よろしくっす、先輩
追手である腐肉の蛇を撃退した恵二は直ぐに先を行くミエリスたちと合流を果たした。道中自らの愛剣を傷物にするというアクシデントに見舞われたものの、それ以降追手の姿もなく、行きより長い時間を掛けて無事転移魔法陣まで辿り着くことができた。
「良かった!転移魔法陣はきちんと機能してます!」
聖都にある試練の場がアンデッドに乗っ取られているという前代未聞な事態ではあったが、神聖魔術で刻まれた年代物の魔法陣はどうやらダンジョンとは別口のようで、アンデッドに阻害されるということもないようだ。
一同は直ぐに魔法陣を使って地上へと戻った。
「やった!戻れたぞ!」
「やっと家に帰れる……」
ミエリスたち見習いはダンジョンの外に出ると限界だったのかその場で膝をついた。中には涙を流して喜ぶ者もいる。
そうなるのも無理はない。軽い気持ちで寄り道したダンジョンに三日間も閉じ込められた挙げ句、Aランクの魔物の脅威にさらされたのだ。生きているだけで奇跡的であった。
もうここまで来れば大丈夫であろうと考えた恵二はミルトに声を掛けた。
「ミエリスたちを頼みます。俺、リアたちの元へ戻ります」
恵二はそう告げて再びダンジョンに潜ろうとしたがミルトに呼び止められた。
「待ってください!彼女達を他の者に任せたら私も一緒に同行します!」
彼女もダンジョンの案内人という役目がある以上、余所者だけに任せては置けないのか同行すると頑なに主張をする。自分一人の方が断然早く潜れるのだが、教団管轄の迷宮ということもあり、クライアント側である彼女を無視することはできないので一緒に行動をすることにした。
二人は救出した見習いたちを兵士に預けるとすぐに迷宮へと引き返した。
「―――ケージさんはあのアンデッドたちと何処で知り合ったんですか?」
もうじき50階層に辿り着こうという所でミルトはそんな質問を少年へと投げ掛けた。余り教団側にこちらの情報を流したくない恵二であったが、それくらいならばいいかとグリズワードで起こった<警告する者>との因縁を話した。
「そんなことが……。取引とはそういう意味だったのですね」
「アンデッドと取引というのは、やっぱ気になります?」
教団はアンデッドや魔族に対しては厳しい態度を取ると聞いている。そんな輩と取引をしたなどと知られれば異端扱いされるのではないかと恵二は内心ひやひやしていた。だが―――
「―――いえ、状況を考えるに致し方なかったでしょう。貴方の行動は仲間や町の人を救うためのものですよね?私利私欲でアンデッドと取引したのでないのなら、きっとアムルニス神はお許しになられますよ」
ミルトのその言葉を聞いて恵二は胸のつかえが一つ取り除かれた気分になった。少しだけ気にはしていたのだ。自分が見逃してしまったあのアンデッドたちが、更に不幸を振りまいているのではないかと。その懸念は実際に起こっているのだろうが、逆に自分が救えた人たちも間違いなくいると再認識させられ少しだけ心が救われた。
「そっか……。よし、今度こそ奴らを倒す!これ以上警告する者に好き勝手はさせない!」
「そうですね!このダンジョンにアンデッドなどあってはなりません!神以外で生の理を捻じ曲げる存在は許されません!」
そう告げたミルトの言葉が恵二はこの先ずっと心に残った。
教団は死者の蘇生は神自身の手で行われる最大級の奇跡であり、決して人や人外の手によって行われるべきものではないと定義し死霊魔術の類を禁じている。
それならば、もし神様自身が死者を蘇らせているのだとしたら、それも神が与えた試練の一つなのだとしたら、果たして信者たちは受け入れてしまうのだろうか。
