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親は親、お前はお前

「この先を左に曲がって真っ直ぐの方向だ」


 魔力探索(マジックサーチ)で要救助者らしき反応を捉えた恵二は二人を先導し、要救助者がいると思われる場所へと向かっていた。6人の内2人は重傷なのか魔力の反応がやけに薄い。道中幼稚なトラップを避けつつ急ぎ足で恵二は目的地へと向かった。


「―――いた!」


「シンドリーお嬢様、ご無事ですか!」


「―――ミルトさん!?」


 ミルトの声に反応をしたのは恵二よりも年下の神官服に身を包んだ少女であった。彼女が教皇の娘であるシンドリーであろう。彼女は疲れ切った顔を歓喜の表情に変えると、涙を流し声を震わせながらミルトの元へと駆けていった。


 そのシンドリーと似たような神官服を着た少年少女が3名と、ミルトと似た鎧に身を包んだ者も二人で合計6人全員がその場にいた。恐らく鎧の二人が見習い聖騎士だろう。その内一人は魔物との交戦で深手を負ったのか、腹部から出血をしており横たわっている状態だ。すぐに応急処置が必要だと思われる。


 だが恵二は何よりも、もう一人の鎧を身に着けた少女に目を奪われていた。


(―――まさか!本当に彼女なのか!?)


 それは恵二の見知った顔であった。向こうも恵二の存在に気が付いたのか、ひどく驚いた顔をしていた。


「ミエリス……なのか?」

「―――ケージさん!?」


 それはハーデアルト王国のタナル村で出会った神官見習いの少女であった。短い間ではあったが一緒に命を懸けて共闘した仲でもある。もうあれから大分経ったがそんな少女を恵二が忘れられるわけがなかった。


「ミエリス、迷宮から戻らない見習い聖騎士の一人が君だったとは……。確か、えーと……なんとかって部隊の候補生としてスカウトされたんじゃなかったっけ?」


「聖者隊です。最初はそちらでお世話になっていたのですが、司教様から聖騎士団入りを強く勧められまして、私の力がお役に立てるならと配属を変えさせて貰ったんです」


 確か聖者隊とは魔術師団のようなもので、全員が神聖魔術の使い手だという話だ。剣を使わない騎士団といったところだろうか。そこの候補生として遠くハーデアルトからやって来た彼女が、まさか剣を扱う騎士団に入るとは思ってもみなかった。正直言って武装している彼女はとても似合わない気がする。


 そんな恵二の思いを察したのか、彼女はこう口を開いた。


「その、まだまだ剣の扱いは未熟でして……修行中の身です」


「そ、そうか……」


 一体彼女の何がそうさせたのだろうか。村をたった一人で支えてきた心優しい神官の少女は、いつの間にか異国の地で剣を握っていた。その姿を見た恵二はチクリと胸の奥に微かな痛みが刺すのを感じた。


「お知り合いっすか?丁度いいので貴方から状況を教えて欲しいっす。要救助者はここにいる6人で間違いないっすか?」


「は、はい!」


 呑気に昔話に花を咲かせている場合ではなかった。この場には重傷者らしき者が二名いるのだ。一人は見習い聖騎士の少年で腹部から出血が目立つ。もう1人の神官見習いの少女は特に外傷は見られないが顔色がとても悪い。おそらく毒でも貰ったのだろうか身体を小刻みに震えさせていた。


 すぐに恵二は治療に専念する。先程のミルトの反応で神聖魔術を使う事を少し躊躇ったが、人命が懸かっているのに自分の立場を気にしている場合ではなかった。神聖魔術で重傷者から治療をしつつ恵二はミエリスの話に耳を傾けた。


 彼女はこれまでの経緯を細かく伝えていった。そしてその内容はミルトが事前に話していた予想とほぼ一致していた。



 清浄の儀を無事に終えた6人は、後は転移で元の場所に戻れば試練が完了となる筈であった。ところが神官見習いの少年がこう提案したのだ。


 “これじゃあ簡単すぎる。折角だから50階層まで行こう!”と


 これに反対意見を唱えたのはシンドリーとミエリスの二人であった。寄り道は必要ない。このまま帰れば務めは果たせるのだと。


 しかしそれ以外の4人は初めからそのつもりだったのか、50階層まで降りる気満々であった。中には行けたら60階層まで降りようとさえ言う始末。結局多数決で“度胸試し”をすることが決まり、6人はその先へと進むのであった。


