そんな馬鹿な!?
魔物が出没するという噂の街道を突き進むダーナ商隊一行。時刻はそろそろ昼時となるが魔物はやはり全く現れなかった。これはやはり誰かの手によって討伐されている可能性がある。もしくは魔物が縄張りを変えただけなのか。
(そういえば、タナル村の森でも魔物が現れなかったなぁ)
以前ハーデアルトにあるタナル村付近の森を捜索した時のことを恵二は思い出す。あの時も魔物を見かけなかった。正確には逃げ帰った魔物らしい影を見たとのことだが。
(しかし、今回逃げたのは人間でほぼ決まりって話だし)
恵二たちが聞いた物音のした付近には、人間の足跡がくっきりと残っていたらしい。流石に追いかけるまではできなかったようだが、その先には恐らく盗賊団がいるのであろう。
(見張りは真っ先に始末される・・・か)
昨夜見張りをしている最中にそう脅かされたことを思い出す。しかし今は16人の冒険者全員で馬車の周りを護衛している。この場合相手が襲うとしたら誰からだろうと恵二は想像をする。
(やはりまずは弓矢とかで魔術師の喉元をグサリかな?後ろから狙う方が気づかれにくいか?)
そうなると最後尾の方を護衛をしている恵二とサミは危ないのではないかと考え込んでしまう。昨日でだいぶ打ち解けたのか、サミは隊列の後方でセオッツと一緒に並んで歩いている。周りを一応警戒しながらもああだこうだと2人で何か言いあっている。
「絶対ケージから狙われるって!」
「いいや、分断を狙ってまずは前の方にいるカンテさんから狙ってくるね!」
どうやら恵二と同じ事を考えていたのだろう。誰が最初に狙われるかを言い争っていたらしい。
「おまえら・・・。縁起でもない事言ってないで周囲を警戒してろ」
弓を背中に担いだリックが喧しい2人を戒める。
恵二は同年代のセオッツ、サミとベテラン冒険者リックの4人で最後尾の馬車を護衛していた。森側の前方を恵二、後方にセオッツ。反対側を前がリックと後ろにサミといった馬車を囲むような配置だ。
他の12人も残り3台の馬車を囲むように護衛している。恵二たちの護衛している4番目の馬車の乗員は馬を操縦している御者1名のみで、その他は全て商品や旅の食糧、備品などになる。その為か一番最後尾の位置についており、いざとなったら人命優先で荷を捨てても構わないとダーナから指示を貰っている。
(そんな場面が起きないに越した事は無い)
恵二は気を入れなおして森の方を警戒する。サミは時たま魔力探索を使って周囲を伺う。この魔力を使用した技は、周囲の魔力反応を探ることができる。しかし熟練度によってその範囲・質も変わるのだとか。また低レベルの魔物や気配を隠そうともしない相手には通用しても、魔力を抑えて行動する格上相手には通用しないのだとか。
一応恵二も魔力探索は使えるが使用せず、代わりに時たまスキル<超強化>で五感を強化し警戒していた。強化しすぎるとすぐに効果が切れるので、抑え気味で尚且つ時間の感覚を空けて増幅させていた。強化された視覚や聴覚を頼りに周囲を警戒をする。
「しっかしその盗賊団はよっぽど腕が立つのか、規模が大きいのかね。森が近いってのに全く魔物を見かけない」
そうぼやくリック。確かにこれだけ綺麗にここらの魔物を一掃したのだとすると、相当実力のある盗賊団なのだろう。
これは本気で警戒せねばと恵二は再び五感を超強化した瞬間――。
――恵二の強化された目と耳が、ヒュッと“何か”が飛んでくるのを捉えた。自然に身体が動きセオッツへと向かう恵二と“何か”。恵二はそれがセオッツに突き刺さる前にキャッチをした。掴んだ右手には凶悪な鏃のついた矢が握られていた。
『――っ!てっ、敵襲!!』
