言いませんでしたか?
今回で200話達成となりました。
ここまでこれたのも、日頃読んでくださっている方たちのお蔭です。
本当にありがとうございます!
今後も「青の世界の冒険者~八人目の勇者~」を応援して頂けると嬉しいです。
再びミグゥーズが白い槍を動かそうとしたのを視認すると、恵二は己の運動能力をスキル<超強化>で向上させ回避行動に移った。
「ぐっ!───つぅ……!」
幸いにも刺された個所は重要な臓器などがなかったのか、身体はなんとか動かせそうだが、回避行動を取る度に激痛が走った。身体能力を強化させつつ恵二は自己治癒能力の方も強化させていく。そんな恵二へミグゥーズは容赦なく槍を伸ばして襲い掛かった。
(くそ!逃げるにしても、こうも間合いが違うんじゃあジリ貧だ……!)
ただ躱すだけではいずれ捕まる。そう判断した恵二は牽制の意味も込めて火弾で応戦をした。ミルトの話では、聖騎士たちが身に着けている純白の鎧は魔術耐性の高い代物だそうで、余程の魔術でなければ致命傷は与えられないのだそうだ。
残り残量が心許ないスキルであったが、素の状態での火弾では目眩ましにもならない。ここは思い切って威力を強化させた魔術を連発させる。だが流石は副団長とでも言うべきか、魔術の心得もあるのかミグゥーズは槍を振るいつつ、もう片方の腕で魔術を放ち相殺させていく。
「ちっ!神聖魔術以外も使えるのか!?」
「神の奇跡に頼ってばかりでは真の信奉者とは言えませんからね。我々聖騎士団はアムルニス神の為、日々己の身を高めているのです!」
驚く恵二に当然だと言わんばかりに答えると、ミグゥーズは己の<聖具>である白い槍を再び穿った。身体能力だけでなく、視力も強化した恵二は高速で伸縮される槍を見切ると、何とかその攻撃を回避し続けていく。
「やりますね。足の速さだけでなく、良い目もお持ちのようだ」
これには槍を放っているミグゥーズ自身も称賛を送る。伸縮を自在に行えるこの槍は、本来穿った後にできる長物特有の隙さえ与えずに、距離を置いたまま連続刺突できる強みがあるのだが、その槍の連撃を躱す少年にミグゥーズは思わず感心をした。
「―――しかし、ここまでです!」
ミグゥーズは言葉を発すると同時に魔術も発動させる。どうやら彼女も恵二と同じく詠唱を必要としないようだ。魔力の動きを察知した恵二は魔術の攻撃に身構えたが、彼女からは何も放たれてこない。疑問に思った恵二であったが異変はなんと足元に起こった。
「―――なっ!?地面が……!」
先程まで平地であった硬い地面は、まるで長時間雨に打たれ続けていたかのようにぬかるんでいた。地属性と水属性の合成魔術<沼地作成>であった。本来騎馬隊などを足止めするのに使われる広範囲魔術であったが、彼女はそれを自分用にカスタマイズし、人一人分の行動を阻害できるように効果範囲と魔力消費を縮小した。お蔭で今回の様に動き回る獲物を仕留めるのには最適な魔術へと生まれ変わったのだ。
「くそ!地面がぬかるんで……!」
恵二が悪態ついている間にもミグゥーズは容赦なく槍を放った。それを恵二は脚力を更に強化するという力技で、強引に回避をした。
だが、それが恵二の限界であった。
迫りくる槍を何とか躱したと思った恵二の左腕に激痛が走る。
「―――ぐあっ!や、槍が……曲がった……!?」
ギリギリ回避したと思った筈の槍が左腕に突き刺さっていた。よく見ると先程まで真っ直ぐ伸びていた槍が途中から恵二の避けた方向へと曲がっていたのだ。まるで意志を持って獲物を追いかけてきたかのように槍は伸びる角度を変えたのだ。
「おや?言いませんでしたか?私の白槍は伸び縮みするだけではないですよ」
ミグゥーズは冷たい微笑を浮かべたまま呟いた。
(そんな話は聞いていない!)
