よくもぬけぬけと
「出てきたぞ!一斉に取り掛かれ!」
「最悪、小僧以外は殺してもいいという御命令だ!」
冒険者たちが姿を見せると騎士たちは騒ぎ立てながら動き出した。一方の冒険者たちはそれぞれ違った方角に各自散り始めた。
「いたぞ!9時の方向だ!」
そう声を上げたのは冒険者のガイであった。どうやら彼の目の前にいる騎士こそ、ダンのマジックポーチを保管している目標のようであった。マジックポーチを持ち逃げされていたら装備品の奪還が難しくなっていたところだ。お目当ての騎士が残っていたことに一同は安堵をした。
「まだ残っていやがったとは間抜けめ!そいつは俺がやる!ガイはミルトを援護だ!」
「了解、旦那!」
目標の騎士には近くにいたダンが向かったようだ。これでマジックポーチは確実に取り返せるだろう。後は周りの騎士を速やかに無力化するだけだ。
「―――遅いっす!」
拘束から解かれたリアネールの速度は更に増していた。通常の身体能力もずば抜けている彼女だが、魔力による身体強化でさらにスピードとパワーが向上していたのだ。素手とはいえ一介の騎士に相手できるような存在ではなかった。
「ぐあっ!」
「は、速すぎる……!」
リアネールは次々と手刀や足技で騎士たちを気絶させていった。
「冒険者を舐めるなよ!」
「―――雷光!」
他の冒険者たちも上位ランクとあって素手でも騎士たちと渡り合っていた。剣がないミルトは流石に接近戦は自信ないのか魔術で応戦している。聖騎士団は神聖魔術に頼りがちな傾向があると言われているが、彼女はきちんと他の属性も使いこなせているようだ。
「―――畜生!俺たちは<黄金衣聖騎士団>だぞ!?これ以上冒険者如きに舐められて堪るかァ!」
そう声を上げて恵二に迫って来たのは、先程恵二の頭部を殴った聖騎士であった。恵二はその者の顔をきちんと覚えていたのだ。
(―――超強化!)
心の中で己のスキルを呟いた恵二は脚力を強化すると、瞬時にその騎士へと肉薄をした。
「―――!?」
一瞬で目の前に迫った少年の姿に驚き固まっていた騎士の剣を恵二は奪うと、これまた瞬時に背後へと回り込み、頭部のヘルムに剣の柄を振り下ろした。
「―――さっきのお返しだ!」
鈍い衝撃音が辺りに響いた。兜ごしとはいえ、強化された恵二の一撃は鉄製のヘルムを大きく歪ませ、騎士にダメージを与えた。
「――――がッ!」
頭部に痛恨のダメージを受けた騎士はそのまま前のめりに倒れる。
「……どうだ、痛いだろう?二度と人にすんなよ?」
そう吐き捨てると恵二は気絶した騎士には目もくれず、次の獲物を探し始めた。
「何なんだ、こいつらは……!」
「ここまで強いだなんて聞いていないぞ!?」
徐々に数を減らしていく騎士団は恐れをなしたのか、その包囲網を崩していった。
「え、援軍を呼べ!我々だけでは対処できない!兵舎にいる全ての団員を集めろ!それと“聖騎士団”にも応援を要請しろ!」
この場の指揮官らしき男がそう指示を飛ばすと、副官らしき男は困惑をした。
「聖騎士団もですか!?しかし、まずは枢機卿に話しを通さねば―――」
「―――そんな時間はない!奴らを逃がせば大事だぞ!?いいからさっさと行け!」
「は、はい!」
そう急かされた副官の騎士は直ぐにその場から離脱をした。
「そろそろ数も減ってきたっすね!」
「おい、<双剣>の!お前のポーチと武器だ。取り返してやったぜ」
そう告げたダンはリアネールの愛剣である二振りの剣とマジックポーチを手渡した。
「リアと呼んで欲しいっす。それよりダンさん、脱出するには足を用意した方がいいんじゃないっすか?」
