問題ばかり起こすから
またしても投稿遅れて申し訳ないです。
突如現れた聖騎士の一人、副団長のミグゥーズと名乗った女の勧告に一同は呆気にとられた。
「……何だ?あのイカれた女は?」
ダンの戸惑いに答えたのはミルトであった。
「副団長のミグゥーズ。妄信的なまでの信奉者ですがその実力は折り紙つきです。彼女は高位な神官であると同時に魔槍を自由自在に操る武人であり、優秀な魔術師でもあります。どうか油断されませんよう……」
ミルトの言葉に一同はその女への警戒を強める。
(そういえば、聖騎士は全員が神聖魔術使いって話だったな。今は<神堕とし>の影響下でろくに使えない筈……。いや、ミエリスも僅かにだが使えていた。上位の聖騎士である連中はそれ以上と考えた方が無難か?)
先程自分が狙われたということもあり、恵二はその6人を油断なく観察しながら、頭の中で聖騎士についての情報を思い出していた。
<聖教国騎士団>通称“聖騎士団”。その総員は47名ぴったりで欠員メンバーが出るとすぐにその人数分補充されるのだそうだ。何でも47という数字はアムルニス教団にとっては縁起の良い数字だそうで、先の救出した見習いたちが挑んだ儀式の階層も47階層だ。その由来はどうやらアムルニス神が人から神の身に生まれ変わった時の年齢が47歳だからだそうだ。
その47人の聖騎士団は全員が神聖魔術を一定以上のレベルで使いこなし、武術にも優れている騎士であった。更にはその一人一人に特殊な魔術武装が与えられているのだという。その全ての武器が白で統一されているそうだが、形や効果は様々なのだそうだ。准聖騎士は何時か自分専用の魔術武装を手に入れる為、日々厳しい訓練を続けているのだとか。
(あの女の武器は槍か……ミルトは魔槍って言ったか?どういった能力だ?)
恵二と同じ疑問を持ったのかリアネールが先にミルトへと尋ねるも、彼女は首を横に振って答えた。
「すみません。彼女の、といいますか聖騎士が魔術武装で戦うのは何分稀なことでして……あまり情報は持っていません」
なんとも使えない諜報員?であった。
「さて、どうする?連中、見逃す気は全く無いようだが、さっきまでのポンコツどもとはさすがにわけが違うぞ?」
「参ったっすね。こんなことならギルド本部に寄って制約を解除してもらうんでしたっす……」
珍しく弱音とも取れる謎の言葉を吐くリアネールにダンは過剰に反応をした。
「―――はあ!?まさかお前も制約受けてんのか!?嘘だろ!?」
「……“も”って、もしかしてダンさんも制約を受けてるっすか?」
Sランクの二人は何やら良く分からない会話を始める。どうやらその内容は恵二だけでなく、同行者であるパイルたちにも理解できないようだ。
「―――ちっ、最悪だ……。撤退だ、撤退!お前ら、逃げるぞ!」
さっきまで強気であったダンが突如撤退の二文字を口にした。いきなりの弱気な発言に他の冒険者達は眉をひそめるも、向こうは待ってはくれないようだ。
「……どうやら彼らはこちらの要求を受けてもらえないようですね」
ミグゥーズの言葉に他の聖騎士は肩をすくめて答えた。
「当たり前でしょう……。それと副団長、冒険者たちを殺すのも無しですよ?止む無くなら兎も角、一応生け捕りにしてくださいよ?」
心底呆れたように男が答えるも、彼女は涼しい顔のままこう返した。
「それは神がお決めになることです。結果彼らがここで命果てるのなら、そういう運命だったのでしょう。―――アイン、まずは馬を狙いなさい!」
「了解しました」
副団長の命令にアインと呼ばれた男は即答すると、なんとその場で剣を振るった。
聴力を強化したままの恵二は今の会話を聞きとると直ぐに他の者へ警告をした。
「―――っ!?あいつら、馬を狙ってるぞ!」
「―――!」
「くそっ!」
恵二の言葉に咄嗟に反応できたのはSランクの二人と馬の傍に居た冒険者のガイであった。ダンとリアネールは敵の意図を瞬時に理解すると、貴重な足である馬を守る為連中との間に割って入る。その直後、遠くにいる聖騎士団の方角から視認し辛い風の刃が飛んできた。
「―――オラア!」
「せいっ!」
その刃をダンとリアネールは剣戟で防ぐも如何せん数が多い上にとても視え辛い。何枚かの風の刃は二人の守りを抜けると奥にいる馬へと襲い掛かった。
「ぐあああああっ!」
男の悲鳴に思わず恵二は振り返ると、そこには首や胴体を分離された馬の死骸と腕を斬り飛ばされたガイの姿があった。どうやら馬を逃がそうとしたところに運悪く風の斬撃を受けてしまったようだ。
