表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
187/244

度胸試し

「47階層!?エイルーンの最下層より深いじゃないか!?」


「どういうことっすか?まさか見習いが自力で47階層まで潜った訳ではないっすよね?」


 リアネールの言葉にミルトは少し間を開けた後、こう呟いた。


「……この件は極秘でお願いします。彼女たちは転移魔方陣を用いて47階層まで降りているのです」


 教皇の娘をはじめとした将来の教団を背負って立つ見習いたちは、転移魔方陣を利用して一気に47階層へ飛んだとミルトは告げた。


 それにリアネールはすかさず問いただす。


「その転移魔方陣は私たちでも使用できるっすか?それならだいぶ楽なんすが……」


 リアネールもなんとなく嫌な予想がついているものの一応そう尋ねてみるが、ミルトは首を横に振ってこう答えた。


「こちらに付いてきてください。実際に見た方が早いでしょう」


 そう言って地下の通路を進んでいく彼女の後を二人は追いかける。数分歩くと道は行き止まりになっていた。だが目の前に立ち塞がっている壁を見た恵二はすぐに気がつく。


(隠し扉か……)


 ≪古鍵の迷宮≫と比較すると随分幼稚な仕掛けである隠し扉とそのスイッチの場所を恵二は瞬時に見抜いていた。そしてその読み通りの場所にミルトが手を掛けると道を塞いでいた扉が大きな音を立てて横にスライドした。


「……道っすか?」


 その隠し扉はどうやら一本道の横に通じているようだ。右側は洞窟の入り口だろうか。先程までの人工的な通路とはどこか違って見える。


「右側が≪蠱毒の迷宮≫の入り口になります。左側が本来の正門ですが、現在は封鎖させております」


 どうやら今まで三人が歩いてきた道は、≪蠱毒の迷宮≫へと続く道の別ルートだったようだ。おそらくはダンジョンの出入りを見られたくない時などに使用される秘密の通路なのだろう。


 正規ルートのダンジョンに向かって右側が隠し通路であったが、その反対の左側の壁面にも何やら仕掛けがありそうだと恵二は当たりをつけていた。僅かにだが稼働しそうな不自然な切れ目が見える。


 ミルトはその怪しい壁の付近に手をかざすと、先程と全く同じように壁がスライドしていく。その先に現れたのは隠し通路ではなく今度は小さな部屋であった。その部屋の床には何やら複雑な模様が刻まれている。


「ここが転移魔方陣の隠し部屋です。本来はここから一気に地下47階層へと飛べます。清浄の儀……見習いの試練は、この転移魔方陣で飛んだ少し先の毒池を浄化させるだけなのです」


 その階層にはそこまで強い魔物も出ないそうで、危険は殆どないのだとか。


「それで、これはどうして使えないっすか?」


「……この転移魔方陣を起動させるには、かなりの魔力を必要とするのです。それも神聖属性の……」


 リアネールの問いにミルトは苦々しい表情を浮かべながら答えた。彼女のその様子に恵二は首を傾げた。


(……?腕利きの神聖魔術使いがいないのか?いや……んなわけないだろ!?)


 この街は神聖魔術を得意とするアムルニス教の信者が集う聖地だ。誰か転移魔方陣を起動させられる者はいなかったのだろうかと恵二は疑問に思った。


(どれ、試しに俺がやってみるか!)


 <神堕とし>無き今、魔方陣を起動させるくらいの神聖魔術の行使は問題ないだろうと考えた恵二は床に手を置いて魔力を流しこんだ。すると魔法陣が徐々に輝きを放った。どうやら強化スキルで魔力量を少し足せば問題なく起動できそうな手応えを恵二は感じた。


