五年前
219話「までってなんだよ」で一部重大なミスがあり修正いたしました。
誤 参加希望者は明日の放課後
正 参加希望者は三日後、水の日の放課後
申し訳ありません。
「―――騎士団からの報告は以上であります」
「うむ。今のところはこの人員でも回していけそうか……。忙しいとは思うが、引き続き騎士団の方を宜しく頼むぞ副団長」
「は!未熟者では御座いますが、全身全霊で団長の代役を当たらせて頂きます!」
王の激励にハーデアルト王国騎士団の副団長を務める男は少し緊張をしながらも、信頼に応えるべく勇ましく言葉を返した。
この場はハーデアルトの重役たちを集めた王国の今後の指針を決める為の重要な会議の場である。普段ならば副団長であるこの男には縁の無い場所であったが、出席する筈のキース騎士団長は連盟騎士団の招集を受け、勇者6名と数名の騎士を引き連れて現在王国を離れている。故に代役として副団長であるこの男が騎士団の現状を報告する形となったのだ。
「では次に参ります。王国魔術師長殿」
「あー、まずはコウキと茜に依頼している魔石集めの経過報告からだ」
王を始めとした国の重鎮たちが集まる会議だというのに、ランバルドの話し方は普段通りであった。だがその言葉遣いを指摘する者はこの場には誰もいなかった。
魔術師長ランバルド・ハル・アルシオンは元々東方大陸の出であり、ある時この大陸に滞在していた際に先代の国王が息子の家庭教師として、つまり現国王であるルイス・ハーデアルトの師として王宮に招かれたのだ。
それからすっかりハーデアルト王国に骨を埋める形となったランバルドは王国魔術師長という役職に就きはしたが、ルイス国王の師であり良き相談相手という立場は変わらず、こういった身内だけの場面では砕けた口調で話すのが通例となっていた。それに異議を唱える者はこの中には誰一人いない。宰相や騎士団長を始め全員がこの男の実力と忠義を信頼していたからだ。
魔術師長がまず始めに報告したのは魔石の収集についてだ。現在の王国で最重要課題となっているのは<神堕とし>の原因究明及びその解決策だが、その大災厄の起点とも呼べる場所は北の帝国から、王国の西にあるグリズワードの森の中心部へと移っていた。
あの大森林は中に入っていけば行くほど、人類にとっては地獄に最も近い場所と言われるほどの難所となる。何度か高レベルな冒険者チームで探索をしたことも過去にあるが、度々伝説級の魔物の報告が上がっている。しかも驚いた事に毎回違う種類の魔物が報告されるのだ。あの森の中心部には少なくともSランクの魔物が3種以上いるとされている。その一匹でも外に出ようものなら国家が傾くレベルの災厄と言えるだろう。
その恐ろしい魔物たちの楽園へと踏み込むためには流石の異世界の勇者でも危険なのでは、というのが王国首脳陣の考えだ。
そこでハーデアルト王国は更に異世界の勇者を召喚するという新たな戦力増強策に打って出たのだ。魔石集めはその為だ。<瞬刻の勇者>コウキの空間転移さえあれば、かなり効率よく魔石の収集ができる。それでも流石に前回のように一度で8人も呼べるような量は集められないだろうが、せめて3人くらいは補充したいというのが魔術師長の目算だ。
「―――このペースでいけば、恐らく来年の春辺りには3人分くらいの量が集まる。もっとも国の財布がすっからかんにならなければだがな」
「……何とか捻出してみせますが、アカネ殿とコウキ殿にはもう少しお安く買い付けできないかお伝え頂けませぬか?」
ランバルドの報告を聞いたオラウ宰相は浮かない表情をしながらもそう注文をする。だがこれでもあの二人は十分と言っていい程の低予算で集めてくれているのだ。二人はノーグロース通商連合国で腕の良い商会と懇意になったそうだ。そのお蔭で現在は相場から考えても驚く程安い価格で魔石を仕入れてくれている。
そんな中で更に安くという注文は虫が良過ぎるのだろうが、国の財政を預かる身としては無茶でもそう言わざるを得ない。
