お姉さん、おかわりっす!
「この度は、我が騎士団並びに同胞が大変な迷惑を掛けた。本当に申し訳ない。私で出来ることなら可能な限り償わせてもらおう」
教会サイドと冒険者サイド、両者の話し合いを始める前に、まずはシリウス団長自らが恵二たち冒険者へ謝罪の言葉を述べた。その殊勝な態度に恵二たちはすっかり毒気を抜かれてしまっていた。ここまで教会関係者の殆どは、どこか高圧的な態度の持ち主が多かったからだ。
「可能な限り……言質は取ったっすよ?」
リアネールの目が光る。それは欲望に満ち溢れた顔であった。
「少しは控えろよ……。ま、賠償云々は置いておくとして、あんたの言葉は確かに受け取ったぜ」
がめついリアネールにダンは苦笑するも、素直にシリウスの詫びを受け取った。リアネールにしても別に大金をふんだくろうと考えているつもりではないのだろう。きっと彼女の事だから飯を奢れとでもいうつもりなのだ。ただ彼女の場合、高級料理店にでも足を運ぼうものなら、そんじゃそこらの賠償金より高くつく可能性も否めないのだが……。
シリウス団長の謝罪を恵二たちは受け取ると、その後の話し合いはギルドマスターであるフルーバーに丸投げした。交渉事は高ランクのベテラン冒険者であればお手のものではあるのだが、事が事なだけにギルドのトップである彼に任せた方がいいだろうとの判断だ。
「ケージ、頼みがあるんだが……。可能ならガイの腕を治してやってくれねえか?」
話し合いに参加をしていないダンは、今回の依頼で同行していたBランク冒険者であるガイの治療を恵二に頼んできた。彼はミグゥーズ率いる聖騎士団の先行部隊との交戦で片腕を斬り落とされてしまっていたのだ。ミルトの話によると今は一足先にノーグロース国内にある療養所にて治療を受けているらしい。
恵二としてもそれは望むところであった。一時とは言え同じ依頼を受けていた冒険者仲間であるガイを心配していた気持ちも当然ある。それに純粋に興味もあったのだ。
(切断された腕は時間が経っても治療することができるのだろうか?)
ついこの前セレネトで療養所の手伝いをしていた時、恵二は様々な患者の治療を行ってきた。だがその中に手足を欠損している患者はいなかったのだ。療養所の所長である老婆のマリーや、コーディー神父に神聖魔術と怪我や病気について色々尋ねてみたことがあるのだが、腕や足を失った場合それを治療する事は例え高位の術者であっても難しいものらしい。しかも欠損してから時間が経つにつれ、その難易度は跳ね上がるのだという。
(ガイさんが腕を失ってから既に日を跨いでいる。それにここから療養所までの時間を考えると更に数日……、それでどこまで治せるのやら……)
以前にもガイは≪蠱毒の迷宮≫の戦いで片腕を失っていた。それを恵二は見事に完治させてみせたが今回は腕を失ってから時間が経ちすぎている。同じ怪我でも時間の経過でどう変わるのか、ガイを治療する際にはそういった面もしっかりと観察してみたかった。
まるでガイの怪我を実験材料のようにしている負い目を恵二は感じつつも、この確認は今後の冒険家生活において非常に重要な案件でもあるので無視できない。どのくらいの怪我を負っても、どの程度の時間経過なら自分は治せるのか、己の神聖魔術の効果については詳しく知っておく必要があるからだ。
だが、今回の騒動の当事者でもある自分たちだけ先にノーグロースへと戻っても平気なのかと思ったが、ダンがギルドマスターであるフル―バーに話を通すと、すんなりと許可が降りた。一方シリウスは恵二が一足先にノーグロースへと戻ると耳に入れると一瞬だけ眉を動かしたが、それを止める権利は彼には無く特に口を出してはこなかった。
早速恵二とダン、それにリアネールはガイの元へと向かう準備に取り掛かる。
「ふぅ、これでやっと海の幸を堪能できるっす。今回は全然聖都の料理を味わえなかったすからね。ノーグロースでたっぷりと取り返すっすよ!」
「……待て。俺が許したのはダンとケージ君だけだ。リア、お前は当事者の一人としてこの場に残れ」
ギルドマスターがそう告げてリアネールの首根っこを摑まえると、彼女はまるでこの世の終わりが来たとでも言いたげな表情をフル―バーに向けた。
「お、横暴っす!今回私はきっちり依頼を達成したっす!これ以上は依頼とは全く関係ないっすよ!?」
「まあ今回は色々と言いたいこともあるが、よくやってはくれたよ。だが、ヴィシュトルテの件は一体どういう了見だ?俺はまだお前の口から直接報告を受けていないぞ?再三俺の手紙を無視しやがって……。今日と言う今日はキッチリと説明してもらうぞ!」
