反則じゃねーか!?
アンデッドたちが去ったのを確認した恵二は、スキルの強化を解いた。残りの使用時間は既にギリギリであったのだ。
(スキルの使用時間は今後の課題だな。それに素の状態でも戦えるようもっと腕を磨かなければ・・・)
力不足を認識した恵二は、改めて己を鍛えなおそうと心に決めた。そんなことを考えていた恵二の元に、応援に駆け付けた兵士たちがやってきた。
「坊主、無事か!?」
「アンデッドどもはどこにいった!?」
兵たちもこちらへ駆けつけている間にアンデッドたちを目撃していた。それが強い光と同時に見失ってしまったのだ。恵二は大まかに先程までの出来事を話し、アンデッドが去ったことを告げる。ただ兵たちもその話を鵜呑みにして引くわけにもいかず、周辺を探索すると告げてから来た道を引き返していった。
丁度兵士たちが小道を戻って行ったのとすれ違いで、セオッツとサミの二人が駆けつけて来た。どうやら二人も無事であったようで思わず安堵の吐息をもらす。よく見ると体や服のあちこちに細かい傷があるものの、二人は元気そうであった。
「大丈夫だったか?二人とも」
「おお、問題ないぜ!」
「ま、なんとかね」
恵二の問いに軽い口調で返す二人。しかし墓地に現れたアンデッドの数はとてもではないが二人で凌げる物量ではなかったはずだ。そう疑問に思っているとすぐにセオッツが説明をしてくれた。どうやらあの後すぐに、さっきとは別の兵士たちが応援に駆けつけたようだ。それでなんとか凌いでいたら急にアンデッドどもが逃げ去ったという。それから慌てて二人は恵二の応援に駆けつけたのだと話す。
「それで、アイツは仕留める事が出来た?」
アイツとは厄介な骸骨の斥候のことであろう。寝込みをあんなのに襲われたらたまったものではない。しかし、ちゃんと倒せたかというサミの問いに渋い顔をする恵二。それで察してくれたのか、それ以上は深く追求してこなかった。
「なあ、とりあえず俺らも他の所の応援に行こうぜ」
空気を読んだのか偶々か、突然話題を変えるセオッツの提案に二人は揃って頷く。早速三人は最初に襲撃があったらしい西門へと向かった。その道中、恵二は特殊なアンデッドたちとのやり取りを詳しく説明した。あれから更に3体の特殊個体が現れたこと。絶体絶命の中、取引を持ちかけられたこと。そしてそれを受けたこと。恵二のその話を聞いて、まず返ってきた第一声はサミの呆れた声であった。
「あんた、よく生きてたわね・・・」
確かに、あのまま戦っていれば恐らく殺されていただろう。今になって死の恐怖を感じ始めたのか、恵二の手が小さく震えだす。そんな恵二の胸中を余所にサミはこう話を続ける。
「ケージ。今の話、ちゃんと親方にも報告しなさい」
そう、今現在町中では動いている骨の魔物は一切見かけなかった。どうやらあのアンデッドたちは約束を守っているのであろう。だが事情を知らない親方や町の兵たちは急に去って行ったアンデッドたちに疑問を持つだろう。事情を知っている恵二はきちんと報告をしなければならないのだ。
だが気がかりな事もある。魔物と取引したと説明してもそう簡単に信じて貰えるのだろうか。仮に信じて貰えても、魔物と取引をした裏切り者と罵られるのではないかという不安もあった。アンデッドたちは去って行ったが、道中には多数の死傷者がいた。既に間に合わなかったのだ。自分がもっと早く決断していればという後悔が1つ。また、それとは真逆で逃がしても良かったのかという疑念だ。
ここで朽ちた人たちの無念を晴らすべきだったのではないか。例え自分の命と引き換えにしても、奴らを仕留めて今後の被害を減らすべきだったのではないだろうかと考えてしまう。
恐らく全力でスキルを使えば1人は確実に倒せたであろう。骸骨の魔術師さえ倒せば多分ワープの魔術は使えず、他の3体のアンデッドは後から来た兵士たちが逃がさなかったのではないだろうか。そういった後悔の念が次々と頭の中で渦巻く。その恵二の胸中を察したのかサミは声を掛ける。
「あんた以外ならとっくに殺されてるわよ。むしろ取引をしてアンデッドを引かせた事に親方は評価をすると思うわ」
サミの気遣いに若干気持ちが楽になる。さらにセオッツも、暗い雰囲気を変えようと考えたのか唐突に別の話題を持ちかける。
「なあ。ケージって実力隠してたのか?」
「・・・・」
「あー・・・」
すっかり忘れていたが先の戦闘で恵二は二人の目の前で、スキル全快で回避をしてみせたのだ。凡そ人の目では認識できない程の超スピードで15メートルも駆けたのだ。それを見ていたセオッツは疑問を投げかける。サミも興味があるらしくジッとこちらを見つめる。
(どうする?二人になら話しても問題は無いか?)
