そりゃどうも
ここフォルセトの町の中央にはユミル河が流れており、大河の上には東西を結ぶ大きな橋が架かっている。その橋の丁度中央には小さな砦のような建造物があり、そこが東西の国を行き来する際の検問所となる。
検問所には最低でも12人以上は常駐しており、内半数はそれぞれ東西からの来訪者を検査している。
恵二たちの検査には3人の兵が立ち会っている。最初に3人は、何処から来てシキアノスへ何しに来たのかと1人の髭を生やした中年兵士に尋ねられる。
サミが代表して受け答えしている間に残り二人の兵士は馬車の積み荷を確認し、あれこれと恵二やセオッツに質問をしてくる。彼らの取り調べは堅苦しいものではなく、時たまジョークや何でもない会話を織り混ぜていく。
「ほう、その歳でDランク冒険者とはな。こりゃ、将来はS級かな?」
「ちげえねえ。しかもコイツ、俺の若い頃そっくりでモテる面構えしているぜ」
「あはは、おっちゃん冗談きついぜ」
「「わっはっはぁ」」
「あ、あはは・・・」
ドッと笑い声を上げる兵士たちとセオッツ。何やら大盛り上がりの様子だが、恵二は今それどころでは無く乾いた笑みを浮かべる。
「さて、積み荷の方は問題無しだな。後は色世分けの検査だけだ」
サミと話していた兵士から声が掛かり、恵二の鼓動は速度を増していく。
(どうする?何か対策を・・・っ!)
「ん、問題無しだな」
恵二が頭を巡らせている間に、髭面の中年兵士はサミとセオッツの検査を終えていく。二人とも水晶の輝きは白く輝いている。どうやらこの世界の住人は“白の世界”と呼ばれているだけあってか白く輝くようだ。
「坊主、どうした?早くこの水晶に魔力を通してくれ」
冒険者ならやり方をしっているだろう、と髭面の男は催促をする。そう、この世界の住人は大小関わらず全員が魔力を内包している。魔力の出し方も、幼い頃に魔術適性を試したり日常で使っているマジックアイテムを起動させる為、全員が自然と身に着けているのだ。
再び催促をする兵士。恵二はゆっくりと水晶に手をかざす。
(もう・・・どうにでもなれ!)
諦めた恵二は己の魔力を水晶に送り込む。
水晶の色は――
――やはり青く輝いているのであった。
「・・・え?」
「「・・・は?」」
「――っうそ!?」
「・・・マジかよ」
出てきた言葉はそれぞれ違っていたが、その場にいた恵二以外の全員が驚愕の目でこちらを見る。
「あー、そのぉ・・・」
「ぶ、ブルーだあああっ!!」
「――っ異世界人!?」
「へ、変態だあああ!!」
「ちょっと待て、誰が変態だっ!?」
兵士は恵二から距離を取り、思い思いに声を張り上げるも、一人聞き捨てならない暴言を吐いた兵士に恵二は反論をする。
「確かに俺は異世界人だ。だが変態じゃない。ただの冒険者だ!」
「――っ!ケージ!おまえ、異世界人だったのか!?」
「それも青の異人だなんて・・・」
セオッツやサミも大変驚いたらしく、それぞれ声を掛けてくる。騙していた訳ではないが、黙っていた事に罪悪感があった恵二は申し訳なさそうにゆっくりと頷く。
恵二たちの騒ぎを聞きつけたのか、建物の奥で休憩中であった他の兵士たちも集まって来る。
(ああ、これは詰んだか・・・。逃げるか?・・・駄目だ、二人が罪を背負うことになる)
この場しのぎで逃げたとしても、サミとセオッツが共犯にされかねない。勿論強行突破も同じことだ。ここは大人しく捕まる他道はないのだろうか。恵二は普段より回らない頭であれこれと必死に打開策を考える。
「アイツがブルーだって?ただの子供じゃないか・・・」
「いや、確かに青い輝きを放っていた。さっき本人も認めていたぞ?」
「それに只のガキじゃあない。あいつ、Dランクの冒険者だぜ?」
「――っ!あの年齢でか!?」
兵士やその様子を見ていた他の検問待ちの参列者もガヤガヤと騒ぎ立てる。もはや完全に見世物であった。
「お、俺はただの冒険者だ。悪さをする気もないし、ましてや変態でもない。逮捕するのは勘弁してほしい」
ここまで来て捕まるなんて冗談ではないと思った恵二は、兵士たちに自分は無害だと必死にアピールをする。恵二の慌て様に、兵士たちは訝しげな表情を浮かべる。自分で自分を怪しくないなどと騒ぎ立てる少年の姿は、あからさまに怪しかったからだ。兵士たちを代表して、髭面の中年兵士が恵二に質問をする。
「あー、お前は青の異人で間違いないな?」
「・・・はい」