リアネールはヴィシュトルテの内乱が終わった後も、あろうことか王女の見習い侍女という名目で王城に居候をしていた。基本自由人である冒険者であればなんら問題のないことではあったのだが、如何せん彼女は特別なSランク冒険者だ。更にはギルドマスターに報告を怠った上、向こうからの問いかけにも面倒だと無視し続けていたのだ。そのツケが回ってきた形となった。
嫌がりジタバタともがくリアネールをフル―バーは逃さんとばかりにしっかりと掴まえていた。
「ご愁傷さまだが、まぁ自業自得か」
「ガイさんが心配です。先を急ぎましょう」
「ちょ!?ダンさん、ケージさん、そりゃあないっすよー!?」
一人置いていかれるリアネールは涙目でダンと恵二を批難するも、ガイの治療という免罪符を得た二人はこれ以上の面倒事は御免だとばかりにその場を後にした。少し可哀そうな気もするが、恵二は馬に跨るとそのままノーグロースへと目指していった。
「―――ホント待って!海の幸があぁ、海の幸がああぁぁっ!」
彼女の悲痛な叫びは辺り一面に木霊した。
リアネールと別れた後は特にトラブルもなく、すんなりと越境ができた。恵二とダン、それと何故か同行を願い出たミルトも一緒にノーグロース通商連合国の最南端にある港町ケールへと辿り着いた。同行を申し出たミルトが予め国境を超える手筈などを整えてくれていたお蔭で面倒な手続きや検査などは全てスルーされた形となった。もっともノーグロース国も特に異世界人の規制などは行っていない性質上、<色世分け>の検査などは行っていなかったのだが、どちらにしろ恵二としては気苦労が無くて助かった。
「この先にある療養所にガイさんはいらっしゃいますよ」
三人は町に入ると、ミルトの案内で真っ先に療養所へと駆けつけた。ちなみにパイルら他の冒険者たちもリアネールと共にギルドマスターに同行をしていた。いくら元Sランク冒険者とはいえども、ギルドのトップを単独で行動させるのは不用心すぎると思っての配慮だ。
「ガイ、生きてるか?」
「―――ダンさん!良かった、無事だったか」
「それはこっちの台詞だ。見た限り、直ぐに死んじまうってほど酷い状態じゃあないようだな」
ガイの顔色は優れないものの、言葉もしっかりと話しベッドの上とは言え身体を起こしてみせたところを見ると、そこまで深刻な状態ではないようだ。それを見たダンは安堵の溜息をついた。
「ケージも無事だったか!それは良かった。……ん?リアの姉さんは一緒じゃねえのか?」
「ああ、リアの奴は、ちょっとな……」
「え?まさか……」
ダンの反応にガイは最悪の事態を想像する。実際にはギルドマスターに無理やり引き留められたリアネールを二人は見捨ててそのままやって来た為、その負い目もあり微妙な表情をしていたのだが、どうやらそれを変な方向に勘違いしてしまったようだ。
“自分が真っ先にやられたから”とか、“自分だけ一人療養所でのんびりしていて”などガイは自分の不甲斐無さでリアネールを死なせてしまったと一人悔やんでいたが、それを聞いたダンは慌てて誤解を解いた。
「……なんだ。リアの姉さんらしいっちゃ、らしいがな」
心配して損したとガイは再び身体をベッドに預けた。
「そんなわけで俺たちは一足先にお前の治療をする為戻って来たんだ。ケージ、早速だが頼めるか?」
「ええ。ガイさん、腕見せてもらえますか?」
「あ、ああ……」
ガイは横になったまま片腕だけでなんとか包帯を解くと、切断された腕の断面を晒して見せた。神聖魔術以外の回復魔術で施されたのだろうか、傷口はなんとか塞がっておりこれ以上出血の心配はないようだが、お世辞にも上手い施術とは言えない状態であった。
「幸運にも水属性の回復術者が療養所にいてな。魔術と薬で治療してもらったんだが、痛みは薬でなんとか誤魔化してはいるんだが、それもずっと使っていくとなると薬代も馬鹿にならないしな……」
ガイの表情が優れないのは何も傷が痛むからだけではない。戦いを生業とする冒険者にとって片腕を失うというのは致命的であった。それにBランク冒険者といえばそれなりの収入もあるのだろうが、それでも高価な薬をポンポン出費できるほど裕福であるわけではない。今後のことを考えると否が応でも渋い表情になってしまうのだ。
(腕を欠損してから大体三日か……。マリーさんやコーディー神父の話だと、最早完治は不可能だという話だが……)
大体の目安として、かなり高位な術者でも欠損から丸二日経過すると完全にお手上げだそうだ。傷口を綺麗にふさぐことは出来ても腕を再生させることは叶わないようだ。