多分この二人ならやたらめったら恵二の秘密を風潮しないであろう。もしかしたらセオッツはうっかり喋ってしまう可能性があるが。
(流石に効果時間とかは伏せた方がいいよな。さっきそれが洩れてたら、俺死んでたしな)
武芸者にとって切り札の情報とはかなり重たいものだ。まさに先程のアンデッドたちとのやり取りは、その情報を隠すことで生死が分かれたのだから。
どこまで話すか考えていた恵二を、話したくないと感じたのか慌てて口を開くセオッツ。
「無理しなくていいぜ。ただ気になっただけだ」
「そうね。非常に気にはなるけど、無理には聴けないわね」
フォローするセオッツとニヤニヤしながら棘のある言い方をするサミ。そんなやり取りをしていたらあっという間に目的地の西門へと辿り着いた。
西門に着いた3人がまず目にしたのは、大きな穴であった。
東門は何度か行き来した恵二だが、西門は初めて見る。その作りは東西全く同じで巨大な壁に大木を加工して作った巨大な門がそびえ立つ。ただ1つ違うのは目の門には大穴が開いていたことであった。
「なんだこりゃあ!?」
恵二は思わず声に出しそうになったが、隣のセオッツが大声で代弁してくれたのでただ息を飲む。穴はどうやら外側から強い衝撃で開けられたらしく、元は門であった大きな木片が内側に散らばっていた。
(恐らく全力で強化した火弾でも、同じような穴にはならないな)
火弾を全力で放てば、どんなものでも焼き溶かせると恵二は考える。しかし精々連発しても人が通れるくらいの大きさだろう。しかしこの大穴は直径7.8メートルくらいはある。一体どれだけの魔術を放てばこうなるのであろう。
(たしか前にナルが爆発系の魔術を披露してくれたが、これはそれ以上だな)
以前王都で、勇者仲間であったナルジャニアが放った魔術での惨状がこれに似ていた。ただし彼女が抑えたのか、これを放った術者がそれ以上なのか破壊の規模は段違いだ。
「ん?ケージたちも無事だったか!」
大穴の前で3人が呆気に囚われていると、横から親方もといマイク・ロックフォールド伯爵から声が掛かった。そこには親方だけでなく、町の兵士長トッシュに第三森林警備隊の副隊長ライアン、更には商人ダーナに冒険者のカンテと恵二の見知った顔が勢ぞろいであった。
(・・・これは、丁度いいのか?)
何やら話し合いをしている親方たちに割って入るのは少し躊躇ったが、さっさと報告して楽になろうと恵二は口を開くのであった。
「なんと!?そんなことが・・・」
「うーむ、これは・・・」
「・・・・・・」
恵二が話し終わると、返ってきた反応はそれぞれ様々であった。一番気になる親方の反応はといえば終始無言でさっきからずっと考え事をしているようだ。この町一番の発言力がある親方の反応は気になるが、まず最初にダーナが口を開いた。
「でわ、アンデッドどもと取引した結果奴らは去ったと・・・」
ダーナの問いに頷き返す恵二。すると兵士長のトッシュがすぐさま声を上げる。
「奴らの約束なんて信用できるわけがない!すぐに兵を編成して追撃をしなくては!」
トッシュの提案に警備隊副隊長のライアンが反論をする。
「待ってほしい。我々も被害が出ている。重傷者2名に軽傷者多数、人手が足りなさすぎる!」
どうやら重傷者の中に警備隊長も入っているようだ。代理にライアンが話し合いに参加をしていた。
「ならば至急応援を要請してほしい。伯爵領の危機なのですよ?第一、第二警備隊をすぐ呼んで下さい!」
「無理だ。例え一領主の窮地でも第一、第二警備隊は動かせない。それにさっきから首都の本部と通信が取れないのだ」
「「なんですって!?」」
「――!?」
どうやらその情報は初耳だったらしく、終始無言であった親方も目を見開く。話を聞くと、どうやら神聖魔術のひとつである<聖なる便り>で通信を得意とする隊員がいるようだ。それが急に本部とのやり取りが出来なくなったとのことだ。
「まさか、首都にもアンデッドたちが!?」
「・・・現在調査中だ」
その返事に一同は黙り込む。目の前の問題が片付かないうちに、更に厄介な情報が入ってきたのだ。今後のことに各々考えを巡らせる。すると、さっきまで無言を貫いていた親方が突然口を開く。
「とりあえずは町の守備を固める。追撃は行わない」
「宜しいんですか?」
「ああ、奴らがどこに行ったのかもわからんしな。それと第三警備隊には首都に向かって貰う」
「な!?」
親方のその指示にトッシュは驚きの声を上げ、すかさず反論する。
「無茶です!只でさえ人手が足りないのに彼ら抜きでは守りきれません。それとも伯爵様は、まさかアンデッドが約束を守るとお思いですか!?」
「思わんよ。あと親方だ!」
アンデッドは信用できないとハッキリ答える親方。そのあと拳骨のおまけ付きで呼び方を改めさせる。
