マジ天使
新連載『マスコットは異世界でも応援したい』https://ncode.syosetu.com/n3830ep/
「青の世界の冒険者」共々、宜しくお願い致します。
「先鋒は舞台へ」
審判の掛け声に頷いたエアリムはゆっくりと舞台中央へと進んでいった。
(ケージ君がいない今、私がしっかりしなくちゃ!)
これまで難なく勝ち続けてきたエアリムであったが彼女は決して奢らない。何故ならそれは今までの相手がそこまで強くなかったからだ。彼女と対戦してきた者達も代表に選出されるほどの実力者。決して弱いとは言わないが、あの少年が相対してきた者と比べるとそう評価せざるを得ない。
(絶対に勝つ。でも、ただ勝つだけじゃ駄目)
相手のメンバーを見る限り、かなりの苦戦が予想される。大将戦前に勝敗が決まると楽観視するのはあまりにも危険だ。だがこちらは未だ大将戦に参加予定である少年の姿は無く、このままではリサベアが代理することとなる。彼女では大将戦は荷が重いというのがエアリムの判断だ。魔術の腕で冒険者を生業としてきた彼女は、相手の力量を見定める感覚には多少自信があった。
(あの奥のローブの人……あれは勝てない。ケージ君以外では絶対無理ですね)
ベンチに腰かけているローブで顔を隠している男。彼からは強者の風格が見て取れた。それに先程スーミーが指摘した通り、相手のメンバーが二人も入れ替わっている。こちらもかなりの手練れだろう。その一人がエアリムの対戦相手なのだ。
(決して手を抜ける相手じゃない。だけど……ケージ君が来るまで少しでも時間を稼ぐ!)
それがエアリムの作戦であった。あの少年は必ずやってくる。何時もそうだったのだ。ピンチの時には必ず駆けつけてくれた。だからこそ今自分はここにこうして立っていられている。今回もきっと現れるであろう少年の為に自分は時間を稼ぐのだとエアリムは決意した。その少年がまさか投獄されているとは露知らず……。
「よお、ジェイさん!」
「お待たせ!決勝には間に合ったわ」
「おう、ロンにカーラか。ここ座れ!」
北東地区で食堂<精霊の台所>を営んでいるロンとカーラは、今日はさっさと店じまいをし恩人である恵二の応援へと駆けつけていたのだ。
「丁度先鋒戦が始まる番よ」
「初戦はエアリム」
「これで先勝は確定ね」
そこには二人の為に席を確保していたジェイサムの他に<白雪の彩華>のメンバーも一緒に観戦をしていた。<若葉の宿>のマージ一家や<ミリーズ書店>のリリーたちも一緒だ。
席に着いたロンは舞台へと視線を移す。そこには一時とはいえ同じパーティで≪古鍵の迷宮≫探索をしていた少女の姿があった。その対戦相手は自分よりも年上の男のようだ。
「おいおい。あれが学生か?やけに風格あるな。おっさんじゃねえか……」
学生とはいっても、何も子供だけではない。基本魔術学校に年齢制限は設けていないからだ。だが学生というと年齢が若い者が多いのもまた事実ではあった。この世界の大人はわざわざ金を払ってまで勉強をするモノ好きなど少なかったのだ。
「……ねえ。あれって<雷炎>じゃない?」
カーラの呟きに皆の視線が集まった。
「<雷炎>?それってAランク冒険者<雷炎>のダリウスのことか?」
「まさか。そんな奴が<第一>の生徒だなんて聞いた事ねえぞ?」
カーラの言葉にロンとジェイサムがそう答えるも、昨日スーミーが愚痴っていた運営委員の不正などを聞いた限りでは、その可能性を完全に否定することはできなかった。
「おいおい……そりゃあ反則だろう!?」
「エアリム、そんなおっさんに負けんじゃないわよ!」
観客席で見守っているキュトルたちはただ声援を送る他なかった。
「それでは決勝、先鋒戦……始め!」
「―――火炎弾!」
「―――土盾!」
ほぼ無詠唱で同時に二人の魔術が展開された。<雷炎>のダリウスが即座に炎の弾丸を撃ち放つと、エアリムは土の壁を出現させてそれを防いだ。
「おおっと!エアリム選手も土盾を展開させた!今大会では非常に出番の多い魔術ですね?」
「昨今では魔術障壁で済ませる術師が多いのですが、物理・魔術の防御力どちらを取っても土盾の方が上です。詠唱の問題さえ解消できれば絶対こちらの方が良いのです」
