警告だ
元はこの町の住人であろうか。町の端に位置する墓地の地面から、アンデッドどもが次々と這い上がってくる。その数は二桁に達した今現在でも数を増やし続けている。どうやら脅威度Dランクの骸骨の戦士と骸骨の猟犬だけのようだが、あの数はいくらセオッツとサミでも分が悪そうだ。早く援護に向かわねばと考えた恵二は、まず目の前の邪魔者を排除しようと相手を見据える。
シドリスの町へと戻った後、時間が出来た恵二は魔物大全集に目を通していた。主に不死生物たちについて熟読した恵二は、目の前にいる骸骨の斥候の情報を思い出す。
(確か隠密性には長けるが、腕っぷしはDランク相当、だったよな……)
生前は探索職の冒険者だったのであろうか。恵二と同じ短剣を装備していて素早さはそこそこありそうだ。胸部の胸当てから察するに元女冒険者だろうか。
(速さが売りのタイプか?なら、それ以上の速さで決める!)
恵二の切り札<超強化>で身体能力を高める。少しだけ腰を落とし身を屈めると、今度は一気に身体のバネを利用して前へと踏み出す。強化された脚力で踏み込んだ一撃は、セオッツの剣速さえ超え骸骨の斥候へと襲い掛かる。しかしここであり得ない事が起こった。
なんと、そのアンデッドは恵二の一撃を軽やかな足取りで躱してみせたのだ。さらに骸骨の斥候は、予定外の空振りで隙だらけとなった恵二へ反撃の刃を叩きこむ。
「――!?くッ!!」
自身の攻撃が空振りに終わったと悟った恵二は、強化のギアを全快まで上げる。一瞬だけほぼフルパワーで身体能力を強化し回避行動を取る。咄嗟の行動故、感覚は強化しなかったので自身の超スピードに視界がぶれる。
すぐに慌ててブレーキをかけ辺りを見回す。景色が目まぐるしく変わり、自分が今どこにいるのか分からなくなってしまったのだ。すぐさま骸骨の斥候を見つけて自分の位置を確かめる。相当離れた距離に奴の姿が見えた。どうやら自分は一瞬で14,5メートルくらいの距離を駆けてきたようだ。
「「――!?」」
アンデッドどもの対応に追われていたセオッツとサミは、横目で見ていた恵二のそのスピードに度肝を抜かれる。瞬きしている間に、少年は15メートルもの距離を駆けたのだから驚くのも無理はない。
一方恵二も15メートル先のアンデッドに驚きを禁じ得ないでいた。最初の一撃は、相手が素早い事を想定してかなり強めに強化をしたのだ。それをまさか躱した上に反撃まで行うとは夢にも思わなかったのだ。
(――間違いない!こいつはあの骸骨の魔術師と同じ、特殊なアンデッドだ!)
更に警戒を強める恵二。初手はしくじったが、次はもっと速度を上げる。そう決意して相手を観察していた直後、骸骨の斥候は180度向きを変え全速力で逃げ出した。
「は?」
余りの引き際の良さに思わず間抜けな声を出す。その後すぐに奴を追うか、今すぐセオッツたちの加勢に入るかを考える。迷っていられる時間は短い。だがそんな恵二の迷いに後押しする声が掛けられた。
「行け!アイツを仕留めろケージ!」
「アレは危険よ、追って!!」
セオッツとサミは同時に声を上げながら、アンデッドの群れを必死に相手取っていた。ここで助けに入る行為は彼らにとって侮辱であろう。二人のの覚悟を受け取った恵二は力強く頷き返し、すぐに骸骨の斥候の後を追う。
奴が右の小道を入って行くのを見た。強化された脚力を駆使してすぐに追いかけ、奴が逃げて行った小道へと差し掛かった。相手も相当のスピードで、もうかなり奥まで逃げていたが幸いこの小道は直線であった。
(逃がさねえよ!)
大雑把な感覚で大体5割の強化といったところだろうか。初手の一撃とは比べ物にならないスピードで背後から迫る。直進ということもあって、あっという間に急接近する恵二。しかし相手も知恵が回るらしい。直進なのは向こうにも都合が良かったのだ。
骸骨の斥候は恵二が迫って来た事を察すると、すぐに己の背後に向けて何かを放り撒く。
(――っ!撒菱か!?)
