このまま死ねるか!
大将戦を見事?制した恵二であったが、第6班の負けは既に確定していた。この後、敗者の責務である“きつい雑務”をしなければならないのだと思うと気が滅入る。
そんな中、恵二たち<火の組>は今回の練習試合における総括に移っていた。生徒たちはスーミーから有り難い言葉を頂戴していた。
「みんなお疲れ様。一部実力を出し切れなかった生徒もいるようだけど、全体的にはなかなか動けていた方だと思うわ。……だけど、少し気概が足りなかったかしらね?」
担任の口から出た精神論めいた言葉に生徒たちは首を傾げながら顔を見合わせる。続けてスーミーはこう説明をした。
「例えば2班!あんたたち、相手が1班と聞いて始めっから諦めていたでしょ?」
「うっ」
「だってぇ……」
反論しようとするも図星を指された2班の面々は言葉に詰まる。確かに彼ら2班は試合前から諦めているような態度を取っていた。
「まあ気持ちは分かるわ。私も絶対1班が勝つと思っていたし……。でも1勝くらい、やりようによって2勝は目指せたと思うわよ?でも、あんたたちは始めからそれを放棄した。違うかしら?」
「!?そ、それは……」
またまた痛い所を突かれ、2班の生徒たちは俯いてしまう。
「それと6班!あんたたちは気が抜け過ぎよ!はっきり言って真っ当にやれば8割方あんたたちが勝っていた戦力差よ!」
「……面目ないです」
弁解の余地もない。恵二自身、試合をする前までは同じことを思っていたのだ。こちらが優位なのをいい事に胡坐をかいていた結果がこれだ。この結果は真摯に受け止めなければならない。
「それに比べて勝った班は文句なしよ!1班は全勝と結果が物語っているし、4班は僅差で勝利を勝ち取った。そして5班には正直驚いたわ。ルーディ辺りの小賢しい入れ知恵なんでしょうけど、勝てば官軍ってやつよ」
先生のお褒めの言葉に若干1名のエルフを除いて皆が顔を綻ばせていた。更にスーミーの話は続いていく。
「いい?勘違いしないで欲しいのは、どんな汚い手を使ってでも勝てという話じゃないの。ちょっとやそっとの逆境でも諦めない姿勢を少しでも示して欲しかったのよ。今度行う秋の選抜戦、他校からは上級生も勿論出場をする。そんな中、私たち<第二>は一年坊主しかいないのよ。でも、だからって始めから諦めるの?」
珍しく熱の籠った担任からのお言葉に生徒たち全員が耳を傾けていた。
「さっきも言った通り、我が校は今回優勝を目指すわよ!けど、それには全員が本気で取り組む姿勢こそが必要なの!これは何も大会だけに限ったことじゃない。今回の経験は今後のあなたたちの人生できっと活きてくるわ。やる以上は一番上を目指しなさい!私が言いたい事はそれだけよ」
スーミー先生による突然の講説に生徒たちは戸惑いながらも、何か思うところがあったのか、しっかりと頷いた。
(これは……スーミー先生も校長から聞いているのかな?)
一方で恵二は、スーミーの様子からあることを感じとっていた。恐らくだが彼女もミルワード校長から例の話を聞いているに違いない。今度の選抜戦で優勝を逃せば<第二>が廃校になることを。
このとても重要な案件だが、実は限られた者にしか伝えられていないのだそうだ。それもそうだ。今度の大会で新設校が優勝しなければ廃校など無茶ぶりもいいところで、それを生徒に伝えても余計な混乱を招くだけだ。
恵二自身はミルワード校長本人からその辺の事情を聞かされており、彼からエアリムにだけなら伝えても良いと許可を貰っていた。元冒険者で実戦経験が豊富な恵二とエアリムは間違いなく選抜メンバーに入るだろうと考えているからだ。
