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こいつだけは使いたくなかった

「あんた、本当に勝てるんでしょうね?」


「―――負ける気はさらさら無い」


 普段ならば“必ず勝つ”と豪語するゼノークにしてはやや大人し目の発言に、スーミーは不安げな視線を送る。相手はエルフ族の、しかも双子が相手だ。先ほどの千里の魔力量も相当なものではあったが、相手の双子姉妹もかなりの魔力量を保有する上に、それを扱う技術の方も一級品であるのは一回戦を見れば疑いようがない事実であった。


 双子は莫大な魔力量を先天的に持って生まれる。


 それはこの世界の魔術に携わる者においては半ば常識でもあった。双子で生まれた者は時には勇者に、時には魔王として恐れられ、幾多の伝説を残してきた。そして次第にその強大な力を危険視した権力者たちは“双子が生まれたら処分せよ”という掟まで作ってしまう始末であった。尤もそんな物騒な法律は一部の地域や種族に限定されてはいるのだが、それほど双子というのは魔力量に恵まれていた。


 相手はその双子、しかも魔術に長けたエルフ族の生まれだ。


(―――ふん。薬でイキってた俺とは、生まれも育ちも違うってか?上等だ!)


 ゼノークもまた非凡な才能を持って生まれた。その魔力保有量は周りから妬まれるほどのレベルだ。だがそれ故に彼は幼少期から慢心していた。ある程度年齢を重ね、上には上がいると知ってもその性格はすぐには改善されなかった。それどころか怪しい組織にそそのかされ、より力を求めるあまりに魔力を向上させる薬や人体実験にまで手を出してしまった。


 そんなある時にゼノークは三辻恵二と出会うこととなる。


 自分より強い存在がいることは知っていた。勇者と呼ばれる存在やSランク冒険者。他の種族や魔物まで含めればきりがない。だがまさか自分より身体の小さな年下にまで敗れるとは当時のゼノークは考えもしなかったのだ。あの時は心の底から打ちのめされた気分になった。


 そこから彼は改心し、怪しい組織<研究会>を抜け出した。今までは少し練習すればある程度の魔術ならばすぐに修得ができた為、努力など全くしてこなかった。だが今は朝から鍛錬に明け暮れ、それに満足する事無く更に研鑽を重ねた続けてきた。


 そして一から魔術を学び直そうと決意をして、ここエイルーンへとやって来たのだ。


 それから紆余曲折、多少の恩義があるアルバード市長の勧めで<第二エイルーン魔術学校>へと入学してそこで恵二と再会をした。何時かリベンジをしてやると心に決めていた少年とまさかチームを組まされるとは夢にも思わなかったが―――


(―――今の俺は挑戦者だ。多分まだあいつには勝てない。それはいい。だが……戦いから逃げるのは我慢がならない!あんな惨めな思い、二度と御免だ!)


 甘んじて副将という二番手の座に就いたゼノークだが、作戦上とは言え同年代の少女相手に逃げるなど、彼のプライドが許さなかったのだ。故にこの副将戦を降りなかったのだ。勝算などありはしない。



 対戦相手である双子の妹、エルフ族のリースとゼノークは対面をする。


「ふふ。貴方が次鋒であれば勝負が着いていたでしょうに。お蔭で助かりました。私たちの勝ちですね」


「もう勝った気か?生憎だが結果は変わらない。お前を倒してここでゲーム終了だ」


「人族の身で私に勝てるとでも?貴方は身の丈を知るべきですね」


「その言葉、そっくりそのままお返しするぜ」


「―――両者、私語は謹んで!」


 舌戦を始めた二人に審判は釘を刺す。これはあくまで学業の延長線上である競技大会だ。本来勝ち負けは二の次で学生の研鑽を積むことを趣旨とされている大会なのだが、そんな御高説な目的よりもお互いは絶対に負けられない理由があった。<第二>は学校の存続自体を懸けた試合であり、エルフ族の名門校<アインルプトフォーク>は種族の誇りに懸けて優勝を絶対条件に参加しているのだ。


(人族相手に……ましてやマジックアイテムすら持っていない弱小校になど負けません!)


