・・・あの親父め
馬車を飛ばしたお蔭でギリギリ日が落ちる前には予定していた村へと着くことが出来た。
「サミ。ケージのやつが限界だ!早く宿を取って休ませようぜ」
「ったく。だらしがないわねぇ・・・」
「・・・」
馬車酔いが酷く、もう何も喋れなかった恵二はセオッツに運ばれてすぐさま宿屋のベッドで横になった。
「もう、せっかく魔術の制御を教えて貰おうと思ってたのに・・・。仕方ないから今日はアンタに読み書きを教えるわ」
「げっ!今日はゆっくり休めると思ってたのに・・・」
こうして馬車街道沿いの村での一夜は過ぎたのであった。
そして翌朝、すっかり体調が良くなった恵二は朝食を済ませるとサミにあるお願いをした。
「サミ、馬車の操縦方法を教えてくれないか?」
「無理」
即答で断られてしまった。
「いや、無理ってなんでさ?操縦している横で見学しながら教えてくれるとありがたいんだけど・・・」
「うーん、難しいと思うわよ。正直魔術以上に教える自信がないわね」
なんでもサミも余り馬車の操縦がうまくないようである。道理でやけに揺れると思った。
「結構感覚的なアドバイスしか出来ないわよ?それよりシキアノスで誰か上手い人に習った方がいいと思うわ」
どうやらシキアノスは平地が多く、馬も盛んに利用されているようだ。当然扱いがうまい人も多く、サミも知り合いから教わったらしい。ちゃんと操縦技術を持った人に習うべきだと勧められた恵二は、暫くはサミの荒い運転に耐えるしかないかと諦めた。
準備が整いさっそく村を出ようとしたところ、3人に声を掛けてくる者がいた。
「君たち、冒険者なんだって?」
声を掛けてきた男は40歳くらいの村人で、どうやら宿屋の主人経由で3人の素性を耳に入れたようだ。
「そうだけど、何か用か?」
セオッツが代表して聞き返すと、男は3人に依頼を頼みたいと申し出た。
「実はミクトランスへと続く南の街道に最近オーガが出没するらしいんだ。君たちにはそのオーガを排除して貰いたい」
ミクトランスというのはシキアノス公国の南に広がる新興国で、近年成長が目覚ましく近々大国の仲間入り
になるのだとか。ここグリズワード国ともほんの僅かではあるが隣接している国らしい。そこへと続く唯一の街道にオーガが現れて、行商人が何回か被害にあっているのだとか。
もちろん村はすぐに近場の冒険者ギルドまでひとっ走りをし依頼をしたのだが、アンデッド騒ぎで中々手が回らず未だに受け手がいないらしい。そこで若さは若干気になったものの、馬車持ちの冒険者パーティーならば大丈夫だろうと話を持ちかけたらしい。しかしこっちにも事情がある。
「悪いけどおじさん。私たち先を急いでいるのよ。他を当たってくれない?」
「そ、そんな!困るよ。このままでは村の備蓄が底を尽きそうなんだ。馬車なら半日かからない場所に居座っているようなんだ、頼むよお!」
男は半ば泣きつくように恵二たちを説得する。どうやら彼は村の物流を任されている者のようで、このままでは責任を追求されてしまうと話す。恵二たちにとっては他人事なのだが、オーガの件についてはこの男に全くの落ち度は無い。このまま見捨てるのも後ろ髪を引かれそうだと思ったサミは、一応話を聞いてやることにした。
「で、そのオーガの数は?角は何本なの?肌は何色?」
「う、受けてくれるのかい!?」
「相手にもよるわね。流石に多角鬼や朱王鬼じゃ私たちの手に負えないわよ?」
オーガは、角の数が増えていくごとに脅威度のランクを上げてく。三本角が最多でそれ以上の個体は角が無くなる代わりに肌の色を変化させるのだとか。特に赤や黒色は伝説級に該当する為、出会ったらすぐに逃げるのが賢明な判断であった。
「あはは、まさかそんな危険な魔物の討伐なんか頼まないよ」