ばら撒かれたのは恵二の故郷、日本が誇る忍者道具の1つである撒菱のようであった。本来は地面にばら撒いて足止めをする物だと記憶していたが、奴はそれを空中に多数ばら撒いた。超スピードで接近している恵二がそれを浴びればあっというまに全身撒菱だらけであろう。
(――甘いんだよ!)
しかしさっきの緊急回避の時とは違い、五感も強化されている恵二はその鉄の礫1つ1つを見切っていた。進路を塞ぐ邪魔な撒菱だけを短剣で叩き落としていく。その為に若干速度は落ちるが、どうやら相手も撒菱が尽きたようで、そのまま逃走し続ける。
更には運も尽きたらしく、逃げた先は少し開けた場所ではあったが道は1つだけの袋小路であった。骸骨の斥候は行き止まりの壁を背に、追跡者の方へと向け構える。恵二は唯一の道を塞ぐ形で逃走者を追い詰める。
(鬼ごっこはもう終わりか?なんて一度言ってみたい台詞だよな)
頭の中で決め台詞を思い浮かべ、そう口にしようとした直後――
――背後に気配を感じ半身だけ体を後ろに向けると、そこにはいつの間にかアンデッドが2体いた。
1体は骸骨の戦士のようだが、その身に着けている鎧には王都の騎士団を彷彿とさせる立派な装飾が施されている。右手には鋭いロングソードを持っていて、その長剣には魔力が込められている。恵二の短剣と同じ、マジッククォーツ製なのだろうか。
その戦士の傍らには、同じく魔力を全身に纏った四足歩行のアンデッドがいた。戦士の長剣も四足歩行のアンデッドも魔力を纏っている為か、青白く光っていた。
(こいつら、報告にあったアンデッドの特殊個体・・・)
ガルムたちを襲った骸骨の猟犬と、シドリスの町を襲った骸骨の戦士の特殊個体が、恵二の背後から現れた。更に骸骨の斥候のすぐ横の地面に光り輝く魔法陣のようなものが浮かび上がる。光の輝きが一瞬だけ増していき、やがて治まると1体の骸骨が姿を現した。
(白ローブに紫に輝く宝珠の杖。間違いない、アイツだ!)
以前に恵二たちを襲った骸骨の魔術師まで姿を現した。アンデッドの特殊個体が勢ぞろいである。
(追い詰めたつもりが、俺が罠に嵌められたのか!?)
アンデッドに囲まれた恵二は、五感だけを強化しすぐ動けるよう身構える。先程から身体能力を上げるのにスキルを多用したせいで残り使用時間は僅かであった。冷たい汗が背中からにじみ出るのを感じる。
(フルパワーの速度で纏めて倒せば・・・。駄目だ、4体の距離が離れすぎている)
僅かな時間で動ける範囲はせめて前後のどちらか一方。2体同時に始末できても、残り半分は素の状態で戦わねばならない。全力でスキルを行使するわけにはいかなかった。
(・・・要所要所で強化をして倒していくしかない。・・・できるのか!?)
あれこれ活路を見出そうとするが考えが纏まらず、動く事が出来ない。一方罠に嵌めたはずのアンデッドたちも動きを見せない。恵二の底知れない力を警戒しているのだ。すっかり硬直状態に陥ってしまった。静寂が場を支配するなか、それを打ち壊したのは意外な者の一言からであった。
『ふむ、キリが無いな・・・』
「――!?」
突然の聞き覚えのない声に驚き、慌てて辺りを見回す恵二。新手か応援であろうか。しかし声の主に皆目見当がつかない。それを察した声の主は続けて言葉を放つ。
『私だ。念話で語り掛けている』
トンと杖を地面に叩き、自分だとアピールする骸骨の魔術師。どうやら驚いたことにアンデッドが喋っているようだ。いや、正確にはアンデッドの声が頭の中に響いてくる。
(念話っていったか?テレパシー的なやつか?)