実況の言葉に解説役である魔術師ギルドの職員が頷きながら答えた。
「ほお、お嬢さんは同業者だと聞いていたが流石だな。その短い詠唱で私の炎を防ぐとは……」
「元、同業者です。そちらこそ<雷炎>様とお見受けしますが、どうしてそんな方が学生の大会に?」
「冒険者が学校に入ってはいけないという規則はないだろう?当然勉学の為さ。訳あって秋からの編入となったがね」
勿論真っ赤な嘘である。ダリウスは<第一>のハワード校長に雇われて今大会中だけ学生として参加しているに過ぎない。これも<第二>を優勝させないためのハワード校長が用意した保険の一つであった。
「さて、お喋りはお終いだ。我が学び舎の為に勝利するとしよう」
ダリウスはもう勝った気でいるのか、そう宣言すると再び魔術を放つのであった。
「……存外にしぶといな」
「はぁ、はぁ……」
試合開始から大分時間が経過した。試合展開は一方的にダリウスが魔術を放ち、攻め続ける形が続いた。それをエアリムは土盾を主体に身を隠し、何とかここまで持ちこたえていた。
だが仮にも相手はAランク冒険者の魔術師。そう何度も防げる訳も無くかなり被弾していた。辺りには半壊した土盾があちこち点在している。恵二ほどではないがエアリムも土属性の適性者でありそこそこ自信はあったのだが、その尽くをダリウスの炎や雷属性の魔術で破壊され、追い詰められていく形となった。魔力の残量も乏しくその上魔術を避けるのに動き続けた為、エアリムの息も大分上がっていた。
(……これ以上は無理ですね)
恵二の姿は未だに見えないが、これ以上時間を引き延ばすと勝ちの目が完全に消えてしまう。負ける訳にはいかないのだ。ここら辺が潮時であろうとエアリムは判断した。
「いい加減魔力も尽きる頃だろう?その残量では私の魔術障壁を突破することはできまい?」
「それはそちらも同じことではないでしょうか?大分魔力を消費したかと思いますが?」
魔力の消費が激しいのは相手も同じだ。ダリウス自身もここまで相手が粘るとは思わず、予定外の消耗をしていた。だがそれを加味してもまだ男には余力があった。
「すまないな。私にはこういう物があるのだよ」
「マジックアイテム!?」
ダリウスは自らが着けている指輪を見せびらかすと、憎たらしい笑みを浮かべてそれを発動させた。指輪は光りだし、ダリウスの魔力量が増していく。準決勝でリサベアなどが使っていたマジックアイテムど同じものであろう。
「これでお終いだ、お嬢さん。最早これだけの魔術を防ぐ術は残されておるまい!」
ダリウスは両手に魔力を集中させて詠唱を始める。恐らく上級魔術を発動させる気であろう。今のエアリムではそれを防ぐことも避けることも難しい。だが―――
「―――マジックアイテムを持っているのは貴方だけではありません!」
エアリムは腰のポーチから竹筆を取り出すと、目の前で半壊している土盾の残骸に文字を書き足していった。
「そんな筆で今更何を!―――天雷の落撃!」
雷属性の上級魔術<天雷の落撃>をダリウスは繰り出した。それより僅かに早くエアリムも奥の手を完成させていた。
「魔法陣<土結晶城塞>!」
彼女の言葉と同時にあちこちで四散していた土盾の残骸が輝き出した。否、正確には土壁の裏側に彼女が竹筆で書き残していた文字が魔力を帯びて輝いていたのだ。
「な、魔法陣だと!?何時の間にッ!」
その文字と文字は丁度正方形の点の部分に配置されており、間に辺となる光の線が結ばれる。エアリムを中心としたその四角形は光り輝くと、即座に周りの大地が盛り上がり彼女を囲う形で土のドームが完成された。そこへ間一髪のタイミングでダリウスの魔術が落雷をする。
「ちぃ!巧く防いだか!」
魔法陣とは本来、アイテムや時間を掛けて念密な計算の元で発動させる設置型の魔術であった。手間暇がかかる上、場所も固定されてしまうがそれなりに利点もある。罠を仕掛けたり広範囲に影響を及ぼすのには最適で、更に自分の魔力量以上の効果が発揮される非常に強力な魔術なのだ。
まさか自分の半分にも満たない年齢であろう少女が使ってくるとはダリウスは思いもしなかったのだ。
(あの竹筆か!恐らくかなりレアなマジックアイテムだな?)
