余裕だからな
「お前たち、そこを動くな!」
騒ぎを聞き駆けつけて来た6人の兵士の内、1人壮年の兵が声を上げる。セオッツは剣を逆手に持ち替えて構えを解く。サミも両手を開き自分は徒手だとアピールした後、二人はそれぞれ冒険者のランク証を兵士たちに見せつける。恵二も建物の上にいる青年から目を離さないようにしながら、二人の行動に習いランク証を取り出した。
「私たちは冒険者よ。馬車に乗っていたら急に襲撃を受けたのよ」
「冒険者だと・・・?」
パッと見幼く見える3人が冒険者だと名乗ったことに疑問を抱く兵士だが、ランク証や出で立ちを見た後どうやら信用したらしい。壮年の兵士が代表して恵二たちに問いかける。
「これは一体なんの騒ぎだ?」
「さっき言った通り、襲われたのよ!襲撃してきた3人は返り討ちにしたけど、どうやら新手らしいわよ?」
そう言ってサミは2階建ての建物の上にふんぞり返る青年を指差す。少女に指差された先では、兵士たちや周りのギャラリーの衆目を集めた青年が舌打ちをし面倒くさそうな顔をしていた。
「ちょっと邪魔者が多いなあ」
しかしそう呟いた青年はしかめっ面から途端に笑みを浮かべた。それもとびっきり悪そうな笑みを――――
――――直後、男の右手に魔力が集中するのを感じる。
「まずい!アイツ魔術を放つぞ!」
恵二は咄嗟に周囲にいる者たちへ警告をする。その言葉にギョッとする兵士や野次馬たち。1人壮年の兵士だけは平静さを保っていたのか、はたまた虚勢なのか声を張り上げる。
「貴様、大人しく降りてこい!我々はこの町の警備隊である。我らに楯突くということは、この町を治める伯爵様にも弓引くと言うことだぞ!」
「あっそ」
しかし兵士の勧告にも一切躊躇うことなく、青年は魔術を放った。
(――――やっぱり無詠唱!しかも複数同時!?)
青年の手のひらからは、火属性だと思われる赤い魔術が複数連射される。放たれたそれは直線では無く、それぞれ軌道を変えて襲い掛かる。標的は、この場にいる恵二以外全員であった。
「――!?」
「ちっ!」
「ひいいい!」
セオッツとサミはその魔術を回避しようと咄嗟に身体を動かす。先程の金髪が瞬時に消し炭にされていた火力を考慮すると、回避したほうが賢明だと判断した為だ。しかし、一般人である周囲の人や未熟な兵たちは突然の魔術に尻込みをし動きを止めてしまう。
いくら町の治安を預かる兵士たちといえども、殺意の籠った魔術を放たれる経験など皆無であったのだ。
このままでは大量の焼死体が出来上がるだろうと恵二は予測する。
(――させねえよ!)
青年がいち早く魔術を発動させた事に気が付いていた恵二は、すぐに放たれた魔術と同じ数の火弾を発動させる。その火弾の数は全部で計20発。恵二が放った火弾もまたそれぞれ軌道を変え青年が放った魔術へとひとつ残らず着弾する。
――――瞬間、辺りは轟音と熱気に包まれた。
「うわわわああーー!」
「ひええええぇ・・・」
「す、すげぇ」
魔術同士が空中で激突し合い、炎を巻き上げる。自分たちに向かってきた火の魔術が被弾するその手前で、別の魔術と衝突し炎をまき散らす様をギャラリーや兵士たちは各々声を上げて見ていた。
「な、何が起こったんだ!?」
さっきまで虚勢を張っていた壮年の兵士は目の前で繰り広げられた魔術の応酬に目を白黒させていた。
「ちっ、器用なことしやがるなあ」
そう悪態をつきつつ恵二を褒めた灰色の髪の青年は、相変わらず喧しい周囲に顔を顰めつつ屋根から地面へと着地した。どうやら先程の魔術を防いだくらいではあっさりと引いてはくれないらしい。恵二の方を見ながら声を掛ける。
「折角うるさい奴らを消してやろうと思っていたのに、まさか全部の火弾を相殺しちまうとはなあ」
「あ、あれが・・・火弾、だと!?」
(やっぱりそうだったか・・・)
驚きの声を上げたのは、兵士の中で唯一杖を持った男だ。どうやら彼も魔術を扱うようで、先程の高火力な魔術が火属性最弱の魔術だとは夢にも思わなかったようだ。
(俺の放ったのも火弾なんだけど、知ったら腰抜かすだろうなあ)
恵二が放ったのも、自らの十八番<火弾>であった。本来その魔術はせいぜいが軽い衝撃と火傷程度の威力で牽制に使われるだけだが、恵二はそれを超強化にて威力を増幅させている。しかし青年が放った火弾の威力は、少なくとも1つ1つに中級魔術以上の破壊力が籠められていた。
(俺は強化してあの威力を出せるが、アイツ一体どんな魔力量をしているんだ!?)
