会った事ねえや
「何かしら、これ・・・?」
オーガとの死闘を終えた3人は、ひとまず討伐証明としてオーガの頭部の一部と、お金になりそうな部位を取り出そうと解体作業をしていた。一通り終わりかけたところに突然サミが声を上げたのだ。
「ん?なんだそれ?」
思わず恵二もそう呟く。サミが手にしていた物は、赤黒く丸い宝石のようであった。
「もしかして、これって魔石か?」
稀に魔力の籠った宝石が、ダンジョンや魔物の体内などから現れることがあるらしい。その魔石に籠められる魔力の総量次第ではお宝になるのだとか。しかし、恵二のその言葉にサミは首を横に振る。
「多分違うと思う。だって魔力を全く感じないもの」
そう、その丸い宝石のような物からは魔力を全く感じなかったのだ。それに自然発生した魔石にしては、加工されたかのように見事に丸い形状だ。では一体これは何なのであろうか。
「おい、こっちにも同じのがあるぜ!」
声を上げたセオッツの方へと向かうと、丁度オーガの体内から丸い宝石を取り出したばかりのようだ。オーガの血でぬめっとしているが、それはサミが持っているのとどうやら同じ物のようだ。
しかも、セオッツが取り出したオーガの死体は、先程<覚醒進化>を起こした個体からであった。何か関係があるのだろうか。とりあえず解体作業を再会すると、更に丸い宝石のような物が1個出て、これで計3つとなった。
「ねえ、これももしかしてそうじゃないかしら?」
サミがそう口にして指した物は、元々は多角鬼であった燃えカスの中で残っていた黒く焦げた物体であった。確かに形状は似ている。しかし触ってみるとその物体はすぐに崩れてしまった。
結局その丸っこい物体が何かなど3人には分かるはずなく、そのまま無事な3つを回収して村へと戻った。
「おお、無事だったのかい!良かった良かった」
「無事だったのかい、じゃないわよ!一体どういうことよ!」
村へと戻ると依頼主である村の男は笑顔で出迎えてくれたが、返ってきたサミの怒声にキョトンとした表情になる。
彼女はすぐに討伐証明の部位を男に見せて説明していくと、最初はそれを気持ち悪がって見ていた顔が更に青ざめていった。
「まさか、Aランクの魔物までいたとは・・・」
「ランクも数も全然出鱈目じゃない!危うく死にそうになったわよ!」
(ランクについてはしょうがないんじゃないかなぁ・・・)
恵二は心の中でそう思ったが、黙って目の前のやり取りを見守ることにした。
「そ、そいつはすまなかったね・・・。ちゃんと報酬は支払うから勘弁してくれよ」
「・・・分かったわ。結果無事だったしちゃんと貰えるのならこれ以上文句は言わないわ」
そう言ってサミが提示した額は男が想像した以上の額だったらしく、慌てて男は反論した。
「い、いくら9体も居たからって髙すぎじゃないかい!?それにAランクのオーガは討伐証明の部位を持っていないんだろう?」
「安心して、ちゃんと8体分よ。でも報酬は相場の2割増しって約束でしょ?7体分はその契約書通りだけど1体はBランクだったんだから、その分の金額よ」
「いや、だって最初はただのオーガだったわけだし・・・」
「契約書は、ちゃんと“討伐部位の相場の”って記載があるわ。それともそれを無視するなら討伐部位を持っていないAランクも混ぜてもいいのかしら?」
「わ、わかった!わかったよ。その金額で支払うよ」
「よろしく~」
「・・・すげえ」
その二人のやり取りを眺めていたセオッツが思わずそう呟いた。
(流石Cランク冒険者の話術といったところか)
恵二も素直にそう感心してしまった。
泣きそうな顔をした男に見送られて、3人は今度は西の街道へと馬車を走らせた。
馬車を走らせ5時間ほど、オーガ退治に時間を割かれた3人は予定より大幅に遅れて国境の町フォルセトへと到着した。この町の中央には国境線の代わりとなっている巨大な川、ユミル河が流れており町は東西に二分されている。どちらもフォルセトの町ではあるが、正確にはグリズワード領土を東フォルセト、シキアノス側を西フォルセトと呼ぶ。恵二たちは前者の東フォルセトに到着をした。