 だが、恵二が魔法陣を起動させると同時にリアネールの口から信じられない言葉が聞こえた。


「なるほど。<神堕とし>の影響で神聖魔術が使えなくなり、見習いたちは帰れなくなったってことっすね」


「「え?」」


 リアネールの言葉を聞いた恵二は思わずそう声を発したがミルトの声とも重なった。


 恵二は<神堕とし>の影響で神聖魔術が使えないというリアネールの言葉に反応をし、一方のミルトは少年が魔法陣を起動させて見せたことに思わず声を上げた。


「―――な、何故動かせるんですか!?」


 驚きで一瞬固まっていたミルトだったが、魔法陣がしっかり起動していることを確認すると、彼女はその原因と思われる少年へと詰め寄った。恵二も突然な彼女の変わり様と先程のリアネールの発言に困惑しながらも、つい正直に答えてしまう。


「え?あ、いや……だから、魔力を通して起動を―――」


「―――ですから、どうして神聖属性の魔法陣を貴方一人で起動させられたんですか!?教団内でも魔力量の高い神官総出で試しても全く動かせなかったんですよ!?」


 どうやら恵二の言葉は火に油のようで増々彼女をヒートアップさせてしまった。それを見かねたリアネールが二人の間に割って入る。


「ちょっと待って欲しいっす!今はそんな事を論議している時間はないと思うっすが?」


「そ、そんな事!?ふざけないで下さい!これは重要な問題です!<神堕とし>が再び悪影響を及ぼしている中、彼は神聖魔術を平時と同じ様に扱ってみせました。これは我々教団にとって大変有益な情報です!」


 リアネールの仲裁も意味を為さず、ミルトは大声でそう主張する。だが、今の言葉は恵二も聞き捨てならなかった。


「ま、待ってくれ!<神堕とし>が再び復活したってのか!?」


 恵二の問いに一番驚いたのはリアネールであった。思わず少年の方に振り返って逆に尋ねる。


「え?知らなかったんすか?3日前くらいから再び<神堕とし>の影響で神聖魔術が使えなくなったっす。その少し後っすよ。今回の依頼が私の所に来たのは……」


 なんと、リアネールの話では恵二がエイルーンに戻って来た時には既に<神堕とし>は再発していたと言うのだ。衝撃の事実に恵二は頭を金槌で叩かれたかのように錯覚をする。


(―――っ!?街が騒がしかったのはそれでか……!てことは、俺がセレネトを発った時かそのすぐ後くらいには既に<神堕とし>が再発していたのか!?)


 なんとも間の悪いタイミングであった。これが街中にでもずっと留まっていれば知れる機会があったのかもしれない。だが恵二はエイルーンに戻ると、そう時間を経たずにセントレイクまで飛んで来ていた。少年の耳には全くその話題が入ってこなかったのだ。


(……いや、ヒントならあった!)


 <若葉の宿>で声を掛けてきたホルクの言葉がふと脳裏に浮かぶ。


 “ケージ君は街の外にいたから知らなかったか”


 “<神堕とし>の件で街中は大騒ぎなんだよ!”


 あの言葉は1週間以上も前に起きた<神堕とし>の消失を指していたのではなく、再び<神堕とし>が発動されたことを話していたのだ。それを碌に聞かずに恵二は勘違いをしたままここまで来てしまった。つまり<神堕とし>の脅威は依然存在したままで、ここセントレイクでも神聖魔術の効力は大幅に減少をしているのだ。


 先程ミルトは魔力量の高い神官総出でも魔法陣を起動できなかったと言っていた。それを恵二は迂闊にもたった一人で成してしまったのだ。一番知られてはいけない教団の中枢に仕える者の目の前で―――


(―――拙い!やっちまった!どうする!?どう誤魔化す!?)


