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正直反則

『マスコットは異世界でも応援したい』https://ncode.syosetu.com/n3830ep/

こちらも同時連載中ですので、宜しくお願いします。

 クレアは吹き荒れる暴風の中、空中で再び姿勢を整えると右手に雷属性の魔術を宿した。


(この一撃で決める!)


 その思いは向こうも同じようで、コーディーもこれまで以上に集中力を高めていた。


(次は外さない!)


 互いに次の一手で決めようと意気を高める。動き出したのはほぼ同時であった。


「―――雷撃槍(ライトニングランス)!」

「―――風柱(ウインドピラー)!」


 クレアは上空から雷の槍を撃ち降ろすかのように、コーディーはそんなクレアを大地へと引き落とさんと竜巻をもう一つ追加させた。


「うああああっ!」

「ぐううううっ!」


 両者互いの魔術をまともに受けてしまう。クレアは新たに出現した竜巻に巻き込まれ、今度こそ魔術障壁を完全に破壊されてしまった。この時点で負けか引き分けが確定してしまう。


 強風で吹き飛ばされそうになりながらもなんとか姿勢制御に成功したクレアはコーディ-を視認した。彼は―――何とか持ちこたえていた。息を切らせながらも膝を崩す事無く舞台上に立っていた。そして魔術障壁も健在であった。


「勝者、コーディー!」


 ドッと歓声が巻き起こる。ここは<第一>の敷地内にある会場の為、その関係者が多く観戦していた。つまり彼らのホームでもあった。その分コーディーを応援している者も多かったのだ。


(何とか耐えたか……)


 クレアの<雷撃槍(ライトニングランス)>を身に受けたコーディーは冷や汗が流れるのを感じた。結局この試合で自分が被弾したのはこの一撃だけであった。いくら中級魔術とはいえ、それ一発だけではこの競技用に展開されている魔術障壁は点滅しない。


 だが彼女の放った雷の槍はそれを否定するかのような威力が籠められていた。別段魔力量も高いように思えない。よほど雷属性に適性があったのか、それとも何か仕掛けがあるのか、詳細は不明だがコーディーは彼女の魔術を受けた瞬間、敗北が一瞬脳裏によぎったのだ。



(負けちゃった、か……)


 一方クレアの方はというと悔やんでも悔やみきれないといった表情を浮かべていた。今出せるだけの力を全て出せたかというと、答えはノーだ。やりようは他にもあった。だが何分彼女はまだまだ魔術戦に不慣れであった。それに衆人観衆の下では決して見せられない手札もあった。


「ごめん、エアリム、みんな……」


「クレアさん……」


 エアリムには掛けられる言葉が無かった。自分は既にチームへ勝利をもたらし試合を終えた身だ。“よくやった”“頑張った”と励ましの言葉ならばいくらでも掛けられる。だが目の前の少女はそんな言葉よりも勝利という結果を求めてやまなかった。それを知っているからこそ安易な慰めなど言葉にできない。


 言葉に詰まったエアリムの代わりにニッキーがクレアの肩を叩いて声を掛けた。


「おう、後は任せとけ!」


「……生意気」


 小声ではあったがそう言い返したクレアに一同はホッとする。落ち込んではいるようだが、それは時間が解決してくれるだろう。それよりもまずは中堅戦に出るニッキーの応援だ。


「ニッキー君。頑張ってください!」

「私を差し置いて出るからには必ず勝ちなさい!」


「おうよ!」


 エアリムとリサベアの言葉に短く答えるとニッキーは舞台へと上がった。


「君が俺の対戦相手か。よろしく頼むよ」


「へ、こっちこそだぜ。まさかあんたが中堅とはねえ、先輩」


 相手は名実ともに<第一>のエースであるマイン・マウアーである。今年で四年生となる彼だが、その実力は折り紙つきで、二年生の頃から<第一>でトップを守り続けた優等生であった。春に恵二も参加した外来魔術大会でも好成績を残している天才児である。