心の中で思わず反論するも、恵二はそれどころではなかった。槍の矛先が彼女の元へ縮み戻ると、再び恵二を狙って槍が伸び出した。
長距離から自在に伸び縮みし、曲げることも可能な槍。対してこちらは傷だらけで疲労も溜まっており、更には地面が泥でぬかるんでいた。
「こんちくしょおおォッ!」
自らを奮い立たせるかのように恵二は叫ぶと、迫りくる槍を今度は曲がってくるものと想定して素早く回避をしようとする。何とか足場の悪い沼地から離れようとするも槍が行く手を邪魔し、やっとの思いで沼地を外れても、ミグゥーズは再び沼地作成を発動させ足場を崩していく。
そしてこれ程の悪条件の中で避け続けられるほど彼女の槍は生易しくなかった。あちこちに傷を増やしていき、遂には利き足である右の太ももにも槍を貫かれた。
「うああああああっ!」
思わず悲鳴を上げて泥沼へと横転する。これで動き回ることもできなくなった。
「ふう。手間を掛けさせてくれましたね。……そうですねえ、貴方の魔術は厄介ですし、念の為両手足も使い物にできなくしましょうか」
泥沼へと転げまわる少年にミグゥーズは無慈悲な宣言をした。それを聞いた恵二は痛みを堪えてなんとか彼女から逃げようと頭を巡らせる。この女はやると言ったら必ずやる。それはこの短い間で十二分に身に染みていた。
しかし考える間も与えないとばかりにミグゥーズは槍を伸ばした。
それに対して恵二は自身最大の守りである土盾を咄嗟に出そうとした。だが、不運は重なる。頼りの土盾が全く発動をしなかったのだ。
(―――な、何で!?)
魔力はまだ残っている筈。そう考えていた恵二の身体に無慈悲にも次々と槍が貫いていく。
「うあああああああぁぁッ!!」
今まで味わったことの無い痛みに恵二は声を上げ、涙をポロポロと流しながら地べたを転げまわった。その地面は泥と血で酷い惨状であった。だがそれでも彼女は攻撃の手を緩めない。手足は勿論、腹部、耳、肩など次々と少年を串刺しにし、その白い矛を真っ赤に染め上げる。そして少年の致命傷となる部位を残したあらゆる個所を貫き終えると、ミグゥーズは満足したのかその手を止めた。
「―――おっと。これ以上は殺してしまいかねませんね。アムルニス神は無益な殺生は好みません。良かったですね。私が信心深い教徒で」
嫌味にも聞こえる彼女の本心に少年は答える気力がなかった。既に少し前から悲鳴は鳴りやんでいた。気を失ってしまったのだろうかとミグゥーズは考えたが、まだ魔力反応は残っている。生きてさえいれば彼女はどうでも良かった。
恵二を無力化した彼女はズタボロになった少年に興味を失ったのか、視線を部下である聖騎士とSランク冒険者の方へと移した。
「さて、ジランドの方はどうでしょうか」
そう呟いた彼女は若い聖騎士の様子を伺うと、戦いはまだ続けられていた。彼はSランク相手によく抑えてくれていたようだが、どうやらかなりの劣勢に立たされているようだ。鬼の形相でこちらへと迫るリアネールを、あちこち出血させながらジランドが何とか踏みとどまらせようと攻撃を試みているものの、彼女の歩みを止めることは不可能なようであった。
「仕方ありませんね。彼女も私がお相手しましょう」
溜息交じりにそう呟いたミグゥーズは、今度はリアネールの元へと歩み出した。
「はぁ、はぁ……。手こずらせやがって……」
「信じられない程タフな獣人ですね……」
4人がかりでダンへと迫った聖騎士たちであったが、当初の予定を大幅に狂わされ、獣人族の冒険者を無力化するのに大分時間を掛けてしまった。
いくら相手がSランクの冒険者といえども、一騎当千とも謳われる聖騎士が4人がかりで攻めたのだ。もっと早く片がついてもよさそうなものであったが、この冒険者は死が怖くないのか身一つで半ば特攻気味に向かって来たのだ。
そして更に厄介であったのは彼のスキルでも熊族特有のパワーでもなく、そのタフさであった。何度斬りつけても魔術を浴びせても、ダンは怯まずに聖騎士たちへと襲い掛かってきたのだ。その執拗な攻めに聖騎士たちは致命傷こそ受けてはいないものの、魔力と体力を大分消費してしまった。
だが、その甲斐あってSランク冒険者は俯せになって倒れ込んでいた。殺めるとなるとギルドとの関係に悪影響を及ぼすので、一応とどめを刺してはいなかった。虫の息といった具合だが、この男のタフネスさを考えると問題はないだろう。
「おい!これ以上時間を掛けては副団長にどやされるぞ?」