でなければ、こんな戦いの場で即座に魔法陣など組めるはずもない。ダリウスの背中に冷や汗が流れ落ちる。
「おおっと!これは凄い!エアリム選手を覆う形で土の要塞が出現した。これは一体!?」
「信じられません。恐らく魔法陣かと思われますが……一体何時の間に?」
これには実況や解説だけでなく、観客たちも唖然としていた。その魔術の規模は恵二が以前に作った土盾のドーム以上であったからだ。
だが観客たちは更に驚かされるのであった。
「お、おい。あれ……」
「土のドームが変形していくぞ?」
魔法陣で作られた土の要塞は再び光り出すと、今度は徐々にその形を変えて巨大な人型へと変形していった。そう、あれはまさにゴーレムであった。
「ゴーレム作成の知識まであるのか!?」
それは魔術というよりかは、どちらかというと錬金術の領域であった。ダリウスはその魔力センスにも舌を巻いたが、それ以上に彼女の豊富な魔術知識に驚愕した。
エアリムを守護する形で現れた巨大ゴーレムはゆっくり腕を振りかぶると、ダリウス目掛けて拳を繰り出した。
「―――なッ!ぐうッ!?」
慌てて魔術障壁を何重にも展開させたダリウスであったが、あまりにも巨大な質量での物理攻撃に防ぎきれず、何とか障壁の一枚は死守したものの、そのまま場外へと吹き飛ばされてしまった。
「じょ、場外!勝者エアリム!」
瞬間、場内には歓声が響き渡る。特に男共の野太い声が多かった。容姿端麗でこれまで全勝し続けてきたエアリムは、今大会ですっかりアイドル的存在へと昇華していたのだ。
「エアリムちゃん、マジ女神!」
「愛してるぜえええ!」
「結婚してください!」
大はしゃぎな男性陣に女性たちは冷ややかな視線を送っていた。ある観客席の方からは“私たちのエアリムに何色目使ってくれちゃってるの?”“ちょっとお話ししましょうか?”と何やら聞き覚えのある声が聞こえてくる。
エアリムが控えベンチへ戻ると、スーミーたちは満面の笑みで出迎えた。
「あんた凄いわね!?なんかもう……凄いしか出て来ないわよ!」
「エアリム、あんな奥の手あったんだね」
「ふふ、隠れて練習していました。それとこれのおかげです」
エアリムは竹筆を取り出すとそう謙虚に発言をした。
この【精霊の竹筆】は恵二やジェイサム、<白雪の彩華>やロンと共に≪古鍵の迷宮≫最奥で手に入れたマジックアイテムであった。ダンジョン初踏破の報酬とあってかその威力も強大で、この筆で作成した魔法陣は成功率・威力共に倍増なのだとか。しかも精霊種まで呼び出すことのできるレアアイテムなのだそうだ。
流石のエアリムも精霊についてはそこまで見聞がなかったが、彼女の幅広い魔術知識あってこその先程の大魔術であった。意味は違うが正に“ペンは剣よりも強し”といったところだろうか。
「次鋒は舞台へ!」
審判から声が掛かると、今度はクレアが進んで行った。すかさず仲間たちが声を掛ける。
「落ち着いて戦ってきなさい!あんたならやれるわ!」
「クレアさん、頑張って!」
「……行ってくる」
背中越しでそう呟いたクレアは臆せず舞台上へと上がっていった。リサベア情報によると対戦相手は同じ一年でコーディー・オルラードという元子爵家の次男坊だそうだ。今回出場を辞退したヒスタリカの次に優秀な期待の一年生ルーキーだそうだ。
「ふん、あのケージとかいう男はどうした?臆して逃げたか?」
出会い拍子に不躾な質問にクレアは眉をひそめるも、平静を装いつつ淡々と答えた。
「……ケージはきっと来る」
「そうかな?大方こちらの大将の正体でも知って逃げ出したのではないのか?」
「大将の正体?」
気になる発言をした青年にクレアは尋ね返した。だがコーディーはそれに応じなかった。
「気にする必要は無い。お前は俺に負ける。そして次はあのマウアー先輩だ。その次も……どちらにせよお前らは大将戦前に負け確定だ」
「……なら、私が勝ったら大将の正体を教えてもらう」
「いいだろう。我が家名に懸けて誓おう」
「私語はそこまで!……次鋒戦、始め!」
審判の開始宣言と同時に二人は距離を取った。コーディーは詠唱を始めていき、クレアはマジックアイテムである【天の羽靴】で空へと舞う。今大会では一時的に空を飛ぶものは何人かいたが、彼女ほど自由自在に空を飛ぶものは皆無であった。その魅惑的な姿に会場内の男共は大多数のエアリム派の他、少数ではあるがクレア派なるファンも増加しつつあった。
「クレアちゃん、マジ天使!」
「愛してるぜえええ!」
「結婚してください!」
「「男ども五月蠅い!!」」
観客席の方でも熱いバトル?が展開されつつあったが、それに水を差すどよめきが場内へと木霊した。
「あぅ!」
クレアはそう苦悶の声を出した。
「ああっ!クレア選手、どこか様子がおかしいぞ!?思うように飛べないのかバランスが崩れてしまっています!」
「あれはどうやら風属性の魔術を放つマジックアイテムのようですね。あの暴風では流石のクレア選手も上手く飛べないでしょう」
解説がマジックアイテムだと指摘したのは、コーディーが取り出した丸いボールのようなアイテムであった。それをコーディーが投げつけると、地面に接触した途端に竜巻が発生した。どうやら風属性の魔術が込められたマジックアイテムのようだ。
思わぬ強風でバランスを崩したクレアは、同時に唱えていた詠唱を破棄されてしまう。代わりにコーディーの魔術詠唱が完了した。
「悪く思うな。―――疾風刃!」
複数の風の刃がクレアへと襲い掛かる。吹き荒れる強風の中、何とか躱そうとするクレアであったが、コーディーの魔術コントロールは目を見張るモノがあり、尽く被弾してしまう。あっという間に魔術障壁が削られてしまった。
(このままじゃあ……負ける!)