「―――ガイ!」
「くっ!これじゃあジリ貧っす!」
あっという間に馬を半数まで減らされてしまった。このままでは離脱も難しいと判断した恵二はありったけの魔力を籠めて土盾を複数展開させた。
「―――全員、この中に避難しろ!」
恵二が呼ぶまでも無く避難場所を見つけた一同は素早くその壁裏へと集まった。壁の向こうから衝撃音が響いてくる。どうやら邪魔な土壁を破壊するべく風の斬撃を繰り出しているようだが、かなりの魔力を使い、更に強化して展開させた恵二自慢の守りはそう簡単に破られない筈であった。
「ぐうう……っ!」
「畜生!ガイ、待ってろ!」
斬り飛ばされた右腕の傷口を押さえながら痛みに耐えているガイにダンは語りかけると、マジックポーチから赤い液体の入った瓶を取り出した。おそらくポーションであろう。
だがポーションは高額な上、部位欠損まで回復するような伝説級のアイテムは早々出回ってはいなかった。おそらくダンが所持するそれは錬金術師が調合した市販品のものであろう。とても高価な物であるのに変わりはないが、あれではせいぜい傷口を塞ぐので限界な筈だ。
「ダン先輩、俺が回復させる!俺の<天の癒し>なら―――」
「―――いいえ、それは駄目っす!」
神聖魔術で回復させると申し出ようとした恵二をリアネールは止めた。
「今は非常に拙い状況っす。ケージさんの魔力はとても貴重っす。使いどころを考えて欲しいっす!」
「使いどころって……!ガイさんが怪我してるんだぞ!?それを治すのが悪いのか!?」
恵二は思わずリアネールへ問い詰めるも、それを止めたのは意外にも腕を失ったガイ本人であった。
「―――いや、構わない……!俺じゃあ腕が治ってもどの道戦力になりそうにない……。旦那のポーションも……不要だ……!」
痛みで涙を零し青い顔をしながらもガイはそう主張した。それ程事態は切迫しているのだと冒険者であるガイも理解していたのだ。しかしダンはそれを聞き入れなかった。強引にガイの斬られた腕を取ると、その傷口に高価なポーションを惜しみなく降りかけた。
「ぐっ!だ、旦那……どうして……!?」
「馬鹿野郎!ポーションはまだあるから余計な心配するな!それにその傷じゃあお前が死んじまうだろうが!」
ポーションを掛けられた傷口は凄まじいスピードで再生を始めるも、さすがに恵二の神聖魔術ほどの奇跡は起こらないのか、止血し傷口を塞ぐので精一杯であった。
「くっ、済まねえ!二度も腕を失うとは……不覚を取っちまった!」
申し訳なさそうにするガイにダンは厳しい言葉を告げた。
「つまんねえこと言ってる暇があったら、さっさとこの場を離脱する算段でも考えやがれ!とにかくお前たちはミルトを連れて馬で離脱しろ!丁度4頭だけ残っていやがる。殿は俺たちに任せろ!」
ダンは同行していた冒険者にミルトと共に逃げるよう指示を出す。最初はそれに抗議しようとしたパイルであったが、聖騎士を直に見た正直な感想は“自分たちが手に負える相手ではない”というものであった。
「くっ!旦那たちも無茶しないでくれよ?」
「ああ、狂信者どもなんかに掴まるのは御免だからな。お前達はギルド本部に行って応援を寄こしてくれ!」
「―――すまねえ!」
そうと決まれば冒険者たちの行動は早かった。土壁の影に退避させていた馬に跨ると、ミルトを連れて全速力で馬を飛ばした。
しかし壁の裏側から出てきた逃亡者をみすみす逃すほど聖騎士団も甘くはない。
「―――アイン!」
「分かっております!」
ミグゥーズの指示でアインは更に斬撃を飛ばす。どうやら彼の武装は風の秘術が籠められた剣のようだ。それを振るうことにより風の刃を飛ばしているのだ。
幾重の斬撃が冒険者たちへと襲い掛かるも、それをただ指を咥えてみているダンではなかった。
「ふんっ!」
大剣でその斬撃を次々と迎撃してみせた。先程までは視認し辛いその攻撃も、さすがにこう何度も見せられればSランクのダンにとって対応する事は造作もない事であった。
そしてダンの行動は防御だけには留まらない。風の刃を防ぎきると、今度はこちらの番だと言わんばかりに雄たけびを上げた。
「ガアアアアァァ―――ッ!!」
それは先程ダンが見せた咆哮による魔力砲撃であった。その名も<咆哮烈破>。自身のスキルである<咆哮>と生まれ持った莫大な魔力量を掛け合わせた融合技であった。
ダンの口から発せられた破壊の雄叫びは一直線に聖騎士たちの元へと向かっていった。
「―――メット!」
「おうよ!」