目の前の青年は恵二みたいにスキルを使用した訳ではなく、どうやら純粋に相応の魔力を籠めて放ったようだ。あれほどの魔術を連発したにも関わらず、未だに青年の体からは強い魔力を感じていた。その量は王都にいた勇者たちに匹敵するのではないのだろうか。
(・・・まさか、こいつも異世界から召喚された口か?)
恵二がそう考えている間に、危険を察知した野次馬たちは段々と距離を取っていたが怖いもの見たさかその数が減る事は無かった。兵士たちもすっかり怯えてしまい、だが背を向けるわけにもいかずその場で固唾を呑んで恵二たちの動向を見守っている。
「・・・まあ、静かになって結果オーライってとこか」
「お前、何者だ?何故俺たちを襲う?」
セオッツとサミも、相手の力量を察したのか動こうとはしない。二人の代わりに何故か目を付けられた恵二が襲撃者の真意を問いただす。
「アホか、んなもん喋る訳ないだろう」
「んな!?」
正論ではあるのだが、そうハッキリ言われると頭にくる。カチンときた恵二は思わず反論する。
「んなこと言うが、お前だってさっき金髪男の名前を呼んでいたじゃないか!あのニコラスって奴はお前のお仲間なんだろう?」
「ちっ、あんな雑魚と一緒にするんじゃねえ!自分の役目も果たせないクズなんかとなあ!」
(お、こいつ短気か?案外ボロ出すかも・・・)
自分の事は棚に上げてそう考えた恵二はもう少し煽ってみるかと言葉を選ぶ。
「ほう、ならお前はそのお役目ってやつをキッチリ果たせるのか?さっきの魔術なんか何発撃ってもチョロいぜ?」
これは事実であった。迎撃するだけであったなら威力を押さえて魔術をぶつければいいだけの事。当てる自信はある。それだけでかなりの数は対処できるはずであった。そう、数で対抗するのであったならばだ。
「ほざいたな。いいぜ、その挑発に乗ってやるよ!」
そう言い放つと目の前の青年は右手を恵二の方へとかざし、魔力を集中させる。
「あわわわわわ」
「に、逃げろーーー!!」
恵二の後ろにいた兵士や野次馬たちは、巻き添えは御免だとばかりに蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。どうやら先程とは比べ物にならない魔術を扱うのか、青年は魔力を集めるのに時間を掛けている。
(これ、その間に狙っちゃってもいいのかな?)
そんな呑気な事を考えていた恵二。まるでヒーローの変身シーンを黙って見守っている悪役の気分であった。
(しかしおかしいな。目の前のコイツ、とんでもない魔力量だってのにちっとも怖く感じないぞ?)
