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ケージたち抜きで

「だ、か、ら!俺は自衛しただけなんですよ!」


 もう何度目か数えるのも馬鹿らしくなってきた主張をするも、かなり前から見張りの守衛は恵二の話を聞き流していた。遂には鬱陶しくなったのか奥へと引っ込んでしまう。



 現在恵二はエイルーン市内に設けられている市営警備隊の地下牢にいた。東門からエイルーンへ入ろうとした際、門番の兵に捕えられてしまったのだ。


 罪状は暴行罪に殺人罪、どうやら外で武装していた集団や魔人もどきとの戦闘を見られてしまっていたようで、勘違いされてしまったのだ。あれはあくまで相手側から襲い掛かってきたのだ。この世界では日本ほど過剰防衛などの取り締まりは厳しくない。それこそ貴族や王族相手でもなければ、襲い掛かった方が悪であり、仕返しをされても相手は何も文句を言えなかった。


 恵二は報復や復讐を正当化するつもりはないが、この世界ではある意味私刑が許されており、武装して襲い掛かって来た相手に同情するような人は少数派であろう。エイルーン市内の法律上でも何ら問題が無い行為の筈だ。


 それにも関わらず恵二は問答無用で地下牢へとぶち込まれていた。形上の事情聴衆みたいなことは行われはしたが、兵士たちはこちらの主張を全く聞く気がないのか、恵二を殺人犯だと始めから決めつけていたのだ。


(まさか元貴族派とかいう奴らの妨害工作か?)


 流石にここまであからさまだと恵二も何らかの悪意に嵌められたのだと勘繰り始めた。時計台の鐘が鳴らなかった事、門付近で襲われた事、そして兵士たちのこの対応、その全てが恵二を大会へと出させない為の策略なのではないかと思えて仕方がない。


(くそ!どうする!?牢を出るのは簡単だ。けど……それだと俺は最悪出場停止……いや、下手すると<第二>ごと罰せられるか?)


 なんせ突然のルール変更やあからさまに不利な組み合わせさえしてくる運営だ。牢を脱走して大会に出場すればそこをついてくることは間違いない。


(……どの道、準決勝には間に合いそうにもない。ここは皆を信じて、俺は決勝に間に合うよう何か策を講じるか……)


 恵二は逸る気持ちをなんとか抑え、この窮地をどうやって乗り越えるか頭を巡らせる。だがそう簡単には良いアイデアが思い浮かばない。


 以前ゼノークと一緒に牢へぶち込まれた時はミルワード校長が保証人となって連れ出してくれた。尤もあの時の罪状はエイルーン近郊での魔術戦による迷惑行為で一時的に掴まっていただけであり、今とは状況が全く違う。それにミルワードは現在エイルーン市内にいない。


 だが、例えばラングェン市長ならばどうだろうか。仮にも彼は現市長というこの街の最高権力者であり、そんな彼であれば恵二への不当な罪状を撤回してくれるのではないだろうか。


 だがその肝心の市長へと連絡をする手段がない。


(空間転移で抜け出して、直接伝えるか?いやいや、市長は今頃会場の貴賓席で観戦中の筈……人目を忍んで伝えられるのか?それに脱獄が見つかれば更に立場が悪くなる)


 ああでもない、こうでもないと考え事をしていると―――


「手を貸そうか?」


 ―――ふと背後から声が聞こえてきた。


 慌てて振りかえるも、背後には誰もいなかった。当然だ。ここは一人用の牢獄の中だ。背後には壁しかなく、他の誰かがいる訳がない


 だというのにその声は確かに、恵二だけ辛うじて届く少量で聞こえてきた。


「協力する。そのまま待て。その代りこちらのお願いを聞いて欲しい」


 聞き覚えのない女の声だ。それもかなり若そうだ。少女の声だと言っても何ら不思議ではない、その場違いな若い女の声の主は、恵二の脱獄を協力する代わりに見返りを要求すると言ってきたのだ。


 恵二はその声の主へと返答をする前に、まずは相手が誰なのか五感を強化させて探りを入れた。今朝から妙に冴えているお蔭か、ジョニーと名乗った追跡者やシイーズの暗殺者を察知することはできた。この声の主もすぐに位置を特定できる筈、そう思ったからだ。だが……


(……駄目だ。どこにいるのか全く見当がつかない。一体どうなってるんだ?)