ランバルドはそんな宰相の立場を理解しつつも、苦笑いを浮かべながら“一応伝えておく”としか返せなかった。
魔術師長の報告は更に別の議題へと進んで行くと、突如伝令の兵士が会議の場に入室をした。
「何事か!まだ会議中だぞ!」
「も、申し訳ございません!ですが、魔術師長殿に一刻も早くとの伝令が……」
伝令の発言にこの場にいる全員の視線がランバルドへと集まる。ランバルドは国王へ視線を向けるとルイスはそれに無言で頷いた。王から許可を取ったランバルドは兵士に声を掛ける。
「伝令を聞こう。この場で話してくれ」
「は!魔術師長殿から依頼を受けていた諜報員からの報告書を預かっております。サウダー氏の足取りを掴んだとのことです」
「……サウダー?誰だ?」
「聞いた事ないぞ?」
この会議に出席している面々は覚えのない名に首を傾げていた。だがランバルドを除いて一人だけ心当たりがあったものが呟いた。
「サウダー……もしやランバルドが以前に聞かせてくれたドミニク・ハル・サウダーのことか?」
「ええ、その通りでございます。よく覚えておいでですね、陛下」
伝令兵の前なのでランバルドは口調を変えた。流石に末端兵の前で王にタメ口を聞いては示しがつかないからだ。ランバルドは敬語のまま、サウダーについて知らない者に説明を始めた。
ドミニク・ハル・サウダーはランバルドの弟弟子に当たる。師の名はハルカ・ミヤフジ。最近になって<青の異人>である可能性が高い事を知ったランバルドの恩師だ。
ハルカ・ミヤフジには弟子が多くいたという。ランバルド自身も全員を知っている訳ではないのだが、自分はその中でもとりわけ長く一緒に行動をしていたのではと密かに自負している。故に多くの兄弟弟子を把握はしていた。そしてその弟子たちの多くが彼女の事を尊敬し、敬意を払って親し名を名乗っていた。
「その弟弟子であられるサウダー氏を魔術師長殿は如何して探されておられたのですかな?」
「……<異世界強化召喚の儀>です。あれは我が師が編み出した秘術。それを継承出来たのは数多くの弟子の中でも私とドミニクの二人だけでした」
ランバルドの発言にその場にいた者たちはようやくサウダー捜索の真意を知った。異世界の勇者たちがもたらした報告では、<赤の異人>の犯罪者集団もどうやら<異世界強化召喚の儀>を使って仲間を増やしている節があるのだ。
更にはそのことを指摘した、Aランク冒険者であり魔族だと思われるジルの存在も奇妙であった。ランバルドはそのジルも自分の知らない兄弟弟子の一人なのではないかと考えている。それならば<異世界強化召喚の儀>を知っている事も、師の使役していた精霊を所持していたことも納得だ。自分の存在はハルカから聞いたのかもしれない。
「……つまり、そのドミニクとやらが赤の異人に召喚術を提供した、或いは手助けをしている、ということですか?」
「分かりません。その為の調査です。あー、その報告書をくれないか」
「は!」
伝令兵は諜報員から預かっていた報告書をランバルドに手渡した。役目を終えた兵はその場を去り、会議室は再び重鎮たちのみとなった。ランバルドはその報告書を読み上げていく。
「……ドミニク・ハル・サウダーはミクトランス国の魔術師ギルドを脱会後、東方を転々としシイーズ皇国の魔術師ギルドへと籍を置く……」
「シイーズ!?」
「魔術師長殿の同門が皇国に!?」
シイーズ皇国とは現在冷戦中であり、そんな相手国に優秀な魔術師が付いているとなると、それはとてつもない脅威に他ならなかった。しかも王国での絶対的な信頼の置けるランバルドと同門だという。そんな魔術師を敵にまわす可能性がある事を考えると、その場にいた者たちは皆が浮かない表情を浮かべていた。
ランバルドは続けて報告書を読み上げていく。
「……後に皇国の第三皇子にスカウトされ、魔術研究機関の重役へと就く。その後………なんだと!?」
報告書を読み上げていたランバルドは突如立ち上がると大声を上げた。魔術師長の豹変ぶりに一同はざわめく。
「どうしたのだランバルド?その後……何なのだ?」