それは奇妙な感覚であった。これまで恵二が相手をして来た魔物や盗賊たちと比べると、いまいちこの青年からは怖さを感じないのだ。周囲の反応を見てみると、どうやらそう思っているのは恵二1人のようだ。それも当然だ。この青年は凄まじい魔力量に加え、無詠唱、同時発動、魔術の操作技術も一流であったのだ。それに恐れを抱かない訳が無い。
(・・・こいつが何をしようとしてるのか手に取るように分かる。いくら時間を掛けて威力を上げようとも、それじゃあ全く怖くない)
恵二が全く恐れを抱かない理由は、青年の魔術を完全に見切っていたからだ。先程の火弾の時にそれを確信した。しかし同時に1つの疑問が沸いた。
(魔物が放った魔術は全く読めないんだけど、それに比べるとコイツは解りやす過ぎる)
恵二はコマイラの町で活動をしていた時、稀に魔術を扱う魔物とも相対していた。しかし彼らの魔術は本当に巧みで読みにくいのである。アンデッドの魔術師もそうであった。
(これも力量の差なのか?あの骸骨の魔術師は特別として、コイツが魔物に劣っているようには思えないんだけどなあ)
そう考えていた恵二はそろそろ脇に逸れた思考を中断した。どうやら目の前の青年は魔力を集め終えたらしい。
「さて、随分余裕で待っていたものだなあ」
「実際余裕だからな」
青年の台詞に嫌味で返す恵二。どうやらそれが引き金になったようで、凄い形相で睨みつけてきた青年は声を上げ魔術を発動させた。
「消えろ糞ガキが――!!」
青年の罵声と同時に恵二の立っている地面が急に赤く溶け出す。そう、まるで溶岩で溶けていくかのように。そして直後、恵二が立っていた場所には巨大な火柱が唸りを上げて地面から吹き出す。
「「――ケージ!?」」
セオッツとサミの声が重なる。いかに常識外れの少年とはいえ、この炎の中では形を保つことすら許されないであろう。しかし、二人は助けに行きたくてもその熱量の凄まじさに近づくことすらできないでいた。
「ヒャハハハハハァ!口だけだったなあ、糞ガキがあ!俺様を見下すなんざ100年早いんだよお!!」
心底楽しそうに顔を歪めながら笑い声を上げる灰色の髪の青年。この青年が放った魔術は火属性の中級魔術<炎の柱>であった。中級とは言えその火力は上級にも差ほど劣らない威力があった。さらに青年の魔力をフル動員して放ったのだ。その火柱は周囲に熱風をまき散らし、朝のこの町に異様な光景をもたらせる。炎の柱はこの町一番の高さである時計台をも上回っている為、屋外にいた町の住人たちは皆何事かと一様にその火柱を見つめる。
青年の笑い声が響く中、段々と炎の勢いが衰えていくと、笑い疲れたのか青年も段々と声量を下げる。そして完全に炎が消え、視界が良くなっていくとピタッと青年の笑い声が止まる。
「・・・・・・は?」
青年は笑い声で大きく開けていた口をそのまま閉じようともせず、思わず間抜けな声を上げる。
「・・・・・は、はあ!?」
再度大きな声を上げた青年の視線の先には、無傷の少年の姿があった。
「ば、馬鹿な!?あれを喰らって無事な訳が・・・」
驚きの声を上げた青年は、すぐに恵二の立ち位置に気が付いた。少年は炎の柱を放った場所からだいぶ後ろの距離に突っ立っていたのだ。
「ああ、流石にあれを貰ったら俺は生きてちゃあいないよ。だから躱した」
「か、躱したって・・・!?ふ、ふざけるな!!無詠唱だぞ!?ノータイムで足元に放ったんだぞ!?あの広範囲の魔術を・・・。躱せる訳がねえんだ!」
「ノータイムって・・・。時間は沢山あっただろう?お前が魔力を籠めている時間にな」
「な、何を訳の分からないことを言って・・・」
確かに青年は魔力を集中させるのに時間を割いた。しかしその時点では、まだ魔術を発動させていなかったのだ。それで魔術の種類や、ましてや位置など特定出来る筈が無い。青年が何を言っているのか理解出来なかったのだ。
一方で恵二は、青年が魔力を溜めている間にその魔術が炎の柱であることを看破していた。どうやら恵二にはもう一つの才能があったようだ。魔力を籠めている時点で発動していない魔術を読み取る事ができる。その事につい先程気が付いたのだ。