「ちょっと待ってくれ!もう少しだけ……せめて呼吸を整えてから……」
「私たちは先に行くぞ。準備が出来たらすぐに追って来い!」
比較的軽症な二人は先に行くといい、残りの二人は少しだけ休んだら向かうと言葉を掛けた。
そして二人ずつで分かれ、距離が離れた時であった。突如ダンから強い魔力反応を感知した。
「―――なっ!?」
「これは……神聖魔術か!?」
もう殆ど動けない死に体であった筈のダンから、強い光が発せられていた。その懐かしくも馴染みのある魔力は間違いなく、神聖魔術であることを聖騎士たちは瞬時に見抜いていた。だからこそ、何故この男がそれを使えるのかと二人は呆気にとられるが、その魔術がどういった効果を発揮するかを察すると聖騎士たちは慌てはじめた。
「ま、拙い!これは回復魔術だ!」
「―――っ!くそ!すぐにとどめを―――」
ダンの復活を阻止するべく一人の聖騎士が慌てて剣を抜こうとするも、時は既に遅すぎた。
「グルアアァァ―――ッ!!」
威嚇の<咆哮>が鳴り響くと聖騎士たちは僅かに硬直させてしまう。そこへ神聖魔術で完全復活を遂げたダンの強烈な一撃が炸裂した。
「オラァッ!」
太く毛深い右ストレートで聖騎士の一人が殴り飛ばされる。魔力で強化された彼の剛腕は、聖騎士の鎧を破壊し深手を負わせるほどの破壊力であった。
「ど、どうしてお前が神聖魔術を……!?」
慌てふためく聖騎士にダンは牙をむき出しにして笑った。
「ハッハァーッ!教えてやる義理はねえなあ!」
ダンは獰猛な笑みを浮かべて吠えると、残り一人になった聖騎士へと迫った。先程の熾烈な戦闘ですっかり体力と魔力を消耗していた聖騎士は防戦一方であった。対するダンはどういうわけか神聖魔術によって傷が完治しており、魔力に至っては先の戦いで強化くらいしかまともに使っておらず温存されていた。
更には互いの力量に元々の差があり、タイマンをする羽目になった聖騎士はあっという間にダンにのされてしまった。
「へっ!差しなら負ける気しねえぜ!」
勝ち誇ったダンは先程殴り飛ばした聖騎士の方を見ると、どうやらあの聖騎士は一発で気を失ってしまったようだ。疲れているところに不意を突けたのが幸いしたのだろう。
「しっかしここまで元通りとは……。ケージの魔術とリアのナイフに感謝だな」
先程ダンが復活を遂げた神聖魔術、その正体は恵二がリアネールの所持していたナイフに回復魔術を籠めたものであった。
ダンは知らないが、そのナイフは【エンチャントナイフ】といい、先のヴィシュトルテ王国での内紛を沈める際に恵二とリアネールが活用したマジックアイテムであった。ナイフの柄の部分に備えられた宝珠に魔術を籠めることによって、術者以外にも魔術の発動を可能にさせるという優れものの逸品であった。
リアネールはそのナイフを計2本所持していた。その一本をダンに、もう一本を恵二に渡しておいたのだ。
ダンが聖騎士たちに一度敗れる事は織り込み済みであった。どうしても人数に差が出る以上、誰かがその数の暴力にさらされる。その役を買って出たのがダンであった。そのダンに手渡されたのが、部位欠損すら完全回復してみせる恵二の強化された回復魔術<天の癒し>であった。
それを懐に隠したダンは、捨て身の覚悟で聖騎士たちへと挑んだ。最悪殺されずにナイフを使う腕一本さえ動かせる余力を残しておけば、後はどんなに傷を負おうが完全復帰できると告げられていた。
最初は半信半疑ではあったものの、実際に恵二の神聖魔術はガイの腕を感知させている。ここは仲間である少年の言葉を信じる事にした。
「お?どうやら他の二人もノコノコ戻って来てくれるようだなぁ」
ダンの異変に気が付いたのか、先にこの場を去った二人の聖騎士がこちらへと引き返してきていた。盾持ちの聖騎士とガイの腕を斬り飛ばした魔剣持ちの聖騎士であった。
「これでイーブンだぜ?本当の戦いはこれからだ!」
聖騎士二人相手ならば十分互角に戦える。ここまで思惑通りに事が進んでいることにダンは思わずほくそ笑む。だが熊族の厳つい顔をしたダンが笑っても、傍から見れば獲物を前に獰猛な笑みを浮かべている獣にしか見えなかった。
ダンが復活を遂げる少し前、リアネールは若い聖騎士ジランドに手を焼いていた。一度は誘いを掛けることによって傷を負わせる事に成功をしたのだが、その凄まじいスピードの前になかなか決め手を欠いていた。
(ちょこまかと!……この速さの原因はアレっすね!)
