二に訴えかけるのだ。
「さて、それじゃあそろそろ本当のお仕事をしましょうか」
唐突に女はそう告げると、顔まで被ったフードを取ろうとしたその直後――――
『距離を取れケージ君!その女から目一杯離れろ!!』
突然の大声にほんの一瞬躊躇うも、すぐに強化した身体能力で後ろに大きく後退する恵二。
「――――!?」
その場にいた全員が声のした方を振り向く。するとそこには信じられない光景があった。
「まさか貴様が<赤の異人>だったとはな!しかしお前の勉強嫌いには助かったよ」
そう告げたのはザイルと呼ばれた男の頭部からであった。
「な、ななな・・・」
「きゃあああああああ」
「っば、化物だああああ―!!」
皆一様に驚きの声を上げる。それも無理はあるまい。首を切断され頭部だけにされた人間が喋り出すなど、いくらファンタジー世界とは言え常軌を逸しているのだから。
「――っ!驚きましたねえ。それって生きてるんですか?」
「・・・ふん。勉強不足だぞルルカ。俺は不死身だ。まさか、それすら知らなかったとはな」
ルルカと呼ばれた女は多少は驚いたのだろうか、今までにない反応を一瞬だけ見せるもすぐに平静を保つ。
「でも、いくら不死身といっても凍っちゃえば意味無いと思いません?あ、そっか。だから私を派遣したんですね、あの人は・・・」
よく分からない内に一人で納得する女は、ザイルの頭部の方を見たままフードを取ろうとする。その直後動く者がいた。
それはザイルだ。正確にはザイルの首から下の身体だけが腕を振って何か液体のようなものをルルカの顔へと飛ばす。
「きゃっ」
その液体はどうやらザイルの首からあふれ出ていた血のようであった。血で目を潰されそれを拭おうとするルルカ。その間にザイルの身体は、自らの頭部を拾い上げると大声で周囲に告げながらルルカから距離を取る。
「こいつは見たもの全てを凍らせるスキル持ちだ!とにかく距離を置け!近づいたものは全員凍らされるぞ!!」
「――――!?」
「――は?」
「な、なに言ってるんだ?あの化物・・・」
ここで各々の命運が分かれた。咄嗟に女から距離を取るものと行動を躊躇うもの。その僅かの差が生死を分けたのだ。
「――――はーい。皆さん!ルルカちゃんの目にごちゅうもくー!」
目にかかった血を拭い取った彼女はフードを完全に取った。そこに現れたのは青い髪と目をした少女であった。
(――――っ!拙い!)
恵二は直ぐに離れたが、ルルカから近かったためにまだ距離を十分取れていなかった。咄嗟に強化をかけ全速力で離れる。ついでに近くにいたセオッツとサミも引っ張っていく。
「きゃあっ」
「うぉ!」
突然腕を引っ張られ足が宙を浮く二人。恵二はそれを意に介さず強引に二人をけん引していく。その直後すぐ後ろに冷たい風を感じる。それは悪寒でも比喩でもなく本当に背後の気温が下がっていた。振りかえるとそこは一面凍っていた。ルルカの視界にある一定距離の範囲全てが凍りついていたのだ。
「なっ!?」
「う、うそ・・・」
「・・・・・・」
その光景に言葉を失う3人。さっきまで近くにいた兵士や野次馬たちは全て凍ってしまいピクリとも動かなくなった。
「あれれ?何時の間にそんなに離れちゃったのお?」
ルルカは恵二が難を逃れていたことに気が付くと遠くから大声でそう叫ぶ。声を上げた後、彼女はゆっくり一歩一歩近づいてくる。その度に氷の世界が少しずつ恵二たちに迫ってくる。
「やっべえ、逃げるぞサミ、ケージ!」
セオッツの声にハッとした二人はすぐに後ろへ下がる。他の無事な町の住人たちも、慌てて彼女から逃げ回る。すると彼女は急に歩みを止めた。
「うーん。私、あんまし走るの得意じゃないんですよねえ」
そう場違いな口調で話しかけるルルカ。
(追うのを諦めたのか?)
そう考えた恵二の判断は心底甘かったことにこの後すぐ気づかされた。ルルカは外套の中をごそごそして何かを取り出そうとする。出てきたのはただのハンマーであった。
それで何をするのか疑問に思った3人は彼女を注視していたが、見ていたことをすぐに後悔した。
「えーい」
そう間抜けな声を上げるとルルカは、近くで氷像と化していた兵士の頭をハンマーでかち割った。
「――っな!?」
凍っていた兵士の頭部は、意図も簡単に粉々になった。いくら凍ったとはいえあんな簡単に人の頭が砕けるものなのだろうか。余りにも非常識な光景にそんな的外れな考えが恵二の頭に浮かんだ。
「おつぎー」
そう楽しそうに声を上げて、今度は別の兵士の頭を砕くルルカ。そこで止まっていた恵二の思考が再稼働しだした。
「や、止めろ――!!」
思わず大声でそう叫ぶとルルカは突如動きを止め、クルッとこちらに顔を向けると無表情な声でこう話す。
「ケージ君が逃げ回るなら、ここにいる人みんなバラバラに砕いちゃうよ?」
「ぐっ――!?」
女の声は少年の心に深く刺さった。この悪魔はつまりこう言ったのだ。
――こいつらは人質だ
――逃げずにこっちに来い
――二人が死んだのはお前が逃げたせいだ、と
(く、狂ってやがる!この女イカれてる・・・!)
恵二はかつてないほどの自分に向けられた悪意に心底震え上がっていた。思うように体が動かない。しかしこのまま立ち止まっているわけにもいかない。ここで動かなければもっと大勢の人があの女に殺されてしまう。
「ケージ、行くな」
突然横にいたセオッツがそう声を掛ける。ここで出向くのは相手の思うつぼだと少年は恵二を諭す。
「まずは落ち着きなさい。あの女だって決して万能じゃない。考え無しに突っ込むのは二流のする事よ」
そういってサミは恵二の肩を叩く。
(そうだ。あいつの不気味さに・・・、恐怖に視野が狭くなっていた。落ち着け三辻恵二。俺の<超強化>ならあいつにだってきっと対抗できる)
今ここに<青の異人>と<赤の異人>の戦いの火蓋は切って落とされた。




