取引をしないか?
昨日一昨日と連続で投稿できず申し訳ないです。できれば今日も一本投稿したいと思います。もう一日分は月曜日に予定しております。
骸骨の戦士は様々な武器を所持していた。ダンジョン内で拾ったのか、折れた剣やちょっとした業物、徒手で襲い掛かる個体もいた。
「私とケージさんで迎え撃つっす!漏れた敵はお任せするっすよ!」
「―――了解しました!」
護衛対象の6人にはミルトについていてもらい、恵二とリアネールは骸骨の群れと相対する。
骸骨の戦士は生前戦士であった者が黄泉の国から蘇った魔物と定義されており、その強さは蘇らせた者の実力と死者の実力とで個体差が生じると聞いた事がある。平均でランクD相当とされているが、目の前の骸骨は下手をするとCはあるかもしれない。
「―――ちっ!この不死生物共、意外にやるぞ!?」
「……昔ダンジョンに挑んだ者でも蘇ったんですかね?でも不死生物は普段出没しないって話っすし……」
リアネールはまだまだ余裕があるのか、考え事をしながらも恵二の倍近くは骸骨を倒していく。一方の恵二は終わりの見えない骸骨の群れ相手にスキルを温存しておこうと考え、倒すのに少し手間取っていた。
「下の階層からどんどん上がって来ている様っすよ!?」
「一旦下がろう!どのみち俺たちが目指すのは地上だ!」
恵二の提案に頷いたリアネールは徐々に後退していく。恵二も取り残されないよう後ろに下がりながら骸骨を相手していく。すると不思議なことに骸骨の猛攻が収まってきた。依然襲いかかる個体もいるようだが、離れていく二人に興味を失ったのか、追うのを止めた骸骨が大半だ。
「……?見逃してくれるってか?」
「いえ……というよりかはどうも先に進んで欲しくないみたいっすよ?」
リアネールにそう言われて骸骨の群れを観察してみると、成る程と恵二は思った。
小部屋の近くにはまだ多数の骸骨たちが蠢いているが、その場から離れる気配がない。数体だけが小部屋に近い恵二やリアネールを威嚇してくるくらいで、後退すれば大人しく引き下がっていく。
「ですが、関係なしに襲ってくる奴もいますよ!?」
ミルトの言うとおり、小部屋から距離をとっても襲いかかる個体はいる。彼女の疑問に恵二が答えた。
「多分知能の低い個体か、召喚主の命令に抵抗できるほどの力を持った奴なんだと思う。おそらくこいつらは“51階層より先に進めるな”とでも命令されてるんだろう」
「……ケージさん、アンデッドに詳しいっすね」
「ああ、ちょっと嫌な縁があってな……」
グリズワードで不死生物の特殊個体たちと戦闘を繰り広げたことのある恵二はの影響で、アンデッドについて詳しく調べていたのだ。それにどうやら自分は死霊属性の適性もあるようだ。知識を深めていくことに越したことはないだろうと思い、自分なりに勉強をしていた。
(それにしてもこいつら、まるでグリズワードの時と同じような……まさか!)
念のため魔力探索を強化して行ってみると、案の定予想通りの反応を2つだけ感知した。先程恵二とリアネールが感じとった存在感は、骸骨の戦士ごときのものではなかったのだ。
「いるんだろう?骸骨野郎共!」
恵二は骸骨たちが守護する下り階段に向かってそう声を上げた。
突如叫びだした少年を周りの者は怪訝な顔をして見ていたが───
『───やれやれ、自ら竜の尾を踏むような行為をせずともよいものを……』
「───!」
「何だ、今の声は……?」
「どこから喋ってるの!?」
出所の分からない不気味な声が響き、一同に緊張が走る。リアネールやミルトは声の主に只ならぬ気配を感じ臨戦態勢をとった。唯一声の正体を知っている恵二はその者たちの名を告げた。。
「やはりお前達か……警告する者!」
『久しいな、少年』
すると骸骨の群れが左右に割れ、その奥から二体の不死生物が姿を見せた。白いローブに身を包み、宝珠の付いた杖を手に持った魔術師の骸骨と、恵二の背丈ほどありそうなロングソードを携えた大柄な鎧姿の戦士がそこにはいた。
大陸東部で世間を騒がせている不死生物、深淵の杖と深淵の剣である。
「―――警告する者!奴らが!?」
「例の特殊個体っすね。今のは念話ってやつっすか?」
その悪評は西のグランナガンやギルドにも届いていたのか、ミルトやリアネールは初めて見るアンデッドに驚いていた。一方の恵二は久方ぶりに相対する特殊個体のアンデッドを見て思ったことは後悔の念であった。
(―――嘘だろ!?あの時と全然違う……!まさかここまで強くなっているなんて……!)
