レアキャラなんだよ
大会二日目、この後準決勝を控えているとあってか大勢の観客が会場内を往来していた。その人ごみを避けながら走り回っていたヒスタリカはようやくお目当ての人物、リサベア・アークマインを見つけ出すことに成功をした。
「―――リサベアさん」
背後から突然声を掛けられた少女は驚いて肩を震わす。振り返り自分を呼んだ者の姿を見ると更に驚いて目を見開いた。
「ヒスタリカお嬢様……」
「はぁ、はぁ……リサベアさん。今、よろしくて?」
走り回って乱れた息を整えながらも彼女はリサベアにそう尋ねた。尤も彼女に至急伝えたい事があったからこそこうして会場の中を走り回っていたのだ。用があると言っても無理にでも話を聞いてもらうつもりでいた。
リサベアに声を掛けられたリサベアは最初こそ驚いていたものの、次第にその表情を曇らせる。彼女にとってヒスタリカは、今あまり会いたくない人物であった。
「すみません。これから試合ですので……。ご心配なくキチンと負けてみせますわ。もっとも私は試合に出させて貰えないでしょうけどね」
そう自虐的な笑みを浮かべる少女にヒスタリカは一瞬躊躇するも、はっきりと伝えたかった言葉を口にした。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい!」
色々と話したい事はあったが何よりも先に彼女にはきちんと謝りたかった。ヒスタリカは人目も憚らず深々と頭を下げて謝罪した。それを見たリサベアは動揺する。
「八百長などと貴女の誇りを汚す行為をさせたこと、誠心誠意をもって謝罪させて頂きます。どうかお許しください」
「―――ひ、ヒスタリカ様!?一体なにを……!頭をお上げください!」
元とはいえ同じ貴族でも遙か格上である家柄の令嬢が、まさか自分に頭を下げるなど思ってもみなかったリサベアは慌てて彼女へ声を掛けた。
この二人は一応お互いに面識こそあるものの、そこまで親密な仲という訳ではなかった。幼少の頃から何度かパーティーなどで会話を交わした程度の仲ではあったが、親友というほどでもない。それでも二人は顔を合わせれば互いの趣味を語り合うなどそこそこの交友関係はあった。
だがある日リサベアは疎遠になってしまった。しかも何時の間にか<第二>の魔術学校に転校までしてしまったのだ。多少は知った仲なのだから一言くらい言ってくれてもいいのにとヒスタリカは内心そう思っていたのだが、まさかリサベアが元貴族派の手回しで<第二>の動向を探るべく、無理やり転校させられていたなど知る由もなかった。しかもそれを遠まわしに指示したのは自分の父であるという。
アークマイン家は元貴族といってもそこまで位が高いわけでもなく、貴族派の中でもその立場は低かった。貴族派の中心人物となるレウス・ブロンドからの指示にリサベアの父は従う他無く、娘である彼女はスパイ紛いなことをさせられていた挙句、今大会では八百長までさせられていたのだ。
そのことをヒスタリカが知ったのはつい先刻であった。そのことを思い出すと今でも腸が煮えくり返りそうな思いであったが、彼女が受けた辱めはそれ以上だろう。リサベアには一刻も早く謝りたかったのだ。
言い訳になるかもしれないがヒスタリカはその事実をつい先程知ったのだと弁明をする。そして彼女に対してこう言った。
「リサベアさん。もう何も心配なさらなくて結構です。次の試合、全力で戦ってみせてください。今更信用できないかもしれませんが、私の名に懸けて決して悪いようにはいたしません!」
「ですが……もう遅いですわ。私はチームから完全に信用を失ってしまいました。それに私より他の方が出た方がきっと勝てます」
「そ、それは……」
そう言い返されると言葉が見つからないヒスタリカだが、そんな彼女にリサベアは笑って応えてくれた。
「でも一つだけ救われましたわ。ヒスタリカお嬢様に裏切られた訳ではない。それを知れただけでも良かったです。もし……万が一私に出番がありましたら……その時は大暴れしてみせますわ!」
「え、ええ!その意気ですわ。決勝戦でお待ちしております。そうですわ、これを貴女に渡したかったんですの」
