あんたらにだけは言われたくない
「え?あんたたち、同じパーティじゃないのか?」
「ああ。俺たちは今回たまたま現場の近くにいて手が空いていた冒険者だ。別にパーティってわけじゃねえ」
恵二の疑問に横で歩いていた冒険者の一人パイルがそう答えた。彼はダンに同行していた者の一人で赤い鎧を着ていた。他の冒険者達もダンと同じ赤の鎧を着ていたことから、てっきり死亡した二人も含めたこの6人は同じパーティメンバーだと思っていたのだ。
「まぁこんな格好してりゃあな。そう思われても仕方ないか」
別の冒険者がそう口を開く。
「これは<咆哮>の旦那から借りているものだぜ。ちと重くて動きにくいがその分防御力はかなり高い」
どうやら赤で統一されたこの鎧は全てダンの所有物だったようだ。死亡した二人の遺体とその鎧はダンが所持しているマジックポーチに収納済みだ。Sランク冒険者は儲かるのかダンも超希少アイテムのポーチを持っていた。恵二が今一番欲しいアイテムであった。
「なるほど、どうやらその鎧が<咆哮>の秘密のようっすね?」
すると何かを察したのかリアネールがダンにそう尋ねた。それを聞いたダンは少しだけ顔をしかめたが、彼女の問いにわざわざ答えた。
「まぁ、俺のスキルは有名だからな。調べればすぐに割れるだろうから話すが……<咆哮>は仲間の魔力や運動能力を上昇させる支援スキルだ。そこで問題だ。“仲間”ってのは一体何を指すと思う?」
「……同じ服装?」
ダンの質問に恵二はやや自信なさげに回答する。鎧の話の流れからそうではないかと思ったのだ。
「外れだ。同じ服着てるからって普通仲間って呼ばねえだろう?」
「うーん、同じ目標を持った同志、とかっすかね?」
リアネールの答えにダンは笑いながらこう答えた。
「正解は俺にもよく分からん。そもそも仲間って言っても気が付いたらそうなっているようなもんだろう?長年顔見知りでも仲間と呼べねえような奴もいるし、短い付き合いでも親友と呼べるような奴もいた。そしてどうやら俺のスキルは俺が“仲間”だと意識すればするほど効果が上がるようなんだ」
「……徐々に分かってきたっす。要は少しでも仲間意識を高める為に同じ格好をせているんすね」
「正解だ。ま、気休め程度だけどな」
ダンは気休めだというが僅かな能力の差が勝負を分けることもある。その気休め程度でも能力が上昇するのなら、同じ格好をするのは大事なことなのだろう。
「<咆哮>の旦那は任務に入る前、俺たちに飯を奢ってくれてな。そりゃあ高い店で美味しいものをどんどんと食わせてくれたんだぜ?」
そう語ったのは先程まで片腕を失っていた冒険者のガイであった。彼は余程美味しいものを食べたのか、その時のことを嬉しそうに語ってくれた。それを聞いていたリアネールが涎を垂らしながら羨ましそうな視線を彼に送っていた。
「別に食い物に釣られたってわけじゃねえんだけどよ、探索中もかなり気を遣ってもらってるし面倒見が良い。それにスキルによる上昇は俺たちの能力も高めるとあって有り難かったからな」
パイルもダンに対する評価は高かった。短い時間ですっかり世話になったのか、ダンの事を悪く言う冒険者は誰一人いなかった。
(最初は乱暴な男だと思ったけど、案外思いやりのある人なんだな。まぁそれが自身のスキルを活かせるからってのもあるんだろうけど)
しかし恵二が見た限りこのダンという獣人族は、打算や下心で冒険者に優しくしているのではなく、本来が面倒見の良い性格なのだろう。彼のそういった人格あってのスキルのようにも思えた。
「ダンさん。また依頼が来たら今度は初めからご一緒するっすよ。その時はぜひご飯を奢って欲しいっす!」
「あん?」
どこかのSランク冒険者とは大違いであった。
47階層まで戻った一行は転移魔法陣で一気に1階へと戻った。
「今頃教団が応援の部隊を編成していることでしょう。ダン様は一旦宿の方でお休みください。その間に私は上司に報告をしダン様の意志を伝えてきますので」