(サミの魔術を見ていたのが大きかったな)
恵二は以前、猪の魔物を倒すのに彼女が使った炎の柱を一度見ていた。どうやら一度見た魔術を自分は読み解くことができるようだ。始めの火弾で確信しその考えに思い至った。
だが、それだけでも急に地面から吹き上がる炎を回避するのは不十分であった。しかしこんな時の便利スキル超強化だ。恵二は青年が魔術を発動させるタイミングに合わせて、己を瞬時に最大強化させたのだ。お蔭で悠々と躱す事ができた。
「さて、今度は俺の番だな」
「――!?」
恵二の言葉にハッとなり身構える灰色の青年。しかし、そんな行動は何の意味も無い。
(超強化)
心の中でそう唱える。やることはさっきと同じで身体能力を目一杯強化する。ただし後ろへ避けるのではなく今度は前へと駆ける。
「――はっ?」
瞬時に青年の懐に入った恵二は強化の加減をし、右拳で腹パンをする。
「――っぐ!」
手加減したとはいえ、無防備なところに見事に決まったパンチは青年を悶絶させる。恵二は先の襲撃者と同じ様に、意識を刈るつもりで拳を繰り出したのだがまた失敗に終わった。
「相手を拳で無力化するって難しいなあ」
「あんた、本当に非常識なヤツね・・・」
そんな呑気な台詞を吐いた恵二にサミは思わずツッコミを入れる。
なんだか失礼な感想を貰うが、とりあえずこの青年を縛ってしまおうと恵二は再度馬車の荷袋からロープを取り出そうとする。すると荷袋の中から何やら気になる物が視界に入る。
(ん?なんだ?光っているぞ?)
その光っているものを取り出すと、それは色世分けに使われる水晶玉であった。それがどうやら青と赤の二種類交互に輝いているようだ。
「おい、それって・・・」
後ろでそれを見ていたセオッツが思わず声を上げる。セオッツもそれが何を意味しているかは気が付いた。
「ああ、近くにいる。俺以外の異世界人、それも<赤の異人>だ」
すぐに恵二は青年の方を見る。どうやらこの男も自分と同じ異世界人なのであろう。
(こいつも勇者召喚をされて来たのか?一体どこの誰が召喚したんだ?)
青年の素性を考察していた恵二に突然背後から声が掛かった。
「失礼。ケージ・ミツジ君、だね?」
「――!」
いきなりフルネームで呼ばれ慌てて振りかえると、そこには地味な外套を羽織った男性がいた。大きな外套で顔は目元まで完全に隠れているが、体つきや先程の声で大体30才くらいの男だろうかと当たりをつける。
最初は先程の兵士たちに声を掛けられたのかと思ったのだが違ったようだ。ちなみに兵士たちは未だに呆けているが、遠くから異常を感じとった他の衛兵たちが駆けつけて来るのを恵二は目の端で捉えていた。
それにしても、目の前の男はこう言っては何だが見た目が凄く怪しい。
(こいつもさっきの仲間か?しかし敵意は全く感じないが)
勿論それは素人判断で、恵二に敵意を感じる技能など持ち合わせてはいない。それでもこの男はさっきの奴らとは違うというのは何となく感じとれる。
「行き成りで済まない。実は私は君に用があって話しかけたのだが・・・」
男が続きを話そうとした丁度その時、男の背後から声を上げて近づいてくる人物がいた。
「ザイルさん。やっと追い付きましたー。こっちはここまで来るのに大変でしたよ、もー」
そう言って寄ってくるのは、目の前の男と同じ外套を来た女性であった。そのフードからはチラチラと青い髪が見え隠れする。声や仕草で一発で女性だと判断できた。
「――お前。大声で名前を呼ぶ奴があるか・・・」
男はそんな女性の態度の何がいけなかったのか、自らの額に手を当て心底呆れたような声を上げた。
「あ、もしかして見つけちゃいました?」
外套の女は、目の前の男の苦悩にも我関せずと言葉を放つ。男もこれ以上この女に関わるのは無駄だと判断したのか、短く“そうだ”と返し恵二の方へと再び身体を向ける。
「実は、ケージ君、君にお願いがあるのだが・・・」
再度、男が話を進めようとしたが――――
「――――じゃあ、死んでください」
外套を着た女の冷たい声と、男の首元に刺さったナイフによって男の言葉は再び遮られたのであった。




