あの人が
聖教国騎士団を見事撃退し、残った黄金衣聖騎士団の騎士たちは戦意を完全に失いつつあった。
追手を嫌った恵二たち三人は最初こそ全員気絶させるか動けないようにするか考えていたが、思ったよりも残存戦力が多いため、一人一人を縄で縛っている時間が勿体ない。それに当面の目的地であるノーグロース通商連合国へは残り僅かな道のりな為、彼らはこのまま放っておいて先へ進む事にした。
そう決断したその時であった。
遠くの方から土煙を上げながら騎乗した集団がこちらへと駆けてくるのを察知した。
「ちっ、また新手か……」
「しかもあれ、武器が白くないっすか?」
ダンの悪態にリアネールは続けてそう指摘した。確かに彼女の言うとおり、こちらへ向かってくる騎士団の武装は純白であった。アムルニス教の騎士団は鎧こそ白で統一されてはいるが、各々が所持する武器の色によって騎士団の所属を見極めることができるそうだ。そして純白の武器を持つということは、彼らが大陸最強である聖教国騎士団か、または准聖騎士である証でもあった。
「……26、27。結構な数いやがるなぁ。全員准聖騎士だといいんだが……」
「いやぁ、あれは准聖騎士って面構えじゃないっすねぇ……」
二人はげんなりした表情を浮かべていた。こちらに向かってきている騎士の人数は27名、そして驚くべきことにその全員が正真正銘の聖騎士だと思われた。つい今しがた戦闘を終えたばかりで、更にその3倍近くになるだろう戦力を相手にしなければならないのだ。ダンとリアネールが憂鬱になるのも頷ける。
(まずいな……、もう殆どスキルは使えないぞ?)
恵二の方も魔力こそ残っているものの、スキルの大盤振る舞いで今は余力が残されていない。まさかこのタイミングで敵の増援が来るとは思ってもみなかったのだ。
だが、それはあちらも同じ考えだったようだ。先程降伏したばかりの聖騎士は思わぬ増援に目を見開くも、これで戦況は一変すると顔を綻ばせた。
「シリウス団長!」
聖騎士は声を上げ地面に置いていた聖具を拾い上げると、まるで冒険者たちから逃げるかのように増援部隊の方へと駆けていった。それを恵二たちは恨めしそうに見送るだけであった。後ろから不意を突いても構わなかったが、この状況では焼け石に水であろう。
「ミグゥーズはどうした?お前だけか?」
団長と呼ばれた男がそう問いかけると、駆け寄ってきた聖騎士は渋い表情を浮かべた。そしてそのまま地べたに倒れているであろう副団長へと視線を移すと聖騎士は驚いた表情を浮かべていた。
なんと、ミグゥーズは目を覚ましていたのだ。しかも痛々しい表情をしながらも、増援部隊の元まで歩み寄ってすらいる。彼女のタフさには戦場に居合わせた聖騎士だけでなく、倒した恵二本人すらも驚かせた。
(嘘だろ!?結構強くぶっ叩いたつもりなんだけどなぁ)
その証拠に彼女の純白の鎧には拳の跡がしっかりと残っており、ボロボロな状態であった。ふと見ると先程まで彼女が倒れていた地面に空の瓶が捨てられていた。どうやらポーションでも隠し持っていたのか、目を覚ました彼女はそれを飲んで回復したのであろう。先の戦闘での意趣返しのつもりだろうが、抜け目の無い女であった。
「シリウス団長、まさか増援に来ていただけるとは思いもしませんでした」
団長含めた27人の聖騎士たちは、巡回も兼ねて遠征に出掛けていたのだ。その為、聖都に到着するのは早くても数日先、今回の騒動を知るのはもっと先だとミグゥーズは考えていた。
「ああ、再び<神堕とし>が起こったのだからな。のんびり遠征をしているわけにもいかん」
遠征先で神聖魔術が再び使えなくなったことに気がついたシリウスは、即座に聖都帰還の判断を下したようだ。その為本来戻りが遅いはずの聖騎士団の半数がこの場に駆けつけることとなったようだ。
「それは賢明なご判断かと。これぞまさに神の思し召しですね」
なんとも都合の良い出来事にミグゥーズは思わずにやけた。反面冒険者たちの顔色は良くない。恵二の出鱈目な強さが一時的なものであることをリアネールとダンは見抜いているのもあるが、Sランク冒険者の二人が最も警戒をしているのはシリウスと呼ばれている聖騎士の男だ。
「……まずいっすね。あの人とんでもなく強いっすよ?」
「ありゃあ恐らく<天剣>並みだな。それに聖騎士のあの数、流石の俺様もお手上げだぜ……」
そう泣き言を口にする二人ではあったが、その瞳の奥にはまだ光を宿していた。あれは諦めた者がするような目ではなかった。最後まで抗って見せるという、Sランク冒険者のプライドのようなものを恵二は二人から感じとっていた。
(スキルが使えなくなったくらいで何を弱気になっているんだ!魔力は充分、身体もどこも負傷していない。俺はまだ戦えるじゃないか!)
