ありえません!
本日二度目の投稿です。以前上げられなかった日の補填分です。
「凶弾の蛇は俺が一人でやる。リアはその間みんなの護衛を頼む」
「了解っす、ケージさん」
リアネールは恵二の実力を知っていた。この少年ならば問題ないだろうと判断した彼女は助言一つせず恵二を見送った。
「ケージさん!無茶だけはしないでくださいね!」
ミエリスは知っていた。少年は勇敢ではあるものの、他人の為に無茶をすることを。
あの時から二年近く月日が経っている。
少しだけ背が伸びた小さな少年が一体どれほど成長したのかは未知数だが、クマ相手に苦戦を強いられていた恵二がAランク上位の魔物を相手取るなど無謀ではないかとミエリスは訴えたが、それは聞き入れて貰えなかった。
「大丈夫、絶対に負けない!」
そう告げた少年の声は自信に満ち溢れていた。その言葉を信じてミエリスは一歩引いた。
(こんな自分でも見習い聖騎士になれた!ケージさんならばきっと……!)
今の自分があるのはあの少年のお蔭と言ってもいい。
“君の力はもっと、他の場所で活きると思うんだ。―――適材適所ってね”
その言葉は神官たちが居なくなった小さな村で、ただ一人漠然とその代役を務めていた少女の胸深くに突き刺さった。
村での暮らしはそこまで不満はなかった。孤児だったとは言え親切にしてくれる村人も中にはいた。<神堕とし>の影響で神官たちが全員村を離れた時、少女一人だけが残ってその代役を必死にこなしてきた。けれど本当は、もっと他のことがしたかった。折角授かった神の奇跡である神聖魔術、その適性があるのならそれをとことん高めてみたかった。
少年のその言葉がきっかけで少女は村を出る決意を固めた。
初めは聖者隊の候補生としてグランナガンへ訪れた。当時まだこの地に<神堕とし>の影響はなく、ミエリスはその才能をグングンと伸ばしていった。そしてある時彼女のその才能が聖騎士団長の目に留まった。
“その神に与えられた奇跡を、もっと人の役に立ててみないかい?”
ミエリスが最初に所属していた聖者隊とは、主に街中やその周辺を巡回する警備隊のような役割を担っていた。だがグランナガンは比較的平穏な土地で、ミエリスの才能はやや持て余している状態だったのだ。
そんなミエリスに声を掛けてきたのは教皇派で知られる青碧瞳聖騎士団の団長であった。平時は聖者隊と同じ国の防衛任務が主だが、国外などで神の敵とされる魔物や魔族、それに異端者の魔の手が信者に向けられた場合、真っ先に駆けつけるのは何時も青碧瞳聖騎士団の役目であった。
剣など振った事も無い。武器を持って戦った事も無い少女であったが、ふとナイフ一本でクマへと立ち向かった少年の姿がミエリスの脳裏に思い浮かぶ。
あの少年ならばどう選択しただろうか。今もどこかで身体を張って誰かの為に戦っているのだろうか。
そう考えた彼女はいつの間にか団長の誘いを受けていた。
それから今まで彼女は神聖魔術の技術を高めつつ剣技を必死に身に着けようとしていた。体力や力こそなかったが彼女は魔力量に恵まれていた。それを補えるだけの力があったのだ。
毎日がハードワークではあったが、誰かの為に己を高めているのだと思うと充実した気分であった。あの少年のように誰かの為に頑張っているのだと思うと厳しい訓練にも耐えてこれた。
そう、聖騎士団こそが私の適所だったんだと今は胸を張って言える。
そして、ようやく見習いを卒業する為の最低条件である清浄の儀の機会が訪れた時、ミエリスは再び少年と出会った。
「ケージさん!本当に無茶だけはしないでください!私ももう戦えるんですから……!」
後ろから聞こえてきた少女の不安の声に恵二は振り返らず手を振って応じた。
(もう戦える、か……。俺もだよ、ミエリス。俺もやっとここまで来れた……)
Aランクの魔物など、他の勇者仲間たちは既に王城にいたころから倒していた。それに比べ自分は獣を狩るのが精一杯、それでも命がけであった。
(ミエリスはまだ俺が勇者だと思っているのかな?いや……、公式に発表してるんだから俺が勇者から抜けていることは知っているのか?)