そんなことを考えながら迷宮内を進んでいると、そろそろ51階層へと続く階段のある小部屋付近に辿り着きそうであった。
「こいつは……!」
「……凄まじい戦闘の跡ですね」
人工物のような壁面が主だった≪古鍵の迷宮≫とは違い、≪蠱毒の迷宮≫は洞窟がそのまま迷宮化したようなデザインであった。その洞窟が見事に破壊しつくされていたのだ。
まず壁面は傷がない箇所を探すのが面倒なほどにあちこちが削られていた。≪咆哮≫のダンや同伴者の鎧を着た冒険者たちが大暴れしたのだろう。それと地面も凸凹しており、至る所に小さなクレーターができているようであった。ある箇所は焼け焦げており未だに熱を帯びているようで、別の場所では凍りついている箇所もあった。おそらく深淵の杖が魔術をぶちかましたのだろう。
「ケージさん、良いタイミングっす。ちょっと治癒魔術を使えたら施して欲しいっす」
二人が戻ってきたのを確認したリアネールがそう声を掛けてきた。彼女はどこか負傷したのだろうか、床に腰を下ろして疲れ果てた表情を浮かべていた。その隣には横になっている冒険者が3名いた。
「どこか怪我したのか!?」
急いで彼女の元に駆け寄る恵二にリアネールは手を振って返答した。
「ああ、私じゃないっす。隣の彼っす。片腕を斬られて気を失っているっすよ。一応止血だけしたっすが、かろうじて息がある状態っす」
「……酷いな」
そう一言呟いた恵二はリアネールが指した冒険者に近づくと神聖魔術の治癒魔術天の癒しを発動させた。<神堕とし>の影響下でまたしても通常の神聖魔術は効果を激減させられているようだが、何故か亀を信仰とする恵二には依然関係ないままであった。
通常通り使える神聖魔術にさらに己の強化スキル<超強化>の効果を上乗せする。すると本来骨折を回復させられる程度が関の山であった中級魔術の癒しは、失った男の腕を完全に再生しあっという間に完治させてしまった。
その光景をリアネールとミルトは口を大きく開けたまま見つめていた。
「―――ケージさん、ちょっとその威力は洒落にならないっすよ……まるで<背教者>レベルっす……」
「信じられません!これほどの治癒術、おそらく使徒様レベルの奇跡です!失った腕をこうも完璧に復元させるだなんて……!」
どうやら傷を塞ぐくらいならそうでもないのだろうが、さすがに失った部位の復元はやり過ぎだったようだ。確かに現代日本の医療技術と比べてもこの効果は絶大であった。
(しかし、放っておいてはこの人死んでしまうしなぁ……。今後は極力人目を避けて使うよう努力するしかないんだけど……)
周りから過剰なまでに騒がれたくはない。かといって怪我人を救える力が自分にはあるのに見捨てる行為はもっとしたくはなかった。ふとセレネトの町でコーディー神父から頂いた言葉を思い出す。
自分の神聖魔術は強力すぎる為、このままでは他の信徒と諍いを起こす可能性がある。その言葉を改めて再認識させられた。
「ミルトさん。今見たことは―――」
「―――ええ、承知しております。私と私の上司だけの胸の内に秘めておきましょう」
どうやら彼女には上司に報告義務があるらしいが、絶対に口外はしないと約束をしてくれた。その上司が誰でどういった性格かは知り得ないが、少なくともミルト自身は信用できる。短い付き合いでちょっと過剰なところもあるが、悪意のある嘘をつくようなタイプではない。
(この人は一体何者なんだ?身分は偽っているようだけど……。それに上司って教皇じゃないのか?)