一度失いかけた闘争心を取り戻した恵二はシリウスたち聖騎士団の方を睨みつけた。一方後から加わった聖騎士団の団長はミグゥーズと話し込んでいた。どうやら情報を共有しているようだ。
「シリウス団長。あの少年にはお気を付け下さい。彼はSランク冒険者にも引けを取らない力を秘めております」
「……ふむ」
ミグゥーズにそう告げられたシリウスは恵二たちを暫く観察したが、どういうわけかそのまま動かなかった。何時まで経っても行動を起こさない団長を不審に思ったミグゥーズが再び声を掛ける。
「団長?」
「……ミグゥーズ副団長、勘違いしているようだな。私は諸君らの援軍に来た訳ではない。むしろその逆だ」
「な、何を言っているのですか?」
思いもしない団長の言葉にミグゥーズは狼狽した。
「聖都で粗方の報告は受けている。彼らは神聖なダンジョンに不法侵入した挙句、怨敵であるアンデッドと密約を躱した大罪人である、とな」
「そ、そうです!その通りです!彼らは神に弓を引く者どもです。ここで逃す訳にはいきません!」
それは完全な言いがかりであった。そもそもダンジョンには教皇自らの依頼で頼まれて入ったのだ。アンデッドとの密約についても、ただ町の人々や仲間を守るべく仕方なく取引したに過ぎない。
恵二は文句を言おうとしたが、先にシリウスが口を開いた。
「だが、こうも聞いている。彼らは教皇自らが依頼をされ、見習い騎士救出の任務の為にダンジョンに入ったのだと。それに取引自体もアンデッドの脅威から身を守る為、止む無く飲もうとしたということもな」
「だ、だからといって許される行為ではありません!それに彼は神聖魔術を平時と同じ様に扱えるのですよ?きっとアンデッド共と密約を交わし、<神堕とし>の影響から逃れる術を知っているのです!その情報だけは何としても手に入れねば!例え、無理やり吐かせようとも……!」
「そこまでにしておけ、副団長。憶測で物事を言うな!それに、どうやって彼から情報を聞き出すというのだ?まさか捕まえて拷問でもする気か?」
呆れたとばかりに質問を投げかけるシリウスにミグゥーズは表情を暗く落としてそれに答えた。
「……必要とあらば。彼が非協力的であれば、その身体に尋ねるしかありません」
そのミグゥーズのあんまりの発言にシリウスは戒めの言葉を掛けるのかと思いきや、なんと笑みを浮かべながらこう言葉を返した。
「ほう?この状況で彼を捕まえられるとでも?それは大きく出たものだ」
「シリウス団長がご協力して頂けるのでしたら容易い事です!早速彼を捕まえて、一刻も早く神の奇跡を再び―――」
「―――この、愚か者が!貴様の目は節穴か!?彼らの後方を目をよく凝らして見てみるがいい!」
突然の怒声にミグゥーズは身体を震わせた。一体何が彼の琴線に触れたのか言われた通りに目を凝らして見てみると、恵二たちの遙か後方から土煙を上げながら迫ってくる集団が目に映った。
「―――!?」
「なんだ、ありゃあ?」
「……騎馬隊っすか?しかも純白の鎧……」
恵二たちもシリウスの言葉で後ろを振り返ると、確かに何者かがこちらに近づいてくるのが見えた。それも凄い数だ。シリウスを始めとした聖騎士たちに集中していた所為で全く気が付かなかったのだ。
「おいおい、更に奴さんの増援か?勘弁してくれ……」
「ん~、でも彼らの持っている武器、青色っすよ?」
「青色って、確か教皇派の聖騎士団じゃなかったっけ?」
自称見習い聖騎士のミルト曰く、確か青い武装の聖騎士たちは正式名称を青碧瞳聖騎士団と言うのだそうだ。彼らは教皇派と呼ばれる程、現教皇であるシルバーノ・シディアムと親密な関係にあるのだという。
「お?よく見ればパイルの奴までいるじゃねえか!?」
こちらに近づいてくる騎乗した集団の中には、途中先行していったパイルや他の冒険者の姿もあった。流石に片腕を失ったガイは治療に専念でもしているのか姿は見えなかったが、見習い聖騎士であるミルトも一緒であった。彼女の隣には身なりの良い服を着た壮年の優男が馬を走らせていた。彼だけ武装をしていないが一体どういった人物であろうか。
「ほんとっすね。ミルトさんも一緒っすよ!―――っげ!?あの人は……!」
「マジか……。あのおっさん来やがったのか……」
リアネールとダンの二人は、とある人物に視線を移すとひどく戸惑った様子を見せていた。どうやら二人の共通した知り合いが駆けつけてきているようだが、人が多すぎて恵二には誰を見て驚いているのかが正確には分からなかった。
(?二人とも、一体誰を見て驚いているんだ?もしかしてSランク冒険者でも応援に来てくれたのか?)