ここで偽っても逆効果だ。そう思った恵二は正直に、そして丁寧に質問に答えていく。
「シキアノスへは何をしに?」
「・・・西の国、エイルーンを目指す為に通りがかっただけです」
「・・・ふむ、本当か?」
中年兵士はサミの方へと向いて確認を取る。
「本当よ。彼はエイルーンを目指していると前から言ってたわ」
「そうだぜ、ケージは良いヤツだ。何も犯罪行為なんてしてないぜ?」
サミの言葉に続いて、セオッツも恵二の便宜を図る。二人から話を聞き終えた中年兵士は暫く熟考した後こう告げた。
「宜しい、問題ないだろう。通りたまえ」
「へ?」
以外にすんなり通って良いと言った兵士の言葉に、つい間抜けな返事をする恵二。それは有り難い話なのだが、こんな簡単に入国を禁止されている異世界人を入れてしまってもいいのだろうかとつい尋ねてしまう。
「ああ、問題ない。・・・どうやらお前は勘違いしているようだな」
「勘違い、ですか?」
「うむ。別に青の異人は入国禁止ではないぞ?」
「え?そうなんですか!?」
思わず恵二はサミへと視線を向ける。さっき彼女から異世界人は入国出来ないと聞いていたからだ。恵二からの抗議の視線で察したサミは、すぐにこう反論する。
「ケージ、私はたしかこう言ったはずよ。“一部の異世界人は入国禁止”って・・・」
「あ!」
確かに“一部”とそう話していたかもしれない。どうやら話の流れで青の異人も入国禁止だと早とちりしてしまったらしい。
「彼女の言うとおり、シキアノス公国は<赤の異人>のみを規制対象としている。その他の異世界人に関しては、犯罪性が無い限り入国に問題は無い」
「な、なんだぁ・・・」
急に身体の力が抜けてくのを感じる。さっきまで緊張していた自分が馬鹿みたいだ。改めて中年兵士に通行許可を貰うと、お騒がせした恵二を始め3人はそそくさと橋を渡りきるのであった。
無事シキアノスに入国した3人は、すぐに出発する予定だったが、思わぬ出来事に一旦西フォルセト内にある飲食店で軽食を取る。目的は二人が恵二を質問攻めにする為であった。
「お前、異世界人だったのか!?」
「あんた、ブルーだったの!?」
「あ、ああ・・・」
もう完全にバレてしまい、隠す必要が無くなったので正直に白状する。
(そういえば、どうして正体を隠してたんだっけ・・・?あ、そうか。身バレすると周りがちょっかい出してくるって王様が言ってたからか)
すっかり隠す理由を忘れていた恵二は、まず二人に正体を吹聴しないよう言いつけた。不可抗力とはいえ、今回みたいなトラブルの原因ともなり得るからだ。それに二人とも首を縦に振り了承すると、異世界人とのQ&Aが始まる。最初に質問したのはセオッツからであった。
「異世界人ってことは違う世界から来たんだろ?そこはどんな世界なんだ?」
「地球って名前の星・・・世界だよ。こっちでは青の世界<アース>って呼ばれてる。どんな所と言われると、うーん・・・」
恵二は故郷である世界を思い浮かべ少し考えてから再度語りかける。
「この世界との大きな違いは、魔術や魔物が存在しないってところだな」
「・・・魔物はともかく、魔術が無いのは不便な世界ね」
そう反応したのはサミであった。しかしこれには反論させてもらう。
「そうでもないぞ?俺のいた世界では魔術の代わりに科学ってのがあって、色々と便利なんだ」
「「かがく?」」
「あー、科学ってのはだな・・・」
これは長丁場になりそうだと覚悟した恵二は二人に科学や日本の暮らしについて語っていく。
「まぁ、あんたがブルーって聞いて妙に納得したわ」
「・・・俺は変態だって言いたいのか?」
「そうじゃないわよ。まあ変なヤツだとは思ってたけどね」
「そうそう、どこか常識外れだし。たまに変な事言い出すしな」
サミの言葉にセオッツが同調する。恵二がこの世界に来てまだ1年も経っていない。その為どうしても周りから浮いてしまって見えたらしい。
「ふふ。でも異世界人って言っても見た目は特に変わらないわね」
「まあ、そんなに俺たちと違いはなさそうだし、ケージはケージってことさ」
「そりゃどうも」
そっけない返事をする恵二ではあるが、この世界で始めてできた友達である二人から、そんなに距離感を感じないことには内心ほっとする。正体をばらせばもっと引かれるのではないかと思っていたからだ。
「そういえばハーデアルトの王城でついこの間、異世界の勇者を召還したって聞いたけどあれってケージのことなのか?」