 足らない頭をぐるぐると働かせている少年の態度を不審に思ったのか、ミルトはさらに少年を問い詰める。


「話して頂きます。神の恩恵を阻害する呪われた災厄、それを貴方はどう対策し奇跡を起こせたのですか?」


「……すみません、お話ししたくありません」


 考えが纏まらない少年は嘘をついても泥沼になると思い、正直にそう話した。だが彼女は更に食い下がる。


「申し訳ないですが、貴方に黙秘権なんかありませんよ?神明裁判にかけてでも、話して頂きます」


「―――いいえ、それこそ貴方たちにそんな権利はないっす」


 すると横からリアネールの助け船が入った。彼女はそう口を挟むと、熱くなっているミルトにこう告げた。


「≪蠱毒の迷宮≫は極秘扱いで、その代りそちらも冒険者のやり方にも不干渉、という約束だった筈っすが?」


「冒険者?一介の冒険者があれほどの神聖魔術を行使できるとは思えません。彼は元々信奉者だったのではありませんか?彼が神の信徒であれば、それは我々の同胞でありこれは教団の領分です」


「それこそ関係ないっすね。昔がどうあれ今のケージさんはCランクの冒険者っす。冒険者の手札一つに外野からとやかく言われたくないっす」


「―――手札!?神の奇跡を冒険者の一芸だと言うお積りで!?不敬ですよ!」


 リアネールとミルトが二人でそう口撃をし合う。二人とも容姿はそれなりに綺麗な方だがその分怒ると怖い。自分が原因で二人の女性が言い合う状態に恵二はどうしたものかと頭を悩ませる。


 だが、少しするとミルトの方が折れた。


「……いいでしょう。ひとまずこの件は後に回させて頂きます」


「先だろうと後だろうと議論する気はないっすけど、今は救助者を保護するのが先っすね」


 二人とも先ずは教皇の娘であるシンドリー・シディアムを始め、その他の有力見習い神官たちを救うことを優先とし、ここは一旦手打ちとなった。


「それで、この転移魔法陣があれば47階層まで一気に飛べるっすよね?それならば救助も楽勝じゃないっすか?」


「……だといいのですが、おそらくそう簡単にはいかないと思いますよ?」


 何か引っかかる言い方をしながらもミルトは転移魔法陣の上に立つと先行する形で転移した。一刻も早くシンドリー嬢たちを救助したいのは彼女も同じなのだろう。恵二も続いて飛ぼうとするが、その際にリアネールから声を掛けられた。


「ケージさん。あの女には注意をするっす」


「……ああ、なるべく手札は見せないようにするよ。……それと助かった」


「いいえ。でもその件だけじゃないっす。あの女、とても騎士見習いとは思えない足運びっす。恐らくは正式な聖騎士っすよ」


 一瞬ダジャレかとも思ったが、確かにこんな重要案件に案内人が見習い一人というのも不自然だ。身分を偽っているのは内部にも騒ぎを勘付かれたくないであろう教皇の入れ知恵なのだろうか。