ルイスの問いに我に返ったランバルドは、苦虫を噛み潰したような顔をしたまま再び席へ着くと続きを読み上げた。
「……その後、研究機関の責任者へと上り詰めるも、僅か半年後に死亡……非公式ではあるが死因は魔術実験中の失敗による事故だというのが皇国の見解である……以上」
「死亡?それは何時のことなのだ?」
「……五年前だそうだ。確かにここ数年音沙汰がなかったが、まさか隣国に居て亡くなっていたとは……」
「五年前か……。赤の異人の連中は今でも魔石を集めているのだろう?ならば彼は共犯者ではなかったのか?もしや召喚の技術だけ盗まれて、口封じされたのではあるまいな?」
ルイス国王の推論に後押しする形でオラウ宰相が指摘をする。
「確か彼の国が赤の異人を入国拒否し始めたのも五年前……これは偶然でしょうか?」
「……怪しいな。それにドミニクの奴は天才だ。あいつが実験の失敗で命を落とすだなんてヘマをやらかす筈がない!」
「……整頓しましょう。赤の異人の何者かがドミニク氏から召喚の秘術を盗み取り殺害した。そしてその事件を知った皇国は赤の異人を国外へと押しやった。そういうことでしょうか?」
「……まさかシイーズ皇国が急遽宣戦布告してきたのは、これが関与しているのでは?」
「つまり我々が赤の異人を使って召喚の技術を盗み出し、異世界の勇者たちを召喚したと?馬鹿げている!」
「こうなると<神堕とし>も赤の異人の仕業では?北で邪魔してきたのも連中だろう?」
「そうに違いない!」
もしそうであるのならば、王国と皇国は見事赤の異人たちの手によって踊らされてきたことになる。それを知ったハーデアルトの重鎮たちは皆が憤った。
だがただ一人、ルイス国王だけは事件の真相を冷静に見極めようと結論を見送っていた。
(本当にそうなのか?これら一連の事件、全てが赤の異人たちの陰謀なのか?だとしたら、あまりにも手際が良過ぎる……)
最初は知能を持ったアンデッド集団<警告する者>の仕業かと思われた。そこからシイーズ皇国の突然の宣戦布告に、極めつけはこちらを敵視する赤の異人たちの存在だ。
ルイス国王は以前にランバルドが指摘した言葉を思い出す。
“裏で暗躍して争いをけしかけている者がいる”“それは状況的に人間ではないだろうか”と。
アンデッドが暴れ回っている以上、それを人間が使役しているとは思えない。赤の異人たちは実際に何度か交戦をしている。だがシイーズ皇国を巧くけしかけたり、帝国首都陥落を情報統制して秘密裏に行うなど、人外の者や異世界の者では到底できないような手際の良さだ。
(まさか共謀しているのか?人類の敵であるアンデッドと人、それに異世界人までも……)
だとすれば今回の北の騒動も何者かが先導しているのでは、魔族までも姿の見えない暗躍者と共謀しているのではと勘ぐってしまう。ルイス国王は答えの見えない暗躍者探しにはまりこむのであった。
「集まったわね。それじゃあこれから選抜戦の代表メンバーを決めるわよ!」
第二エイルーン魔術学校の校庭には多くの生徒が集まっていた。その全員が今度行われる<魔術学校選抜戦>に参加希望の生徒たちだ。その数30を超えていた。優勝を逃せば廃校という噂(真実なのだが)を聞きつけた生徒たちが他人任せにしていられないと思ったのが参加者数が増えた要因であろう。
「それにしても集まったわね。本当は総当たりの実戦で決めたかったんだけど……かといってトーナメントにすると運要素もあるし……どうしましょう?ラントンさん」
代表選手を決めるこの場には、実技担当の責任者であるスーミーや他の教師陣だけでなく、魔術師ギルドから派遣された特別講師のラントンにも来てもらっていた。何でもミルワード校長たっての要請という形で、今回の大会は魔術師ギルド側も全面的にバックアップをしてくれるのだという。
その背景には第一エイルーン魔術学校の校長ハワード・ライズナーと錬金術師ギルドとの癒着問題があった。<第一>に多少冷遇されている立場にある魔術師ギルドは、優秀な人材を手に入れる為にも<第二>へと歩み寄ってくれているのだ。