聖騎士ジランドの武器は見習いのそれと同じ支給品の白い剣であった。そう彼の<聖具>は武器ではなかったのだ。
ジランドの足には、他の聖騎士とは少し違ったデザインの白い鉄靴が備えられていた。おそらくあれこそが彼の<聖具>であり、この異常なまでの速度を叩き出している元凶でもあった。
(まぁ分かったところで、どうにもできないんすけどね……)
傷を負ったジランドは先程以上にこちらを警戒し、なかなか間合いに入って来なかった。かといって無視をして恵二の元へ駆けつけようとすると踏みこんで来る。その際に攻撃を当てようとするも、リアネールが剣を振るった時には既にその場からジランドは離脱をしていた。
(うーん、速いのは足だけで、剣速自体は遅いから脅威ではないんすけどねぇ……)
お互いに決定打がない状態であったが、それこそ相手の思う壺であった。
時間を掛ければまず倒せる相手だが、のんびりもしていられない。そう考えていた時、恵二の悲鳴が聞こえてきた。
「―――ケージさん!?」
「―――貰ったァ!」
少年の悲痛な叫び声に気を取られたリアネールは一瞬の隙を見せるも、ジランドの声で咄嗟に反応し難なく迎撃をする。ご丁寧に叫び声を上げて斬りかかってくれたので助かったとリアネールは安堵する。それにしても奇襲をするというのに普通声を上げるだろうかと呆れてもいた。
「―――く、今のを凌ぐか!」
「……この馬鹿に、これ以上時間は割けられないっすね」
リアネールは冷たくそう言い放つと双剣をゆったりと構えた。今までとは少し違った構えにジランドは警戒レベルを最大に引き上げながらも、あざ笑うかのように言葉を発した。
「無駄だ。いくら構えを変えようが、欠伸の出るその攻撃では、この俺にかすりすらしないぞ?」
少しでも焦らそうと挑発をするジランドの言葉には耳を貸さず、リアネールはため息交じりにこう呟いた。
「本当は嫌なんすけどね、この戦い方……。剣の腕は鈍るし、何だかインチキくさいっすし……」
「?何を言っている?」
リアネールの独白の様な言葉にジランドは首を傾げた。しかしリアネールはそれにも取り合わず、恵二の悲鳴が聞こえた方を見つめると、そちらへと一直線に駆け出した。
「―――!ふはは、俺を相手にするのを諦めて仲間の所に向かうつもりか?だが、そうはさせんぞ!」
ジランドを無視して恵二と合流するという作戦は既に試していた。だが、背を向けたリアネールにジランドは執拗なまでに攻撃を仕掛けてくるのだ。それを振り払おうとするも、超スピードで動いているジランド相手では当てることが叶わず、中々前に進ませて貰えなかったのだ。
今回も同じようにリアネールの動きを阻害しようとジランドは彼女へと迫った。
だが、前回と彼女の動きは違っていた。
(……何のつもりだ?)
リアネールは一目散に目的地へと駆けながら、何もない空間に剣を振るっていたのだ。最初はその不思議な行為を警戒して観察していたジランドであったが、その素振りが動きを捉える事が出来ないジランドに対する当てずっぽうな攻撃であることが分かると顔をにやけさせた。
「は、はははは!なんだ、それは?笑わせてくれる!そんないい加減な攻撃、当たる訳がないだろう?」
でたらめに剣を振るうリアネールをジランドは嘲笑った。それに対してリアネールは淡々と答えた。
「ま……普通ならそうっすよね。余程の間抜けか、運が悪い人でなければ、こんな攻撃まぐれ当たりする筈ないっすよね?」
自嘲とも取れる発言をするリアネールであったが、それでも彼女はその行為を止めようとはしなかった。そのまま真っ直ぐ恵二の悲鳴が続く方角へと進んで行く。
流石にこれ以上進ませるわけにはいかないと判断したジランドは、剣を振りまわしながら走っているリアネールへ応戦する事を決めた。
(ふん、侮るな!そんないい加減な攻撃、誰が喰らうものか!)