二人の知り合いであの反応から察するに、恐らくそうなのだろうと恵二は当たりをつけた。
青碧瞳聖騎士団を始めとした恵二たちの援軍?部隊は到着をすると、各員馬から降りて聖教国騎士団と対峙した。尤も、戦う気なら彼らは馬から降りる様な真似はしないだろう。これは一種の話し合いをしようというパフォーマンスなのだろうと恵二は考えた。
「……聖教国騎士団、それに使徒様まで……!」
「ミグゥーズ副団長、この状況でもまだ彼を無理やり捕まえ尋問しようとでも言うか?」
「……いえ……出過ぎた真似を致しました」
ミグゥーズは静かに、そして心底悔しそうに言葉を紡いだ。それを聞いたシリウスは慰めるでも叱りつけるのでもなく、無表情のまま淡々と命令を告げた。
「うむ、ミグゥーズ副団長及び今回独断専行した聖騎士たちは一時謹慎処分とする。貴女らは先に聖都へ帰還せよ。追って詳しい処分を言い渡す」
「……はい、了解しました」
そう返事した彼女からはすっかり気力が抜けていた。まるで借りてきた猫のように大人しくなったミグゥーズを怪訝な表情で観察していた恵二であったが、一瞬彼女が振り返り視線が交錯するとドキリとした。
それはまるで目線だけで人を呪い殺せるのではないかと言うくらいの圧を感じた。彼女は全く諦めていない。それを知った恵二は憂鬱な気持ちになるも、反面それはそれで彼女らしいなと奇妙な安心感すら感じてもいた。
「うわぁ、あの目おっかないっすねぇ……。今後夜道には気をつけるっすよ」
「怖い事言うなよ……。それより二人とも、誰かを見て驚いていたようだけど?」
「あー、それはっすねぇ―――」
「―――ケージさん!リアネールさん!」
リアネールが答えようとしたその時、応援を連れて戻って来てくれたミルトが声を掛けてきた。
「良かったです!どうやら間に合ったようですね!」
「ミルトさん、ナイスタイミングだ!えっと、この人たちは味方で……いいんだよな?」
不安そうな問いにミルトは笑みを浮かべながら頷いてみせた。
「ええ、ご安心ください!これ以上ない強力な味方ですよ!」
「それは買いかぶり過ぎだ。流石にシリウス様率いる聖騎士団を相手には些か心許ない援軍さ」
横からそう言葉を挟んできたのは純白の鎧に青い鞘の剣を身に着けた三十代後半くらいの男であった。その聖騎士へ、彼より少し年下に見える優男が声を掛けてきた。
「そんなことはないさ。君たち青碧瞳聖騎士団の主力が丁度北方に居てくれて助かった。ザッツ団長はもっと自信を持っていいと思うよ?」
「使徒様にそこまでおっしゃって頂けるとは……聖騎士冥利に尽きます」
どうやら二人の会話から察するに、聖騎士の男は青碧瞳聖騎士団の団長であり、優男の方は使徒様という肩書の人物のようだ。使徒というと、確かアムルニス教内でも特別な地位にあるという古い名家の末裔のことを指したはずだ。以前エイルーンの図書館にある本で読んだ記憶があるのだが、いまいち内容を思い出せなかった。表情に出ていたのだろうか、恵二の疑問にミルトがそっと小声で教えてくれた。
「こちらの方は青碧瞳聖騎士団の団長であるザッツ様と、智を司る使徒様であられますエルトラン様です。エルトラン様は大聖書物堂の管理者でもあり……そして私の上司でもあります」
彼女は最後の言葉だけやけに小声で話してきた。恐らくあまり周りには聞かれたくないことなのだろう。
(この人がミルトさんの上司?つまり諜報部隊の長ということか?)