男も流石に年端もいかない冒険者たちに無理な討伐を依頼する気は無いらしい。しかしそれはそれで、笑われるのはなんだか見くびられているような気分でムッとした表情をするサミ。
「・・・頼む気がないのなら他に当たって。私たちは忙しいのよ」
「ああっ!ごめん、待ってくれ!相手はただのシングルオーガだよ。数は多くても4体。報酬は色を付けるから本当に頼むよ!」
慌てて泣きそうな顔でサミを引き留める男。泣いたり笑ったり忙しい人だ。
「ふう、わかったわ。相場の報酬2割増しでなら請け負うわ。・・・これに記載をお願い」
そういうとサミは腰のポーチから、何か文字が書かれている紙を男に渡す。思わず恵二は隣で暇そうにしているセオッツに質問をする。
「なあ、なんだあれは?」
「ん?たしかあれは、ギルドを通さず緊急な依頼を受ける場合に使う用紙だ」
俺は持ってないけどな、と付け加えそう説明をする少年。元々お金にはそこまで執着していない性格の上、少し前まで全く読み書きできなかった少年には必要がなかったのだ。
男はその紙に書かれた内容に目を通すと、依頼の内容と報酬を記入していく。流石に村の物流を任されているだけあってか読み書きがちゃんとできるようだ。記入し終わった紙をサミは受け取るとすぐにサッと目を通す。どうやら問題なかったようで笑顔で頷くと、男にさっそく討伐に出かけることを伝える。
「ありがとう!本当にありがとう!」
「・・・お礼は依頼が終わったら、キッチリと報酬でしてよね」
「あ、ああ・・・。どうか気をつけてね」
金銭面では本当にしっかりとした性格である彼女を少しは見習うべきだろうか。しかしもっとこう言い方があるのではないかとも同時に思ってしまう。
「さ、二人とも。早く馬車に乗って!サクッと終わらせるわよ」
「お、おう」
「わかった」
3人は予定を変更し南の街道へと向かって行く。
「・・・あの親父め」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
オーガが出ると聞いた場所へと赴いた3人が目にした光景は、全部で7体のオーガが近くにいたシカのような動物を襲っているところであった。そこまで足の速くないオーガでは、その2頭のシカを掴まえるのは一苦労であろう。しかし予め逃げる方向に待ち構えていた2体のオーガが見事シカを掴まえる。
これで更に2体増えてオーガは全部で9体となった。男から聞いた話の倍以上の数に思わず悪態をつくサミ。オーガはその怪力でもってシカの首を千切り離すと、調理などは一切せずそのままシカに貪りつく。
「なあ、サミ。引き返すか?」
「・・・それもなんだか癪ね」
セオッツの提案に苦い顔をするサミ。あの男には文句の一つでも言ってやりたいが、逃げ帰ってきたとあっては格好もつかない。少し考えた後に口を開く。
「ケージ。前にオーガを倒した火力の火弾はどのくらい放てるの?」
「あの人数分なら問題ないぞ。更に倍の数でも対処できる」
そう、幸いにも相手は報告通り9体ともCランクの一角鬼であった。Dランク冒険者がCランクの大群にも対処できるというのもどうかと思われるが、恵二のスキルを使えば問題ないとサミに告げる。しかし、そこにセオッツが待ったをかける。
「ちょっと待ってくれ。火弾で倒すのもいいが、以前みたいにオーガが消し炭にならないか?それでどうやって倒した数を証明をする?」
「あ、そうか」
らしくなく失念していたサミ。前みたいに全てを燃やし尽くしてしまえば討伐証明できないのだ。だが恵二にはちゃんと考えがあった。
「要は、ちゃんとオーガだと分かる部位を残して倒せばいいんだろ?任せてくれ」
そう言葉にすると恵二は魔術の準備をする。恵二は火弾の他にもう一つ攻撃用の魔術を持っていた。こっちは何時でも大丈夫だと二人に告げる。サミも詠唱を始め準備を開始する。セオッツは二人がオーガを討ち漏らした時に備え剣を抜き待機する。