「……ガイさん。これから俺なりに回復魔術を施してみせます。ただ、欠損から大分時間が経っている。どうなるか俺も未知数なんです。それでもよければ―――」
「―――ああ、問題ない。一度お前には腕をきっちりと治して貰ったからな。その上もう一度完璧に治してくれだなんて虫のいい事は言わないさ。度々すまないが、宜しく頼む」
こちらの意図を汲んでくれたガイは恵二の言葉を遮りそう述べると、負傷した部位を差し出した。
「では、いきます!」
恵二は魔力を両手に集中させ、天の癒しを発動させた。通常の天の癒しは神聖魔術でも中級魔術に分類され、せいぜい骨折した骨をくっつける程度の効果であった。
だが恵二はその魔術をスキル<超強化>で目一杯強化させた。スキルで強化されたその威力は従来の魔術とは比べ物にならない程の効果を発揮し、ガイの負傷した腕に変化をもたらした。
「お、おお!?腕が……熱い!」
最初は温かいと感じていたガイであったが、治療が進むと負傷した箇所が段々と熱くなるのを感じる。そしてそれと同時に目に見えて変化が起こった。
「腕が……生えてきてやがる!?」
そう表現するしかなかった。肩から10cmくらい下から完全に失っていた筈のガイの腕は、気が付いたら肘の部分まで伸びてきていた。しっかりと骨まで再生されているのも見て分かる。ちょっとしたホラー映像のようであった。
しかも驚くべきことに効果はまだ続いていく。肘から下までも再生が進んでいるのだ。恵二による神聖魔術の効果は留まることを知らない。
「嘘だろ……」
これには流石のダンも言葉を失ってしまうほどであった。ガイの腕は遂に手首まで伸びると、手の方にまで治療は進み、その上五本指まできっちりと再生しきってしまったのだ。
「お、俺の腕……っ!」
ガイは再生したばかりの腕を恐る恐る動かして見せる。腕をゆっくりと動かし肘を曲げる。そして指を一本一本感触を試すかのように折り曲げ動かして見せた。
「……治った。完全に治っちまった!ははっ!」
ガイは信じられないといった驚きと歓喜の表情を滲ませながら、奇跡を成し遂げた恵二に治ったばかりの両手で握手をした。
「ありがとう、ケージ!本当にありがとう!もう諦めていたのに、俺……!」
余りの嬉しさに堪えかねたのか、ガイはついに泣き出してしまった。それも無理はない。片腕があるのと無いのとでは大事だ。特に長年その腕に命を預けてきた冒険者からしたら、その感動もひとしおだろう。
「本当に大した奴だよ。そりゃあ聖騎士が騒ぐだけはあるな」
神聖魔術については専門外のダンも今の奇跡がどれ程凄いことなのかは理解ができた。改めて恵二の出鱈目な回復魔術に心底驚いていた。
そしてそれは、ガイの腕を再生してみせた恵二自身も同じ思いであった。
(まさか完治できるとは……)
ある程度は治せるのではと見積もってはいた。だが前回と比べ、大分日が経っている上に、一度は他の魔術師によって治療もされている状態だったのだ。それがこうも簡単に治せるとは恵二自身も驚きを隠せないでいた。
(しかも魔力量もそんなに減っていないぞ?確かに前回よりかは消費したけど……)
これならばスキルを全力行使すれば古傷ですら治すことができるのではと、あれこれ考えてしまう。
(……もっとデータが欲しいな。しかし、あまり表だってやり過ぎると、また教会にいちゃもんつけられかねないしなぁ)
ひとまずこの件については棚上げにして、今はガイの腕が無事治ったことを素直に喜び合った。
「おかわりっす!」
不貞腐れた顔をしたままリアネールは店の看板娘に注文を頼んだ。幾人もの客を相手にしてきた娘にとって、機嫌の悪い相手への接客も何のその、本来なら笑顔を絶やさず見事に対応をしてみせただろう。
だがその珍客のおかわりが二桁に達した辺りから、接客のプロである娘の笑顔が引きつりだした。
「おい、リア。やけ食いもその辺にしておけ。それより“話し合い”の結果を教えろ」
熊族の獣人である大柄なダンも人並み以上に食べる方だが、それの何倍の量もある料理を次々と口の中に詰め込んでいるリアネールを呆れて見ていた。
「モグモグ……そうは言いましても、殆ど決まらなかったっすよ?」
教会の代表であるシリウスとの話し合いはそれほど時間を要さなかった。冒険者ギルドのトップであるフルーバーはともかく、騎士団の団長にしか過ぎないシリウスでは、教皇や枢機卿たち抜きであれこれと決めることはできないのだ。
だが使徒という立場は伊達ではない。シリウスの発言力は教皇たちも決して無視できない。