 正体不明の声の主に恵二は困惑するも、そんな少年を置き去りに声はどんどん話を続けていく。


「アルバードへ知らせる。少し掛かるがしばらく待て。くれぐれも一人で脱獄しようなどと考えるな」


「ま、待ってくれ!あんた一体何者なんだ?どうして俺を助ける?お願いって何をさせる気だ!?」


 つい声を荒げて色々と質問をしてしまう。だが声の主はそれに応じなかった。代わりに―――


「―――おい!誰かいるのか!?」


 恵二の声が大きすぎたのか守衛が慌てて戻ってきた。すぐさま恵二が入れられている牢の中をジロジロと見まわすも、何も変化がないことに安堵をし少年へと視線を向ける。


「……何だ、独り言か。ったく、騒ぐんじゃねえよ!大人しくしていろ!」


 そう怒鳴ると守衛は再び定位置へと戻っていった。そして声の主も既にいなくなったようで、牢屋の中は再び静寂に包まれた。


(……何がどうなってるんだ?)


 夢でも見ていたのかと錯覚しそうになるも、恵二は声の主の助けとやらに若干期待をしつつ、自分は自分で脱獄できるよう策を練り続けるのであった。





「よし!これでイーブンよ!」


 二戦目を終えて<第二>とシイーズの試合は一勝一敗と互角で終えた。



 シイーズ皇国との準決勝、先陣をきったニッキーは惜しくも敗れてしまった。やはり半日だけでは有用なマジックアイテムを全員分用意する事は叶わず、地力では押しているように思えたが初戦を黒星で落としてしまった。


 しかし次鋒のクレアがよく奮闘をしてくれた。


 僅かばかりではあるものの、装着者の身を守るマジックアイテムをラントンが用意してくれたのだ。それだけではない。元エアリムが所属していたパーティ<白雪の彩華>のメンバーが≪古鍵の迷宮≫の最奥で手に入れたマジックアイテムを貸してくれたのだ。


 最初は全員均等に貸し与えるつもりであったのだが、ニッキーとゼノークの二人がそれを拒んだのだ。


「確実に勝てるよう、他の奴に渡してくれ」

「俺には不要だ。そんなものなくても勝ってみせる」


 ニッキーは他の者に集中して持たせた方がいいのではと提案をし、ゼノークは自信があるのか同じくマジックアイテムを受け取らなかった。


 だがその甲斐あってかニッキーは負けこそしたものの、次戦のクレアはマジックアイテムを駆使して見事勝利を収める事が出来た。



「上出来よ!よくそれ(・・)を使いこなせたわね」

「クレアさん、凄いです!まるで天使のように華麗でしたよ」


「て、天使……」


 流石にそう言われると照れるのか、大げさなエアリムの称賛にクレアは顔お真っ赤にして黙り込んでしまった。


 <白雪の彩華>のメンバーがクレアに貸し与えたマジックアイテムは【天の羽靴】であった。ジェイサムにキュトル、それとシェリーの三人が、一時的に空を飛ぶことができる魔法の靴を所持していたのだ。その三足分をそれぞれエアリム、クレア、リサベアの三人へと貸していたのだ。


 ただこのマジックアイテム、使用するのが非常に難しい。一時的にではあるが靴に羽根を生やして飛べるという代物なのだが、普通の人間はそもそも飛ぶことに慣れていない。何度か貸して貰った事のあるエアリムですら未だ手に余る代物であり、せいぜい場外負けになる時に一か八か発動させるくらいの保険要因であった。


 だがなんとクレアはそれを一発で見事に使いこなせてみせたのだ。まるで元々空を飛べるのではないかと錯覚を起こす程の見事な飛翔で相手を翻弄し、見事初勝利を納めたのだ。クレアは魔術を扱うセンスもずば抜けていたが、まさかマジックアイテムの使用にもこれほどの才気があるとはスーミーにとっては嬉しい誤算であった。


「次はリサベアね。大事な中堅戦、あんたに預けたわよ!」


「分かりましたわ。必ずやご期待に応えてみせますわ!」


 そう闘志を燃やしたリサベアは舞台中央へと突き進んだ。彼女の姿を見た観客の一部がざわめき出す。


「おい、あれって……」

「ああ、確か初戦で棄権した子だろう?」

「大丈夫なのか?また調子が悪いとかじゃぁ……」

「え?あれって八百長とかじゃあねえの?」


(色々噂されてますわ……当然でしょうね……)


 父に命じられたからだと、家の窮地だったからだとはいえ、それは全て言い訳でしかない。自分可愛さに仲間や母校を陥れたことには違いが無いのだ。そんな愚かな行為をした昔の自分をリサベアは只々恥じた。


 だが下を向いてばかりではいられない。過去の過ちを完全に拭い去ることは出来ないが挽回することはできる。今後身を持って償う他道はないのだ。


(今は純粋に<第二>の力になれることが誇らしい。私は私の使命を全うしますわ!)