ミグゥーズの指示で今度は別の聖騎士が前へと躍り出る。彼は准聖騎士と同じ支給品の白い剣を持っていたが、それとは別にもう一つ白い武装を所持していた。
「―――盾か!?」
メットと呼ばれた聖騎士が純白の大盾を前面に展開させると、他の者はその後ろへと避難をする。すると一体どういう仕組みなのか大盾は更にその面積を拡張し6人の聖騎士をすっぽりと覆う形で立ち塞がった。そしてあろうことかダンの<咆哮烈破>を真正面から防ぎきったのだ。
「あれを凌ぐっすか!?」
これにはさすがのリアネールも驚いていた。一方咆哮を放った本人であるダンは面白くなさそうな顔をしていたが、どこか冷静でもあった。
「……拙いな。魔力に制約がある内は、あれが俺の限界だ。硬すぎだろ……」
お手上げといった様子でダンは嘆いた。その言葉に反応したのはリアネールであった。
「やはりダンさんもっすか。私も魔力を制限されているっす。全くギルドマスターにも困ったものっす!」
「……なあ、その制約って何だ?」
さっきから気になっていた事を恵二が問うと、尋ねられた二人はお互いに顔を見合わせた後、気まずそうに説明をした。
「私やダンさんSランク冒険者の一部には、魔力を制限している制約がかけられているっす」
リアネールの返答に恵二は驚いた。
「―――な!?どうして!?」
それが本当だとしたら、二人は命が懸かったこの非常時に全力が出せないことになる。一体またどうしてギルドマスターは彼らにそんな戒めを課しているのだろうかと問い詰めた。
「まぁ……ぶっちゃけると、問題ばかり起こすから?」
「お前は少し加減というものを覚えろと説教された上、魔力を封じられたっす」
「全部二人の自業自得じゃないか!?」
恵二は思わず天を仰いだ。これから強敵を相手するというのに肝心な主力二人が実は万全ではなかったというのだ。何でも二人は日頃問題を起こしている為、ギルドマスターとの魔術による契約でその魔力量を制限されているのだという。この契約効果は絶対であり、基本ギルドマスター本人以外では解除ができないのだという。
「かなり大がかりな任務や危険な魔物の討伐時には、わざわざ本部まで行って制約を解除してもらっていたっす」
「俺もギルドマスターに制約かけられちまったままだなぁ。普段そのままでも別段問題ねえからすっかり忘れてたぜ……」
「あー、もう分かったよ……。それで?どれだけ制限が掛けられてるんだ?」
今もこうして話している間に聖騎士たちはこちらへ攻め入ろうと様子を伺っている。先ほどダンが放った<咆哮>は防がれてしまったが、それでも脅威と感じたのか直ぐに向かってくる気配は感じられない。そのお蔭で他の冒険者たちやミルトを逃がすことには成功をした。
「魔力量を半分くらい押さえられてるっす」
「俺も同じくらいだな」
その言葉に恵二は度肝を抜かされる。二人とも相当の魔力量を持っていたが、それがなんと5割くらいだというのだ。とくにダンの魔力量は凄まじく、リアネールも自分と同じくらいに制限されているとは思ってもみなかったようだ。
「ダンさん半端ないっすね……」
「あー、まあ俺は生まれがちと特殊でな……。その所為でガキん頃から冒険者なんて稼業に身を費やしてるんだが……戦闘で困った思いは正直したことが無いな」
それはまさしく強者の言葉であった。彼は生まれつき魔力量や体格にも恵まれ、その上<咆哮>というスキルまで授かっていたのだという。神に二物三物と与えられたこの男は、傲慢に育っても何らおかしくない程全てを持ってはいたが、情に厚く優しい心も持ち合わせていた。もしかしたらその“特殊な生まれ”とやらが彼をこのような性格へと導いたのだろうかと恵二は詮索するも、今はそんな余裕はなかった。
「―――っ!連中、動き始めたようっすよ!」
リアネールの言うとおり、彼ら6人の魔力反応が迫ってきていた。どうやら遠距離での撃ち合いではお互いに屈強な守りがある故、埒が明かないと考えたのか接近戦を仕掛けるようだ。
「お喋りはここまでだ。嘆いていても仕方ねえ。今ある戦力で奴らを凌ぐぞ!」
ダンはそう告げると、残された僅かな時間で簡単な作戦を打ち立てた。予めこちらの手札や武器はある程度だが共有し合っている。恵二も瞬間的になら、どんな相手にも負けない切り札があるとだけ告げていた。使用量や時間に限りはあるものの、スキル<超強化>を全力行使すれば、どれほど相手の防御が優れていようと打ちのめせる自信があった。
それを踏まえて打ち出されたダンの作戦とは、とても信じられないものであった。