 殺人花蕾(デス・プラント)の情報については事前に仕入れていた。毒が脅威ではあるが神聖魔術の耐毒魔術の障壁で防げば楽勝な相手だということも。最初は前評判通り、毒さえ無効に出来れば手応えが全くなかった。その他の魔物もたいして強い種族はいない。


 しかし48階層にもう少しで辿り着くというタイミングで悲劇が起こった。


 <神堕とし>の再発だ。


 まず敵に一番近かった聖騎士見習いの少年がもろに毒を受けた。ミエリスも神聖魔術の効力が落ちたことにすぐ気が付くと、己の魔力を最大限に強めて辛うじて毒を防ぐ。


 だが敵は殺人花蕾(デス・プラント)だけではなかった。紫大鼠(ポイズンマウス)という毒持ちの巨大ネズミが襲い掛かってきた。しかも3体同時にだ。神聖魔術が使えなくなった神官見習いたちに戦う術は無く、あっという間にパーティは崩壊しかけた。


 何とか五体満足で戦う力のあったミエリスが踏ん張り紫大鼠(ポイズンマウス)殺人花蕾(デス・プラント)を始末するも、一人は腹部を毒の爪で抉られ、もう1人も殺人花蕾(デス・プラント)の毒を防げずに膝をついてしまった。慌てて解毒剤を二人に飲ませ、なんとか命辛々47階層の転移魔法陣まで戻ったものの、そこでさらに悲劇が待っていた。


 転移魔法陣が一向に作動しなかったのだ。ここで6人は<神堕とし>が再発したことを確信する。


 それから6人はこれからどうするか意見を出し合った。取れる選択肢は二つ、どこかに進むかこの場で待つか。進むのなら地下50階層だと満場一致で決まった。その場に留まるという選択肢もあったが、この前治まった筈の<神堕とし>は2年以上も続いていたのだ。初めから寄り道をする気だった見習い達は食料を多少は持ち運んでいたが、どんなに節約しても三日分が限度でそれ以降は空腹をどこまで我慢できるだろうか。このダンジョンは毒持ちの魔物ばかりで食べる事などできないのだ。


 結局6人は50階層へ進むことを余儀なくされた。


 そこからの戦闘はほとんどミエリスの一人頼みだったようだ。何せもう一人の聖騎士見習いは腹部の傷と毒の治りが悪く、まともに動けなかったのだ。他の神官たちも平時なら神聖魔術で援護なり攻撃をする手段があるのだが、<神堕とし>の影響化ではほぼ無力であった。ミエリスの足を引っ張らないよう毒やトラップを避けるので精一杯だったそうだ。


 ゆっくりとだが確実に50階層の奥、<回廊石碑>の傍までなんとか近づいた一行であったが、そこで更なる絶望が待っているとは思いもしなかった。なんと51階層へと続く階段と<回廊石碑>の設置してある部屋を塞ぐかのように凶弾の蛇(デスサーペント)の亜種が待ち構えていたのだ。


 流石にこの面子で管理者(中ボス)に挑めるわけがない。かといって引き返す体力も残されていなかった。後はただひたすら救助が来るのを待つしかないと悟った6人は今いる通路の奥でじっと耐え忍んでいたのだとミエリスは語ってくれた。



「本当にもう駄目かと思いました……。皆さん、助けに来ていただいて、ありがとうございます!」


 ミエリスから改めて感謝され、恵二は照れ臭そうに謝辞を受け取ると、それを台無しにする罵声を横から浴びせられた。


「何がありがとうだ!お前たち聖騎士見習いが未熟なせいでここまで大事になったんじゃないか!?危うく死ぬところだったんだぞ!?」


「そうよ!もう三日もこんな所に閉じ込められているのよ!あんた達ももっと早く来なさいよね!」


 そう癇癪を起こしたのは何れも神官服に身を包んだ少年少女であった。年は恵二やミエリスとたいして違いはない。


「……これ、どなたっすか?」


 リアネールがどうでもよさそうな顔で二人を指してミルトに尋ねた。


「枢機卿のご子息と大司教のご令嬢です。お二人ともシンドリーお嬢様とご同期でいらっしゃいます」


「ああ、つまりぼんぼんのお子様っすか」


 ミルトの説明を聞いたリアネールは、そんな身も蓋もない発言をした。彼女の空気の読めなさは相変わらずであった。


「───な、な……貴様、俺を馬鹿にしてるのか!?」


 少年が顔を真っ赤にして問い詰めると、リアネールはそれに平然と答えた。


「それは誤解っす。お金持ちや権力者のお子さんというのは、それだけでその人の長所っす。さっきのは褒め言葉っす」


 本心からか、それとも適当に思いついた言い訳を口にしているだけなのか、リアネールは飄々とした態度でそう述べた。それを態度のデカい少年は、彼女が自らの立場を思い知ったのだと受け取ったのか、満足そうな笑みを浮かべるとこう告げた。