そう告げるとヒスタリカはリサベアにある物を手渡した。
「はじめまして。私は宮藤ハルカ。君と同じ青の世界≪アース≫の出身、日本人よ」
まさかのカミングアウトに恵二は一瞬フリーズしてしまったが、必死に頭を働かせるとようやく口を開いた。
「宮藤ハルカさんって……もしかしてランバルドさんの魔術の先生をしていたっていう、あのハルカ・ミヤフジさん!?」
「ああ、ランバルド君から聞いたのかな?うん、そうだよ」
ハルカ・ミヤフジという名は恵二も聞いていた。正確にはエイルーンに訪れたグインからその情報を得ていたのだが、まさか自分の武器を作ってくれたドワーフと同一人物だとは思いもしなかった。
しかしそうなると気になることがある。彼女の容姿だ。
「失礼ですが宮藤さんっておいくつなんですか?ランバルドさんの先生って割にはお若いような……」
「ハルカでいいよ。歳は、うーん……大体百四十ってところかな?これだけ重ねると流石に正確には覚えてなくてね」
「ひゃ、百四十歳!?」
想像以上に出鱈目な数字に恵二は度肝を抜かれてしまう。見た目二十代に見える綺麗な女性だが、まさかエルフ族であるミルワード校長並に年齢詐欺だとは思いもしなかった。だが端麗長寿なエルフ族ならばともかく、日本人であるはずの彼女がどうしてそんな若い姿を保っていられるのか恵二は不思議でしかたがなかった。
「ふふーん。気になるようだね?」
そんな恵二の疑問を読み取ったのか、彼女はニヤリと子供の様に笑ってみせた。
「その答えは……これだ!」
そう声を上げると彼女はまたしても変身してみせた。さっきまでとは打って変わって、今度の姿は背が高く肉付きの良い赤毛の成人男性であった。しかもそれは恵二の知っている顔であった。
「じ、ジルさん!?ジルさんもハルカさんだったのか!?」
目の前に現れた赤毛の男は、以前エイルーンへと向かう道中キマーラの宿屋で助け船を出してくれたAランク冒険者であった。目立つ外見なのですぐに思い出せた。
「そそ。小人族のハミ、ドワーフ族のカルジ、それに冒険者のジル。ぜーんぶ私だよ」
姿こそ屈強な成人冒険者であったが声だけ可愛らしい女性のものとシュールな光景だが、困惑しながらも恵二はある点に気が付いた。
「そっか。アナグラム……!」
「お、そこに気が付いちゃった?鋭いねぇ。変装している時は、全部私の名からもじったものにしているんだよ」
彼女が変装していたハミ、カルジ、ジルは全て“ミヤフジハルカ”のアナグラムとなっているのだ。恐らく深い意味はなく単に彼女の遊び心だろう。
「あ!もしかして……ミヤさんの正体もハルカさんなんじゃ……」
以前ジルから助けてもらった時に受け取ったキマーラ国の入国許可証は女商人ミヤのものであった。なんてことはない。あれはミヤの許可証を預かっていたのではなく、そもそもジル……もとい宮藤ハルカの許可証であったのだ。
その女商人ミヤとは二か月前ほどにノーグロース通商連合国で出会った。カレーの匂いに誘われて訪れたお店のオーナーが彼女だったのだ。ということは恐らくカレーライスを開発して売り出していたのも彼女の仕業だろう。
「本当に君は鋭いね。そうミヤも私の仮の姿だよ。商人や冒険者という身分は何かと便利でね。重宝しているかな」
色々と新しい情報が飛び込んでくるも、言われてみれば納得なことだらけであった。この世界は妙に親切な人が多いと思っていた。安い代金で高品質な武器を作ってくれたり、入国許可証を無料で譲ってくれたりと、そのどれもが彼女、宮藤ハルカが変装して自分を助けてくれていたのだ。
だが肝心の年齢についての疑問はまだ解消されていない。恵二はジルの姿になったままのハルカへ尋ねた。
「ええと、それで話の続きですけど―――」
「―――ああ、そうだったね。実はこのジル、見た目こんなんだけど実は魔族と人族のハーフでね。暗黒属性に加え神聖属性も使えるレアキャラなんだよ!」
えっへんと成人男性が胸を張る構図に恵二は若干引くも、その説明で何となくだが絡繰りが見えてきた。
「そうか。確か魔族は寿命が長いんでしたっけ?」
「個体差はあるそうだけどね。このジルって身体は百年以上使っているんだけど全く衰えない。彼には感謝だよ」