 エルフの名門校であれば高価なマジックアイテムの一つや二つ用意する事は十分可能であった。だが人族相手にそんなもの不要だと傲慢な考えの下、アインルプトフォークの学校側は特にマジックアイテムを用意してこなかったのだ。


 故に同じ条件で戦う人族相手に負けるなど、エルフの矜持が許さなかったのだ。


「―――始め!」


 開始の合図と共にゼノークはノータイムで魔術を放った。無詠唱で火弾(ファイヤーショット)を開幕早々連発をする。だが―――


「―――甘いです!」


 彼女もまた無詠唱で土の壁を出し、火の弾丸を全て防ぎきる。


「なかなかのご挨拶ですね?」


 壁越しに少女の落ち着いた声が聞こえてくる。


無詠唱(あれ)くらい驚くに値しないってかよ!)


 すぐさまゼノークは火の弾丸を追加する。正面には土盾(アースシールド)が張られている為、左右へと撃ち放ち軌道を曲げてリースを狙うも、今度は相手からも魔術が放たれる。無詠唱で同じ数の火弾(ファイヤーショット)がゼノークの弾丸を綺麗に相殺させた。


 だがそれを予見していたゼノークは次の行動に移っていた。左右からの火弾はいわば囮、本命は相手の足元に狙いを定めた炎の柱(フレイムピラー)であった。


「―――ふふ、分かり易いですね」


 しかしそれすらも見抜いていたのか、リースは素早くその身を横へと移動させる。風の魔術を身に纏っているのかその身のこなしは常人の域を超えていた。リースは火柱を回避しつつお返しとばかりに炎槍(フレイムランス)を三発同時に発射する。あの威力の魔術を三発も同時に喰らえば自動障壁などあっという間に点滅するであろう。ゼノークも自身に強化魔術を施し回避行動に移るも、炎の槍は軌道を変えてゼノークへと迫って来た。


(―――追尾機能かよ!)


 心の中で舌打ちしつつも、避けることを諦めたゼノークは迎撃に出る。右手に魔力と炎を纏わせると、向かってくる火の槍を破壊せんと拳を振るった。しかし一発相殺し損ねてゼノークの自動障壁に被弾する。


「―――ぐっ!」


 慌ててリースから間を取ろうとするも、彼女は何故か追撃をしてこなかった。理由は分からなかったが、ゼノークはそのお蔭で息を整えることができた。



 試合開始からここまでの間、僅か20秒足らずでの出来事であった。余りの展開の速さに呼吸をするのも忘れていた観客たちは、壮絶な撃ち合いが止まると歓声を上げた。


「すげえ!何だあの二人!?」

「本当に学生か!?」

「あいつら詠唱していたか?」

「いや、多分無詠唱だよ!二人とも学生のレベルじゃねえよ!?」


 ハイレベルな攻防に玄人の観客でさえも我を忘れて称賛を送った。だが歓声を送られている二人の表情は対照的であった。余裕な表情を見せるリースに対してゼノークは苦虫を噛み潰したかのような顔を浮かべていた。


「―――驚きました。姉さん以外でここまで撃ち合ったのは久しぶりです。てっきり炎槍(フレイムランス)で仕留められると思っていたのですが……」


「はっ、追撃してこなかったのはそれが理由か?舐めやがって……負けた時の言い訳にはもってこいだな!」


 負けじとゼノークも虚勢を張るが、先程のやり取りだけでお互いのレベル差が否が応でもハッキリと分かってしまった。魔力量はおろか魔術を扱う技術でさえも彼女の方が上手であったのだ。


(くそったれ!エルフの双子は伊達じゃねえってか?生意気な女だ。それにアイツと同じ魔術を使ってくるところも忌々しい)


 あの少年がよく好んで使う<火弾(ファイヤーショット)>や<土盾(アースシールド)>を見ると、どうしても昔の自分を思い出しイラついてしまう。


「さて、それではそろそろ終わりにしましょう。姉さんも待ちくたびれているでしょうし」


「……そうだな。次で終わりにするとしよう」


 頭に血が上がりそうになるのを何とか抑え、ゼノークは冷静に作戦を立てていく。だがあまり考えていられる時間は残されていない。彼女は宣言通り本当に次で決めるつもりなのか、膨大な魔力を集中させていた。


(どの道、長期戦はこちらに不利。ならば次の攻撃に全魔力を集中させる!)