どうやら全員準備が終わったようで、まずは恵二から仕掛ける。
「行くぞ、風刃!」
風属性の初級魔術、<風刃>。前にクマと対峙した時に使用した魔術だ。あの時は自身のスキル<超強化>が覚醒する前の素の状態で放ったので、クマの目を潰すのが精いっぱいであった。
だが今回は超強化で強化した風刃を全部で5発一斉掃射する。
食事に夢中であった一角鬼たちは、恵二の放った魔術に全く気が付いていなかった。放った5発の刃は、恵二の思い描いたどおりに5体のオーガの首を刎ね飛ばした。
『――――!?』
5体のオーガが事切れたことにより、そこではじめて残りのオーガたちは恵二たち襲撃者に気が付いた。その直後、今度はサミの放った炎槍が1体のオーガの脚に着弾し上手く頭部を残すように焼き殺す。
慌てて残り3体のオーガがこちらへとやってくる。しかしまだ大分離れており、恵二は余裕で3発の風刃を再び放つ。
「こりゃあ、俺の出番は無いな」
セオッツの口にした言葉は他の二人の思いを代弁するかのような台詞であった。誰もがこの攻撃で終わりだろうと考えたが次の瞬間、その思い違いに気付かされた。
「――なに!?」
さっきと同じ威力で放った風刃は、確かにオーガの首へと命中した。しかし、飛んだ頭は1つだけ。残り2体のオーガは首に傷を負うもそのまま恵二たちへと猛突進してきた。
「ちょっと!あれ、一角鬼じゃないわよ!?」
3人に迫ってくる残り2体のオーガを指差してそう口にしたサミ。つられてよく観察してみると、なんとオーガの頭部には大きな角の他にもう一本、小さい角が生えていた。
「おいおい、俺がさっき見た時はあんなのなかったぜ!」
オーガに戦いを挑む前に、奴らの様子は一番視力の高いセオッツに確認をしてもらっていた。その時は間違いなく一角であったと話す。再度オーガの頭部を見ると小さい角が心なしか少し大きくなってきているように思われる。
「まさか・・・<覚醒進化>だとでも言うの・・・?」
<覚醒進化>
それは以前討伐をした緑角猪が行った、魔物が稀にみせる特殊進化のことだ。
魔物には同種の個体でも強さでランクが区分されている。たとえばオーガは基本的に、角の数や肌の色で強さが変わる。さっきまでの一角オーガはオーガ種の中でも底辺に位置する個体だ。
しかし、稀にそのランクを覆す現象が起こる。どういうメカニズムなのかは不明だが、突如姿を進化させランクを上げる個体がいるのだという。
目の前のオーガは、明らかに角が1本増えた。つまりこの2体のオーガはランクBの<双角鬼>へと進化したのだ。当然、その身体能力も大幅アップされている。
「っち、どうりで風刃が防がれた訳だ」
「ありえない・・・。2体同時に<覚醒進化>するだなんて・・・」
「そんなこと言ってる場合か!?迎撃すっぞ!」
セオッツの声にハッとする二人。もう双角鬼はすぐそこに迫ってきている。
「セオッツ、右を足止めしてくれ。左を先に仕留める!」
「お任せ!」
恵二の声に返事をすると同時に右のオーガへと駆けて行くセオッツ。さっきより一回り大きくなったオーガと少年の体格差は歴然であった。だがそれにも怯むこと無く相対するセオッツ。確かにパワーでは圧倒されるだろうが、それでもスピードはまだセオッツの方が上であった。
オーガの繰り出した一撃を余裕をもって避けると同時に剣で腕を斬りつける。しかし腕をぶった切ろうとしたその一撃は浅い傷を残すだけで深手を負わせる事が出来ない。
「――っ!かってえ」
浅いとはいえ傷をつけられたオーガは、完全にセオッツを標的と定め怒り狂ったように腕を振り回す。それをセオッツは全て躱しながらも剣でオーガの体に傷を増やしていく。
一方その間に恵二は、再び風刃を左のオーガに放った。
(今度は大幅に強化した。防げる訳が無い!)