 当然ニッキーも彼については知っていた。大会が始まる前までは彼が大将だろうと誰もが疑わなかった。


 それが蓋を開けてみれば副将の座に甘んじ、決勝の今に至っては中堅に駆り出されていた。つまり残りの二人はそれ以上の実力者なのであろう。


「俺としても不本意だったんだがな……」


 ニッキーの言葉を侮りと受け取ったのか、マインは悔しそうな表情を浮かべた。


「俺としては光栄だぜ。あんたとこうしてやれるなんて……。学校の存続が懸かっていなかったら大はしゃぎしていたかもな」


「……後の二人は俺よりも強い。それは素直に認めているさ。だが……やり方が気に入らない」


「あん?」


 マインの言葉にニッキーは首を傾げた。マインは自嘲気味にこう続けた。


「いくら勝つためとはいえ、外部の人間に頼るなど……。校長は一体何を考えて―――」


「―――私語は慎みなさい。そろそろ試合を開始するぞ!」


 マインの独白を審判が遮った。確かにここは既に舞台上であり、言葉ではなく互いの魔術をぶつけ合う場であった。仕方が無いとばかりに肩をすくめたマインは所定の位置に着く。


(ああ、なるほど。そういう訳か……)


 短い会話のやり取りであったが、ニッキーはマインの気持ちを受け取った。彼は<第一>側のルール改ざんや不正行為に我慢がならなかったのだ。その上、長年学校の名誉を守り続けてきた自分が外部の人間を入れたことにより中堅へと落とされ、悔しさと不甲斐無さで気持ちが一杯であったのだ。


(その点、俺は仲間には恵まれたよなぁ)


 まだ互いに知り合って一年も経っていない者同士が、こうやって一つの目的の為に戦う。ニッキーは今の状況を楽しんでいた。


(だが、それだけじゃあいけねえ!何時までも兄貴におんぶに抱っこじゃあよお!)


 自分なりに頑張ってきたつもりであったが、未だ一勝も上げられていない。完全にチームのお荷物状態であった。このチームが好きだからこそ、<第二>を守る為何としてでも勝利を捧げたかった。


 両者は面白い程に真逆であった。実力こそあれど、何の為に戦っているのか分からなくなってしまった<第一>の天才児。片や才能などなく、それでも必死にチームの為に勝たんとする<第二>の問題児。その互いの気持ちが交錯する中―――


「―――中堅戦……始め!」


 試合が開始された。



「「―――火弾(ファイヤーショット)!」」


 初手に放った魔術は両者同じであった。ニッキーは魔力量や適性こそ乏しいが、器量だけはそこそこあった。故に詠唱速度だけならばそう引けを取らない。あくまでも初級魔術であれば、だが。


 ニッキーはとにかく手数を増やす為、序盤から火弾の魔術を連発して攻め続けた。一方マインの方はというと、様子見なのか時たま火弾で応戦するだけで、後は魔術障壁を使って防御をするのみであった。


「へ、拍子抜けだぜ!そんなものかよ先輩!」


「……」


 ニッキーの挑発にも反応を見せず、マインは淡々と応戦していく。そして徐々にではあるがマインの障壁は削られていった。まさかの展開に会場内ではどよめきが起こりはじめていた。



「おい、嘘だろ?」

「マウアー先輩が押されている……」

「何やってるんだよ!そんな奴、さくっと倒してくれよ!」

「頑張ってー!マウアー先輩!」


 中には悲鳴じみた黄色い歓声も聞こえてきた。マインは魔術の実力だけでなく筆記試験も成績上位で、更に容姿端麗であり女生徒には憧れの存在であった。その上人当たりの良い性格と完璧超人な模範生徒であったのだ。