「―――む、そうだな……」
確かに彼女の言うとおり、この街から離れるにしても馬や馬車が欲しかった。だがその前に街の城壁を飛び越える方が先決だ。
「馬は街を出てから奪いましょうぜ!どうせ連中も追ってくるでしょう?」
パイルの意見にリアネールは指を鳴らして笑顔を見せた。
「そのアイデア、頂きっす!そうと決まればさっさと街を脱出するっすよ!」
「神よ……。これからの我らの行いをどうかお許しください」
盗賊の真似事のような作戦を耳にしたミルトは神にそう懺悔した。そんなミルトを呆れながらダンは急かせる。
「おら、もたもたすんな!壁を登るにも時間を取られるんだからよ!」
この街の壁はエイルーンほどの高さはなかったが、よじ登るには少しだけ手間取りそうだ。Sランクの二人や強化した恵二ならば恐らく一瞬で飛び越えられそうだが、他の者は少し時間が掛かるだろう。
「俺が壁で階段を作ります!」
そう宣言した恵二は土盾を複数出現させて壁まで展開させる。手前の壁を低くし徐々に高さを上げていけば、これで簡易的な階段の一丁上がりであった。
「その魔術、本当に便利っすねー」
「こりゃあ楽ちんだぜ!」
恵二は土盾の階段を昇りきると、今度は同じ要領で外側に下り階段を作ってみせた。勿論騎士たちが追って来れないよう土盾はすぐに引っ込めた。
「よし!このまましばらくは走って逃げるぞ。ミルト、ここらに追手の馬を待ち伏せできそうな良い場所はないか?」
盗賊行為に加担しているような気分なのか、ミルトは一瞬だけ嫌そうな顔をするも事態は一刻を争う。彼女は諦めて情報を提供した。
「……南東に確か岩場があった筈です。そこなら身を隠せますので待ち伏せには最適かと―――」
「―――よし!痕跡を残しつつその岩場まで走り抜けるぞ!そこで馬を調達して一旦聖都から逃げる!今後の事はその後決めよう!」
ダンの作戦に一同は頷いた。今はとにかく休息と考える時間が欲しい。その為にも足の確保は必須であった。
「一体どうなっている!?」
「何故救出作戦に協力してくれた冒険者たちを捕縛したのか!?───枢機卿!」
教団の総本山となる聖都の大教会は騒然としていた。
<神堕とし>による影響で見習い神官や騎士たちが<蠱毒の迷宮>に取り残され、更にはその迷宮にアンデッドが沸き出した上、ダンジョン内を乗っ取られたというのだから大騒ぎになるのも当然であった。
しかもそのアンデッドたちは例の特殊個体、<警告する者>であった。そんな中見習いたちを無事救出できたことは、まさに不幸中の幸いであった。
だが、その救出劇の立役者である冒険者たちが<黄金衣聖騎士団>に捕らえられたと言うのだから大教会は更に騒然となった。
冒険者に依頼を出した教皇を始め、事情を知っている教皇派の大司教たちは、元凶であるカムール・アスラ枢機卿を問い詰めた。
そのアスラ枢機卿はというと、教皇たちの猛烈な批判にもどこ吹く風といった様子でこう切り返した。
「そうは仰りますがな、教皇。私どもは冒険者に依頼を出していたことなぞ、ついさっきまで全く知り得なかったのですよ?」
「む、う……」
確かに枢機卿の言うとおり、今回の救出作戦は公には公表をしていなかった。何せ要救助者の中に自分の娘がいたのだ。己の身内可愛さに高額な依頼料をギルドに払ったなどと知られれば、周りが言いがかりをつけかねないと思い、今回の依頼は秘密裏に話を進めてきたのだ。
しかし結果だけ見ればそれが逆に大事となってしまった。
(こやつめ……!よくもぬけぬけと……!)
