俺の所為じゃないから
「少しやりすぎたかな?」
<第一>の不良生徒たちをあっという間にのした恵二は頬を掻きながらぽつりとそう呟いた。だがその言葉は決して路地に倒れている不良どもに同情しているのではなく、喧嘩の騒ぎを駆けつけて大通りの通行人たちが集まってきてしまった状況に対しての反省の言葉であった。
「なんだなんだ?喧嘩か?」
「あれって魔術学校の生徒たちよね?」
「俺、見てたぜ。あの小さい子が一人で倒しちゃったんだ」
「へぇ、やるもんだなぁ」
普段人気の無い小路地に野次馬たちが集まりだし、遂には異変に気が付いた巡回兵まで現れた。
「何だ?事件か?」
「何事か!」
鎧を着た兵士二名がガチャガチャと音を立てながらこちらへとやってくるのを見て恵二は顔を顰めた。
「参ったなぁ。思ったより大事になってきたぞ?」
「まぁまぁ、俺がきちんと言い訳してやるよ。お前は正当防衛だったって――――ケージッ!!」
先程まで絡まれていた本人であるルーディが声を掛けてきた、その時であった。ルーディの驚いた顔と警告に恵二は咄嗟に身構えた。
―――瞬間
鉄製の何かが折れたような音と同時に、恵二は後頭部に強い衝撃を受けた。
「―――っ!?」
慌てて後ろを振りかえると、そこには見たこともない女性が折れたナイフを持っていた。どうやら先程の音と衝撃は、その女が自分の頭にナイフを突き立てようとして刃が折れた音だったようだ。
(あっぶねぇ!咄嗟に身体の強度を強化していて助かった!)
これはミルワードがエイルーンを発つ間際に訓練をしてくれた成果であった。恵二が暗殺者に狙われていると知ったミルワードは、多少の護身術を授けてくれたのだ。
その際に習った事の一つとして“危機を感じたらすぐに強化魔術を展開しろ”というのがあった。もしもの時の場合、瞬時に身を守れるかどうかで状況は大きく変わる。そう教わった恵二は強化魔術の訓練と同時に、スキル<超強化>を瞬時に発動させる癖をつけていたのだ。
今回のそれはまさに訓練の賜物であった。
だが相手もプロの暗殺者。万が一ターゲットを仕留めそこなった時の対応は素早いものであった。恵二が突然現れた襲撃者に戸惑っているその僅かな隙に、女は懐から瓶を取り出すとそのままそれを地面に叩きつけた。
瓶は当然割れて、一体どういう仕組みなのか中に入っていた液体は煙へと姿を変えた。どうやら目眩ましのようだ。
「ちぃ!」
煙に乗じて襲い掛かってくるのか、はたまた逃げるのか、警戒をした恵二はスキルで目一杯五感を働かせた。強化されたその超感覚はまるで周囲の時間が止まっているかのように錯覚させる。恵二にとって煙や野次馬たちの動きはビデオのスローモーションのように映って見えた。
(……逃げる気か?)
煙の中から襲撃者が一向に出てくる様子が無いのをそう判断した恵二は、逃がすまいと自ら煙の中に突っ込んでいった。すると煙の向こう側ではこちらに背を向けて逃げ出している者の背中が見えた。だが―――
(―――どいつだ!?)
現場である小路地から大通りへ逃げ出そうとしている者は複数いた。それも無理はない。突然ナイフを持った女が現れた上に、怪しげな薬品で煙を焚いたのだ。一般人ならば当然逃げ出す者もいるだろう。だが、その逃げ出そうとしている者の中に先程の女の姿は見えなかった。
そこで恵二は漸く襲撃者の意図を理解する。
(さっきの女……変装野郎か!?)
恐らく先程襲ってきた女は、以前ベレッタに変装をして恵二の食事に毒を盛った犯人と同一人物なのだろう。そして今回の襲撃にも失敗した犯人は煙に乗じて姿を変え、野次馬たちに紛れてそのまま逃げる腹積もりなのだ。つまりこの中の誰かが変装野郎の化けている姿なのだ。
(―――どうする!?全員倒す……無理だ、衛兵の目の前だぞ!?それに確証がない!)