「ああ、頼んだぜ」
「ケージさん、聖都には珍しい海の幸が多いんっすよ。一緒に食べに行くっす!」
「いいけど、リアの食べた分はちゃんと自分で払えよ?」
今はそこまで財布の中に余裕があるわけではない。大食いのリアネールに付き合わされて“お金が足りません”なんて目も当てられない。聖都くんだりまで来て皿洗いなんか御免であった。
そんなやりとりをしながら一行は転移魔法陣が用意されている隠し扉を出た。すると目の前の狭い通路にはギッシリと武装した兵たちが待ち構えていた。
「―――!?」
「なんだぁ、こいつらは?」
「王国騎士団?それに黄金衣聖騎士団も!?」
ミルトが浮かない表情でそう口にした。どうやら目の前にいる武装した者達は王国直属の騎士と、教団の誇る四大聖騎士団のひとつ、黄金衣聖騎士団のようだ。名前とは裏腹に身に着けている鎧は白を基調としたものだが、彼らが所持している武器は全て金色で統一されていた。
「もう応援の部隊が編成されたっすか?随分と早いっすね」
そう口にしたリアネールが一歩踏み込んだその時、騎士たちは武器を構えた。
「それ以上動くな!直ちに武装解除しろ!」
「……は?」
思わぬ勧告にリアネールは首を傾げる。一体彼らはどういうつもりで武器をこちらに向けるのだろうか。
「聞こえなかったか?さっさと武器を捨てて両手を頭に乗せろ!」
「少しでも抵抗すれば命はないぞ!」
「―――!?」
今度こそ聞き間違いではないと知り、恵二たちは絶句した。彼らはこちらをまるで魔物や罪人のように扱っていた。これには教団側であるミルトも驚きを隠せない様で彼らを激しく問い詰める。
「―――これは一体どういう事ですか!?彼らは教団が招集した客人です。無礼な真似は許されませんよ!?」
しかし騎士たちは彼女の抗議を全く意に介さなかった。
「何だ?貴様は?見たところ騎士見習いのようだが……」
「そんな事は知らん!ダンジョン内から出て来た者は全員捕えるよう厳命を受けている!弁明は牢屋でしろ!分かったらさっさと投降しろ!」
変わらぬ騎士の態度にミルトはついに業を煮やした。
「ふざけないでください!罪状も述べずに大人しく捕まれですって!?貴方たちでは話になりません!他の聖騎士団員を呼んでください!」
「―――それは不要だ」
ミルトの抗議を一蹴する男の声が奥から聞こえると、武器を構えていた騎士たちはその声の主の為に左右に割れ道を空ける。奥から姿を現したのは煌びやかな神官服に身を包んだ中年男であった。
「―――枢機卿!?あなたがどうしてこんなダンジョンに……?」
ミルトの問いには答えずその中年男はこう口を開いた。
「貴様らの罪状は迷宮への不法侵入、不死生物との密約、それに神への背教行為だ」
「―――な!?」
それを聞いたミルトは固まった。一体どういう経緯で自分たちが罪人へと仕立て上げられたのだろうか。迷宮への潜入は教皇自らの許可を得ておりアンデッドと密約などした覚えもない。ましてや神に背く行為など決してしはしない。その男の述べた罪状は全てでっち上げであった。
「言いがかりです、枢機卿!これは……教皇自ら許可された救出作戦です。不法侵入なんかでは決してありません。それに残り二つの罪状は全く心当たりがございません!」
ミルトが悲痛な表情でそう叫ぶも枢機卿と呼ばれた中年の男は全く取り合わないどころか、更に糾弾した。
「黙れ!見習い風情が私に意見をするのか!?既に話は聞いておるわ!そこの小僧が主犯であることもな!」
「……は?俺?」
枢機卿が指差したのは恵二であった。嫌な予感がする中、恵二はその男の話の続きを聞いた。
「何でもその小僧は迷宮内に現れた我らが怨敵警告する者と密約を交わしていたそうじゃないか!それにその小僧だけが<神堕とし>の影響化にあるにも関わらず神聖魔術を普通に使えるという。<神堕とし>の主犯とされるアンデッドたちと共謀している何よりもの証拠だ!それを秘匿しようとした貴様らも同罪だ!」