「この町の中央にある橋が検問所で、川を超えるとシキアノス公国よ」
もう彼女の祖国はすぐそこだと二人に説明をする。
「入国手続きはどうするんだ?ランク証を見せれば大丈夫か?」
「ええ。後は簡単な検査があるわ。違法なモノを持ち入れなければ問題はないわ」
「違法なモノ?」
セオッツの質問にサミはテキパキと答えていくが、1つ気になる情報に恵二は横から割って質問をする。
「ええ、例えば禁止されている薬物や盗品、後はモノだけでなく犯罪者や他国の間者といったヒトも対象となるわ」
「ふーん」
そこら辺は地球とさほど変わらないのだろう。身軽であった恵二は特に引っかかりそうな物は一切持っていなかった。
「けど今日はもう時間が遅いわ。検問所も閉めているでしょうし、どこかで宿を取りましょう」
サミの提案で適当な宿を取り身体を休める。食後から寝る前の間に、恵二はサミから魔術の指導をお願いされる。
(もう殆ど教えることは無いと思うのだけど・・・)
この短期間で魔術の詠唱を短くすることに成功し、制御技術も向上している彼女に教えられることはもう何も無かった。それでもしつこくアドバイスを求めるので、あっちの世界で子供の頃見ていたアニメのキャラクターが使っていた技などをあれこれ参考に話してみた。
「変身するの?何の為に?」
「そりゃあヒーローは正体がバレてはいけないからだ」
「じゃあ、なんでわざわざ目立つポーズを取るのよ」
「そりゃあヒーローだからだ」
「いや、私魔術師なんだけど・・・」
そんな下らない話をしながら彼女の訓練を手伝う。横で聞いていたセオッツがヒーローについて、やたら食いついてきたのはご愛嬌。そんなこんなで一夜が過ぎていった。
軽く朝食を終えた3人は、すぐに検問所へと向かった。橋の門が開く時間はもっと遅い時間であったが既に何人か並んでいる者たちがいた。少しでも早く通過しようと朝から並んでいる者たちだ。恵二たちも先を急ぐため、馬車ごとその列に並んで順番を待つ。
「この位置だと8時くらいには出発できそうね」
「うへえ、まだ2時間もあるのか」
「しょうがないじゃない。一人一人検査すればそれだけ時間が掛かるわよ」
どうやらシキアノスへ入国する際の検問は、グリズワード国のイーストゲートで行われた検査より厳しいらしく、どうしても時間が掛かるのだ。というのもシキアノスは別名、貴族の国とも呼ばれている。その貴族に害になる物や者が入ってこないよう念入りに検査をしているのだとか。
貴族の国とは呼ばれていてもその数は少数で、その他大勢が庶民で構成されている。しかしその格差は激しく何事も貴族優先となっている国なのだとか。この検問所も横から貴族が割り込めば、列に並ばずに通過する事が出来るらしい。勿論検査など無しである。
一介の冒険者に過ぎない3人は、大人しく順番が来るまで並んで待っていた。その間にサミからシキアノスについてあれこれと話を伺い時間を潰す。そして話の話題はとある町へと切り替わった。
「アルニの町?」
「そう、色々と噂の絶えない北にある町よ。元々は普通の町だったんだけど、領主が急変したのが原因ね」
「領主が具合でも悪くしたのか?」
「あー、違うわ。体調じゃなく性格が急変したのよ。元は真面目な領主って評判だったらしいけど」
「悪政を行ったのか?」
「うーん。町は大きくなってるし、栄えてはいるらしいわね・・・」
いまいち要領を得ない話である。黙って話の続きを聞いてみる。
「なんでもその町にはモエ酒場っておかしなお店があってね」
「・・・なに?」
「なんだその名前の酒場?」
「店員は全員獣人の女の子で、メイドの格好をさせているらしいわ」
「・・・・・・」
「へえ、変な店だな」
段々嫌な予感がして来た恵二だが、大人しくサミの話しに耳を貸す。
「それでお客が来たら全員をご主人様扱いして、歌ったり踊ったり、あと料理に変な魔術をかけるらしいわ」
「あー・・・」
「最後の料理に魔術ってのは意味不明だが、可愛い女の子の店員が芸をしてくれる酒場なのか?」
「・・・ええ、それで男どもが大挙して評判らしいわよ?」
(間違いない、同郷人だ!)