ジランドは気配を極力消しつつ、最速でリアネールの右背後から迫る。例えこちらへ視線を向けていても捉えきれないだろう俊足からの攻撃に、ジランドは今度こそリアネールを仕留めたと確信した。
だが、それはあり得ない一撃でもって防がれてしまった。
たまたまリアネールが剣を振るった場所とジランドの攻撃が重なってしまったのだ。思わぬ偶然にジランドは舌打ちをする。
「ちっ!まぐれ当たりか!」
悪態をつくジランドにリアネールは心底嫌味な顔でこう告げた。
「おや?私の出鱈目な剣に、どうやら間抜けが当たったようっすね?」
彼女の言葉にジランドは激高した。
「思い上がるなよ、冒険者如きがぁ!今度こそ息の根を止めてやる!」
ジランドは溢れる殺気を必死に抑えると、再び気配を消してリアネールの死角から攻撃を行った。今度は剣で防がれることはなく、ジランドの剣はリアネールの脇腹へとヒットした。だが、先ほどの偶然もあり踏み込むことを躊躇ったジランドの一撃は致命傷には至らなかった。
一撃離脱を心がけていたジランドはリアネールの脇腹を斬り裂くと、すぐに退避しようとした。だが、先程までならすぐに鋭いカウンターが飛び出てくるところだが、彼女は攻撃されたにも関わらず、ただがむしゃらに剣を振るっているだけであった。
そんな攻撃当たるわけないと高を括っていたジランドであったが、そこで更に偶然が起こった。
偶々ジランドが避けた方向にリアネールの当てずっぽうで不規則な斬撃が飛び込んできた。
「―――っ!ぐっ!」
何の脈絡もない唐突な攻撃にジランドは避けきれず一撃をもらってしまう。左肩が先程のお返しとばかりに斬り返されてしまった。
「くっそぉ!一体何だって言うんだ!」
彼女は殺気を放たず意志も籠めず、ただひたすらに四方八方へ剣戟を繰り出しているだけであった。それ故剣の軌道こそ読みにくかったものの、超スピードで迫ることのできるジランドがその攻撃を受ける確率は極僅かであった筈だ。
そんな出会い頭の衝突が起きるのを期待するかのような攻撃を、聖騎士である自分が二度も喰らう筈がない。ジランドは苛立ちを募らせながら何度もリアネールへと接近するが、その度に予期せぬ攻撃を受けてしまう。
自分の意志を完全に手放し、剣を当てずっぽうに振り回すリアネールの攻撃は、まさに運任せと言ってもいい。だが実際にリアネールはその奇跡を何度も起こして見せた。それは彼女のスキル<幸運>による恩恵であった。
常人よりめっぽうついている彼女は、戦闘においてもその効果は十二分に発揮されていた。ジランドは先程までの恐ろしく鍛錬されたリアネールの真っ直ぐな剣を避けることは出来ても、偶然じみた博打攻撃を避けることができないのであった。
ただリアネールが実践したこの禁じ手は、あくまでも運に左右されるというのがネックでもあった。相手がそこそこ運のいい相手であったり、またはここでリアネールが討たれるのが運命であった場合は通用しない。<幸運>スキルはそこまで万能なものではないのだ。現に先程ジランドが思い切って踏み込んで攻撃をしていれば、リアネールは朽ち果てていたのかもしれない。<幸運>は彼女自身にもいまいち要領の得ない制御不能のスキルなのだ。
ジランドを無視する形でリアネールは恵二の元へと駆けつける。先程まで聞こえていた少年の悲鳴が止んでしまったことにより、彼女は焦りを感じていた。
(迂闊だったっす。てっきりケージさんは捕まっても殺されないと思ってたっす!)
四方八方へと攻撃を繰り出すのは大分体力を消耗させる。だが、このままでは自分は役目を全うできず、代わりに副団長を相手している恵二の身が危うい。そう判断したリアネールは必死に少年の元へと駆けつけると、そこには微笑を浮かべた女と、血と泥まみれで倒れている恵二の姿があった。