秘密裏に行ってはいたはずなのだが、どこかで情報が漏れたのだろう。それを知ったアスラ枢機卿は極秘依頼という状況を逆手にとって今回の騒ぎを起こしたのだ。
「ならば今伝えた通りだ。冒険者たちを即刻釈放して貰おう!」
教皇が改めて冒険者を解放するよう要求する。しかし、枢機卿はそれを一蹴した。
「残念ですが、それは聞き入れられませんな」
「なん……だと……!?」
教団の最高権力者である教皇の命令を枢機卿は真っ向から拒絶した。彼のその強気な態度に他の教団幹部たちはざわめき立つ。
「確かに彼らが教皇の依頼とやらで迷宮に入り込んでいるのだとしたら、不法侵入の罪には問われないでしょうな。だが、あの冒険者の中には件の忌むべきアンデッドと共謀していると思われる者がおるのです!」
「なんだと!?」
「そんな……まさか……?」
「―――言いがかりだ!何を証拠に!?」
アスラ枢機卿が述べた衝撃の事実に教団幹部たちは困惑する。アスラ枢機卿と敵対している者はそれを妄言だと突っぱねるも、彼は更に追打ちの言葉を放った。
「証拠ならあります。ケーニン・アスラ、私の愚息ですが此度のダンジョンに取り残された見習い神官の一人でもあります。息子の証言では、何でもその冒険者は過去に例のアンデッドと密約を交わしたと会話をしていたそうです。しかもその冒険者は不思議なことに、<神堕とし>の影響があるにも関わらず、神聖魔術を平時と同じ様に使いこなしていたとも聞いております」
「―――なんだと!?」
それは教皇にとっても寝耳に水な情報であった。冒険者の扱いについては教皇が信頼している友人に一任している。何でも彼の部下が案内人として事に当たっているそうなのだが、未だにその友人からは情報が入ってこなかった。救出に成功したことはダンジョン前に待機していた兵士を通して耳に入れていたが、詳細はまだ教皇自身にも聞かされていなかったのだ。
「まさか……本当なのか?」
「しかし、証言者がアスラ枢機卿のお子さんというだけでは―――」
「―――いいや、ケーニン君だけではない!私の娘も同じように証言しておりましたぞ!」
アスラ枢機卿を援護する形で言葉を放ったのは、サウス・ダグラヌ大司教であった。彼の娘シニス・ダグラヌも今回の事件でダンジョン内に閉じ込められた者の一人であった。更に他にも共に取り残された騎士見習いから同じ証言を得られたと報告があり、アスラ枢機卿の主張する仮説は徐々に信憑性を増していった。
「ううむ、それが事実だとしたら野放しにはしておけませんな……」
「うむ。それにその冒険者が神聖魔術を使えるのだとしたら、その術を何としても聴き出さなければ……!」
「馬鹿な!?ギルドから派遣された冒険者を拘束した挙句、尋問するとでも言うおつもりか?これは大問題になるぞ!?」
「全て枢機卿らの虚言だ!我々が使えないというのに、冒険者風情に神聖魔術が扱えて堪るか!」
徐々に枢機卿の言葉を信じる者も出始めるが、証拠と呼べるような物はアスラ枢機卿シンパの証言者くらいしか今のところはない。だが、ここでアスラ枢機卿は切り札を一枚切り出す。
「嘘だとお思いならば、ご自分の目で迷宮にある転移魔法陣を見てみるがよいでしょう。ご存知でしょうがあれは神聖魔術のみで起動できる代物です。にも関わらず現在通常通りに稼働されております。これも例の冒険者の手によるものなのです!」
それを聞いた幹部たちの中には、今度こそ枢機卿の言葉を信じ始める者が出始めた。物証まであるのなら枢機卿の話しは本当なのだろうと皆が思い始めたのだ。
そして、更にそこへとどめとなる報告が舞い込んできた。
「―――失礼します!取り急ぎお知らせしたいことがございます!」
そう告げて室内に飛び込んできたのは大教会を警備している准聖騎士の一人であった。その只ならぬ准聖騎士の様子に教皇は発言することを許可すると、なんと思いも寄らない報告がもたらされた。