 だが今日はそんな何時もの彼らしくなく、妙に覇気がない。それを感じとったのか<第一>の生徒たちは必死に声を上げてマインの応援を始めた。


「頼む、勝ってくれ!マウアー先輩!」

「あんたが<第一>のエースだろ!」

「マウアー様ぁ!負けないでぇぇぇッ!!」


「……」


 背中越しに聞こえてくる歓声を受け取るたびにマインの表情は苦々しい物へと変わっていく。戦況は変わらずニッキー優勢で、マインはこのまま打つ手なしで敗退するのかと思われた、その時であった。


「……おい。何のつもりだ?」


 それは対戦相手であるニッキーからの言葉であった。


「まさかこの期に及んで俺たちに同情してんのか?」


「……」


 それもあるのだろうが、マインの気持ちを占める感情の大半は行き場のない怒りであった。確かに<第二>には同情するし気の毒とも思うが、それよりも自分の実力を信用してくれなかった学校側と、信用を勝ち取れなかった未熟な自分自身に対する怒りの感情で溢れていた。


 なんてことはない。今のこの行為はただ不貞腐れているだけなのだ。どうせ期待されていないのなら、望み通り負けてやるぞと言わんばかりの態度を取ることによって、周囲に自分という存在の大切さを今一度思い返して欲しかったのだとマインは自覚した。


「イカサマでも助っ人でもなんでもしやがれ!頭にくるが、それは……まあいい」


 いいのかよ!とニッキーの言葉を聞いた周囲は思わず心の中でツッコミを入れた。


「だがよぉ……わざと負けるなんてふざけた真似だけは絶対許せねえ!もしそんなことしやがったらルール違反だろうがそこの線飛び超えてぶん殴りにいってやる!」


 ニッキーの言葉にマインは実際にぶん殴られたかのような強い衝撃を受けた。彼らの現状は少なからず知っている。かなりの窮地に立たされ、今はどんな手を使ってでも一勝が欲しいはずだ。このまま黙って戦っていれば、その勝利が簡単に手に入るのだ。何故彼はそんな余計な事を、しかも会ったばかりの自分にするのだろうか。


 相変わらず気の抜けた応戦を続けながらもマインは必死に考えた。そして一つの結論に至った。


 彼は自分勝手なのだ。


 一見彼の言葉はこちらを思いやっての台詞のようにも聞こえる。だが、よくよく思い返してみると、そのどれもが彼自身の為の言葉の様に思えてならない。


 手を抜かれて勝っても嬉しくない。


 チームの状況を考えれば、自分にはまず言えない発言だ。だが彼はそれを言ってのけた。まるで細かいことをあれこれ悩んでいる自分を嘲るかのように、彼は自分の我を通したのだ。


(……そうだな。初めから自分の気持ちにもっと素直になるべきだったな)


 本音を言えばこれ以上<第一>の為に戦う意味を見い出せない。今年で卒業ということもあり、体裁だけ整えて負けようかとも考えていたが、嫌なら初めから出場を辞退すれば良かったのだ。


(だが、俺は誰にも負けたくはない!)


 これが純粋な自分の思いであった。学校?元貴族?糞喰らえだ!ただ目の前の相手に打ち勝つ。それが今の自分に正直な思いであった。


「……火炎弾(フレイムショット)!」


「ぐ、ぐぅ!」


 突如放たれたマインの中級魔術にニッキーは慌てて防御をする。これまで初級魔術のみでたまに反撃をするだけであったマインであったが、突如それが変わった。


「……悪かったな一年坊。ここからがこのマイン・マウアーの本領だ。俺を本気にさせた事、たっぷり後悔してもらうぞ?」


 ニヤリと口元に笑みを浮かべたマインはそう宣言をした。それに釣られてニッキーも悪そうな笑みを浮かべる。


「へへ、上等!本気のあんたを超えて俺が勝たせてもらうぜ!」


「十年早い!」


 そこからは目を見張る攻防の連続であった。マインの放っていた魔術が初級から中級レベルへと上がった。彼の恐ろしいところは大技である上級魔術を扱うことに非ず、中級レベルの魔術を短い詠唱で、しかも的確に連発して放ってくるところであった。


