まるで盗賊団
「カムール・アスラ枢機卿?」
「ええ、おそらく今回の元凶だと思われる人物です。先程あなた方が救出されたケーニン・アスラ見習い神官の実父です」
街から少し離れた岩場で一時的に身を潜んでいた恵二たちは、教会の内情に詳しいであろうミルトに今回起こった騒動の背景を尋ねていたのだ。
「さっきの派手な神官服を着飾っていた男がアスラ枢機卿です。おそらく教皇を陥れるために今回の騒ぎを画策したのでしょう」
「……俺らは体のいい政権争いの道具にされたってことか?」
若干怒りの籠った言葉でダンはミルトへと尋ねる。この少女へと当たっても仕方がないのだが、二人の仲間を失ったダンのやり場のない怒りが伝わってくる。
「冒険者の皆様には不快な思いをさせて大変申し訳なく思っております。ですが教皇の依頼自体は偽りではなく本当のことだったんです。そこを枢機卿に付け入られたのでしょう」
確かにダンジョン内に取り残された見習いたちが、実は演技で冒険者たちを謀ったとは到底思えない。
しかし今回は色々な偶然が重なりすぎていた。
「アンデッドは?奴等が現れたのは枢機卿の差し金っすか?」
「───まさか!いくら何でもそこまでは堕ちていないと思いたいですが……」
リアネールの言葉をすぐに否定したミルトだがその言葉は弱々しい。もしかしたらと彼女は少しだけ考えてしまったのかもしれない。それほどそのアスラ枢機卿とやらは形振り構わない性格なのだろうか。
だがリアネールのその発言をダンも否定した。
「それはいくら何でもねえんじゃねえのか?第一奴らが人の言うことを大人しく聞くようなタマには思えねえな」
「んー、考えすぎっすかねぇ……。まぁこうなった以上ダンジョンのことは教団に任せる他ないっすね。私達は無事この国を出ることを考えるっす」
その言葉にダンは顔をしかめながらも同意した。死亡した二人の敵を取りたかったダンだが、さすがにこの状況で無茶をいう程無鉄砲ではなかった。それよりは生還した他の冒険者たちの安全確保が先決だ。
「ミルトさん、俺たちを追ってきている……<黄金衣聖騎士団>、だっけ?そいつらはどれくらいの数がいるんだ?そこまで強そうには思えなかったけど……」
恵二は前にグランナガンの聖騎士団についてガエーシャやエアリムから簡単にだが話を聞いていた。何でも大陸最強とまで言われるほどの部隊だと聞いていたのだが、正直先程倒した者たちはハーデアルト王国の騎士よりも劣っているように思えた。
「……<黄金衣聖騎士団>の総員は500を超えると聞いております。その殆どが南部にある街<カハール>に駐在している為、聖都にいる騎士はそんなに多くはない筈です。騎士団の中では一番大所帯な部隊ですが、その分単騎での実力は最も劣る部隊だと思われます」
「なるほど、数だけ多くて質は悪いっすか。案外簡単に抜け出せそうっすかね?」
リアネールの楽観的な言葉にミルトは首を横に振った。
「いえ、それでも実力者は何人かいる筈です。それと気になるのは<王国騎士団>も加担していたことですね」
「……確か王族の直属部隊っすよね?基本、城の警備をしているだけの騎士団じゃないんすか?」
グランナガンには教団という一大勢力の他に王族も存在する。力こそ教団より無いものの、あくまでも形式上は王が統治する国家なのだ。全くの無力という訳ではないのだろう。
「王家の騎士団は教団とは全く違う組織なので詳細は分かりませんが、領土一つを攻め入るくらいの力は持っている筈です。<黄金衣聖騎士団>と一緒に行動されると厄介ですが、何よりも気がかりなのは“聖騎士団”の動向ですね」
「聖騎士団?」
一体どこのという意味で恵二が尋ねるとリアネールが分かり易く解説をしてくれた。
「ケージさん。一般的に“聖騎士団”という呼称は“聖教国騎士団”のことを指すっす。それ以外の聖騎士団と名が着く部隊は全部おまけみたいなもんっすよ」
どうやらそれはこの世界の一般常識だったようで周りの者も彼女の言葉に異論を唱えなかった。しかし何も<青碧瞳聖騎士団>の見習いであるミルトの前で“おまけ”扱いしなくてもいいのではと思うも彼女は別段気にした素振りを見せていなかった。
(……おまけ扱いが当然ってことか?それとも彼女はそもそも聖騎士団見習いじゃない?)