自分の夢の為に勇者から逃げ出したと知ったら彼女は幻滅するだろうか。なんだか彼女には偉そうなことを口走った気がするけど、当時の事は余りよく覚えていない。彼女は遠い異国の地でも頑張っているようだ。それに比べて自分は、果たして頑張って来れたのだろうか。
(勇者の使命は放棄したけれど、せめて自分の夢だけは頑張っているんだという姿を彼女に見せたい!)
恵二は腰から短剣を引き抜くとそれに魔力を通す。遙か前方には51階層へと続く階段と<回廊石碑>を守護するかのように凶弾の蛇の亜種が待ち構えている。向こうもこちらの姿を捉えたようで鳴きながら威嚇をし戦闘態勢を取る。
恵二も構えを取り、大蛇の様子を伺いながら昔のことを思い出していた。
(あの時の凶弾の蛇はナイフで頭を斬り飛ばしたんだっけ?確かその直前に毒の霧を吹きかけられたんだったな……)
スキルによる毒の耐性が得られなければ相打ちで終わっていた。亜種であるあの大蛇も恐らく毒の霧を口から吐きだすのであろう。今度も生き残れるとは限らない。出来れば毒は受けたくなかった。かといって毒耐性の魔術障壁など恵二は覚えていなかった。毒の治癒は出来ても未然に防ぐ術はまだ学んでいなかったのだ。
(今回はどうする?色々とこちらの手札は増えたが……あえて前回と同じで行くか!)
つまりは正面から斬りかかる、ただしスキルの全力強化でだ。余り人前で自分のスキルを見せたくはないが、ここでの情報は教皇の名のもと部外秘となっている。それにスキル強化による全速力での攻撃ならば、どうせ誰も目にも映らないだろう。
(いや、リアならもしかしたら……ま、いいか)
彼女には散々手の内を見せてきた。もう今更だろうと考えた恵二は己の身体能力を全力強化した。以前と比べると通常時の運動能力や魔力も見違えるほどになった少年の全力疾走攻撃は、かつて凶弾の蛇と対峙した時より威力もスピードも遙かに増している事だろう。
まずは軽くジョギングするかのように前へと駆け出す。とはいっても強化された少年の速度は凄まじくあっという間に管理者である大蛇との距離を詰めた。思わぬ速度で迫ってくる外敵に大蛇は慌てて魔術を発動させようとする。地面に魔力を流し込むのを恵二は捉えていた。
(土属性……おそらく土槍だな!)
通常種の凶弾の蛇も使っていた技だ。エアリムが得意な魔術でもある。突如地面から土の槍が飛び出してくる非常に殺傷性の高い魔術であったが、五感を高めている恵二にとってはスローモーションで飛び出てくるモグラ叩きをプレイしているような感覚だ。余裕で回避が可能であった。
(―――遅い!)
そこから恵二は一気にギアを上げた。全速力で大蛇へと疾走する。極限まで高めた五感で見る周囲の風景はまるで止まっているかのように錯覚をおこす。その中恵二1人だけが大蛇へと駆けていった。後はそのまま大蛇の首元に魔力を籠めたマジッククォーツ製のナイフを走らせるだけだ。毒を吐かせる間など与えはしない。
大蛇とすれ違いざまにナイフを振るった恵二はそこで一旦強化を解いた。その瞬間、止まっていたかのような世界が動き出す。
直後、大蛇の重い首がボトリと地面へ落ちた。首を失った身体も血を吹きだしながら地面へと横たわる。恵二はその返り血を浴びないように更に数歩前へと移動をした。
「―――え?」
「―――っ!」
「うそ……」
その光景を見せられた8人のほとんどが言葉が出てこなかった。少年が戦闘態勢を取ったと思った瞬間、気が付いたら大蛇の首が斬り飛ばされており、その奥に少年の姿が見えたからだ。
「一体何時の間に……!?」
先程まで規格外の戦闘能力を見せつけられていたミルトも、今回の動きは捉えることすらできなかったのか、狐につままれたような表情を浮かべていた。
「速いっすねぇ……。あのスピードで襲われたら、流石の私も対処しきれないかもっす」
強化された恵二の聴力にリアネールの賛辞も聞こえてくる。完全に対処しきれないと言わない辺りに彼女の凄さが伺える。言葉の裏を返せば対処できるかもしれないということなのだから。
「―――ケージさん!」
戦闘を見守っていたミエリスが近づいてくる。彼女も恵二の動きを捉えることができなかったが、一つだけ分かることは少年が自分の想像より遙かに強くなっていたということであった。
「本当に、成長されましたね。まさかこんなに強くなっていただなんて……!」