 何故か今は大将である恵二も、メンバー随一の魔力量を誇る千里の姿も見えなかった。恐らくレウス・ブロンド元侯爵の奸計であろう。あの二人がいない以上、残された五人で勝ち進むしかないのだ。泣き言など後でいくらでも出来る。今はただ自分を受け入れてくれた仲間たちの気持ちに報いたい。リサベアの心の中はただその一点だけであった。



「―――中堅戦、始め!」


「―――火炎弾(フレイムショット)!」

「―――光の刃(ライトエッジ)!」


 開始直後、素早く詠唱を終えた二人はほぼ同時に魔術を繰り出した。


 リサベアは炎の大玉を、相手の男は光の刃を放った。両方とも中級魔術と威力はほぼ互角だ。


 だが軍配は相手の方に上がった。


「くっ!」


 炎を引き裂いて襲い掛かる光の刃をリサベアは躱そうとするも、軽く被弾したのか魔術障壁が削られる音がした。威力は互角でも貫通力では相手の魔術が上手だったのだ。リサベアが放った炎は二つに割かれ、煙を上げながら消失していく。


 急ぎリサベアと相手の生徒は次の魔術詠唱を始める。お互い中級魔術でありながら見事な詠唱速度だ。


「―――炎槍(フレイムランス)!」

「ふん、炎属性特化か。氷槍(アイスランス)!」


 次に両者が放ったのは、またしても同じ中級魔術である炎と氷の槍であった。その威力はほぼ互角、だが属性の相性によりリサベアの槍が撃ち負けた。炎の槍と氷の槍が衝突し、蒸気を上げながら炎が消失していく。そして撃ち勝った氷の槍がリサベアへと迫りくる。それを必死に回避しようとするも、これまた避けきれずに魔術障壁を削られていく。先ほどと全く同じ再現であった。


 両者はマジックアイテムによる攻守の上昇を加味しても実力はほぼ互角であった。だが如何せんその戦略で僅かに差が生じていた。


 初手は仕方が無い。素早く魔術を放ちたい以上、相手の様子見をするほどこの二人には余裕がない。


 だが二手目のリサベアの対応は悪手であった。通常初手で炎属性を放ったのなら、次は違う属性か戦い方を変えるのが鉄則だ。現に相手は炎属性に有利な水属性の魔術を放ってきた。それに対してリサベアは炎の魔術を二連続ただ放っただけである。これでは戦略も糞も無い。


 その時点で相手はリサベアが炎に特化した魔術師であると断定をした。その証拠に彼女が再び詠唱を始めるも、その内容から察するに炎属性であることは明白であった。詠唱は人それぞれだが多少は傾向が読み取れる。


「―――ならば、これで決めてやる!―――氷槍(アイスランス)!」


 先程と同じ魔術であるものの、それに籠められた魔力は桁違いであった。自身の魔力もそうだがマジックアイテムで蓄えていた魔力のストックをひとつ使い切ったのだ。威力・速度共に増した氷の槍、しかも相手を追尾させることもできるそれをリサベアが防ぐのは到底不可能だ。そう決めつけたからこそかなりの魔力を注いだ。だがそこで彼女は予期せぬ行動に出た。


「―――火弾(ファイヤーショット)!」


「なっ!?初級魔術だと!?」


 渾身の氷の槍に対抗するべく彼女が打ち出したのは、初歩中の初歩、火属性初級魔術の火弾(ファイヤーショット)であった。ただしひとつではなく複数、彼女は炎の弾丸を連射したのだ。


「そんなもので俺の魔術が防げるものか!」


 彼の言うとおり、炎の弾丸は氷の槍へと次々と撃ち込まれるも、破壊には至らない。ただ少しずつだが氷を溶かしていき蒸気を周囲に撒き散らしていく。それと僅かだが氷の槍の速度も落ちてきた。