「―――な!?」
「おい……こいつは一体どういうこった?」
「何か話が違うっすねぇ……」
枢機卿の言葉にミルトは絶句し、訳が分からないダンはそんな彼女に状況を尋ねる。リアネールは恵二の情報が漏れたことに憤りを感じていた。ギルドと教団が交わした約束は“お互いの事情には不干渉”であった筈だからだ。
「もうよいだろう!おい、こいつらを拘束し地下牢に幽閉しろ!」
枢機卿がそう指示を出すと武装した騎士たちがこちらに詰め寄る。このまま黙っていれば牢屋にぶち込まれ、身動きが取れなくなる可能性が生じる。かといって抵抗すれば聖都のど真ん中で教団と対立することになりかねない。
「……おいおい、こんな時どうすんだ?問題児」
「人をトラブル慣れしているかのように聞かないで欲しいっす。とりあえず大人しく捕まっておくっすよ。逃げるにしても迷宮を完全に出てからっす」
ダンとリアネールが小声で相談しているのを恵二は強化した聴力で聴きとっていた。ここはダンジョン手前の通路とあってかなり狭い。騎士がごった返しなこの状況での逃亡は混迷を極めるだろう。
ダンやリアネールが大人しくしているのを見て恵二やミルト、それに他の冒険者たちも抵抗をせず大人しく拘束された。両腕に鉄の手枷と首に何やら魔力の籠った首輪を装着させられる。
(―――!?魔力が外に出せない?―――そうか!魔術を使えなくさせる拘束具か!)
しかもその首輪も鉄製できつく施錠をされてしまい、素手で破壊するのは無理そうであった。これで両腕の動きと魔力を封じられ、恵二たちは武装された騎士に囲まれながら地上へと移送された。すると―――
「―――ケージさん!」
少女の叫び声が聞こえてきた。声の出所を追うとそこには涙目でこちらを見つめているミエリスの姿が見えた。
「と、通してください!これは何かの間違いです!あの方たちは私達を救助してくださったんです!」
「黙れ!これ以上近づくことは許されん!これ以上妨害するならお前もしょっぴくぞ!」
周りで警備していた騎士に一喝されたミエリスはビクッと肩を震わせる。そんな彼女に恵二は優しく声を掛けた。
「心配するなミエリス。俺たちは大丈夫だから身体を休めていろ」
「貴様!許可なく喋るな!」
「―――っ!」
ゴンッと頭を強打され恵二は思わず顔をしかめる。どうやら自分は剣の柄で頭を殴られたようだ。出血こそしていないものの痛みで頭部が痺れている。
(―――ってぇ~、この野郎、いい気になりやがって……!)
文句の一つでも言ってやりたいが、また殴られたら敵わないと恵二は口を閉じて大人しく歩みを進める。
一行は街の南へと向かっていた。おそらくそこに牢屋があるのだろう。ダンジョンのある通りから離れ、野次馬や通行人たちも大分数が減ってきた。
「さて、そろそろいいっすかね?」
突如リアネールはそう呟いた。それを聞いた騎士たちは“何を言っているんだ?”といった表情を浮かべていたが、許可なく言葉を発した罪人を殴りつけようと彼女のすぐ後ろにいた騎士が剣の柄を振るった。
「勝手に喋るなと―――」
「―――指図される覚えはないっす!」
彼女は背後から近づいてきた騎士の方を見ずに回し蹴りを放った。華奢な身体のどこにそんなパワーがあったのか、鎧を着ていた大の大人を蹴りだけで吹き飛ばしてみせた。
「―――んな!?」
その光景に呆気にとられた騎士たちであったが、罪人たちの反乱はそれだけに留まらなかった。
「オラァッ!」
「ぐあっ!」
また一人騎士が吹き飛ばされる。それを行ったのは鎧を剥ぎ取られた獣人族のダンであった。彼は両腕を拘束している手枷で近場にいた騎士を殴りつけたのだ。
「良いプレゼントありがとよ!鉄製の手枷とは随分気前のいい武器をくれるじゃねえか!」
ダンの言うとおり、その手枷は頑丈にできている分、それで殴りつければ立派な凶器だ。それを見た他の冒険者たちも手枷を使って騎士たちを殴りつける。ガイはBランクでパイルに至ってはAランクの冒険者だ。もう一人も高ランクぼ冒険者で戦闘能力はずば抜けていた。