「ほお、お前分かってるじゃないか。その身なり、そしてここまで来れたってことはそこそこ腕の立つ冒険者だな?……うん、顔も悪くない。どうだ?俺の家で雇われないか?冒険者稼業なんかより余程待遇がいいぞ?」


 そう口走った少年の顔はニヤついていた。その表情といい先の発言といい、リアネールを冒険者としてではなく女として囲うつもりでいるようだ。


(本当に聖職者の息子か?この糞ガキ……)


 これには恵二だけでなく他の女性陣も冷たい視線を彼に向けていたが、少年は気にすることなくリアネールの返事を待っていた。その自信満々な笑みを見る限り、彼は自分の誘いを断られるとは微塵も思っていなさそうだ。


「え?嫌っすけど?」


 故にリアネールがあっさりとその誘いを蹴ったことに少年は一瞬固まってしまった。


「―――は、ちょっと待て!何故断る!?俺は枢機卿の息子だぞ!?金も地位もある!一体何が不満なんだ!?」


 少年は心底訳が分からないといった表情を浮かべていた。しかし彼女は遠慮という言葉を知らない。これ以上追及するのは自らの首を絞める行為だということに少年は気づかずに彼女へと問い詰めた。


「うーん、それ以外の全部っすかね?あ、それと私の雇い主は貴方以上にお金も地位もあるっす。だからお断りっす」


「なっ……!」


 全く手加減のない彼女の返答に少年は絶句した。リアネールの現雇用主はおそらくヴィシュトルテ王国のフレイア女王のままだろう。金、地位、料理と三拍子揃っている彼女相手では流石に分が悪いであろう。


 恵二の横でその二人のやり取りを聞いていたミルトは吹き出しそうになっていたのを必死に堪えていた。意外にお茶目な人のようだ。


「ちょっと貴方!ケーニン様に向かってなんて口のきき方なの!無礼でしょう!」


 するともう一人の問題児が声を上げた。確か大司教のご令嬢である見習い神官の少女だ。どうやら枢機卿のご子息の名はケーニンというらしい。彼女はそのケーニン少年に対してぞんざいな態度を取ったリアネールを糾弾した。


「そうは言ってもここはダンジョン内で私は冒険者、礼節を求められても困ってしまうっす」


 彼女の言うことも尤もだ。ここはまだダンジョンの深層部で要救助者を発見しただけに過ぎない。恵二とリアネールに与えられた任務は彼らを無事地上へと送り届けることであった。


 これでは埒が明かないと考えたのか、ミルトが横から口を挟む。


「申し訳ありませんが私情は一旦置いて頂きます。ここからは冒険者のお二人と私が護衛に付きます。試練を受けにきたあなた方6人は我々の指示に従って頂きます。これは教皇様直々の御命令です」


 ミルトがそう告げると真っ先に反応をしたのは娘であるシンドリーと権威に煩い少年ケーニンであった。


「お父様の!?」

「シディアム教皇自らが冒険者を寄こしたのか!?」


「……ご質問にはお答え致しかねます。尚、ここで見聞きしたことは全て極秘扱いとなり、その情報を周囲に漏らすことは許可されておりません。破った者は最悪審問に掛けられる場合もございますので、どうかご留意の程を……」


「「「……」」」


 静かな口調だが、どこか迫力のあるミルトの言葉に一同は黙って頷いた。やはり彼女は普通の見習い聖騎士とは一線を画す存在のようだ。シンドリー嬢とは面識があるようだが、一体彼女は何者なのだろうか。



 一悶着あったものの落ち着いた一行はダンジョンを抜ける為の体勢を整える準備に取り掛かった。恵二は引き続き重傷者二名の傷を癒していく。その際神聖魔術を使ったところを問題児であるケーニンと大司教の娘シニスに見られて再び騒がれるも、ミルトがそれをやんわりと制した。彼女の言葉か教皇の威光かはたまた“審問”というワードに怯えているのかは分からないが、二人は大人しくミルトの言うことを聞いていた。ただその表情は不満で一杯ではあったのだが―――