それ以外の者には例え教師であっても軽々しく風潮しないよう事前に釘を刺されている。そんな訳で今度の選抜戦が学校の名誉と未来を懸けた大切な大会だということを知っているのは、ごく僅かの人間だけであったのだ。
「それじゃあこれにて今日の授業は終了よ。あ、そうそう。負けた班の者は一度学校に戻って教室で待機していなさい。他のメンバーはそのまま解散ね」
「うぐっ」
「やっぱりやるのか……」
我らが担任はしっかりとその雑務とやらを負けた生徒たちに与えるつもりのようだ。それを聞いた敗者たちは思わず舌打ちをする。みんな心のどこかで“実は本気にさせる為のデマでした”というオチを期待していたのだが、どうやら本当に何かしらの労働が待ち受けているらしい。
(放課後は校長の所に行って色々と聞きたかったんだけどなぁ……)
急な面倒ごとに表情を曇らせながらも恵二たち負け組は教室へと引き返した。
スーミーから課せられた雑務とは、建築現場での労働であった。
それも<第二>を増築する為の労働作業だ。生徒たちに学校の工事をさせるなど、日本ではPTAが大騒ぎするような案件だが、幼い頃から実家の手伝いをするのが当たり前であるこの世界では、どこからも苦情は出ないようだ。本人たち以外は……
「あり得ねえ!何で俺たちが学校建ててるんだよ!?」
「できっこねえよ!俺、椅子だって組み立てたことねえんだぞ?」
「せんせー、重いー。女子には無理だって……」
いきなり<第二>の建造途中である別棟の作業現場に連れられて、工事の続きをしてみせろと言われれば、専門知識のない生徒たちは泣き言を言う他なかった。
「先生、流石に素人の俺たちじゃあ荷が重すぎませんか?」
ろくなものづくりの経験がない恵二も他の生徒同様に早々と弱音を吐いた。
「さっきも言ったでしょ?簡単に諦めるなって……。難しい箇所は飛ばしていいから出来る範囲で進めなさい。ほら、女子も強化魔術で運べば良い練習になるでしょ?それと地属性が得意な生徒はこっちに来なさい」
生徒たちの愚痴は聞き入れて貰えず、スーミーはテキパキと指示を飛ばした。それにしても一体何故工事現場の手伝いをすることになったのか、恵二はスーミーを問い詰めてみると彼女は小声で答えてくれた。
「実は思った以上に学校を建てるのにお金が掛かっちゃったみたいなのよね。その上例の件もあるし、今は思い切って資金繰りする訳にもいかないのよ。そんな訳で暫く節約の為、職人たちには休んでもらっているわ。その間は私たちで作業を進めるわよ」
「はぁ……」
思ったよりも世知辛い内容に恵二は溜息しか出て来なかった。学校運営の資金繰り、秋の選抜戦、その他諸々とアルバート市長やミルワード校長の負担は計り知れない。そんな中、恵二は自分にできることをして二人を少しでも助けようと考え気合を入れなおした。
結局、職人抜きでの建設作業は殆ど捗らなかったが、魔術による資材の創作、加工、運搬など、大雑把な部分だけは多少なりとも進める事が出来た。
「随分遅くなっちゃったなぁ……」
独り言をこぼしながらも恵二は夕暮れ時の街中を歩き進む。どこも既に夕食時で良い匂いがあちこちから漂い始め、重労働でお腹を減らした恵二の胃袋を否応にも刺激させていた。
(早く帰って食べよ。今日は確か土熊コロッケの日だったなぁ。楽しみだなぁ……ん?)
好物である晩御飯のおかずに期待を寄せていると、いつの間にか下宿先である<若葉の宿>へと辿り着いていた。そしてその宿の正面扉から見知った女性が一人出てきて、恵二には気づかずにちょうど反対方向の道へと足早に去っていった。
(ベレッタさん?こんな時間にどうしたんだろう……?)