セオッツの疑問は当然の事であろう。余りにも同じタイミングで発表があったのだ。お前は異世界人で、さらに勇者なのかと少年は問いただす。
「いや、違うよ。俺は発表があった7人の勇者じゃあない」
「なんだ、違うのか・・・」
勇者の件については、余り触れ回らないようにとハーデアルト王にも注意されている。それに只でさえ異世界人である自分が、さらに勇者の称号まで付いてくるとかなり悪目立ちをしてしまう。二人にこの事は黙っているつもりであった。
「・・・俺はあの7人と一緒に召還された異世界人だが落ちこぼれでね。王様に無理言って城を出てきたんだ・・・・」
「・・・マジか?」
「・・・それホント?」
黙っているつもりだったのに、ついその先の言葉が出てしまった。言うつもりはなかったのになんで喋ってしまったのか、自分のことのくせにひどく驚いてしまう。
(・・・多分、もうこの二人に嘘をつきたくなかったんだな)
全くの出鱈目を話していたわけではなかったが、恵二の事を信頼してくれている二人にこれ以上の隠し事はしたくなかったのだ。そう自分の気持ちに整理をつけると、なんだか段々晴れやかな気分になってくる。
「ああ、本当だ。これも他言無用でよろしく。色々と面倒なことになるらしいから」
「・・・でしょうね」
「お前クラスで落ちこぼれって・・・。どんだけ勇者は化け物なんだよ!?」
それには心から同意する。<超強化>を得た今の恵二なら、スキルではイーブンだろうが魔力量は7人と比べるとだいぶ劣る。さらに地球人以外の勇者に至っては、戦闘や魔術を扱う経験値にも差がある。どうしてもあの7人と比べると恵二は見劣りしてしまうのだ。
「俺の知っている勇者の一人なんか、魔術で辺り一面を焦土に変えてたぞ」
「「・・・・・・」」
以前、魔女っ子勇者ナルジャニアが火属性魔術をぶっ放していたのを見たことがあった。その事を話すと二人とも呆気にとられている。上には上がいることを痛感させられる二人であった。
「へっくちゅん」
「風邪ひいた?ナルお姉ちゃん」
可愛いくしゃみをする魔術師然としたローブと帽子をかぶった少女に、彼女よりさらに幼いエルフ耳の少女が心配そうにそう尋ねる。
「むー。ケージさん辺りが私のことを噂しているのかもしれません」
「?」
なんの事を言っているのか分からないエルフ耳の少女ミイレシュにナルジャニアは説明を補足する。
「前にアカネさんが言ってました。くしゃみをするのは誰かが噂してるからだって」
「・・・ケージお兄ちゃんはミイの噂はしてないの?」
するとミイレシュは悲しそうな表情でそう呟く。どうやら面倒見の良かった兄貴分である恵二は、自分の事なんか忘れてしまったんだと思い込み消沈してしまう。目に涙を溜めはじめた妹分のミイレシュに、勇者である魔術師の少女はあたふたと慌てふためく。
「そ、そんな事ないです。ケージさんがミイの事を忘れるわけないです。きっとケージさんは私の悪口でも言ってたんです」
「ケージが、どうしたって?」
泣き虫のエルフ少女をなんとか慰めていたナルジャニアの背後から、野太い声が掛かる。
「グインさん。もう手続きは終わったんですか?」
「おうよ、さっさと中に入るぞ」
グインと呼ばれた大男がそう答える。この大男はナルジャニアやミイレシュと同じ7人の勇者の1人であった。その体格故、勇者の中でも一番の怪力を誇る皆の兄貴分でもある。最近は同じ兄貴ポジションでもあるバルディスとキャラが被ることもあり、“俺って勇者の中で一番影薄いんじゃ・・・”といった悩みを抱えている。
現在ナルジャニア、ミイレシュ、グインの勇者3名はグリズワード国の要請で対アンデッドの戦力としてここシドリスの町まで来ていた。襲撃を警戒してか門は封鎖されていたのだが、ついさっきグインと随伴の騎士とでグインたちの来訪を告げてきた。
「どうやら横の兵舎から町中に入れるようだ。町に入ったらまずは親方に会いに行くぞ」
「親方?町長さんや兵士長さんではなくて、親方さんに会いに行くんですか?」
グインの言葉に疑念を抱くナルジャニア。何故アンデッド退治の応援に来たナルジャニアたち勇者が、町の上層部であろう町長や兵を束ねる者を無視して、親方なる人物に会いに行くのか不思議に思ったのだ。
「・・・知らん。衛兵にそう言われたんだ。話は親方にって」
「よく分からない町ですね」
勇者御一行は頭を捻りながらシドリスの町へと踏み入れる。