「そうですね。魔術戦の代表を選定する以上、実戦というのは間違っておりませんが……ここはひとつギルドの訓練用ゴーレムを使いますか」
そう決めるとラントンは急ぎギルドへと向かい、すぐさまゴーレムを3体調達してきた。魔術師ギルドは魔術戦を想定した練習機をいくつか所持していた。運動性能こそミルワード製より大分劣るものの、初級魔術ながらゴーレム自身も魔術を放ってくるという優れものだ。
生徒と訓練用ゴーレムは互いに選抜戦で使われるマジックアイテムの指輪を装着した。ミルワード製の魔術障壁を自動で展開する大会公式アイテムである。平常時は緑色の魔術障壁が展開されるが、一定量のダメージを受けると赤く点滅して、更に過剰なダメージを受けると消滅する仕組みだ。上級魔術数発分なら平気で受け止めるらしく、生徒だけの大会で障壁が破壊されることはまずないとのことだ。
(でもミルワードさん。俺には手加減しろって言ってたな……)
スキル<超強化>で魔術を強化すれば、ミルワードが作った指輪といえども突破してしまう恐れがある。恵二の実力を把握していたミルワードはうっかり相手を殺さないようにと注意を残して旅立って行った。
(よし、大会前に指輪の耐久性をしっかり把握しておく必要があるな)
代表希望者の他の生徒とはどこかずれた意気込みを胸に抱き、恵二はゴーレム相手に実験を始めるのであった。
「―――これで全員ゴーレムを相手にしたわね?この後先生たちで代表選手を決めるわ。メンバーは補欠の2名を加えて全部で7名。その7名には大会までの放課後、休日とみっちり訓練してもらうから覚悟しておきなさい!」
そう伝えられこの場は解散となった。
「どうでした?手応えの方は」
「多分大丈夫だと思う」
「……難しいかも」
帰り道、恵二は宿が同じであるエアリムと、途中まで一緒ということでクレアも交えて会話をしていた。エアリムから今日の選抜テストの感触を聞かれ、恵二とクレアはそれぞれ反対の感想を述べた。
「クレアさんなら大丈夫ですよ。多分7人の中には入っていると思いますよ?」
「でも、私より早く倒してる人たくさんいた……」
確かに倒すスピードで言えばクレアの順位は真ん中辺りであろう。だがあれはあくまでもどう戦ったが重要であり、スピードは参考程度にしかならない。それはテストをする前にスーミーがしっかりと宣言をしていた。
「きっちり相手の魔術を防御していましたし、風刃の使い方も絶妙でした。私が試験官なら絶対に合格させますよ」
「そう、かな?」
クレアは少し照れながらも、エアリムがそこまで言うのならと自信をつけ始めた。
(実際クレアは巧いよな。魔術を使い慣れている感じがする。実戦の方も夏休みの間に相当経験したみたいだし)
クレアは夏休みの間、エアリムと一緒にダンジョンに潜ってまで特訓したそうだ。その甲斐あってか二人はかなり仲がいい。普段口数の少ない彼女だがエアリムとは普通に会話をするのだ。
(多分俺とエアリム、それとゼノークの奴は当確だ。魔力量からいって千里も入るだろう。次にリサベアだな。残りはニッキーとクレアで……フリッジスは厳しいかもな)
同じ異世界転移してきた<紫の異人>のフリッジスであるが、彼は恵二や千里と違って強化されての召喚ではなく魔力量も普通だ。その上、得意な暗黒属性を公に出せないというハンデもある。この世界でその属性は魔族かダークエルフしか扱えない為だ。つくづく不幸な少年だと恵二はフリッジスに同情をした。
「それじゃあ、私はこっちだから」
「また明日、クレアさん」
「じゃあな」
クレアと別れた二人はそのまま真っ直ぐ<若葉の宿>を目指した。途中近道である人気の少ない小道を抜けようとすると、恵二はふと足を止めた。
「?どうしたんですか、ケージ君」
「……出てこいよ。そこに隠れている奴」
恵二がそう呟くと視線の先の物陰から、フードを深くかぶって顔を隠した二人の人影が現れて道を塞ぐのであった。