今出て行ったのは間違いなく<若葉の宿>の女亭主であるベレッタ・マージであった。夕時のこの時間、彼女は大抵台所で作業に追われている。そんな彼女がこの時間に外出するのをどこか不自然に思いながらも“どうせ中に入れば答えが出るだろう”と考え<若葉の宿>へと帰宅をした。
「あ、ケージさん。おかえりなさーい。今日は随分遅かったんですね?」
中に入ると丁度ロビー兼食堂で店番をしていたテオラと鉢合わせた。
「ただいまテオラ。今ベレッタさんが出て行ったようだけど、何かあったのか?」
早速恵二は疑問に思った事を口にすると、あっさりと回答を得られた。
「ああ。お母さん、明日の朝食分の野菜を買い忘れちゃったみたいで、もう一度買いに行くって言ってたよ。なんだか夕方はお母さんドジしてばっかりで……調味料の位置も忘れちゃってたんだよ?」
娘のテオラ曰く、母親のベレッタは単に買い忘れの為に再び市場へと向かっただけのようだ。何時も抜かりのない彼女らしからぬミスだ。
「そうなんだ、珍しいね。ベレッタさん、どこか調子でも悪いのかな?」
「うーん、朝は普通だったけど……具合は悪くなさそうでしたよ?」
テオラは首を捻りながらも、そんな要領の得ない受け答えをした。
「じゃあ夕飯はもう少し後かな?それなら先にシャワー浴びてくるかな」
「あ、夕飯はお母さんがもう作ってますよ。私も少しお手伝いしました。今日はケージさんの大好きな土熊コロッケですよ!」
「知ってる。朝から楽しみだったからね。もうお腹ぺこぺこだよー」
二人でそんなおしゃべりをしていると、先に帰っていたエアリムも食堂へと姿を見せた。他の客である同居者たちは現在、エイルーン市内にある≪銅炎の迷宮≫を探索中で、ジェイサムやキュトルたちはここ最近帰ってきていない。
テオラの父親であるホルクは冒険者ギルドの夜勤当番なので少し前に出勤したそうだ。つまり後はベレッタが帰ってくれば全員揃う形となる。
日中や夕方は不定期で食堂として開放している<若葉の宿>であったが、今日は定休日で外からの客はお断りしている。つまり今日の夕飯はここに泊まっている客のみの貸切状態だ。
「私はお母さんが帰ってきてから食べます。お二人は先に食べちゃってください。折角の料理が冷めちゃったら勿体ないですから」
「悪いな。それじゃあ、お言葉に甘えて」
「お先にいただきます」
恵二とエアリムは向かい合わせに座ると早速料理に手をつけ始めた。とくに重労働をした後の恵二は既にお腹が限界を迎えており、真っ先に大好物である土熊コロッケから手をつけた。普段ならば美味しいモノは後に残す派の恵二であったが、今はその欲求に抗えそうになかったからだ。
(んー、良い匂いだなぁ。おや?何時もと違う味だ……。それにピリッとする?ソースを変えたのかな?)
少し料理に違和感を覚えつつも、空腹であった少年は次々にコロッケを口の中に入れていく。そして何口か運んだ、その時であった。
「―――ぐっ!」
恵二は短い呻き声を上げると、腹部を押さえながら椅子から崩れ落ちた。お腹に突如激痛が走ったのだ。最初は腹部から、その後すぐに全身へと原因不明の痛みが走ったのだ。
「―――ケージ君!?」
「どうしたんですか!?」
突然目の前で倒れられたエアリムは一瞬思考が停止してしまう。また恵二が倒れた時の大きな音で、一度台所の方に引っ込んでいたテオラも慌てて食堂へと駆けつける。二人が恵二へ声を掛けるも、当の本人は全身激痛だらけでとても返事を返せるような状況ではなかった。
「ぐああああああアアッ!げほっ!がはッ!」
また大きな声を上げた恵二は突如むせたかと思うと、なんと吐血をし始めたのだ。それも尋常ではない量であった。ここにきてこれは只事ではないとエアリムが動き出す。
「テオラさん!解毒剤やポーションのストックありませんか!?至急持って来てください!」
「―――!?は、はい!」
恵二を介抱しながらエアリムが指示を出すと、テオラは全速力で救急箱のある場所へと急行をした。
「ケージ君!?ケージ君!?どこが痛みますか?呼吸はできてますか?聞こえていたら手を叩いて下さい!」
多少トラブルに巻き込まれても冷静に行動ができるエアリムであったが、流石の彼女にも焦りの表情が浮かんでいた。元冒険者であるエアリムは応急処置の心得は一応ある。部屋に戻れば緊急時の解毒剤やポーションなども備えているのだが、彼女自身は回復魔術を扱うことができない。そして恵二の容態を見る限り、手持ちの薬品では到底危機を乗り越えられそうになかった。ここはマージ家のストックに期待する他ない。安宿とはいえ、もしもの時に備えてそれなりの高級解毒剤などはあるのではと考えたからだ。
だが薬を取りに行ったテオラが発したのは無情な言葉であった。
「……無い!どこにも無い!解毒剤が無いよぉ……!」
テオラは救急箱を引っ張り出して必死に解毒剤を探したが、どこにもそれらしいものは見当たらなかったのだ。解毒剤どころかその他の薬剤、それにポーションすらなかったのだ。
「―――そんな……なんで!?だって、ついさっきお母さんが薬を確認しときたいからって……!その時は確かにあったのに……どうして!?」
何やら気になることをテオラが口にするも、今のエアリムはそれに構っている余裕は無かった。恵二は相変わらず吐血を続け、喚きながら胸を押さえている状況だが、その様子が段々と弱々しくなってきている。少年の体力も限界に近かったのだ。エアリムは必死に考えを巡らせる。
(どうする!?すぐ医者に見せる?……ううん、それまでケージ君がもたない!解毒剤を買いに……だから時間が足らない!)