「まぁ、あの時よりかは大分マシになったかな?俺も一応元―――いや、なんでもない」
“元勇者だからな”と口走りそうになった言葉を飲み込んだ。この場で恵二が元勇者であることを知っている者はミエリスだけであったからだ。
「とにかくこれでやっと地上へと戻れるっすね!私、お腹ぺこぺこっす……」
「来る前に飛行船でたらふく食べていたじゃないか……」
ここまで来るのに4時間と掛かっていない。Sランクのリアネールもいたことで初挑戦のダンジョンではあったが相当無茶ができた。お蔭で半日掛からずのスピード解決であった。
だが、その時の恵二たちは思いもしなかった。この任務がまだ終わりではないという事を―――
「……嘘だろ?」
「<回廊石碑>が……機能していない……!?」
管理者が守護していた部屋の中には地下51階層へと続く階段と<回廊石碑>が設置されていた。すぐにその<回廊石碑>を使って1階層の<回廊石碑>まで転移しようと試みたのだが、どういうわけか全く作動しなかったのだ。
「もしかして、これも神聖魔術で動いているっすか?」
思わずリアネールがそう尋ねるも、ミルトは顔を真っ青にしながら首を横に振った。
「い、いいえ!この<回廊石碑>は他のダンジョンにあるそれと全く同じ機能の筈です!動かないなんて今まで一度も無かったんです!」
ミルトの悲鳴に近い叫び声に一同は静まり返ってしまった。予想もし得なかった事態にどう対処したものかと一同は沈黙してしまったのだ。
「……戻ることにするっす。47階層の転移魔法陣の所まで戻るか、最悪このまま1階層まで戻る羽目になるかもしれないっす」
リアネールの言葉に誰も反対意見は出なかった。ここで待っていても時間が解決してくれるとは思えなかったからだ。
何故かは知らないが<回廊石碑>が使えない。だとしたら行きに使った転移魔法陣も使えない可能性だってある。もしかしたらこのまま地上まで転移なしでダンジョン内を歩き続ける可能性が出たことに一同は溜息しか出てこなかった。
「……だから言ったんだ!戻った方がいいって……!」
「そうよ!ケーニン様の意見を無視するからだわ!」
そんな言っても意味のない嫌味な台詞に他の者は辟易としながらも、昇り階段の場所へ向かおうと歩を進めた、その時であった。
「―――!ケージさん!」
「―――ああ、何かいる!」
恵二とリアネールは僅かに気配を感じた。それは51階層へと続く階段の方であった。二人は振り向きざまに戦闘態勢を取る。それを他の者は怪訝な表情で見つめていた。
「?どうしたんですか?ケージさん……」
「……何者か、いるのですね?」
二人のただならぬ雰囲気に異常を察知したのか、他の者もその階段のある小部屋へと視線を向ける。奇妙なことに先程は遠くからでも中が覗けたその部屋は、黒い靄でも掛かっているのか室内が見えづらくなっていた。それに周囲の気温が若干落ちているようにも感じる。その何もかもが不気味さを演出していた。
そしてそれは現れた。
小部屋から現れたのは骸骨の群れであった。その数10体、20体と徐々に数を増していく。
「骸骨の戦士!?何故アンデッドがこのダンジョンに!?」
ミルトは信じられないものを見たといった表情を浮かべていた。
「……このダンジョンに不死生物は出ないんすか?」
「ええ、少なくとも私は聞いた事がありません。それに……あいつら一体どこから出てきたんですか!?」
そう、奴らの出てきた先は下り階段のある小部屋からだ。ダンジョンの魔物は沸き出すと言われてはいるが、流石にあの数は異常だ。とすると下の51階層から上がってきたとみるのが自然の流れなのだが―――
「―――ありえません!階層を超えられるのは管理者のみ!けど、管理者は……!」
そう、管理者は既に恵二の手によって倒されているのだ。管理者は一度倒されても復活をするそうだが、それまでかなりの日数を要すると聞いている。しかもあの骸骨たちは複数だ。決して管理者なんかではない。
あり得ないことがこう何度も続くものだろうか。恵二はエイルーンを発つ前に≪蠱毒の迷宮≫について助言を求めたシャムシャムの言葉を断片的にだが思い出す。
精霊女王の言葉は絶対……それを無視するのはおかしい……気をつけろ……
今まさにルールが崩壊したこの混沌とした迷宮に、恵二たち9人は完全に巻き込まれてしまっていた。