それを見たリックが大声を上げる。と、同時に大量の矢が森の中から降り注いだ。数えるのも馬鹿らしいほどの無数の矢が迫ってくる。しかし感覚を強化していた恵二はそれを全て捕捉していた。すかさず無詠唱で土盾を3つ間に張る。勿論事前に魔力量を強化して3つともサイズを大きくして出現させた。
3つの大きな土の壁が森からの矢を完全に防いだ。恵二たちが護衛していた馬車は咄嗟に馬を停止させ、うまくその土壁の陰に隠れる。更に恵二は前を走っていた3番目の馬車の所にも同じく3つの土盾を展開させる。これでしばらくは凌げるであろう。
「いたぞ!森の中に賊どもだ!」
セオッツは目が良いらしく視界の悪い森の奥にいる射手を見つけたらしい。そこへ突進しようとするがサミはセオッツの腕を掴み機先を制する。
「――っ!なにすんだよ!!」
「そのまま行ってもいい的よ。とりあえず防御魔術かけるから待ってなさい」
すぐさま詠唱を始めるサミ。リックはその間、相手の居場所をセオッツから聞きだし弓で応戦をするが多勢に無勢で戦況は宜しくない。
「ちっ!位置が悪い。撃ち合いじゃここは不利だ!数も足りない。前の連中はまだ来ないのか!?」
すぐ前の馬車では斧使いのダグラトとゴッシュ、他2名の冒険者が商人たちを引き連れて土盾の陰に隠れて矢の攻撃を遣り過ごしている。
「ゴッシュ!前の奴らは何してる!?早く応援をよこすよう言ってくれ!!」
そうリックが叫んだが、返ってきた答えは最悪なものであった。
「――無理だ!前方にも魔物の襲撃が来ている。とてもじゃないが応援なんて来れそうにない!」
「なんだと!?」
どうやら前方では魔物の襲撃が来ているらしい。完全に想定外の事態に驚きの声を上げるリック。
(そもそも魔物と盗賊がタイミングよく同時襲撃なんてあり得るのか!?)
余りの状況に息を飲む冒険者たち。恵二の横では、どうやらサミの魔術<光の鎧>の詠唱が終わりセオッツの周りは光の靄で覆われていた。
「とりあえずこれで通常の矢なら4,5本は受けても大丈夫なはずよ」
「サンキュー!」
「よし、嬢ちゃん。それをゴッシュたちにもかけてくれ。こっから届くか?」
「うーん、無理ね。離れすぎてるわ」
「なら俺が土盾を増やすよ。一旦あちらと合流しよう」
そう恵二が提案し魔術を発動しようとした直後、茂みの奥から数名の賊が飛び出してきた。
「――っ!」
咄嗟に魔術を切り替えて火弾を相手に放つ。襲撃者は全部で5人おり、その内の1人に火弾が着弾する。
「ぎゃあああああああああぁぁ!」
あっという間に火達磨になった1人が壮絶な悲鳴をあげる。それを見た恵二は一瞬しまったと思ってしまった。咄嗟の事とはいえ、初めて人に魔術を放ってしまった恵二。一瞬だが思考が停止してしまう。
しかしその間に襲撃者たちは土盾に隠れている恵二たちの元へ詰め寄せてくる。
(――っ!何ぼうっとしてるんだ!!)
慌てて腰の短剣を抜き接近戦の用意をする恵二。リックは弓で近づかせまいと応戦するがあちらも魔術で防御しているのか、靄のようなものに弾かれてしまう。
「――炎槍!」
いつの間にか詠唱をしていたサミが炎の槍を襲撃者に放ち1人火達磨になるが、残り3人の賊がついに剣の間合いまで踏み込んできた。襲撃者たちはそれぞれ違った形のショートソードを手に持っている。
「接近戦ならまかせろ!」
そういってセオッツは襲撃者の元へと駆けて行く。
(1人で3人は無理だ!)
慌てて恵二も後へと続くが、なんと横にいたサミまで短剣を手に持って相手に迫る。無茶だと制止しようとしたが、すぐ目の前にいる敵がそれを許さなかった。相手も3人こっちも3人で丁度1対1の形になる。
(――まずは目の前の奴だ!)