1年以上前に対峙した時のお互いの力量は、スキル込みならややこちらが優勢というのが恵二の評価であった。ただあの時はスキルの持続時間が短かったのと余力が無かったので、相手の提案に乗り互いに引いたのだ。
しかし、目の前にいる骸骨の魔力量を改めて感じとると、記憶に残っていた彼らのそれとは桁違いであった。威圧感とでもいうのだろうか、彼らから発せられるプレッシャーも以前とは比べ物にならないほどヒシヒシと感じられる。
迂闊に声を掛けたのはやぶ蛇だったかと恵二は悔やんだ。
『ほう?僅かな間でなかなか成長したようだな……。やはり侮れん少年だ……』
「……そっちも前回とはだいぶ違うじゃないか。前に戦った時は手を抜いていたのか?」
アンデッド相手とはいえ褒められれば悪い気はしないが、目の前の非常事態に浮かれている場合ではなかった。背中に冷たい汗が流れるのを感じる。
『人がその短い一生で成長を遂げるように、我ら生の理から外れた死人も魔物と同様進化をする。種族で言うのなら今の私は骸骨の魔術師ではない。骸骨の魔導師だ』
「骸骨の魔導師!?Aランクの魔物じゃないですか!?」
ミルトが驚きの声を上げる。骸骨の魔導師はアンデッドの中でも上位に位置する存在だ。そんな輩が聖都のダンジョンに潜んでいたとは思いもしなかったのだろう。
「でも、Aランクなら先程ケージさんがあっさり倒しましたよ?」
「―――そ、そうだ!Aランクだろうが恐れることはない!おい、さっさとそんな骸骨倒してしまえ!」
ミエリスの言葉に同調したケーニンがそう指示を飛ばすも、この中で最大戦力である恵二やリアネールは迂闊に飛びかかろうとはせず、アンデッドを油断なく観察する。
(Aランク?当てになるかよ!そもそも一年前の時だってBランク相当か怪しい実力だったんだ……!)
目の前のアンデッドたちは特殊個体とあってか、通常のそれとは行動パターンも実力も大きく違っていた。Aランクなら恵二はスキルを入手して間もない頃すでに倒している。だがこの警告する者はそんな恵二ですらついぞ倒せなかった相手なのだ。そのアンデッドたちが更に覚醒進化したというのだ。そのポテンシャルは恐らく伝説級に匹敵するのではないだろうか。
『―――少年。今回もひとつ、取引をしないか?』
「……取引だと?」
深淵の杖の念話に全員が息を呑む。骸骨の魔導師の念話はこの場にいる全員の頭に直接響いており、会話の内容は筒抜けであったのだ。
『そうだ。内容も前回と変わらん。見逃してやるからこの場を去るがよい』
「―――なっ!?」
「―――っ!」
「―――ひっ!」
僅かな殺気を放ちながら強い口調でそう言い放つ骸骨の魔導師に一同は様々な反応をした。
「ふざけるな!誰が不死生物と取引などするものか!」
魔物や不死生物を怨敵とする聖騎士の見習いであるミルトは声を大にしてそう返答した。
「不死生物相手に信用しろというっすか?冗談きついっす!」
リアネールも拒否の構えを見せた。彼女は冒険者の観点から魔物の言葉は信用できないと切り捨てたようだ。
「おい!見逃すって言ってるんだから早く逃げるぞ!?」
「あんたたちの任務は私達の護衛でしょう!?これ以上化物相手に戦闘だなんて冗談じゃないわ!」
ケーニンやシニスを始めとした見習い6人組は一刻も早く地上に出たいのか、これ以上の争いは避けたいようだ。特に問題児二人がぎゃあぎゃあと騒ぎ出す。
『……五月蠅くてかなわん。少年が決めろ。ここから大人しく引くか、それとも我々と事を構えるか―――』
深淵の杖の念話に一同の視線が恵二へと集中する。ボールを投げられた恵二はどうやってそれに応じようか思い悩む。
(ミルトは徹底抗戦、リアも取引には反対……残りは戦闘を避けたい、か……)
それぞれの思惑を確認していった恵二だが全員が満足いく答えなど土台無理な話だ。ならば自分の好きなように選択しようと恵二は心に決めた。
(奴らは無視できないけど任務失敗というのも嫌だしな。それに戦いになればミエリスたちが心配だ)
救助対象者がケーニンやシニスのような者だけであったら気にも留めなかったが、この場で連中と激しい戦闘を行えば少なからずこちら側にも被害が及ぶ可能性もある。
だが、そのまま引くだけというのも癪だ。
「―――分かった。この場は一旦引く。それと<回廊石碑>を使えなくさせているのはお前達だな?さっさと引いてやるから転移を使わせろ!」
恵二がそう応えるとミルトは悔しそうな表情を浮かべてみせたが口出しはしてこなかった。感情的な部分では納得していなさそうだが、この場で戦闘になれば教皇の娘にも被害が出る恐れがあることを彼女は十分理解していたのだろう。
『……余計な注文だが……まあいいだろう。サービスだ、今使えるようにするからさっさと帰るがよい』
そう告げると骸骨の群れは更に左右へと引いて小部屋までの通路を空けた。まさかその中を通って行くのかと見習いたちは引きつった顔を浮かべていた。
一方の恵二は<回廊石碑>の注文を追加したことで得られることができた新たな情報について吟味をしていた。
(てっきり<回廊石碑>は断られると思ったんだけどな……。それにそもそも連中にダンジョンをいじれる決定権があるのか?このダンジョンの主と結託している?それとも主からその権利を強奪したのか?)