流石に証拠も無いまま容疑者候補を全員無力化して“犯人確保の為にやむを得ず気絶させました”なんて言い訳が通るわけがない。
あれこれ考えている間に時間切れだ。超感覚をもたらす全力強化はあまり長い時間使用ができない。それに万が一だが逃げていなかった場合もある。再度の襲撃に備えて余力を残しておく必要があるのだ。
スキルによる超強化を解除すると周りも通常通りに動き出す。
「うわ、何だ!?あの煙は!?」
「テロか何かか!?」
慌てふためく市民たちと立ち上がる煙を見て、巡回兵たちは槍を構え騒動の元へと急行をする。
「うわぁ……。流石にこれは言い訳できないぞ?」
「いやいや。俺の所為じゃないから!きちんと証言してくれよ?」
ただの喧嘩から大騒動に発展しルーディは弱腰であったが、こちらも巻き込まれた側だ。彼にはきちんと真実を証言してもらう必要があった。
(ちくしょう!千載一遇のチャンスを逃した!)
相手の奇襲を防げたまではよかったが、経験が足りないのか初動で出遅れてしまった結果がこれである。もっとも街中で襲われるような経験を積むのは御免ではあるが、先程の失態を後悔するも最早後の祭りだ。
「そこの者、動くな!お前もだ!」
「あー、何があったのか事情を聞かせてもらう。すまないが目撃者はそのまま動かず我々の指示に従うように!」
この様子では今日の残りは兵舎での事情聴衆で一日が終わりそうであった。今すぐにでも逃げた犯人を追いたいところだが見分ける術も無い。こうなれば兵士には包み隠さず話して出来るだけ早く宿に帰して貰えるよう努力する他なかった。
翌日、恵二は今日も朝から街中をぶらぶらしていた。本当であるなら今日も学校があるのだが、スーミーの許可を貰って授業免除であった。犯人探しに注力できるのは有り難いが、このままでは魔術を習いにこの街へ来た意味が無い。何とももどかしい状況であった。
(ああ、もう……!よし、前向きに考えよう。犯人はまだ俺を殺すのを諦めてはいない。つまり、まだ掴まえられる機会はあるってことだもんな!)
犯人を逃しこそしたが、まるで収穫が無かったわけではない。
まず犯人だが、やはり変装スキルを持っている可能性が非常に高かった。昨日逃げていった野次馬の中にナイフ女の姿は無く、魔術を使っている痕跡も感じられなかったことから、十中八九変装か幻術系のスキルを使用していると思われる。
それともう一つ分かった事は、犯人の狙いはやはり自分である、ということだ。
前回は料理に毒を盛るという手口であったが、それならば一緒の料理を頼んでいたエアリムが狙われた可能性もあった。もしくは犯人に偽装させられたベレッタを陥れる為の罠とも考えられる。
だが今回の騒動でその線も消えつつある。
(俺に来るのならそれでいい。返り討ちにしてやるよ!)
自分の知らないところでエアリムやベレッタが被害に遭うよりかは百倍マシだ。そう考えるのなら昨日の襲撃事件にも意味があると言えた。
「……ケージ」
すると、ふと自分を呼ぶ女性の声が聞こえた。声の主へと振り向くと、フードを深くかぶった少女が歩み寄ってきた。クリシア王女の護衛であるシルマーであった。
「ああ、おはよう。何か用か?」
フードで顔を隠しているのは、彼女も追われている立場なので仕方ないのだが、昨日の一件もありつい警戒してしまう。多少そっけない態度になってしまったがシルマーは別段気にした様子も無く会話を続けた。
「昨日襲われたと聞いたから……。あの方も気にしていたわ。大丈夫?」
何処に情報屋の目や耳があるか油断ならない為、彼女はクリシアの名を伏せてそう告げた。それを察した恵二もうっかり名前を出さないよう言葉を選んでから答えた。
「ああ、問題ないよ。犯人は女だったが、多分スキルで姿を変えている」
「スキル……。それは厄介ね」
そう呟く彼女自身も隠密行動のスペシャリストだ。ただし彼女の場合は魔術行使による隠密で、魔力の痕跡は極力消しているそうだが、それでも実力者であれば勘付く者もいるのだそうだ。
だがそれがスキルともなると話しは別だ。なにしろ魔術ではない為、魔力探索で探っても痕跡が全く感じられないのだ。まさに裏稼業にとっては天恵とも呼べるスキルであった。