 リースはゼノークに掌を向けると、魔力が集まり次第に形となって現れた。青白い火花が彼女の右手に纏わりつく。


(雷属性も!?本当に何でもありだな!)


 これで彼女は少なくとも土・火・風・雷と四属性を使いこなせることになる。確かエルフ族は先天的に火属性が苦手であった筈だが、それでいて先程の威力だ。今彼女が放とうとしている魔術が何なのかはゼノークには分からなかったが、自動障壁など紙屑当然で当てになる筈もない。


「……こいつだけは使いたくなかったがな。―――土盾(アースシールド)!」


 ゼノークは身を守る為か、雷属性に相性の良い土属性の盾を前面に張る。憎き少年の代名詞ともなりつつある魔術だ。だがそれを見たリースは冷ややかな言葉をゼノークへと投げかけた。


「そんな薄っぺらい壁で私の魔術を防げるとでも?そちらこそ私を侮っているようですね」


 興ざめだと言わんばかりに冷たく言葉を投げかけると、彼女はゼノークへと向けた手を天にかざした。


「―――天雷の落撃(トールハンマー)!」


 詠唱と共に舞台に青い光が落ちた。それに遅れる形で今度は轟音が響き渡る。


天雷の落撃(トールハンマー)>。雷属性の上級魔術であり、その威力はまさに自然の雷そのものであった。


「ぐあああああっ!」


 直撃を受けたゼノークは悲鳴を上げる。ある程度の魔術であるならば自動障壁が防いでくれるが、流石にこれ程の出力はミルワードも想定をしていなかったのか、装着者であるゼノーク本体へとダメージが通る。


 そしてその悲鳴こそ、指輪が自動展開している魔術障壁を打ち破った証左でもあった。


(呆気ないわね)


 壁越しで相手の様子が見えなかったリースだが、ゼノークの呻き声で彼女は己の勝利を確信した。


 ―――まさにその時であった。


「え!?」


 彼女の目の前に突如火の玉が出現したのだ。最初は小さな赤い豆粒が、徐々に大きくなり膨らんでいく。その火の玉に籠められている魔力量に彼女は慌てた。


(―――拙い!この至近距離では!?)


 彼女は咄嗟に左手を前面にかざす。瞬間―――先程の轟音とも劣らぬ爆音と火炎がリースと舞台に襲い掛かった。


 その魔術こそゼノークの切り札であるオリジナルの<爆炎弾(バーストショット)>であった。


 火属性の上級魔術である爆炎弾(バーストショット)は本来、炎の大玉を相手に撃ち放つ魔術であった。だがゼノークが目標としている少年が得意とする土盾(アースシールド)は、それすらも防ぎきってしまうであろう。


 そこでゼノークは考えた。炎の玉を放つのではなく、相手の懐に出現させてみてはどうだろうか。


 そこで編み出されたのが時限爆炎弾リミットバーストショットであった。


 この魔術は相手の至近距離に炎の玉を出現させて魔力を限界まで注ぎ込み、最後はわざと暴走させ自爆させるという代物であった。離れた位置に魔力を送り臨界点まで制御するというかなりの技術と魔力を要する魔術ではあったが、何とか形になるまでには完成させていた。


 後は事前にその魔術を察知されないかが不安要素ではあったが、相手の膨大な魔力量とその傲慢さが丁度いい目晦ましとなってくれたのだ。土盾(アースシールド)は相手の攻撃を防ぐためのものではなく、自分の魔術に巻き込まれないように用意したのだ。


(あいつ用に編み出した……とっておき、だったんだがな……)


 雷の直撃を受けたゼノークはそのまま仰向けに倒れ込む。この時点でゼノークの負けは確定かと思いきや、実はそうではない。この大会の独自ルールとして、例え同時では無くても、両者の指輪の障壁が点滅あるいは消滅していれば、結果は引き分けとなる。これは時間差で発動する魔術にも技術面で配慮した故の独自ルールであった。


 勝算など始めからなかった。ゼノークは最初から引き分け狙いであったのだ。


「後はあのエルフっ子の障壁が点滅していれば引き分けよ!」


 スーミーが鼻息を荒くして舞台上の様子を伺う。もし引き分けならば、この後もし万が一大将戦に恵二が負けたとしても、延長戦で補欠同士の試合にまでもつれ込む事が出来る。少なくとも大将戦で敗退という事態だけは避けられるのだ。