ミルトが諜報員であるというのはあくまでリアネールの仮説だ。だがそれを正面から指摘されたミルトは肯定こそしなかったが否定もしなかった。恐らく本当のことなのだろうと恵二は考えていた。
つまりエルトランというその使徒様は、表向きは大聖書物堂の管理者だが、実際の顔は諜報部隊の纏め役なのだろう。
「そしてシリウス団長も力を司る使徒様でいらっしゃいます。ちなみに使徒様とは、アムルニス神がまだ人間で在られた時にとっていた4名のお弟子さんたちの子孫の方たちのことです」
ミルト曰く、アムルニスはまだ人であった頃4人の優秀な弟子を従えていたのだという。その彼らの子孫の家長が現在でいう“使徒”という役職なのだという。彼らはそれぞれ決められた管轄の職務を全うし、信心深い信徒からは神の使いという形で崇められている程の存在なのだそうだ。
だが彼らは決して政治には口を出さず、精々が助言をする程度なのだとか。位も特殊で教皇や枢機卿ほどの権力を持ってはいないが、その代り信者からは圧倒的な支持を得てはいた。彼らの存在がある限り、教会の権力者は決して暴走など出来ない仕組みのようだ。尤も今回の騒動を思うと余り機能していないように思えるのだが。
「エルトラン、まさか貴公が直接出向いてくるとはな……」
「久しぶりだね、シリウス。丁度ノーグロースに用があってね。偶々北方にいた青碧瞳聖騎士団に護衛をお願いしてもらっていたんだよ」
「ふ、偶々か。まぁ、そういうことにしておこうか」
聖騎士団から逃れるように北へと逃亡をしていた冒険者たちの先に偶々青碧瞳聖騎士団や使徒がいた。そんな偶然あって堪るかと他の聖騎士たちは口を出しそうではあったが、まさか表立って使徒様を嘘つき呼ばわりする訳にもいかず、皆が胸の中に留めておいた。
「それでエルトランよ。こうして馬を降りたということは、話し合いの場を設けてくれるということで異論はないか?」
「それはそちら次第だよ。もっとも天下の聖騎士団とやり合おうなんてこちらは微塵も思ってはいないけどね」
「……こちらも同胞同士で殺し合うなど考えたくもない。分かった、話し合いに応じよう。寧ろこちらからお願いしたいくらいだ。冒険者である彼らには弁明する機会が欲しいからな」
そう言葉にしたシリウスは恵二たち冒険者へと視線を移した。今回の騒動で一番迷惑を被っているのは間違いなく恵二たち冒険者であった。どうやらシリウスは話の分かる男のようで、まずは冒険者に謝罪したいと告げてきた。
「まあ、そうだろうね。私と話すより、まずは彼らに頭を下げると良い。それと、今後のことを話し合うのも私の役目じゃないよ?代わりにうってつけの人物をお連れしている」
「……なに?」
エルトランの謎の言葉にシリウスは怪訝の表情を浮かべるも、優男の後ろから出て来た大柄な男を見て聖騎士団長は顔色を変えた。
「貴方は……!」
「壮健のようだな、シリウス殿。この度はうちの馬鹿共が大変世話になった」
その大柄な男がシリウスに声を掛けると、恵二の隣でそれを見ていたリアネールが心底嫌そうな視線を送っていることに気が付いた。どうやら彼こそがダンやリアネールを驚かせた来訪者のようだ。
「貴殿こそお元気なようで、フル―バー殿……いや、ギルドマスター殿とお呼びするべきかな?」
シリウスの言葉を聞いた他の聖騎士たちは息を呑んだ。まさか冒険者ギルドのトップであるギルドマスター自らがこんな騒動に首を突っ込んでくるとは思いもしなかったのだ。
「あの人が、ギルドマスター!?」
「……そうっす。彼が冒険者ギルドのトップ、元Sランク冒険者でもある<剛剣>のフルーバーその人っすよ」
まさかの人物の来訪に恵二だけでなく、彼の事を知らなかった者全員が目を見開いていた。