ダンジョンの法則を完全に無視したこの≪蠱毒の迷宮≫では、どうやら只ならぬ事態が起こっているようだ。間違いなく警告する者が何かをしているのだろう。そういえば他のメンバーである骸骨の斥候と骸骨の猟犬の特殊個体を見かけない。もしかしたらその二体が何か別のところで暗躍をしているのかもしれない。
そんなことを考えながら恵二は他の者達と骸骨たちの間を通り過ぎようとした時、背後から騒がしい音を立てながら近づいてくる存在を察知した。
「―――なんだ?」
「これは……戦闘音っす!」
『ちっ!ややこしいことになりおったか……』
深淵の杖が忌々しげにそう口にする。どうやら彼らはその音の正体を知っているようだ。しかもこの状況は彼らにとっても好ましくない事態のようだ。
その音は破壊音であった。ダンジョンの壁面でも破壊しているのか、岩肌を砕くような鈍い音と、希に甲高い金属音も聞こえてくる。こちらは剣戟の音だろうか。更には鎧を着たまま走っている足音のようなものも聞こえてくる。その音から察するに大勢のようだ。
「待ちやがれ!この骸骨野郎!」
「気を付けろ!奥にも気配を感じるぞ!?」
「ちっ、追ってたつもりが誘い込まれたか……?」
何れも成人男性の野太い声が通路の奥から聞こえてくる。恵二たちがこの小部屋まで来た道と同じ通路の方からだ。その騒がしい集団は確実にこちらに向かってきており、そろそろ確認ができそうだ。
まず通路から姿を現したのは骸骨の魔物が二体だ。少し見た目が変わっているが、以前恵二たちと矛を交えた深淵の刃と深淵の牙の二体で間違いなさそうだ。。
おそらくこの二体も覚醒進化を遂げたのであろう。前とは比べ物にならない動きで戦闘を繰り広げていた。
そしてその二体を追う形で剣を交えている者たちがいる。それは同じ赤の鎧を着た集団であった。鎧こそ統一されているものの、その得物は斧や剣、それに槍とまちまちであったが、その全員がパワーファイターなのか凄まじい力であった。
鎧の集団は剣を振るい槍を突き出し斧を振り下ろしては、それをアンデッドたちはギリギリで躱していき壁や床に爪痕を残していく。彼らの通った道はあちこちが破壊され尽くしていた。
尋常ではない新手の登場に見習い組は顔を青冷めていたが、そんな中ミルトだけは喜色をあらわにしていた。
「間に合いました!皆さん、援軍です!」
どちらがと聞く必要もないだろう。アンデッド二体は絶対にあり得ない。するとそれと敵対している赤い鎧の集団はどうやら援軍のようだ。
深淵の刃と深淵の牙を追い詰めていた5人の鎧集団は一体どういう者たちなのだろう。
すると、その5人の後ろから更にもう一人赤い鎧を着た大男が現れた。鎧を着た男たちの中でもその者は一際大きく、深淵の剣と同じくらいの背格好であった。
その大柄な鎧が突如雄叫びを発する。その大声は大気を震わせ体の髄にまで響いてきた。するとそれに呼応する形で他の鎧たちの動きが格段と良くなった。鎧たちの猛攻に堪らずアンデッドたちは距離を取る。
「あれは……!成る程、彼が<咆哮>のダンっすね?」
リアネールの問いにミルトは頷いて説明をした。
「ええ、リアネール様と同じSランク冒険者<咆哮>のダン様とご同伴の冒険者たちです」
それはこれ以上ない援軍であった。迷宮内は更に混沌としてきた。




