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明日から無職

「―――今年からの新ルール!スキルに加えてマジックアイテムの使用もOKとなりました。魔術師たるものマジックアイテムを見事に使いこなすセンスも必須!きっと白熱した素晴らしい試合が見られることでしょう!」


 MCの男が公表した新ルール、試合中マジックアイテムの使用を認めるという説明を聞き、<第二>の生徒たちはお互いに顔を見合わせた後、付き添いの教師兼監督であるスーミーの方を一斉に振り返った。


「いやいやいや。聞いてないわよ!そんな話……」


 スーミーはすぐさま偶々近場にいた運営委員である男の首根っこを摑まえて、新ルールなど聞いていないと猛抗議をした。だが運営側から返ってきた回答は淡々としたものであった。


「新ルール含め、各校にはきちんと書面にて事前に通達をしております。……貴方がたが見落としただけなのでは?」


「―――んなわけないでしょ!?ちゃんと読んだわよ!どこにもそんな一文は記載されてはいなかったわよ!」


「そうおっしゃられても……。既に他校には通達済みでマジックアイテムも各々準備されております。それともまさか、今から準備するので待って欲しいとでも?」


 見ると相手のミルクス獣王国の生徒たちはマジックアイテムらしき装備品をいくつか身に纏っていた。他校に新ルールを通達したというのは本当のことなのだろう。ただそれが<第二>にもきちんと伝えられているのかは謎ではあるのだが、今この場では確認のしようがない。


「それより先鋒の生徒は早く舞台に上がって頂けますか?貴賓席には各国の王族・貴族の方もいらっしゃるのです。これ以上お待たせするわけにはまいりません」


「うぬぬ~、後で文句言いに行ってやるから覚えておきなさいよ!」


 スーミーの捨て台詞を軽く聞き流した運営委員はそそくさとその場を立ち去っていった。おそらくこの新ルールも<第一>側が仕掛けた小細工であろう。<第二>にだけマジックアイテムを持たせずに大会を進めていくつもりのようだ。貴重なマジックアイテムは気軽に準備できるほど安価ではないのだ。


「先鋒は確かニッキーだったわね……。大丈夫?」


「おうよ!んなもん無くても気合でカバーしてやるぜ!」


「その意気よ!卑怯者なんか気合でぶっとばしちゃいなさい!」


「いや、獣王国は悪くないから。あとラインより前に踏み込んだら失格だから、くれぐれも殴りに行くなよ?」


 ニッキーとスーミーのやり取りを聞いていた恵二は思わずつっこみを入れる。選抜戦も基本ルールは外来魔術大会と同様で、中央にある二つのラインで挟まれたエリアに踏み入れることは禁止となっている。これはあくまで魔術を競い合う大会であり、接近戦での殴り合い行為はルール違反になるのだ。因みに場外リングアウトでも失格となる。


 ニッキーは事前に受け渡された魔術障壁(マジックシールド)が自動展開される指輪を装着する。これはミルワード校長考案のマジックアイテムで、通常緑色の魔術障壁(マジックシールド)が装着者の周りに展開されるが、一定以上のダメージを負うと赤く点滅し始めて、更に負荷をかけると消滅する仕組みなのだ。障壁が赤く点滅した時点で負けとなる。


 今大会で使用されている指輪の強度は中級魔術数発分は耐えうる強度とのことだ。ちなみに指輪の発する障壁の外側に自らの魔術障壁(マジックシールド)を展開して防ぐのもありだ。守備にまわせるだけの余力があるのなら、自身で魔術障壁を張った方が勝率はぐんと上がる。指輪の自動障壁はあくまでオマケみたいなもので、不幸な事故を防ぐ為に装備しているだけなのだから。


(流石にこの指輪には細工していないだろうな?)


 恵二は自分にも支給された指輪をまじまじと見つめるも特に怪しい点は見られなかった。スーミーも各生徒の指輪を入念にチェックしてまわっているが、どうやら問題なさそうだ。流石にあからさまな細工は大っぴらにできないようだ。


「ニッキーの相手は兎族の女の子かぁ」

「獣人族の中でも兎族は非力な分、魔術に長けている方が多いそうです。要注意ですね」


 魔術に関する知識であれば流石エアリムは頼りになる。隣で気合だ、根性だと叫んでいるスーミー先生より余程的確なアドバイスや指示を送れそうだ。


「それではミルクス獣王国魔術学校VS<第二>エイルーン魔術学校の先鋒戦―――始め!」


 MCの男とは別の審判が試合開始の合図を出すと、ニッキーはすかさず魔術を発動させた。


「先手必勝!―――火弾(ファイヤーショット)!」


 まずは様子見とばかりに初級魔術である<火弾(ファイヤーショット)>を放った。喧嘩などで戦い慣れているニッキーは魔術の扱いも見かけによらず器用にこなす。長期休暇中ダンジョンに潜り込んでいた成果があったようだ。詠唱も短く威力・スピード共に申し分ないデキだ。