未だに立ち位置の分からないミルトを不思議に思いながらも、恵二は先にやることを思い出してリアネールへと尋ねた。
「リアは怪我大丈夫なのか?それとそこに倒れている他の二人は……」
「私は疲労したから休憩しているだけっす。その二人は、もう手遅れっす……」
「―――っ!そ、そうか……」
どうやら来るのが遅かったようで、既に二人犠牲者が出てしまったようだ。それほど激しい戦闘だったのであろう。
「……ダンは?それに残り二人の冒険者たちは?」
「下の階層に潜ったっす。連中を追っているっすよ。警告する者たちは……申し訳ないっす。一体も倒せなかったっすよ……」
「―――リアたちでもか!?」
彼女の言葉に恵二は強い衝撃を受けた。化物と呼ばれるほどの冒険者最高戦力であるSランクが二人掛かりでも警告する者を討てなかったのだという。彼らはそれほどまでに強くなっているのだろうか。
先ほどは少し救われたと思った“アンデッドとの取引”という過去の行為が少年に重くのしかかる。もしかしたら自分は手を付けられない怪物を倒す唯一無二のチャンスを見逃してしまったのではないだろうかと考えてしまう。しかし“たら”“れば”は考えても意味が無い。大事なのはこれからの行動だ。
「俺もダンたちを追う。二人は―――」
「―――当然同行しますよ?」
「十分休んだっす。このままではSランクの名折れっすからね!」
どうやら彼女たちも行く気満々なようであった。そうと決まれば早速下の階層へと向かおうとした三人であったが、階段から何者か上がってくる気配を感じた。足音は一つ、だが何かを引きずっているような音も聞こえてきた。思わず恵二とミルトは臨戦態勢に移るも、リアネールは気配からそれが何者かを察したようだ。
「待つっす。どうやら<咆哮>が戻ったようっすよ」
彼女の言うとおり階段から姿を現したのは巨漢の鎧<咆哮>であった。彼は同じ鎧を着た冒険者二人を肩に掛け引きずるようにして戻ってきたのだ。鎧を着たままの大の大人二人を運んでくるとはとんでもない怪力の持ち主であった。
ダンに運ばれてきた二人はまだ辛うじて息があるようだが酷く疲労していた。ダンはその二人を丁寧に床へ寝かせると、自身も限界だったのだろうか床に大きな音を立てて腰を下ろした。
「……その様子だと、逃げられたようっすね?」
リアネールの一言にダンから凄まじい怒気を感じるも、彼は不機嫌そうにこう口にした。
「……一矢報いた。あの赤いオーガだけは始末しておいた」
「……鬼?」
そんなものはいたかと恵二が疑問の声を上げると、リアネールが詳しく話してくれた。
アンデッドたちと乱戦になった直後、突如そのオーガは現れたのだそうだ。通常のオーガとは常軌を逸する強さのそれは、瞬く間に冒険者たちへと襲い掛かった。そのオーガのせいでリアネールたちは劣勢を強いられたそうだ。
その話を聞いたミルトはひどく驚いた表情でこう尋ねた。
「赤いオーガ!?もしかして、朱王鬼までもが現れたんですか!?」
「……知っているのか?」
ミルトの言葉にダンは聞き返すと彼女は頷いて説明をした。
「随分昔の文献なんですが、まだ≪蠱毒の迷宮≫がそこまで深くはなかった頃に、一度支配者の姿が確認されております。それは討伐難易度Sランク、伝説級の赤いオーガだったそうです」
その言葉に一同は驚きを禁じ得なかった。Sランクの魔物とはまさに災厄そのものであった。そんなものが現れたのだとしたら、確かにSランク二人掛かりでも苦戦を強いられよう。
「―――くそったれ!連中、ボスまで引っ張り出せんのか!?完全に相手の戦力を見誤った、クソッ!」
ダンは悔しそうに拳を床に打ちつけた。自信満々に勝負を吹っ掛けた張本人である彼はさぞかし悔しいのであろう。
「俺のミスで二人も死なせちまった!それにガイの奴も……!?ガイの腕が……治っている?」
どうやら恵二が先程治療した冒険者の名前はガイというようで、それを見たダンは不思議そうに彼の復元された腕を見つめていた。
「ああ、彼はケージさんが救ったっすよ。感謝して欲しいっす」
何故かリアネールはあたかも自分が治したかのようにドヤ顔でそう告げた。するとダンも先程まで気にも留めていなかった<双剣>の同行者に視線を向けた。改めてみると凄い目力の持ち主だ。その迫力に恵二は思わず息を呑む。