「魔物の戯言なんぞ信用できるか。だがそれよりも気がかりなのは首都の様子だ」
「いつつー。た、確かに気にはなりますが、貴方の領地なのですからまずはこの町に目を向けてはいかがですか?」
「・・・確かに領主たる者、自分の領地の繁栄が一番だ。ただそれはあくまで国あってのことだ。第三警備隊は直ちに首都に行き様子を見て来い」
「はっ!」
親方の命令に敬礼で返すライアン。続けて親方はこう命令を出す。
「確認が取れ次第、すぐに状況をこちらに知らせろ。問題なければ応援もよこせ!後はアンデッドどもが律儀に約束を守ってくれることを祈るだけだな」
そう告げた親方は、もう話し合いはおしまいだと手を振ってそれぞれ持ち場に返す。ライアンはすぐに隊員を呼び集めて無事な者だけで首都を目指すらしい。そんなやり取りを見ていた恵二に親方が話しかけてきた。
「ケージ。ひとまずご苦労だったな」
「親方・・・でも、俺アイツらを黙って見逃してしまいました・・・」
そんな恵二の告白に親方はキョトンとした顔を一瞬見せるも、すぐに笑顔で言葉を返す。
「がきんちょがそんな事いちいち気にすんな。むしろ追い返してくれて感謝したいくらいだぜ!」
ガハハと大笑いしながら肩を叩く親方。手加減なしなので結構痛かったが、心の方は大分癒された。横ではセオッツとサミがそうだろうと言わんばかりのドヤ顔で恵二を眺めていた。
「明後日の早朝にはこの町を発つ。各自準備をしておいてくれ」
護衛隊長代理であるカンテがそう口にする。ダーナ商隊は親方の計らいで、一旦この町を離れることにした。最初はガルムたち重傷者の容体が安定するまで滞在する予定だったが、いつまたアンデッドの襲撃があるか分からない状態であったからだ。
だが悪い知らせばかりではなかった。思ったよりも早くガルムとリックが回復し始めているようだ。さすがはベテラン冒険者の生命力といったところだろうか。医者の一応の許可も貰ったダーナは、商隊を先へ進めることを決断したのだ。
慌ただしい一夜が明けて出発を明日に迎えた恵二は現在、セオッツから剣を教わっていた。といっても剣を持っているのはセオッツだけで、恵二はいつものマジッククォーツ製の短剣で打ち合いをしている。あくまでも直接は狙わず寸止めでという練習だ。しかし武器はお互い真剣な為、セオッツも普段とは比べ物にならない真面目さで取り組んでいる。
恵二は身体能力と五感共に強化を掛けている。MAXを100として5%ほどの出力だが、それでも凄まじい効果を発揮している。Cランクの魔物であれば余裕で倒せるほどのパワーだ。それにもかかわらずセオッツは恵二の動きについてくる。
(こいつ、なんでこの強さでDランクなんだよ!?)
以前から疑問に思っていたが、セオッツの剣は冒険者たちの中でも群を抜いていた。単純な戦闘力ならガルム並かそれ以上ではないかと思われる。しかし何も驚いていたのは恵二だけではなかった。
(ケージのヤツ、この動きで更に魔術も使うのか!?)
短剣を持った少年は我流なその動きでセオッツを翻弄する。強化をした現在、スピードに関しては明らかに恵二の方が上であった。だがセオッツはその持ち前の動体視力でなんとか斬り結んでいる。
(これが超強化とやらの恩恵か!反則じゃねーか!?)
そう、恵二はセオッツとサミの二人にスキルのことを告白したのだ。スキルの詳細や異世界人であることまでは明かさなかったが、それでも二人は大変驚いていた。
恵二の動きが更に速くなってくる。どうやらまたギアを上げたようだ。段々と恵二の姿が捉えづらくなっていく。そしてついに完全に姿を見失うと、セオッツの首元手前に短剣をかざした恵二が現れた。
「・・・参りました」
「よし!」
「ううむ、スキルも実力の内ってやつなんだろうが・・・。剣で負けるのはやっぱ悔しい」
「・・・悪いな」
恵二もスキルでズルしているという引け目があったのだろう。謝罪するとセオッツは慌てて弁解する。悔しくて少し意地悪な言い方になったようだ。
「しかし、まさかスキル持ちとはねえ。まあ確かにそれならあの威力も納得だわ」
「悪いな、騙していたようで。でも制御とかはちゃんと俺の技術だぞ?それだけが取り柄だからな」
「そう。なら教え合うという約束は続行ね。なんなら簡単な魔術でよければ私が教えてあげようか?」
「何?ほんとか!?」
サミの思わぬ提案に聞き返す恵二。それにサミは悪そうな笑みを浮かべてこう語る。
「その代わり勿論追加で報酬を頂くけどね」
「えーっと、報酬ってなんでしょう?」
思わず敬語で話す恵二。何だか嫌な予感がする。恵二の口調を全く気にせずサミはこう返答する。
「シキアノスにある私の実家でボディーガードをお願いしたいの。これが報酬よ」
サミはそう告げたのであった。