他の3体のアンデッドを警戒しつつ、恵二は骸骨の魔術師の方を観察する。その魔術師の体は骨だけで声帯は当然無く、更に口を動かす事もなく話しかけてくる。
『どうだ、ここは1つお互いに引かないか?』
「なんだって?」
意外なアンデッドの提案に思わず声を上げる恵二。アンデットはこう続ける。
『私たちはお前から手を引く。だからお前も私たちを見逃せ』
有り難いことにアンデッドは身を引くと言ってきたのだ。あちらも恵二の力を恐れているようだ。スキルの残り使用時間を考えると分が悪い恵二にとっては、まさに九死に一生を得る取引だといってもいいだろう。だがこれを受けるわけにはいかない。
「・・・自分だけ助かるわけにはいかない。町や人々を襲うお前たちを見過ごしては、仲間に顔向けが出来ない!」
そう先程決死の覚悟で送り出してくれた二人に、そして東部の危機に立ち向かっている勇者の皆に申し訳が立たない。その交渉には応じれないと断るが、アンデッドは更に話を進めていく。
『では、こう言うことにしよう。この町全員の命と引き換えに我々から手を引け、と』
「――なっ!?」
これではもはや取引ではなく脅しではないか。恵二は視線を鋭くし魔術師を睨みつけるが、骨だけの表情では何を考えているのか全く読み取れず、ただただ不気味であった。
『こう言い代えた方がお前も提案を飲みやすいだろう?つまらぬ意地を張るな。死人が増えるだけだぞ?』
「――っ!脅しておいて何を・・・。大体アンデッドの言うことを信用出来るとでも!」
『確かに、そうだな・・・』
信用できないという恵二の言葉をあっさりと肯定する魔術師。本当に何を考えているのかよく分からない奴だ。骸骨の魔術師は少し間を置いてこう言った。
『だが信用してもらう他あるまい?こう見えても私は生前、とある王の忠臣でもあった。そこの戦士も騎士の端くれだ。約束を違えたりはせん』
そこの戦士と杖で指した方に目を向けると、骸骨の戦士は長剣を胸の前にかざし、敬礼のような構えを取る。それはアンデッドの所作とは到底思えない、どこか神聖ささえ感じさせる敬礼であった。
魔術師の言葉につい気を許してしまいそうになる恵二。そこへ魔術師は更に言葉を畳み掛ける。
『生前の我が誇りに誓おう。この町とお前やその仲間たちには極力手を出さない。代わりに我々が手を引くのを黙って受け入れろ』
今こうしている間にも死傷者が増え続けているだろう。人の生き死にに免疫の無い恵二にとってその決断は苦渋の選択であった。今の安全を取るか先の危険をここで摘むか、悩みに悩んで答えは出た。
「・・・分かった、行け」
『賢い選択だ、少年』
その言葉のやり取りと同時に警戒を解くアンデッドたち。どうやらしっかりと意思疎通が図れるらしい。最後にどうしても気になった疑問を恵二は投げかけた。
「お前たちは一体何者なんだ?」
『黙って引くのをみてろ、と言いたいところだがその勇気に免じて教えてやろう。我々は警告だ』
「は?ケイコク?」
何かの名称だろうかと一瞬考えてしまう恵二。それを気にも留めずにアンデッドは語り続ける。
『この先こんな小事、気にさえならないほどの混沌が訪れる。我々はそれの前触れといったところか』
どうやらハッキリと自分たちの素性を喋る気はないようだ。それでもなんとなく言わんとすることを恵二は理解する。これで終わりではないのだろう。こいつらは更にまたどこかで殺戮を繰り返すつもりらしい。
(――っ!判断を誤ったか!?)
今この場で倒してしまわねば、さらに多くの犠牲者が増え続けるのではと手に持った短剣に力が入る。するとその直後、唯一の抜け道である小道の奥からガチャガチャと音を立てて何者かが近づいてくる。
「いたぞ!アンデッドどもだ」
「冒険者の少年も生きてるぞ!」
「――あいつらは!報告にあった特殊個体か!?」
どうやら応援が到着したようだ。鎧を纏った数人の兵士たちがこちらへと詰め寄る。それをみたアンデッドたちは、いつの間にか音を立てずに魔術師の傍に移動していた。
アンデッドたちの足元に魔法陣が再び浮かび上がる。恐らくワープか何かの魔術であろう。光が輝きを増していく中、魔術師は恵二にこう告げた。
『勇敢な少年よ。この先の騒乱に巻き込まれたくなければ西に行け。この先、東部には死が蔓延する。これは警告だ』
(ケイコクって警告か・・・)
やっと先程の言葉を理解した恵二は、アンデッドたちが去るのをただ見送る事しかできなかった。