それは変装をしている主に対しての言葉なのか、彼女は少しだけしんみりと答えた。先程までの砕けた印象とはまた違った雰囲気であった。本来のジルの姿をした者と何かあったのだろうか。
それにしてもハルカの“変装”は思った以上に高性能のようだ。彼女の口ぶりから察するに、魔族しか使えないという暗黒属性も使用可能だという。日本人である恵二は人族に該当するらしく、種族適性もあってか暗黒属性は逆立ちをしても扱えないのだ。そしてそれはハルカも同じ筈。
だが彼女は変装した元の相手の種族的な適性や能力さえも模倣するのか、魔族と同レベルの寿命を得ているのだろう。これは最早変装魔術の域を超えているのではと恵二は推察をする。
そしてその予想はやはり正しいものであった。
「実は私にも異世界の勇者諸君と同様、素晴らしいスキルをもらっていてね―――」
彼女は一旦言葉を区切ると、再び別の姿へと変えた。
「―――<超変身>。変身した相手の適性を完全コピーする。それが私の切り札だよ」
恵二の姿をした彼女はそう告げるのであった。
「―――ちょっとちょっと!何であいつ来ないのよ!?」
「さ、さぁ……」
「チサトのやつも来てねえぞ?」
会場の舞台横に設けられている選手控室。次の試合に出場予定の<第二>チームは大将である恵二ともう一人のメンバーである山中千里が来るのを待っていた。だが準決勝開始まで残り僅かとなっているが、未だに二人がやってくる様子がない。
「おかしいですね……。ケージ君、時間はきちんと知っていた筈ですけど……」
同じ宿屋に住んでいるエアリムは朝早く恵二が出掛ける前に時間をきちんと伝えていた。恵二も時間をしっかり覚えており、忘れているとも思えない。これは何かトラブルがあったとみて間違いない。
このままでは恵二と千里抜きで準決勝を勝ち抜く必要がある。だがリサベアは棄権をするのが目に見えており、大将である恵二と比べるとニッキーやクレアではどうしても戦力的に見劣りしてしまう。
「うう、どうしよう、どうしよう」
昨日の祝勝ムードは一体どこにいったのか、生徒以上に大慌てをするスーミーにリサベアは提案をした。
「―――先生。私を使ってください!」
「リサベア?けど、あんたは……」
「どの道5人は出ないといけないのでしょう?ならば私を先鋒で出してください。必ず……必ず勝って見せますわ!」
昨日は自分を出さないで欲しいと訴えていた彼女が、まさかの勝利宣言をしたのだ。これにはスーミーだけでなく他の生徒たちも驚いていた。
「スーミー先生、もう時間が……」
「なんか気合入ってるようだし問題ねーんじゃねえのか?」
「……分かったわ。けど出てもらう以上、あんたには先鋒ではなく、もっと大役をやってもらうわよ?」
「……っ!は、はい!」
スーミーは腹を括りメンバー表を提出した。
一方貴賓席で観戦していたレウス・ブロンドも慌てていた。
「おい!何故あの娘が居るんだ!?エアリムという娘は外に出ていたきり帰って来ていないと報告があった筈だが?」
「ほ、本当ですね……。門番からは戻ってきたという情報は届いておりませんが……」
恵二とエアリムの二人が午前中に街を出て行った。
そう報告を受けていたレウスは主力であるあの二人を大会に出させない為、色々と手を回し門番たちに見張らせていたのだ。いざとなれば力づくでも二人を街の中に入れない算段であった。
だが失敗の報告もないまま何故か少女の方だけは会場に姿を現していた。それを見たレウスは部下の失態に激怒した。
「ふざけているのか!?現にあの娘は来ているではないか!?ええい、使えん奴らめ!」
「も、申し訳ありません!少年の方は何としてでも足止めするよう門番には再度厳命しておきます!」
そう告げるとこれ以上怒鳴られまいと部下の男はそそくさと貴賓席から離れていった。
「ち、まあ良い。どうやらアークマイン家の娘は出ておるようだし、これで一敗は確定か。それに相手は名門のシイーズ。これでは決勝まで勝ち進むのは無理であろう」
そう高を括るとレウスは手に持っていたグラスの中を一気に飲み干し、準決勝の行方を見つめるのであった。