「こっちでも独自のルートで暗殺者を探してみるわ。二度も失敗したとなれば、あちらも焦っていることでしょうから、きっとそのうち尻尾を出すわよ」
「……そうか。そうもとれるのか」
何も痛恨のミスをしたのはこちらだけではない。暗殺者側の方も二度も失敗しているのだ。これが常人であれば毒殺も頭部への刺殺も成功していたことであろう。決定打を逃したのは寧ろ相手側の方なのだ。
「それと今朝、気になる情報を聞いたの」
「気になる情報?」
彼女は声のトーンを一段階落とすと、周りに聞こえないよう十分に配慮しながら言葉を続けた。
「今度の選抜戦、オウエン皇子も観に来られるそうよ」
「シイーズの第三皇子がエイルーンに!?」
それは何ともタイミングの悪いことであった。表向きは大会観戦と魔術都市の視察であったが、クリシア皇女がここに潜伏しているかもしれないという情報は当然オウエン皇子にも届いている事だろう。もしかしたら皇女をおびき出す為、自らを囮に使った作戦なのかもしれない。
「それはなんともまぁ……。そっちはどうするんだ?」
“弟の魔の手から国を救ってほしい”
そう言っていたクリシア皇女はどう出るのだろうか。まさかこれを機に直接その元凶に手を下すのでは、と危惧した恵二はそう尋ねた。だが返ってきた答えは拍子抜けする内容であった。
「別になにも。皇子が滞在している間は極力外には出ないつもり」
流石にこの状況で手を出すほど愚かではないようだ。表向きは大会の観戦と視察だけとは言え、仮にも第三皇子が来るのだ。それなりの護衛もいることであろう。それに皇女たちを追って来たと思われる暗殺者の存在もある。そんな中ノコノコ皇子に近づくなど以ての外だ。
「そういえば大会で思い出したけど、シイーズの魔術学校てどんななんだ?強いのか?」
暗殺者探しとは別件で開催が刻々と近づいてきている選抜大会の方にも力を入れなければならない。魔術と言えば東のシイーズ、西のエイルーンと呼ばれるほどだ。何大会かぶりに参加するシイーズの魔術学校は当然優勝の有力候補筆頭だ。
「そうね。魔術師の育成には国家を上げて力を注いでるから、上位の生徒はかなり優秀ね。ただエイルーンの学校とは違って一般国民には門徒を開いてないから」
「ああ、そう言えばそうらしいな」
シイーズの魔術学校に入試はなく、どうやら家柄や身分で入学できるかどうかが決まるのだそうだ。その他にも特例で魔術適性のある国民からも選ばれるそうだが、どちらにしろ他国の一般人がそうやすやすと入れるような機関ではないのだとか。
恵二もその事は知っていた為、わざわざハーデアルト王国から遥々西のエイルーンくんだりまでやって来たのだ。
「だから魔術の才能があっても平民だからという理由で入れない子は大勢いるわね。それを考えたらエイルーンの方が合理的ね」
「……いや、一概にそうとは言えないぞ?」
ハワード・ライズナー校長の嫌がらせで<第一>の入試を落とされた身としては、とても合理的とは呼べなかった。
「そうなの?まあ無事に大会に出る為には早く犯人を捜し出しなさい。今頼れるのは貴方だけなんだから、簡単に殺されないでよね?」
「……それが頼っている側の態度かよ。こちらとしても死ぬ気はないんで努力はするさ。二人にも宜しく伝えてくれ」
恵二の言葉に頷いたシルマーはそのまま足早に裏路地へと去っていった。
どうも彼女自身は恵二のことをあまりよく思っていないのか、クリシア皇女やザイルと比較すると態度がやや冷たい。話を聞く限りだと彼女は幼い頃から皇女付きの護衛を務めていたらしく、クリシアに只ならぬ忠義を尽くしているようだ。そこへこの非常時に長年連れ添っていた自分ではなく、見も知らない少年のことを頼ったクリシアに対して軽い嫉妬心のようなものを感じているのかもしれない。
「きちんと情報はくれるし質問にも答えてくれるからいいんだけどね」
忙しい最中、更に厄介事を突き付けてきた側にしては少しそっけないなと思わなくもないが、かといってあまり親身になってもその先が面倒なだけかもしれないと思い直し、恵二は再び犯人探しに戻るのであった。