未だ正体が不確かなミルトの存在は気になるものの、今は彼女の話に集中をする。
「もし聖騎士団が動くとなれば、国外へ逃げるのは難しいでしょう。シリウス団長がいらっしゃれば枢機卿の思惑に加担するような真似はしないと思うのですが、聖都にはミグゥーズ副団長しかいらっしゃらないと聞いております……」
「その副団長ってえのはアスラの話に乗っかってくる可能性があるっていうのか?」
ダンの問いにミルトは少しの間沈黙すると首を横に振った。
「分かりません。彼女の行動は全く予想がつきません。ただひとつ言えることは、彼女は妄信的なまでに信奉者だということです。彼女の行動理念は何時も“神の為”、これだけに尽きます」
「彼女?副団長は女か……」
「つまりは狂信者っすね?相手にしたくない輩っす……」
ダンは女性と一戦交えるのは気が乗らないのかげんなりとし、リアネールは相手が狂信者かもしれないと思うとそれ以上にげんなりとしていた。
「ええ、極力聖騎士団との戦闘は避けたいところです。ここは―――」
「―――おい!連中のお出ましだぜ!」
ミルトの言葉を遮る形で斥候に出ていた冒険者ガイの報告が重なった。どうやら追手が来たようだ。
「どこの部隊だ?」
「馬は所持しているっすか?」
Sランク二人に質問されたガイは軽い笑みを浮かべて答えた。
「金色の武器を所持している。その黄金衣聖騎士団ってやつだろうな。ご丁寧に馬に乗ってきているぜ?」
これで足が確保できると冒険者たちはニヤリと笑みを浮かべた。岩場の影から様子を見つつ悪そうな笑みを浮かべる様は、傍から見れば完全に盗賊のそれであった。
「……皆さん。できれば殺生は無しでお願い致します……。中には枢機卿に騙されて行動している者もいる筈ですから……」
「……まぁ余力があったらな」
「さっきみたいに弱っちい連中なら楽勝なんすけどねぇ……」
先程恵二たちを移送していた者たちを弱小扱いしているリアネールであったが、おまけ扱いとは言え聖騎士団を名乗る者たちだ。一介の冒険者よりかは断然腕が立つ。それを“弱っちい”扱いできる彼女が強すぎるのだ。
「まずは俺が連中の動きを止める。馬七頭は無傷できっちりと確保しろよ?」
先陣を切ると宣言したダンに一同は無言で頷いた。それを見たダンはすぐに行動を開始した。
『グルアアァァ――ッ!!』
それは迷宮内で聞いた<咆哮>とは少し違っていた。大声であることは確かなのだろうが、指向性があるのかこちらの方には声が全く響いてこない。逆に追手である黄金衣聖騎士団には<咆哮>がしっかりと届いていたのか、全員がその余りの大声にギョッとし馬は思わず足を止めた。
「――――くっ!?」
「なんだ?この馬鹿でかい声は……!?」
「おい、足を止めるな!動け!」
騎士たちの狼狽した姿を確認するとリアネールを筆頭に冒険者たちはすぐ行動に移した。
「―――!?て、敵襲ぅ!」
「例の冒険者たちだ!」
「くそ!馬が全く動かねえぞ!?」
足の止まった騎士など上級ランクの冒険者相手では単なる的でしかない。馬を傷つけないように恵二たちは馬上の騎士たちへと攻撃を加えていく。
「ええい!総員馬から降りろ!相手はこちらの半数以下だ!なんとしても―――ぐはっ!」
指揮官らしき男の声は途中で遮られた。ダンが指揮官と思われる男を大剣の横っ腹でかっ飛ばしたのだ。
「おらぁ!テメエら命が惜しければ馬を置いて逃げやがれ!」
「さっさと馬から降りてとっとと降伏するっすよ!」
(うーん、これ完全に盗賊団だろう……)
事情を知らない者が見れば冒険者崩れの一団が騎士団を襲っている構図にしか見えない。だが馬の確保は必要な為、恵二はあえて口には出さずその行為に加担をした。ただ一人、ミルトだけは完全に顔を引きつらせながら戦闘を見守っているだけであった。
「……これで大丈夫でしょう」
傷付いた騎士団の応急処置を終えたミルトはそう呟いた。