早く目前の敵を排除して二人の助けに入らねばと思い、恵二は身体強化のギアを一気にあげる。以前にAランクの大蛇を倒した時に使用した3割ほどの力まで上げた。いくら戦闘に身を置く賊とはいえ、今の恵二の動きを見切れるはずもなく一瞬で武器を持った利き腕を失う。
(とりあえず、利き腕をぶった斬っとけば大丈夫だろう)
まだ命のやり取りには抵抗のある恵二。マジッククォーツ製の短剣で相手の右腕を斬り飛ばす。堪らず斬られた個所を抑えながら悲鳴を上げて倒れる襲撃者。
1人戦闘不能にさせた恵二はすぐさまセオッツとサミの方を見ると、既に勝敗は決していた。
セオッツは相手のショートソードを剣で弾くとすぐさま返しの剣撃で賊の首を刎ねる。まさに瞬殺であった。どうやら接近戦が得意だと言っていたのは伊達ではなかったようだ。
サミの方は流石に接近戦では分が悪いのか少し苦戦をしていた。しかし相手の攻撃をなんとか短剣で凌いでいると、横からリックが至近距離で矢を賊に射る。至近距離の為、魔術の防御では防げなかったのであろうか。矢は賊の横腹に突き刺さり思わず動きを止めたその隙に、サミは短剣を相手の喉元に突き刺す。
3人の見事な戦いぶりに、呆気に眺めていた恵二。しかしすぐさま大きな声が聞こえてビクッと身体を震わせる。
『ケージ!そっちと合流したい。間のスペースに土の壁を増やせねーか?』
斧使いダグラトが大声で恵二に呼びかける。どうやら向こうにも襲撃があったようだが、なんとか撃退したようだ。すぐさま土盾を増やしていき安全地帯を増やしていく。それを使い、飛んでくる矢をなんとか凌いでダグラトたちがこちらに合流をする。
「よし!とりあえず人数は揃ったな。嬢ちゃん、防御魔術お願いできるか?」
リックの問いにサミはすぐさま答える。
「分かった。でも人数分かけると、もうほとんど魔力が残らないわよ」
「・・・しょうがねえ。まずは向こうの射手をなんとかしねーと・・・」
「ケージ。お前まだ魔術撃てるのか?」
ダグラトが恵二に問いかけ、どう答えるか少し考える。
恵二は普段、火弾は極少量の魔力で生成し、それから効果を強化して放っている。逆に土盾は魔力量を強化してからそのまま生成していた。それに先程は咄嗟の判断でかなりの強化をかけてしまっている。どちらもかなり多用しており、魔力量・スキルの使用量共に恐らく残り僅かであろう。
「後5発はいける・・・と思う」
魔術を放つ事だけに専念すれば、まだいくらでも放てるであろう。しかし感覚や身体能力の強化は大分エネルギーを使う。それを計算して後5発と目星を付けた恵二。
「ならケージと嬢ちゃん、それとリックは後衛で残りは森の中に突撃をするか?」
「いや、向こうには魔術師もいるはずだ。魔術の使えない戦士タイプだけで行くのは自殺行為だ」
ダグラトの提案にリックは待ったをかける。リックは少し思案した後こちらを向き言葉を紡ぐ。
「ケージ。出来ればお前も行ってくれないか?こっちからも最大限フォローする」
どうやらリックは恵二と襲撃者の戦闘を見ていたようだ。あの動きができるのなら魔術師である恵二を前に出しても問題はないだろうと考えたのだ。
また人を相手にするのかと少し躊躇いはした。しかしそれはここに残っても同じ事だと悟り、恵二はその提案に無言で頷く。
「よし!なら嬢ちゃんの防御魔術が全員にかかり次第、合図と同時に突撃だ。まず射手を減らすが、もし魔術師を見かけたらそいつを最優先で始末しろ!」
『おう!』
リックの作戦に一同は頷いた。
「――光の鎧!これで全員かかったわ」
最後の1人が光の靄に包まれるとリックがカウントを始める。数がゼロに近づくにつれ、短剣を握っている手に思わず力が入る恵二。
「――3、2、1、・・・行け!」
その言葉と同時に土の壁から一斉に駆け出す6人の冒険者たち。向こうもこちらの狙いを察して近づかせまいと矢の雨を降らす。しかしすぐさま後ろから援護が入る。
「――光の玉!」
サミが残りの全魔力を振り絞って放ったのは光の初級魔術<光の玉>であった。通常暗い所を照らすための魔術だが、サミの残り全魔力を使って放ったそれは過剰なまでの光を発していた。強烈な光に目を取られ、矢を正確に放てなくなる森の向こうの射手。恵二たちは光の玉を背にする形で走っていたのでその影響は無い。
サミの機転で矢の牽制が弱まると、冒険者たちは一気に加速し森の中へと踏み込む。早速目の良いセオッツは木の上にいた射手を見つけ駆けて行く。しかし、直後セオッツから驚きの声が上がる。
「そんな馬鹿な!?」
セオッツの驚きの声に戸惑った冒険者たちは、すぐその後に少年が声を上げた理由に行きついた。
「骸骨の弓手だと!?何で不死生物が真昼間からいやがる!」
そう、てっきり盗賊の類だと思っていた森の射手はなんと不死生物の魔物であった。