「ちっ、視界が……」


 炎の弾丸による氷の槍への衝突で舞台中央には蒸気が蔓延しお互いの視界を遮った。これでは氷の槍を命中させるのは難しいかもしれない。案の定リサベアは蒸気の中に身を隠し避けられたのか、氷の槍はそのまま場外へと通過していった。そのまま彼女は中央で立ち込めている蒸気の中に隠れているのだろうか、その姿は見えない。


(ふん、まあいい。俺にはまだマジックアイテムによる魔力のストックがある。次で決めてやるさ)


 何時彼女が姿を現してもいいように、男は中央に立ちこめた蒸気の方へと注力をしていた。


 そこへまさか、誰もいない筈のサイド側から魔術が飛んでくるなど思いも寄らずに―――


「―――雷撃槍(ライトニングランス)!」


「何!?」


 突如声がした方を振り向くと、そこからは青白い火花を散らした槍が迫って来ていた。雷属性中級魔術で尤も高威力の雷撃槍(ライトニングランス)であった。しかも中央不可入ゾーンのギリギリ手前から撃ちだされたのか、かなりの至近距離から放たれていた。雷属性は全体的に速い。しかも不意を突かれたので自前の魔術障壁の展開も間に合わなかった。水属性を用意していたのも仇となった。不利な雷属性ともあって発動させるのに躊躇してしまったのだ。


「あっ!」


 結果魔術をもろに受けてしまった男の魔術障壁が赤く点滅をする。運営側から用意された指輪の自動障壁が点滅もしくは消滅する事は、即ち男の敗北を意味していた。


「―――勝者、<第二>!」


 途端に歓声が響き渡った。気が付けばあっさり試合が終わっていたことに観客たちは首を傾げながらも、序盤押され気味であったリサベアの大逆転劇に観客たちは沸いた。そこにリサベアを八百長だと罵るような者はもう誰もいなかった。


(……勝った。やりましたわ、エアリムさん、ヒスタリカお嬢様!)


 リサベアは一人勝利の余韻を噛みしめていた。これでやっと試合の棄権という己の過ち分は返せたかと彼女は胸を撫で下ろしていた。



 実はリサベアは合計四つのマジックアイテムを身に着けていた。一つはラントンから借りている魔術障壁を強めるマジックアイテム。だがこれはほんの僅かだけであり、気休め程度の効果だという。


 二つ目は【天の羽靴】。これも本番ぶっつけで扱えるほど簡単な代物では無かったので、あくまで場外負けになりそうな時の保険だ。結局未使用であった。


 では残りの二つはというと、一つはエアリム(正確には彼女の元パーティメンバーであるガエーシャ)から借りた【隠者の織布】である。これは装着した者の姿を消すという非常に実用的なマジックアイテムであっり、魔力反応さえも消してくれるので魔術師による魔力探索(マジックサーチ)からも隠れる事が出来る。


 炎の魔術で蒸気を撒き散らし、姿を眩ませたのはリサベアの作戦であった。更にそこで【隠者の織布】を使用して舞台の端へと場所を移す。これで相手の不意を突いたのだ。


 そこから更にリサベアはマジックアイテムを利用した。ヒスタリカから先程受け取った魔力をストックできる指輪である。これを使い残りの全魔力を雷属性の魔術へと注ぎ込んだ。中級魔術とはいえかなりの威力を籠めた雷の槍は一発で相手の障壁を撃ち破ったのだ。


 序盤に炎属性を連発したのもブラフ、相手に水属性を使わせる目論見であった。それが見事にはまったのだ。


 結果色々な者から借り受けたマジックアイテムにより何とか勝利を拾ったリサベアであった。普段なら誇り高い彼女は不満を述べたかもしれないが、今はとにかく白星が欲しかった。試合に勝ち<第二>を存続させる。その使命に比べたら自分のつまらないプライドなどゴミ屑同然であった。



「リサベア!よくやったわ!この一勝は大きいわよ!」


 スーミーが手放しで彼女を褒め称える。他の面々も彼女を温かく受け入れていた。もう初戦の棄権行為など彼女らの頭の中からは薄れ去っていた。


「これで王手か。残りはゼノークの野郎とエアリムの姉御のどちらかで一勝……楽勝だぜ!」

「でも手を緩めるんじゃないわよ!このままの勢いで、ケージたち抜きで勝ち進むわよ!」


「「おお!」」


 その後もゼノーク、エアリムと順当に白星を重ね、四勝一敗で<第二>は決勝進出を決めた。

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