あっという間に騎士団を無力化し終えた恵二たちは騎士たち全員を縄できつく縛った。必要な数だけ馬を確保すると、ダンが今度はまた別の<咆哮>を発動させる。すると余った残りの馬はその声に驚いてその場を一目散に去ってしまった。これですぐに追うことは完全に不可能だろう。
(<咆哮>にも様々なバリエーションがあるのか。便利なスキルだなぁ)
仲間の能力を底上げする、敵を威嚇し動きを阻害する、相手を驚かせ混乱させるといった少なくとも3パターンがあるようだ。
「よし、テメエら!さっさと馬に乗ってこの場をずらかるぞ!」
「まるで盗賊団の頭っすね。凄く板についているっす」
リアネールも恵二と同じことを思っていたようでついそう呟いた。それをダンは聞こえなかったのか、それとも聞き流したのか全員が馬に乗った事を確認するとさっさとその場を離脱し始めた。
「このまま暫くは南でいいんだな?」
ダンの言葉に隣で馬を併走させているミルトが答えた。
「ええ!一先ず南に真っ直ぐ向かってください!その後西側を回ってから北上をします!」
話し合いの末、一行が目指す場所は北西にあるノーグロース通商連合国に決まった。ノーグロースには飛行船場もあり、エイルーンへと戻るにも恵二にとっては都合がいい。何よりも冒険者ギルドの総本山であるギルド本部もある。教団といえども迂闊には追ってこれない地なのだ。
中央大陸の一番南西に位置するノーグロースは南に逃げてもその先には海しかない。一旦西側に回り込む必要があるのだが、あちらも当然その事は予想しているのだろう。
「まぁ向こうも九割がたはノーグロースに逃げるって思ってるだろうがな」
「ここからはスピード勝負っす」
冒険者たちは馬を全速力で飛ばした。恵二も昔テラードから馬車の操縦を習う際、ついでにと馬術も習っていた。他の冒険者たちほど上手く乗りこなせなかったが、自分で直接操縦している分には不思議と酔わない性質なので、とても気分よく乗っていられた。異世界の草原を馬で駆けるといった爽快感に、こんな非常時に不謹慎ながらも恵二は少し楽しんですらいた。
ミルトも本当かどうかは定かではないが聖騎士見習いを名乗るだけあって馬の扱いには慣れている様子だ。恵二と同じ様に他の者もミルトの存在を気にしていたのだろう。この際にと代表してリアネールが尋ねてみた。
「ミルトさん。一つ伺いたいっすけど、貴方は一体何者っすか?」
「―――と、いいますと?」
リアネールの神妙な表情にミルトは何かを感じ取ったのか、声のトーンを少し落として聞き返した。
「貴方は聖騎士見習いと名乗ってたっすが、私はどうも違うように思えてならないっす。それに教団関係者は教皇の娘さんを除いて誰一人貴方の事を知らないようでしたっす」
「……」
リアネールの問い詰めに彼女は無言のままであった。
(そうなんだよなぁ。余所者が立ち入れないダンジョンの案内人を請け負うくらいなんだから、余程の人物だと思うんだけど、皆彼女の事を知らなそうな態度を取っていたんだよなぁ……)
何より決定的なのは、同じ青碧瞳聖騎士団の見習いであるミエリスもミルトのことを知っているようには見えなかった事だ。はっきりと尋ねた訳ではないが、彼女の性格からして同僚が助けに来てくれたのに会話の一つもないのはどう考えても不自然だ。故に少なくとも彼女は青碧瞳聖騎士団の見習い騎士なんかではないのだろう。
「最後に気になることが一つ。貴方は暗殺者か諜報員の類じゃないっすか?」
「―――!?」
それにはミルトだけでなく恵二や他の冒険者たちも驚かされた。こんな少女がまさか闇組織の一員だなどと誰が思うのだろうか。ダンはリアネールと同じことを考えていたのか特に驚いた様子を見せてはいなかった。
続けてリアネールが問い詰める。
「その足運びは見事としか言いようがないっすね。平時は“普通”を装って音を立てて歩いているようっすが、咄嗟に足音を消す癖が稀に出ていたっすよ。そんな動き、余程の訓練を受けていないと身に着かないっす」
「……参りました。さすがはSランクの冒険者様ですね」
リアネールの追求に観念したのか、ミルトはそう口にした。