 だが相手も流石は魔術学校を代表する選抜生徒。決して遅くはない火の弾丸をキッチリと躱してみせた。


「ちっ!ちょこまかと……!火弾(ファイヤーショット)!」


 イニシアチブは譲らないとばかりにニッキーは魔術を連発する。だがそれを兎族の少女はちょこまかと巧みに身体を動かし避けていく。徐々にだが相手の動きに慣れてきたニッキーの魔術が兎族の少女にかすめていく。


「―――こいつで決めるぜ!……雷光(ライトニング)!」


 基本である初級攻撃系魔術の中では最速である<雷光(ライトニング)>を放つ。ニッキーの得意としている属性である。いくら素早かろうがこれは躱せない。誰もがそう思った瞬間、兎族の少女が足首に装着しているリングが突如光り輝いた。


「―――な!?」


 すると、ただでさえ素早かった少女の動きは更に加速していき、高速で飛んでくる雷の魔術を悠々と回避してみせたのだ。


「―――っ!マジックアイテム……!」


 ぎりっと恵二の隣で見守っていたスーミーの歯ぎしりが聞こえてきた。兎族の少女が付けているリングは間違いなくマジックアイテムであろう。装着者の速度を向上させる効果があるのか、その動きはベテラン冒険者にも迫る身のこなしであった。


「くそー!当たらねえっ!」


「ちょっと気合が足りないわよ、気合が!気持ちで負けるんじゃないわよ!」


「ここは一旦落ち着いた方が……。スーミー先生も大人しくしていてください」


 エアリムが宥めるも色々と鬱憤の溜まっていたスーミーは熱くなっていた。同系統の性格であるニッキーも頭に血が昇っているのか、当たりもしない魔術を無駄に乱発させていき魔力をどんどん消耗させていく。


(あ、これ駄目なやつだ……)


 これはいくら助言をしても無駄であろう。ニッキーは器用ではあるものの、戦い方は単純で真正面からの戦法を好む。絡め手の魔術は一切修得をしていないのだ。


 その後は予想通りの展開で、ニッキーが魔力切れと見るや相手側が反撃に打って出て、ニッキーは打つ手無しで敢え無く魔術障壁が赤く点滅をした。




 初戦黒星という出だし最悪の形を迎えた<第二>の面々は、次の試合が始まるまでの短い間に円陣を組んだ。正確にはニッキーとスーミーを囲う形で集まっているだけなのだが。


「すんません!」

「申し訳ありません」


 頭に血が昇って熱くなっていた二人は現在正座をさせられていた。ニッキーは為す術無く敗れたショックから、スーミーも試合が終わると冷静さを取り戻したのか、罰が悪そうにしおらしくいていた。


「それにしても、マジックアイテムって凄いんだね。買うといくらするんだろう?」

「……ピンキリだけどな。あそこまで実用的だと相当高いんじゃないのか」


 千里の呑気な問いに恵二は曖昧な返答をする。実際あのレベルのマジックアイテムを揃えるとなると一生徒にはとてもではないが手が届かない金額であろう。恐らく学校側か国のほうで用意してきたに違いあるまい。


「ちょっと熱くなり過ぎたわ……反省ね。次はリサベアよね?まず相手の出方を見ていきましょう。またマジックアイテムを持っているかもしれないし、よく相手を観察してから作戦を立てていきましょう」


「……わかりました」


 落ち着きを取り戻したスーミーの指示にリサベアは覇気のない返事をした。こちらは打って変わって元気がなさすぎるようにも思える。その様子を見ていた恵二は、ふとこの前偶然目撃した<第一>の生徒たちと彼女のいざこざが頭を過る。


(……何だろう。嫌な予感がする)



 恵二の不安はこの後すぐに予想通りとなるのであった。




「―――棄権します」


次鋒戦開始の合図と共に彼女はそう宣言した。


「「「……は?」」」


 リサベアの言葉に<第二>の者たちは己の耳を疑った。相手側も呆気にとられている。聞き間違いかと思われたが、舞台上にいるリサベアは続けてハッキリと同じ言葉を口にした。


「棄権します。私の負けです」


「え、えー……。それでは……勝者ミルクス獣王国!」


 まさかの不戦勝に勝った側である獣人族の青年も憮然としていた。これには高いお金を出して観に来た観客一同も納得がいかず、場内はブーイングの嵐であった。


 棄権を宣言したリサベアはこうなるのを予め知っていたのか、気にするでもなく歩を緩めずに舞台から降りていき、<第二>側の控えベンチへと腰を掛けた。これには冷静さを取り戻したばかりのスーミーも流石に再燃した。


「ちょ、ちょっとちょっと!どういうことよ!棄権って何!?あんた何考えてるのよ!?」


「……突然体調が悪くなりました。申し訳ありません」


「は?体調……?なら、事前に言いなさいよ!舞台に上がる前なら選手交代できるんだからね!」


 スーミーの指摘通り、予め出場順は決める手筈だが、一試合に一度だけならば補欠メンバーと試合直前でも入れ替えることは許されているのだ。つまり体調不良を理由に棄権したというのは言い訳にもならない。そんなことは本人も分かっているのか、厳しい言い訳であるとその彼女の表情が物語っていた。