「<黄金衣聖騎士団>が移送中の冒険者たちが逃亡したとの報せを受けました。移送に当たっていた聖騎士は全員無力化され、冒険者と見習い聖騎士を含めた7名は聖都の外へと逃れた模様です!現在<黄金衣聖騎士団>の残存騎士が追撃部隊を編制し向かっているようです!それと“聖騎士団”の協力要請も既に出ているとのことです!」
その准聖騎士の報告に、教団幹部一同は強い衝撃を受けた。
「―――なっ!街中で冒険者と交戦をしたのか!?」
「何をやっているのだ、<黄金衣聖騎士団>は―――!」
「すぐに追え!その例の冒険者だけは絶対に捕まえろ!神の奇跡を復活させる為に必要な情報源だ!」
「何を言うか!冒険者ギルドを完全に敵に回すおつもりで!?それに相手はSランクが二名もいるのだぞ!?」
「貴殿こそ何を申しておる!?逃げたことこそ奴らにやましい事があるという証明ではないか!それにいくらSランクといえども“聖騎士団”には敵うまい」
教団幹部による話し合いの場は混迷を極めた。依然冒険者を擁護する者もいたが、流れはアスラ枢機卿の方に傾きかけていた。それを一番感じとっている本人であるカムール・アスラは思わぬ好転に口元を緩めた。
(よもやこれ程都合よく騒ぎを起こしてくれるとは……。これで教皇の面子も丸潰れだな)
教皇が冒険者ギルドへ秘密裏に依頼を出しているという情報を手に入れたカムールは、始めはいちゃもんに近い言いがかりで騒ぎ立てようと考えていたのだ。別に証拠など必要無く、妄言であろうが全く構わなかった。教皇の勢力を削ぎたいカムールは冒険者を無理やり捕まえ拘束することにより、依頼を直接出した教皇とギルドとの信頼関係を損なわせるのが目的であったのだ。
それがどういうわけか事態は自分の都合のいい方向へと流れ出す。三日ぶりに救出された馬鹿息子から例の冒険者の話を聞かされて今回の騒動を少しだけ修正した。上手く立ち回り騒ぎをもっと大きくさせれば、教皇の信頼を一気に失墜させ、自分の株も上げる事ができると踏んだのだ。
(本当にこの機会を与えてくださったアムルニス神に感謝だな。例の冒険者……ケージといったか。奴には私が教皇へとのし上がる為の人柱となってもらう!)
枢機卿がそんな皮算用をしているとは知らず、教皇は今回の騒動を治めようと動き始める。
「聖騎士団はもう動いているのか?」
「―――は!聖騎士団は現在過半数が外の巡回に当たっておりますが、残られている副団長はその要請を受理するおつもりのようです」
准聖騎士のその報告で一同に緊張が走る。教団最強戦力と冒険者ギルド最強戦力同士が激突するかもしれないからだ。
聖教国グランナガンには聖騎士団と名の付く部隊は全部で4つある。しかし一般的に“聖騎士団”とだけ呼称される場合には教団の精鋭部隊である<聖教国騎士団>のことを指す。総員47名の彼らはその一人一人が一騎当千とも呼ばれる戦力で、大陸一と謳われるほどのエリート部隊であった。
本来<聖教国騎士団>への命令権は教皇にある。しかしその凄まじすぎる戦力を教皇一人が実権を握るのを危険視され、随分昔から騎士団自身の裁量も認められているようになっていた。それに教皇が送れる命令はあくまでも国外に聖騎士団を派遣する時だけであり、平時は国内の警備を担っている聖騎士団は、ほぼ独立した部隊ともいえる存在なのだ。
故に既に動き出している聖騎士団を引き留めるのは、教皇といえども正当な理由なくしては不可能なのであった。
(くっ!一体何がどうなっておるのだ、エルトランよ……!)
未だに連絡の来ない友人に心の中で愚痴りながらも、シルバーノ・シディアムは教皇としての務めを全うする為、今取れる最善手を模索するのであった。