「私の所属についてはお話しできません。禁じられておりますので……。ですが私はあくまでも教皇よりの立場だとお考えください。今回私に与えられた任務はダンジョンに取り残されたシンドリー様を救出すること。これは神に誓って本当の事です」
彼女は立場を偽ってはいたものの、その目的自体は本当なのだと神に誓って宣言をした。
「今あなた方と行動を共にしているのは私にとっても不測の事態なのです。上司には既に連絡を取りましたので、時間さえ稼げれば救援が来ると思うのですが……」
何時の間にその連絡とやらを取ったのか、どうやらこの状況は彼女の上司にも報告済みだという。それならば時間さえ立てば教皇か、それに近しい立場の誰かが助け船を出してくれるということなのだろうか。
「それじゃあ今ここで逃げるのは不味かったっすかね?随分暴れちゃった気がするっすが……」
「ええ、できればもう少し大人しくして頂けると助かったのですが……個人的には良かったとは思います。私達は無事に解放されるでしょうが、ケージさんの身だけは保証できかねますので―――」
「―――え?俺、だけ!?」
ミルトの話に恵二は唖然とする。しかしそれを当然だと言わんばかりにミルトはこう説明を続けた。
「今回の騒ぎは云わば政争ごとの巻き添えですが、ケージさんが神聖魔術を使えるという一点につきましては全くの別問題です。教団としてはどうしても貴方にお話を聞きたいと思うでしょう。中には強引な手を使う者もいる筈です。それほどこの状況下で神聖魔術を使えるということは異端なのです」
「……マジっすか」
ミルトの説明に打ちのめされる恵二。思わずリアネールの口調が移ってしまった。つまりはミルトの上司の力とやらで冒険者たちとの遺恨は取り除かれるだろうが、恵二自身は狙われ続けるだろうと彼女は警告をしたのだ。
「そんなことはさせないっすよ!ギルド員はギルドの保護下にあるっす。ケージさんの協力が欲しければ、きちんとギルドに申請をするっすよ!」
そう息巻くリアネールにミルトはこう切り返した。
「では、正式に申請をすればケージさんに協力をして頂けるのでしょうか?何しろ事は教団の存続に関わる問題でもあります。神聖魔術が使えない今、教団の運営は非常に苦しいのが現状です。今回の<神堕とし>はそれほど期間が長いのですよ。教団はそれこそ死に物狂いでケージさんの秘密を知りたがると思います」
ミルトの言葉にリアネールは言葉を詰まらせ恵二の方を見る。
「……ケージさんはどう思うっすか?きちんと対応してくれるのなら協力してもいいと思うっすか?」
これには恵二も参ってしまった。
(いや、これ詰んでるだろう……。この状況下で神聖魔術を使えるようになるには、アムルニスの信仰を捨てるのが絶対条件だ。でも、言えるわけねえ……)
アムルニスを信仰とする教団に“お前ら、今日から他のものを信仰しろ!”などと言えるわけがなかった。かといって“亀を信仰として神の奇跡を使ってます”などと説明をして相手が大人しく引き下がるとも思えなかった。
教皇が噂通りの人物なら表立って異端者扱いされることはないだろうが、アスラ枢機卿や狂信者であるという聖騎士団の副団長は恐らく黙ってはいないだろう。
「……すまん。詳しくは言えないが、俺がそれを話したところで教団の連中が神聖魔術を使えるようになるとは思えない。むしろ火に油を注ぐ事態になりかねない……」
「―――!?それは……参りましたね……」
どうやらミルトもお手上げのようだ。一応上司にはその旨を伝えてくれるそうだが、果たして他の者がその言葉だけで納得するかどうかは保証できないそうだ。
「やはりこのまま逃げるのが正解か。捕まっちまったら俺らは兎も角、最悪ケージは火あぶりにされかねねぇ」
「怖いこと言わないでくださいよ!」
そう口に出されると恵二は不安で仕方がなかった。迂闊にも神聖魔術を使ってしまった少し前の自分を罵りたい気持ちで一杯だ。
そんな事を考えていると―――
「―――来やがったぞ!追手だ!」
どうやら神は後悔をする間も与えてはくれないようだ。恵二の試練はまだ続く。