 ここで何時ものスーミーであるならばブチ切れてリサベア投げ飛ばしていた事であろうが、先程熱くなりすぎて失敗を期している。彼女は何とか深呼吸で一旦間を空けると、リサベアの目をしっかりと見つめながら静かに問いただした。


「……どういうつもり?理由を聞かせて貰えるかしら?」


「……先生。私……私を代表から外してください!」


 突然のリサベアの申し入れにスーミーを始めとした<第二>の者たちは困惑した。


「外せって……。戦いたくない理由でもあるの?それとも本当に具合が悪いのかしら?私だって無理に戦えとは言わない。あんたの言い分を聞いてあげてもいい。けど、ならどうして事前に言わなかったの?」


 スーミーの問いにリサベアは俯いたまま肩を震わせていた。普段気丈な態度を振る舞う彼女とはかけ離れた様子に周りは更に困惑する。


「……理由は言えません。ただ、これ以上私が出ても……。皆さんの足を引っ張るだけですわ」


 それはつまり、また自分が出場しても棄権するぞと告げているようなものであった。これには他の生徒たちも困り果ててしまう。


「えっと……。どうしよ?」

「おいおい、俺が出る前に負けるのは止めてくれよ?」

「俺が負けたばかりに……面目ねえ!」


 突然の窮地に他の生徒たちも浮き足立っていた。このままリサベアを問い詰めてもすぐに事態は好転しないであろうと悟ったスーミーは、まずは次の出場者であるエアリムへと視線を向けた。


「……ふう、分かったわ。次はエアリムよね?ここは任せて行ってきて。あんたならアドバイスは不要でしょう?」


「分かりました。まずは一勝してきます」


 普段は謙虚で控えめな彼女らしからぬ何とも頼りになる発言に一同から思わず安堵の溜息が漏れた。エアリムの中堅戦も気になるのだが、ここは彼女を信頼して恵二はまずこちらの問題の方を気に掛けた。


 スーミーも恵二と同様試合の応援もそっちのけでリサベアへと語りかけ続けた。


「あんた大丈夫?少し前から様子がおかしかったけど、もしかして変な事に首突っ込んでるんじゃないでしょうね?棄権するのも出場辞退するのもあんたの自由だけど、危険な真似をするのだけは教師として見過ごせないわよ?」


「……」


 リサベアは俯きながらも、無言でスーミーの言葉に耳を傾けていた。そのどれもが勝手をして<第二>を窮地に追い込んだ彼女を批難するような言葉ではなく、あくまで一教師として生徒を気遣ってのものであった。その様子を見ていた恵二は、ここはスーミーに任せようと判断した。


(俺はエアリムを応援するか)


 視線を正面に戻すと既に大勢は決していた。対戦相手である猫族の獣人もなかなかの実力者ではあるようだが、それでもエアリムの敵とはなり得なかった。マジックアイテムも持っていたようだがその効果を発揮させる間もなく、エアリムは相手の障壁にダメージを与え点滅させることに成功した。


「よっしゃあ!これで一勝だぜ!」

「エアリムちゃん凄い!」

「……流石」


 何とか首の皮一枚繋がった<第二>側の者たちは歓声を上げた。観客の多くがエイルーン市民ということもあり、今までにない大歓声であった。


「さっすがエアリム!」

「あの子、私たちの元パーティメンバーなのよ?どう、凄くない?凄くない?」

「まだまだ序の口。本気出すともっと凄い」


 観客席から聞き覚えのある声が聞こえてくる。<白雪の彩華>の面々だ。どうやらエアリムの耳元にも届いていたようで恥ずかしそうにベンチへと戻ってきた。


「やったなエアリム!」


 恵二も初白星をもたらしたエアリムを出迎える。


「ありがとうございます。……後はお願いしますね」


恵二に言葉を返した後、エアリムは舞台へと向かっていくゼノークへすれ違い様に声を掛けた。


「ああ、これでイーブンだ」


 もう既に勝った気でいるのかゼノークは不敵な笑みを浮かべると、落ち着いた様子で舞台へと上がっていった。


「……憎たらしいけど、あいつの実力だけは本物だからね」


 どうやらいつの間にかリサベアとの話し合いが終わったのか、スーミーも応援体勢に戻っていた。リサベアはというとベンチの隅で俯いたままだ。


「……何か聞き出せました?」


「なーんにも。ま、大会が終わったら全部話してくれるって約束したからね。それとあの子の希望で次戦は先発メンバーから外すことにしたわ」


 それが無難だろうと恵二は黙って頷いた。何かしら事情があるようだし、無理に出してまた棄権させるのも酷な話だ。誰が好き好んで人に罵声を浴びせられながら棄権をしたがるだろうか。


「それよりゼノークの応援よ!これであいつが負けたら私、明日から無職なのよ!?」


「さっきまでは格好良かったのに、色々と台無しですね……」


 だがスーミーの不安も余所に、ゼノークもエアリム同様相手に完封勝ちを決めた。そして次はいよいよ大将戦、恵二の出番であった。

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