 ニッキーは更に手数を増やして何とか活路を見い出そうとするも、やはり地力に差があり過ぎたのか、序盤の優勢をあっさりひっくり返され、ついには魔力切れを起こしてしまった。


「勝者、マイン!」


 先程以上の歓声が<第一>サイドから響き渡った。


「うおおおお!俺たちのマウアー先輩!」

「やっぱあんた最高だぜ!」

「きゃー!マウアー先輩ー!こっち向いてー!」


 学生たちの歓声にマインは誇らしげに応えてみせた。


(そうだよな。俺は俺、だよな。周囲の事など関係なかった。ありがとうニッキー君)


 再び自信を取り戻したマインは対戦相手である<第二>の一年生に心の中で感謝を述べた。





「負けちまった」


「……そんな嬉しそうに言われちゃあ、文句も言えないわね」


 深い溜息をついたスーミーは肩を落とすも、その表情はどこか嬉しそうだ。


「ニッキー君らしいですけどね」


「……後は任せとけ?ふっ」


「お、おまっ!それはその……すんません!」


 クレアに茶化されたニッキーは反論できず頭を下げる他なかった。


「しかし、これでいよいよ後が無くなったわね」


 スーミーの言葉に責任を感じたのか、ニッキーは次の副将戦に挑むゼノークへと向き直って頭を下げた。


「すまねえ、俺の我儘で……!こんな事言えた義理ねえけどよぉ……お前と兄貴で絶対に勝ってくれ!<第二>を救ってくれ!頼む!」


「<第二>が勝つかどうかは知らんが……俺が負けることは絶対にない」


「生意気ねえ。でも今はその自信が頼もしいわ」

「お願いしますね、ゼノークさん!」

「頼みましたわ!」


<第二>の期待を一身に受け取ったゼノークは舞台へ上がろうとした。だがその行く手を遮る者が現れた。


「あ?」


 ゼノークの前に立っていたのは先程ニッキーと試合を終えたばかりのマインであった。


「少し、時間をいいかい?まずは彼にお礼を言わせてくれ。ありがとう。そして、すまなかった……」


「おいおい先輩よぉ。俺は別にそんな言葉貰っても嬉しくねえぞ?」


 これから副将戦だというのに、勝者が敗者に言葉を掛けるのは如何なものかと<第二>側は彼の行動に疑問を持った。だがどうやら彼の用件はここからが本番のようだ。


「余計なことかもしれないが、君たちに情報を提供したい。うちの副将と……大将についての情報だ」


「は、本当に余計なお世話だな。俺には不要だ。情報とやらはこいつらに話すといいさ」


 そう自信満々に答えたゼノークはマインの脇を通り抜け、そのまま舞台中央へと進んで行った。


「やれやれ。まあ、今更相手の情報を聞いたところでというのも分かるが……」


 ゼノークの様子にマインは呆れながらも、どことなく嬉しそうな表情をしていた。まるで、やんちゃ坊主の一年を微笑ましく見守る上級生といった構図だ。


 ゼノークの代わりに監督を任されているスーミーが話し掛けた。


「私たちはちゃんと聞くわ。少しでも勝率を上げたいしね。副将戦はいいから大将だけでも教えてくれない?あれ、はっきり言ってかなりやばいでしょう?」


 スーミーがあれ(・・)と言って指差したのは、<第一>側の控えベンチで腰を掛けているローブ男であった。恵二やエアリムもあのローブ男から漂う雰囲気に危機感を募らせていたが、どうやら元Aランク冒険者であるスーミーを以ってしても最上級に警戒すべき相手のようだ。


「ああ、あれは正直反則過ぎますよ。ぶっちゃけ情報を伝えたからと言って勝機なんてあるとは思えませんが……ただの俺の自己満足ですね。それで大将の正体ですが―――」


 マインから聞かされた男の正体とは信じられないものであった。

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