働かない頭で必死にあれこれと考えるも、現状を打破できる妙案は浮かんできそうになかった。今まで見たこともないくらいに焦りきっているエアリムの様子を後ろから見ていたテオラは目に涙を浮かべ弱々しく呟いた。
「……どうしよう。ケージさんが……死んじゃうよぉ……」
もはや為す術が無かった二人は、恵二の呻き声を心が裂けられそうな気分で黙って聞きながら、ただ天に祈る他なかった。
(痛い……苦しい、痛い痛いイタイイタイ……!)
一方突如原因不明の痛みに苛まれている恵二は、傷む箇所を必死に抑えながら耐え忍んでいた。だが傷む箇所と言ってもそれは全身にあり、耐えるには余りの激痛で声を出さずにはいられなかった。そして遂にはうめき声だけでなく、大量の血まで口から吐いてしまう。
(一体どうなってるんだ!?俺の身体―――!)
幸いというべきか、痛みのお蔭で意識だけはハッキリとしていた。もっとも度重なる激痛にまともに思考できるような状態ではなかったのだが……。
(痛い痛い痛い痛い!くそ!何なんだよ、これ!?)
今まで味わったことの無い激痛の中、恵二の脳裏には次々と過去の出来事が過ぎ去った。
聖騎士と戦い身体を串刺しにされた事
黄金のゴーレムに吹き飛ばされ全身血まみれになった事
魔人に腕を折られた事……
何故か思い浮かんでくる光景は、自身が痛めつけられた嫌な出来事ばかりであった。
(―――畜生!痛い苦しいイタイ―――走馬灯も痛そうな思い出ばかりかよ!)
我ながらこの激痛の中にそんな事をつっこむ余裕があったのかと正気を疑ったが、次の嫌な思い出が脳裏をかすめた時、恵二に閃きが走った。その思い出とは、当時まだ駆け出し冒険者であった恵二が討伐難易度Aランクである凶弾の蛇との戦闘で毒霧を受けた時の嫌な光景であった。その時の激痛と今のそれは非常に酷似しているように思えてならなかった。
(毒か!?)
激痛の正体は毒かもしれない。そこへと思考が辿り着いてからの恵二が取った行動は素早かった。やるべきことはその時と全く同じだ。自分の身体にあるであろう毒への免疫・耐性とやらをひたすら強化する。恵二のスキル<超強化>は毒への耐性すら強化が可能なのだ。
そこからは恵二のスキル・体力と毒との戦いであった。これまでにないほど集中力を高め、そのお蔭か徐々に痛みが気にならなくなってきている。それとも最早神経すら侵されて痛みすら感じなくなっているのだろうか。
(―――冗談じゃない!土熊コロッケを食わずして、このまま死ねるか!)
その執念が実ったのだろうか、徐々に自身が復調している手応えを感じとれる。そしてある程度余裕ができたことで恵二はある考えに至った。
(そういやぁ俺、回復魔術使えるんじゃない!)
無詠唱で神聖魔術の初級解毒魔術である<清浄の光>を発動させる。勿論強化スキルのおまけつきでだ。強化された神聖魔術の光に食堂は一気に明るくなる。
「こ、これは……!?ケージ君の魔術!?」
「え?ケージさん!」
つい先程まで顔面蒼白であったエアリムは恵二の変化にいち早く気が付き、涙で全身くちゃくちゃであったテオラは彼女の言葉に反応をし少年の名を呼ぶ。
二人が見守る中、恵二は必死に身体に残る異物を除去しようと魔術を操作する。そして数分の時が流れた。
「……疲れた」
「ケージ君!」
「ケージさん!」
一言思った事をぽつりと呟いた恵二の耳に、歓喜に震えた二人の声が聞こえてきた。ほっとしたのかエアリムは遂に涙をポロポロと溢して恵二の身体を抱きしめて、つられてテオラもどこにそんな水量があったのだろうか、わんわんと再び泣き続ける。
「本当に……よかった。もう、駄目かと……っ!」
「うわあああああん。よがったよぉ……!」
美少女二人から泣かれて恵二は困ってしまった。何と声を掛けていいのやら、そもそも声を出すのも今の恵二にはしんどかった。
(疲れた。お腹も減った……。今日はとんだ厄日だ……)
この騒ぎは暫く治まりそうになさそうだと考えた恵二はそっと目を閉じた。食欲よりも今は睡眠欲が勝ってしまった。