「どうした?これでお終いか!大人しく降りて戦ったらどうだ?」
コーディーの挑発にクレアは一瞬地上戦を検討するも、それではこの青年に勝てないだろうと思い踏みとどまる。自分の力不足はクレア自身が一番よく理解していた。空の領域こそ彼女が唯一勝利できる活路なのだ。
「そのまま撃ち落とされるのが望みか!あまり気乗りはしないが、手加減はしないぞ!」
彼は追加のマジックアイテムを投げつけ更に竜巻を発生させると、再び詠唱へと移った。完全にクレアを意識した対空装備であった。先ほどのエアリムにAランク冒険者を当ててくることといい、どうやら<第二>側のオーダーは完全に読まれていたようだ。
(あちらは対策を立てている。普段通りじゃ駄目。なら―――)
―――相手の予測以上の力を見せる他あるまい。隠れて練習していたのは何もエアリムだけではない。クレアも自分なりに研鑽を積んできたのだ。
荒れ狂う風の波を何とか読み切りながらもクレアは空中で詠唱をし続けた。だが前回ほどの機動力は得られない。
「それではいい的だぞ?―――疾風刃!」
再び風の刃を放ったコーディーは勝利を確信した。もう彼女の魔術障壁が持たないのは明白だ。そして彼女には風の刃を躱す術がない。
だがここでクレアは思わぬ行動にでた。
先程までは必死に暴風に抗ってバランスを取っているかのように見えた彼女だが、その踏ん張りを一切放棄したのだ。結果、彼女の身体は竜巻に煽られ、上下左右へと振り回される。
「な!?」
これには流石のコーディーも度肝を抜かされた。先程のような拙い飛行であれば風の刃をいくらでも当てる自信があったが、予期せぬ彼女の動きに的を外してしまったのだ。
確かにこれならば素早い動きが取れるだろうが、回避できたのは運によるところが大きい。何故ならば彼女自身も制御できていないからだ。それにあらぬ方向に吹き飛ばされて地面や壁に叩きつけられる危険もある。
(彼女には恐怖心がないのか!?)
大地で生活をする人間にとっては、空中で暴風に身を任せるなど自殺行為に他ならなかった。
「ほお。あの雌、意外に肝が据わっている」
「本当ですね。生まれながらに羽根を持つ我が同胞でもあれが出来るか……」
貴賓席から観戦していた獣人の王子である獅子族のガリオンに、鳥人族の側近が相槌をうった。
「お前でも難しいのか?」
「あの強風で空を飛ぶのは勘弁願いたいですな。気性の荒い猛禽族の者であれば別でしょうが……」
そんな会話を続けている内に試合はいよいよ佳境へと移った。コーディーが再び風属性の魔術を詠唱しているのに対し、クレアの方は雷属性の魔術を準備しているようだ。恐らくこれが最後の攻防であろう。二人は話をそこそこに切上げて視線を舞台上へと移した。
一方別の場所でもクレアを評価する者たちがいた。
「姉さん。あの人族の娘が気になるのですか?確かになかなかセンスはあるようですが……」
双子の妹であるリースの言葉に振り向きもせず、ミースはクレアを見つめながら答えた。
「んー、ちょっとね。リースがあのイケメン君を気に掛けてる程じゃないにしろ、気になるのよねぇ」
「な、な、何ですか!?その例え方は!?だいたい私はあんな男など全く気にしておりませんとも!ええ!」
慌てふためくリースを普段なら畳み掛けるようにからかうところではあるのだが、ミースは妹の方はそっちのけでクレアを見つめ続けた。
(どうにも気になるんだよねぇ。あの子、本当に人族?)
決勝の次鋒戦はいよいよクライマックスへと突入するのであった。
 