 先程の反省を踏まえて早めに退避していたのか、火炎から逃れていた審判がリング外から様子を見守っている。爆炎が立ち上げた煙が徐々に晴れていき、やがてリースの姿が見え始めた。そしてその彼女の周りには―――


 無情にも健在を示す緑色の魔術障壁と彼女自身が張ったのか外側にもう一枚別の障壁が展開されていた。


「―――勝者、アインルプトフォーク!」


 壮絶な幕切れに観客たちはこれまでにない大歓声を二人へと送った。実力差は明白ではあったが、最後まで結果の分からなかった熱い試合に観客たちは感動していた。


「……くそったれ」


 相打ち覚悟で戦ったにも拘らず、それでも届かなかったゼノークは悔しさを隠そうともしなかった。そんな彼の元へエルフの少女リースは歩み寄ると、左手に身に着けた指輪を取り外しゼノークへと見せつけた。


「これは装着者の身を守るマジックアイテムです。こんな玩具とは比べ物にならない強度を誇ります」


 こんな玩具と揶揄したのはミルワード自作の自動障壁を展開させる競技用のマジックアイテムであった。尤も今回は学生の大会用に強度を下げて設定されているだけだが、本来の強度で比較をしても、それでも彼女の持つ指輪の方が高性能であった。


 つまりゼノークが敗れた敗因は、彼女の身に着けているマジックアイテムの強力な魔術障壁の所為であったのだ。


 今回エルフの学校側はマジックアイテムを用意してこなかったが、そもそもリースは普段からその指輪を身に着けていたのだ。彼女としてはマジックアイテムを使う気は皆無であったのだが、ゼノークの奇襲に思わず身体が反応をしてしまったのだ。


「人族相手にマジックアイテムを使わされるとは屈辱です。この借りはきっと返します!」


「……無様に負けて横になっている奴に言う台詞か?はっ、こっちこそ返り討ちにしてやるぜ!」


 リースは用件だけ伝えると、足早に舞台上を去っていった。


 恵二たちは倒れているゼノークを手当てしようと、まずは控えベンチの方へ運ぼうとする。だが恵二が肩を貸そうとするとゼノークがとても嫌そうにした為、運ぶのはニッキーに任せることにした。恵二は神聖魔術で回復させようか考えたが、流石にこの大観衆の前で使用するのは躊躇われた。


「……おめえ、随分根性あるじゃねえか?」


「あん?」


 肩を貸して貰っているニッキーが突如そんなことを呟いたため、ゼノークは怪訝な表情を浮かべた。この二人は何かと言い争いになることも多く、その仲はお世辞にも良好とは言えない関係であった。尤も大会前の特訓(しごき)ではお喋りをしている余裕など全くなかったのだが。


「ちょっと見直したぜ。大将戦は兄貴が……多分勝つ!だから安心して寝てろ」


「……多分ってやけに自信なさげじゃねえか?何時もの調子はどうした?お前のご自慢の兄貴は“絶対に勝つ”んじゃなかったのか?」


 変な物でも食べたのではとゼノークはニッキーを不審がるも、彼は至って真面目な表情で返答した。


「俺だって馬鹿じゃない。相手がやべえ奴ってのは分かる。兄貴だって絶対じゃない。それでもケージの兄貴なら何とかしてくれるとは思うけどよぉ……」


 ニッキーも副将戦で双子の姉妹の実力は嫌でも理解させられてしまったのだ。確かに恵二は強い。だが相手もまた底の見えない化物であった。更にはマジックアイテムまで使われたら一溜まりも無いだろう。流石に能天気なニッキーも不安を禁じ得ないのだ。


「だから今度……もし今度の機会があれば……俺は負けねえ!兄貴が安心して戦えるように、俺が絶対に勝つ!」


 ニッキーはまだ一勝も上げていない。二回戦に至ってはメンバーから外されてしまってさえいる。一番不甲斐無い思いを抱いてきたのはこの青年なのだ。その気持ちは同じ敗者であるゼノークも共感するものがあった。あったのだが―――


「―――ふ、テメエじゃ無理だ」


「んだとぉ!テメエ、人が真剣に話してるってのに……!」


 多少はお互いの事を知った気になった二人ではあるものの絶望的なまでに馬が合わず、結局最後は喧嘩になるのであった。

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