それを踏まえた上で、今回はいくらかの約束ごとを決めただけにすぎなかった。
「つまり、今回の騒動についての話し合いは、今後ギルドマスターを通して行われるんだな?」
「……私も当事者の一人として暫くギルドマスターに同行する羽目になったっすよ」
その約束事の一つが、今回の一件に関しては全てギルドマスターを通して取引されることとなったらしい。また恵二たちに掛けられていた不当な容疑に関しても、一旦見直すとシリウス団長と口約束を交わしていた。彼の言葉を信用するのなら、ほぼ間違いなく今回の件は不問になるのだという。寧ろ迷惑を掛けた分、今後何らかの謝意も受けられるようだ。
「……それで、アンデッド共は?ダンジョン内に居た警告する者はどうするんだ?」
ダンが一番気になっていたのは≪蠱毒の迷宮≫で遭遇したアンデッドたちの対処についてだ。同行者の冒険者が二名犠牲になっている。仲間思いのダンとしては直接仇を討ちたい意向をギルドマスターに伝えていたようだが、返ってきた答えは望まぬものであった。
「教会側で対処したいそうっすよ。いくら非常時とはいえ、そう何度も外部の者を≪蠱毒の迷宮≫に招き入れる訳にはいかないようっす」
「そうか……」
もっとごねるかと思いきや、ダン自身もその答えはある程度覚悟していたのか、渋い表情を浮かべるもそれ以上は口を挟まなかった。
「全く……やけ食いでもしてなきゃ、やってられないっすよ!お姉さん、おかわりっす!」
リアネールとしても今回の騒動の所為で暫くの間は苦手なギルドマスターと行動を共にすることとなってしまった。そのストレスを解消する為か恵二たちと合流してからというもの、仏頂面のままノーグロース産の海鮮料理を堪能していた。
「もぐもぐ……そういえば、ギルドマスターがケージさんを呼んでいたっすよ。時間があったら<白銀の浜宿>まで来て欲しいそうっす」
「ん?ギルドマスターが?何の用だ?」
「恐らくっすが、神聖魔術についてだと思うっす。そこの宿にはエルトランさんとミルトさんも宿泊しているっすよ」
話し合いを一旦終えたフル―バーは、何故か一緒に使徒であるエルトランを連れてケールに訪れていた。リアネールもそれに同行していたのでこうして恵二たちと合流する事ができたのだ。
「その<白銀の浜宿>ってどこにあるんだ?」
「大通りにある一番立派な宿っす。受付には話を通してあると思うので、後で寄って欲しいっす」
「分かった」
ガイの治療も終え、気になっていた騒動の後始末もギルドマスターに任せることとなった恵二は、これ以上することがなくなっていたのだ。
(夏休みも残り僅かだしな。さっさとこの件を終わらせて、後はノーグロース観光でもしてからエイルーンに帰るか)
今後の方針を大雑把に決めた恵二は早速行動に移した。リアネールたちに別れを告げると、そのまま直ぐに港町で一番の高級宿<白銀の浜宿>へと向かった。
リアネールの言うとおり、宿の受付に話すと直ぐに案内をしてくれた。奥の部屋に案内されノックをして入出許可を貰い入ると、広い室内には呼びつけたギルドマスターであるフル―バー本人と、丁度エルトランも同席していた。護衛役なのかミルトも一緒に居合わせていた。
「お、来たな。呼び出して済まないが、時間の方は大丈夫か?」
「ええ、少しなら大丈夫ですけど、そろそろここを発とうかなと考えています」
「そうか、とりあえず話がしたい。そこに掛けてくれ」
フル―バーに勧められた席へと座る。丁度彼の横に、そしてエルトランとは向かい合わせで座る形となった。どうやら話とはフル―バーの方ではなく、エルトランと行うようだ。席に着くと早速エルトランは口を開いた。
「この前はろくに挨拶ができなくて申し訳なかったね。私の名はエルトラン、教会からは使徒だなんて呼ばれてはいるが、セントレイクにある図書館の責任者に過ぎない。気楽に話しかけてくれて構わないよ」
「は、はぁ……」
男の思わぬ態度に恵二は拍子抜けしてしまった。服装こそ身なりがよく整った顔をした優男だが、他の教会上層部の者とは違って柔らかい物腰の男であった。それがただの演技なのか、少年の緊張をほぐそうとフランクに話しかけてくれているのかは分からないが、恵二としては取っ付きやすくてありがたい。
「君の時間をあまり割いても申し訳ない。単刀直入に尋ねるよ?君の神聖魔術の絡繰りを教会に教えてはくれないか?報酬はかなりのものを用意できると約束するよ。どうだろう?」
それはリアネールが予想した通りの質問であった。そしてそれに対する返答を恵二は既に決めていた。