恵二の考え通り、その刃は双角鬼の首を刎ねた。残るはセオッツが相手をしている1体のみ。
「セオッツ、離れて!」
そう告げると、すかさずサミは火弾をオーガへと放つ。あくまで牽制の為の魔術だ。セオッツへと意識を集中していたオーガは横っ腹から魔術を被弾すると、堪らずその動きを止める。
「チャンス!」
好機と考えたセオッツはすかさず全速力でオーガの懐に入ると、その勢いのまま剣を首へと閃かせる。
「――っ!?なんだと!!」
しかし今日一番のセオッツの一撃は、オーガの首にかすり傷さえつけることができなかった。一瞬動きを止めたセオッツに後ろから恵二が声を掛ける。
「一旦離れろセオッツ!」
「――っ!おう」
セオッツが慌てて離れたのと同時に十分強化した風刃をオーガの首へと放つ。しかし、強化した風刃でさえも浅い傷を残すだけであった。
「ちょっと、嘘でしょ?なによそれ!?」
サミが何やら悲鳴に近い声をあげる。最初は訳が分からなかった二人もオーガの頭部を見た途端、その言葉の意味を知る。
「角が・・・、3本目だと・・・!?」
そう、オーガからは更にもう一本小さい角が生えつつあった。このオーガは更に覚醒進化を起こしたのだ。
「こんなの聞いたことないわよ!」
「角が3本って、ランクはいくつになるんだ?」
「・・・Aランクよ」
そう、さっきまでCランクであったオーガはこの瞬間、Aランク<多角鬼>へと進化を遂げたのだ。
「グオオオオオオオォォ!!」
生まれ変わったオーガは溢れるような力を歓喜するかのように雄たけびを上げる。ビリビリと芯に響く声に呆けていた3人はハッとする。
「――っ!すぐにコイツを倒すわよ!今ならまだ倒せる!これ以上進化されたらお終いよ!!」
サミの声にすぐに行動を起こす二人。セオッツは十分距離を取って多角鬼を牽制するがスピードも上がったようで、少しでも気を抜くとすぐに掴まりそうであった。
「っく・・・!ケージ、頼む!」
流石のセオッツやサミもAランクを相手には荷が重すぎた。二人とも恵二のスキルに頼らざるを得ないことを瞬時に理解した。恵二もすぐに火弾を準備する。もう討伐証明がどうのこうのと言っていられない。全力で放つつもりであった。
「セオッツ、離れろ!」
声と同時に魔術で牽制し、オーガの気を引くサミと距離を取るセオッツ。そのすぐ直後に恵二はほぼ全力に近い火弾をお見舞いする。
いや、それは既に火弾と呼べるような代物では無かった。恵二の超強化により大幅強化された火弾は、奇しくも目標のオーガと同じ様に何段階も進化を遂げ、まるで上級魔術並の火力で標的を焼き尽くした。
「――グオオォォ・・・!!」
しかし流石はAランクの生命力といったところだろうか。これほどの炎に巻かれても暫くは声を上げ続けるが、やがて力尽き大地へとその巨体を埋めた。更に数十秒経つとその巨体は見る影もなく消し炭へと化した。
その結果を恵二は見届けると、途端に身体の力が抜けるのを感じた。恐らくスキルを多用した反動であろう。それにしてもちょっとしたお小遣い稼ぎが、とんだ死闘になったものである。
「・・・あの親父め」
恵二は思わず、少し前の彼女と同じ台詞で悪態をついた。
 