「……そうか。お前には借りができたな。ケージっつったか?礼を言わせてくれ」
そう述べるとダンは鎧の手甲を外して握手を求めてきた。
意外に礼儀正しく仲間思いなその性格にも驚かされたが、もっと驚いたのはその太い腕が毛むくじゃらということであった。毛深いとかそういうレベルではない。それは見事な茶色い体毛であった。
「ん?熊族の獣人を見るのは初めてか?改めて自己紹介しよう。俺は獣人族のダン。<咆哮>なんて呼ばれている冒険者だ。よろしくなケージ!」
「あ、これはご丁寧に……。ケージ・ミツジっす。よろしくっす、先輩」
何故かリアネールの口調が移ってしまった恵二はダンと握手を交わした。こうして改めて触れてみるととても大きな手であった。熊族はみんなこれ程大きな体型なのだろうか。
土熊コロッケが好物な恵二であったが魔物や獣のクマと彼ら熊族は同族なのだろうかと少し心配になってしまった。少なくとも彼の目の前で熊料理を食べるのは控えておこうと、そんなおかしなことをつい考えてしまっていた。
「あのぉ、それで結局アンデッドたちはどうなったのでしょうか?」
すると、話しに入り辛そうにしていたミルトが声を掛けた。先程までピリピリとしていた雰囲気が若干和らぎ、彼女は一番最後まで交戦していたダンにアンデッドたちの行方を問いただした。
「ああ、連中は更に奥へと引っ込んで行った。ボスを引っ張り出したり<回廊石碑>を使用できなくしたりと、どうやらダンジョンは奴らの支配下にあるようだな」
「―――そ、そんな!?……いえ、冷静に状況を考えればどうやらそのようですね。汚らわしい死者の分際で!」
ミルトはそのような過激な言葉を口にした。彼女は冷静な判断力も持ち合わせておきながら、敬虔な信徒としての一面も見せている。そのアンバランスさこそ彼女の個性なのだろう。神やその教えに弓引くような真似は決してしないが、ちゃんと相手の話を聞く耳も持ち合わせている。それこそが上司が彼女を案内人として遣わせた理由なのかもしれない。
「それで、どうする?さすがに朱王鬼レベルの増援はねえだろうが、この迷宮はすっかり連中のテリトリーだぜ?俺のスキルも仲間が減れば効果激減だしなぁ……」
それは先程彼が吠えた雄叫びのことなのだろうか。二つ名の由来にもなっている<咆哮>は、どうやら仲間の力を上昇させる類のスキルのようだ。しかし彼の同行者二名は死亡し、残りの者も疲弊しきっている。正直こちらの戦力は十分とは言い難かった。
「……いえ、あなた方に頼みました依頼は見事遂行されていらっしゃいます。後は教団側で対処を致します。アンデッドの出現は想定外でしたが、無事見習いたちを救うことができましたのも冒険者の方たちのお力と尊い犠牲あってこそです。教団に代わりまして最大限の感謝を送らせて頂きます。本当にこの度はありがとうございました」
そう告げるとミルトは深々と頭を下げた。
確かにアンデッドの存在が気がかりなのと犠牲者が出たことは残念であったが、依頼は完璧に遂行されていた。だがこのままでは納得のいかない者もいた。
「……気に入らねえな。こちらは仲間二人やられているんだぜ?俺はこのまま残らせてもらう」
ダンはそう口にするがミルトがすぐにそれを拒む。
「申し訳ございませんダン様。依頼が終わった以上、このまま部外者の方を迷宮に留まらせる訳にはまいりません。もしこれ以上の探索をご希望でしたら、正式にダン様へ調査の依頼を継続できるよう私が上司に取り計らいますので、ここは一旦お戻り頂けませんか?」
その言葉にダンは軽い苛立ちを覚えるも、話の筋は通っている上、上司に取り計らうとまで言われれば大人しく引き下がらない訳にはいかなかった。
「……分かった。あのアンデッドたちは俺が討つ!」
直接的な敵である朱王鬼はなんとか倒したものの、その元凶とされる警告する者は依然健在であったのだ。ダンだけでなく教団側も勿論放置などしておけなかった。
ミルトとダンの話も折り合い、一行は一度休憩を挟むと地上へと引き返していった。
そこに更なる波乱が待ち受けているとは、この時点では誰も予想をし得なかった。