「―――これで準備は整ったっすね。それじゃあ<回廊石碑>を目指すっすよ!」


「ちょっと待って!<回廊石碑>のある部屋には、まだアイツがいるんだろう!?」


 号令を出して進もうとしたリアネールをケーニンの言葉が邪魔をする。出鼻をくじかれたリアネールは半眼でケーニンの方を振り向くと、淡々とこう告げた。


「ええ、いるっすよ。管理者(中ボス)凶弾の蛇(デスサーペント)の亜種が―――それで?」


「“それで?”って、だからそれをどうやって倒すのかってケーニン様は聞いているのよ!?馬鹿じゃないの!?」


 先程まで大人しくしていたシニスはヒステリックな声を上げてリアネールを問い詰める。よく見ると他の見習いたちも不安そうな表情を浮かべていた。


(無理もない。Aランクの、それも亜種だ。この前セオッツ達と戦ったドラゴン相当の強さだもんな……)


 神官たちは基本戦闘能力に乏しい。彼らは将来戦場に出るのが役目ではない。あくまでも神の代行者として、又は神に仕える模範的な信徒として務めを果たす者達だ。見習い聖騎士たちは後々戦いの場に出ることになるのだろうが、個人で相手してきた魔物はよくてもCランク辺りが関の山であろう。Aの上位に位置する凶弾の蛇(デスサーペント)の亜種と対峙すること自体がありえなかった。


「転移魔法陣は復旧したんだろう?なら引き返そう!あんな化物、相手にするだけ命の無駄だ!」


「そうよ!ケーニン様の言うとおりだわ!儀式は済ませたんだし、ここは大人しく引き返しましょう!」


 ケーニンとシニスの言うことも一理ある。Aランク上位に位置する魔物を相手取るより、時間は掛かるが引き返した方がリスクが低いのは間違いないだろう。


 だが、そもそも度胸試し(寄り道)をしようと提案してきたのはこの二人だと恵二は聞かされていた。何でも言いだしっぺはケーニンで、“ただ行って帰って来るだけではつまらん。50階層か出来れば60階層まで行って戻ろう!”と無茶振りをしたそうだ。それにシニスも同調し、他のメンバーも親の権力を盾に強く断れなかったのだという。唯一親が教皇という立場であるシンドリー嬢も押しに弱い性格なのか、流されるままに寄り道してしまったようだ。


 その言いだしっぺ二人が今度は引き返そうと強く提案をしてくる。


(滑稽だな。そんな気概でダンジョンに挑んでいたとは……)


 こちとら伊達に未踏破ダンジョン攻略に命を懸けているわけではない。親の権力を笠に着て、物見遊山にダンジョン観光をしようとしている二人に恵二は軽い苛立ちを覚えた。


「悪いが戻るのは面倒だ。このまま押し通る」


 横から恵二がそう告げると案の定ケーニンは噛みついてきた。


「ふざけるな!冒険者風情が黙っていればいい気になりやがって……!お前みたいなガキの指図なんか誰が聞くものか!」


「いや……全然黙ってなかったし、お前も十分ガキだろう……」


 恵二も負けじと言い返すとケーニンは顔を真っ赤にして怒りを露わにした。


「こいつ!枢機卿の息子である俺に向かってなんて口を……!」


「親は親、お前はお前、だろ?少し黙ってろよ、見習い」


 恵二がそう言い捨てるとケーニンは最早聞きとるのも躊躇われるほどの罵詈雑言を浴びせた。それを恵二は全て聞き流してリアネールの方に近づいていく。


「……リア、このまま予定通り<回廊石碑>の所まで進むぞ」


「そのつもりだったっすけど、中ボスはどうするっすか?私がちゃちゃっと討伐してくるっすか?」


 Aランク上位の魔物相手に軽い調子でそう答えるリアネール。彼女の実力ならばおそらく瞬殺であろう。だが―――


「―――いや、俺にやらせてくれ。口だけだって思われたくないし、それに凶弾の蛇(あいつ)は嫌いだ!」


 銀狼たちを襲われた恨み、そして自分に猛毒を吹きかけてきた恨みを晴らす時が来た。結局銀狼たちも無事で恵二も一命を取り留めてはいたが、そんなことは関係ないと凶弾の蛇(デスサーペント)狩りに少年は意欲を燃やしていた。

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