「―――くっ、こいつら……!総員、油断をするなよ!」
先程までは意表を突かれていた黄金衣聖騎士団の面々であったが、すぐに体勢を立て直し始めた。彼らも“聖騎士団”の名を冠する数少ない精鋭部隊の猛者であり、そう簡単にやられはしなかった。黄金衣聖騎士団特有の金色に統一された武器を構え、ジワリジワリと罪人たちを囲んでいく。
「―――土盾!」
すると突如罪人たちの周りに土の壁が出現し、彼らを守護するように土の盾が冒険者たちを囲んだ。
「馬鹿な!?」
「魔術が使えるだと……!?」
あり得ない事態に狼狽しつつも騎士たちは剣や槍を土の盾へと突き立てるも頑丈な壁はビクともしない。
「ちっ!硬すぎる……!おい、魔術の詠唱を始めろ!それと誰か攻城兵器を持って来い!」
騎士たちは頑丈な壁を破壊する準備をちゃくちゃくと進めながら、土盾の中に立て籠もっている罪人たちを一人も逃すまいと神経を尖らせた。
「おい、ケージ!なんで魔術が使える!?」
「―――首輪を外せたっすか!?」
Sランクの二人に問い詰められた恵二は説明をする。
「無理やり首輪を壊した。これくらいの強度なら、まぁなんとか……」
勿論スキルで力を目一杯強化して破壊した。でなければ熊族のダンにすら壊せないような鉄製の首輪など、自分にはとても外せなかった。
「マジか……バケモンかよ!?俺も鉄の剣とかなら素手でも折れるけど、流石にきつく締められた状態での首輪は無理だな」
「私も適当にピッキングでもしようと思ってたんすが……。ケージさんってつくづく規格外っすね」
「……いや、あんたらにだけは言われたくない!」
正真正銘の超人二人に化物扱いされて恵二はつい言い返した。
「それじゃあ俺たちの首輪も外せんのか?」
「ついでに手枷も頼む!」
「あー、とりあえずダン先輩のから外すから手伝ってくれよ?」
流石に全員分外すのにスキルを使っていてはエネルギーの無駄だ。この先の展開を考えると少しでもスキルは節約しておきたい。
「任せろ。魔力での強化と両腕さえ使えれば、手枷だろうが首輪だろうが外して見せるぜ!」
やはりダンは相当の化物であった。恵二はまず最初にダンの拘束から解いていくことにした。
ダンの拘束を解いた恵二は、二人掛かりで全員の動きを阻害している拘束具を破壊していく。その間外からは激しい打撃音や魔力を度々感じた。どうやら武器や魔術で土壁を破壊しようとあちらも色々と試みているようだ。
「しっかし頑丈な壁っすね。お蔭で一息つけたっすけど……これからどうするっすか?」
リアの言葉にミルトが答える。
「一旦南を目指しましょう。黄金衣聖騎士団の兵舎も近いですが、ここからだと最短距離で街を出られます。壁はなんとか越えられなくもない高さです」
現在ミルトや冒険者達は、冤罪で南にある兵舎の地下牢にまで移送されている最中なのだという。つまりここは聖都の南側なのだ。ほとぼりが冷めるまで一旦街を出ようとミルトは提案をした。
「どっちにしろ早めに行動してえぜ。連中にマジックポーチや装備品など押さえられたままだしな」
恵二たちは装備品を全て没収された後、ダンの持っていたマジックポーチにその全てを詰め込まれた状態で騎士に取り上げられていたのだ。自分たちの大事な貴重品が奪われたとあって、冒険者たち全員がそのポーチを保管している騎士の同行をずっと追っていた。今は壁で視界が塞がれている為一時的に見失っているが、一刻も早くその騎士の所在を確認しておきたかったのだ。
「それじゃあ、そろそろ反撃するぜ?ポーチを持っている騎士を最優先でとっ捕まえるぞ?」
ダンの意見に全員が頷いて同意すると、恵二はカウントを始めていった。
「3…2…1…GO!」
合図と共に恵二が展開していた土盾全てを引っ込めると、冒険者たちは徒手のまま武装した騎士へと突撃を敢行した。