恐らくそれは“メイド喫茶”で間違いないであろう。そしてそんな知恵を持っているのは間違いなく日本人、つまり発案者は異世界人であった。
(まさか、領主は俺と同じ異世界人か?)
恵二の胸中を余所にサミは語り続ける。
「その他にも貴重な紙で女の子絵ばっかりの本を作ったり、やっぱり女の子の木像を作ったりして、それを商売にしているらしいわ」
「儲かってるのか?それ?」
「ええ、一部で人気だそうよ」
恐らく漫画やフィギュアなのだろうか。その同郷人は日本のオタク文化をその町に広めているらしく、それで収益を上げているらしい。続けてサミは口を開く。
「でも、問題もあってね・・・」
「というと?」
「領主が幼女好きの変態になってしまってね。すっかり腑抜けてしまったらしいのよ」
「・・・」
「・・・」
「町の収益は上げてはいるんだけどね。周辺の魔物の討伐を疎かにしたり、町の防衛費を削減したりと一部から非難もあがっているらしいわね」
なんでも“モエ文化”とやらに夢中になり過ぎて他の事が疎かになっているらしく、近隣の貴族からも批判が出ているらしい。
(何やってるんだ・・・)
そう思っていた恵二だが、その後のサミから意外な情報が飛び出す。
「なんでも、その領主を誑かしたのは異世界人らしくてね。そのせいで領主が変態になったらしいわ。実はこの国は一部の異世界人の入国を禁止しているのよ」
「へ?」
「へえ」
彼女の台詞から聞き捨てならない情報が出てきた。どうやら領主が異世界人ではないようだが、問題はその後の言葉だ。彼女は更に話を続ける。
「昔にも、異世界人騒動があってね。確かその時は町が1つ半壊したそうよ。それ以来入国検査ではそこら辺も調べているらしいのよ」
「異世界人かあ。俺、まだ会った事ねえや」
(セオッツさんや、すぐ隣におりますよ!)
どうやらこの国は異世界人に余り良くない感情があるらしく、入国禁止にしているようだ。恵二は正真正銘の異世界人である。もしバレたらどうなってしまうのであろうか。
(いや、落ち着け。俺はこの二人と比べてもそう変わらない風貌だ。今までだってバレなかったじゃないか)
そう、落ち着いてそのまま遣り過ごせば発覚することもあるまい。そう考えていた恵二に声が掛かる。どうやら3人の検問の番のようだ。
「やーっと順番か。待ちくたびれたぜ」
「・・・っ!」
恵二の心臓が跳ね上がる。さっきまで今か今かと待ち侘びていたのに、もう順番が来てしまったかと考えを180度変える。
(大丈夫、落ち着け恵二。平常心、平常心・・・)
心を落ち着かせて大人しく検問をしている兵士の指示に従う。しかしその平常心も、3人より順番が一つ前の者が検査を受けている光景をみて見事に崩れ去る。
(あ、アレは!?)
検査をしている兵士は手に何かを持っている。それはテニスボールほどの大きさの水晶であった。
(あれって、確か<色世分け>に使ったヤツじゃあ・・・)
そうあれと同じものを一度王城で見た。はじめて異世界に来た日、確かそれを使って恵二たち勇者の出身世界を色で区別していなかっただろうか。恵二は頭の記憶を思い起こし、あの日の出来事を思い出す。
(まずい!あれを使われて青く光りでもしたら、あっという間に<青の異人>だってことがバレる!誤魔化しようがないぞ!?)
「さて、次の者」
無情にも兵士から次はお前たちの番だと告げられる。