「分かった。肝に銘じておくよ」


 そう告げると二人はミルトに続いて転移をした。≪古鍵の迷宮≫とは違い行先は1ヶ所に固定されており、魔法陣の中央に立つと自動的に転移が始まった。



「……ここは?」


「地下47階層、清浄の儀を行う場所です」


 先に転移をして待っていたミルトがそう教えてくれた。そして続けてこう言い放った。


「やけに遅かったですね?何か相談事でもしていましたか?」


「―――!?」


 見事に言い当てられた恵二はドキリとしてしまう。馬鹿正直に反応してしまった自分を呪ってやりたい気分だ。こういう駆け引きは未だに未熟だなと恵二は反省をした。


「そうっすね。この後お昼はどうしようかという相談っす。お腹が減ったっすよ」


「……とことん不謹慎な方ですね。全く冒険者という輩は……」


 勿論彼女もそれを正直に捉えた訳ではなかったのだろうが、もっとマシな言い訳はないのかとリアネールをジロリと睨みつけた。


「それで、教皇の娘さんはどちらに行ったと思うっすか?」


「……まずは池の方に向かいましょう。儀式を済ませているかどうか見れば分かります」


 そう告げるとミルトは一人で奥の方へと進んでいく。それを慌てて二人は追いかけた。


「ちょっと待つっす!一人で47階層のダンジョンなんか歩いたら危ないっす!」


「大丈夫ですよ。この階層の周囲はあらゆる防御魔術で守護されております。神聖魔術の低下で一部穴があるでしょうが、もともとこの階層自体大した魔物はいないのですよ」


 地下47階層といえばかなりの深度だと思われるが、そんなに魔物のレベルは低いのだろうか。それとも彼女の実力では取るに足らない相手ということだろうか。


 そんな事を考えながら進んで行くと、道の行き止まりに小さな池が見えた。その池をミルトは覗きこむ。


「……浄化されておりますね。どうやら清浄の儀はキチンと行えたようですね」


 その池は元々毒池なのだという。一度浄化しても時が経つと再び毒池に変わるそうだ。そこを浄化して清めるのが司教以上や聖騎士といった要職に就く見習いたちに課せられた必須の試練なのだそうだ。


「清める……てことは神聖魔術っすよね?ここに来るまではまだ<神堕とし>が発動していなかったってことっすか?」


 つまり浄化を済ませて転移魔法陣へと戻る僅かの間に運悪く<神堕とし>が発動したということだろうか。


(人のこと言えないが、そんな絶妙なタイミングで<神堕とし>が発動したのか?)


 恵二やリアネールが同じ疑問を抱いていると、ミルトがそれを解消する説明をしてくれた。


「彼女らは恐らく“度胸試し”に向かったんだと思われます」


「は?」

「度胸試し?」


 それは何かと尋ね返すとミルトは苦虫を噛み潰したかのような表情でこう答えた。


「清浄の儀の悪しき風習とでもいいましょうか。転移で行って帰ってくるだけの儀式に満足できない若者が、もっと奥の階層まで踏み込んで通常の<回廊石碑>で戻ってくるという古い習わしですよ」


 どうやら見習いの間では、その度胸試しをしたかどうかで将来の語り草になる上、上司や同僚からも一目置かれると考えられているそうだ。その為帰りに寄り道をする見習いが後を絶たないのだとか。教皇の娘であるシンドリーは寄り道をするタイプではないようだが、他の同行者の中には蛮勇な若者も多くいるという。帰りの時間が遅いことから彼女達がその寄り道をしているのは間違いないようだ。


「平時なら50階層くらい問題ないのですよ。トラップも少なく魔物も毒持ちというだけで然程強くもありません。ですが<神堕とし>の影響で得意の神聖魔術が使えないとなると見習いには厳しいと言わざるを得ません」


 おそらく彼女達が寄り道をしている間に<神堕とし>が再発し、<回廊石碑>の置いてある50階層へ辿り着けなくなったのであろうとミルトは話す。


「ちょっと待って欲しいっす。逆に昇っているってことは考えられないっすか?ダンジョンは基本降りるとその分難易度が上がるっす。途中で異常事態に気が付いた見習いたちが引き返して45階層を目指したってことはないっすか?」


 成程と思った恵二であったが、彼女の考えはミルトがすぐに否定した。


「いいえ、おそらく下に目指してます。ここのダンジョンは10階層ごとに<回廊石碑>が置かれております。40階層は50階層より少し遠い。それに45階層にはトラップが多数ある危険なフロアだと見習いたちには言い聞かせてあります。“間違っても度胸試しで上がるな”とね」


 教団側はその度胸試しとやらを黙認しているらしく、階層を上がることだけは禁止しているようだが降りることは別段問い詰めるつもりはないようだ。しかし今回は本当に間が悪かった。


「分かったっす。彼らが47階層から50階層のどこかで立ち往生していることはほぼ確定ってことっすね?」


「まさか転移で一気にここの階層まで来れるとは……僥倖でした」


 ミルトは恵二の方をチラリと見るも、この場で先程の話を蒸し返すつもりは無いようでこう告げた。


「ここから先は貴方達にお任せします。私も同行しますので疑問があれば何でも聞いてください」


 こうしていよいよ≪蠱毒の迷宮≫内での捜索が始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