嫌な予感がするっす
投稿が暫く止まって申し訳ありません。水、木は時間が作れそうなので、二話分投稿できればと思います。
「おまたせ」
「準備はもういいっすか?こっちも丁度手続きが終わったとこっす」
リアネールとは魔導飛行船場の搭乗受付カウンターで待ち合わせをしていた。チケットの手配などはギルド側でして貰ったが、残りの手続きは彼女にお願いをしていたのだ。
魔導飛行船場はエイルーンの南西地区に設けられていた。船の発着は日に一、二度ほどのペースで行先は全部で4箇所、最東部のシイーズ皇国、南東のミルクス国、最西端のノーグロース通商連合国、そして今回の目的地である南西の聖教国グランナガンである。
魔導飛行船は魔力で浮いている仕組みだそうだが天候に左右されるのは現代日本の乗り物と同様で、偶に欠航になることもある。今は夏真っ盛りではあるが、冬場になると大陸北部の国は雪が酷いため魔導飛行船の発着場は基本北の方には設けられていない。北部の帝国には飛行場があるそうなのだが、あそこの国は自由な行き来ができない為、定期便は存在しない。そういった国は他にもあるが稀に王族や貴族など専用の飛行船でエイルーンに訪れる者もいるそうだ。
「さ、時間も惜しいのでさっさと乗るっすよ」
「……ちょっと待ってくれ。まだ覚悟が―――」
飛行船に乗るのを躊躇っていた恵二だがリアネールに腕を掴まれ強引に搭乗をさせられる。その光景を飛行場のスタッフや他の乗客たちは不思議そうに見つめていた。他の乗客と比べて恵二たちの存在は非常に浮いていたからだ。
「何だ?あの子たちは?」
「服装からするに冒険者、か?」
「どこかの貴族のボンボンが趣味で冒険者でもしてるんじゃないですか?」
周りで語らう他の乗客たちは全員が質の良い身なりをしていた。その誰もが上流階級の貴族や大金持ちの商人などであった。
魔導飛行船は大きな船を高質で巨大な魔石複数を使い飛ばすという非常にコストの掛かった乗り物だ。その為運賃もかなりの高額で一般人には払う事が出来ず限られた人間のみが利用している。その性質上警備の方も万全で、身元不明な者はいくら大金を積もうとも乗ることすら許されない。搭乗するにはある程度の地位と金が必要なのだ。
恵二とリアネールの見た目は冒険者風の少年少女であった。そんな二人が魔導飛行船に乗るものだから周りからは注目の視線を集めていた。
「……なんか、場違いな気がしてきた」
「気にする必要ないっす。ただの空飛ぶ乗り物っす」
Sランク冒険者という地位に就いているリアネールは過去に何度か乗った経験があるのか慣れたもので、ギルドが手配してくれた二人専用の個室へ迷いなく進んでいく。荷袋を降ろし一息つくとリアネールは口を開いた。
「……ここなら周りにも聞かれる心配はないっす」
「今回の依頼の詳細を話してくれるんだっけか?」
恵二の言葉にリアネールは頷いた。
「まず今回の目標っすが、先程説明した通りダンジョンから戻って来ない要人の救出っす」
「……帰れなくなったのか?それと要人?偉い人か何かなのか?」
「順に説明するっす。その前にケージさんは≪蠱毒の迷宮≫についてどれくらい知っているっすか?」
「……唯一毒のあるダンジョン。……それくらいだな」
リアネールの問いに恵二はそう答えたが、実際にはもう少しだけ知っていた。その迷宮の創造主はおそらくトントンという名の精霊種であるということを。
恵二は飛行船場に向かう前、≪蠱毒の迷宮≫の詳細を知っておこうと箱庭の精霊であるシャムシャムの元へと訪れていた。だが得られる情報はほとんど無かった。シャムシャムは基本迷宮の外には出ることなく、好き勝手にダンジョン運営を行っていた為、他の精霊たちとコンタクトを取っていないのだそうだ。
それでもなんとか分かったことは主に2点。
そこの箱庭の精霊が多分トントンという名の精霊種であること。
そのトントンは精霊の中でも薬の知識に精通しているということ。
たったこれだけであった。
シャムシャム曰く“トントンは卑怯者で畜生で根性無しで根暗な地上最低クズ野郎なの”という話なのだが、彼女の過剰な反応にどこまでが真実なのかは分からない。どうも精霊たちは約束事を違える者や卑怯者を毛嫌いする傾向にあるようだ。“毒”もどうやら卑怯者として分類されるらしく、薬の一環として毒薬を扱うトントンをシャムシャムは嫌っている様子だ。
それと気になることをもうひとつだけ聞く事が出来た。
“トントンは糞野郎だけど王女様の言葉は絶対なの。それを無視して毒を持ち込むなんて絶対におかしいの!気をつけるの!”
精霊が女王の言葉を無視するのは通常考えられないとシャムシャムは告げてきた。しかし、もしトントンが女王の言葉に逆らったのだとしたら、その他の約束事も守られていない可能性があることを彼女は指摘していた。
その約束事とは“攻略不可能なダンジョンを作成してはいけない”“お宝をきちんと用意する”という点であった。
(今回はあくまで人命救助が目的で、別に攻略をするわけじゃない。問題はないか?)
恵二がそんな考え事をしている内にリアネールは≪蠱毒の迷宮≫について語り出す。
「≪蠱毒の迷宮≫はアムルニス教団所有のダンジョンで信者たちの試練の場として利用されているっす。その為詳細は教団の上層部にしか分からず、未踏破なのか最下層はいくつなのかも不透明っす。唯一分かることは、他のダンジョンと違い毒のトラップや毒を持つ魔物が徘徊していることっすね」
彼女がダンジョンの説明をしている間に魔導飛行船が細かい振動をし始めた。どうやらこれから離陸をするようだ。
「詳しいことは分からないっすが、教団である程度の地位に就かれる方は若い時に全員そのダンジョンで試練を受けるのが通例だそうっすよ。今回救出に向かう要人もその一人っす」
史実上唯一毒のあるダンジョン≪蠱毒の迷宮≫を“呪われたダンジョン”などと風聞する研究者もいるそうだが、それが知られれば妄信的な信者に背後から刺されかねない。というのも教団はそのダンジョンを神が与えた試練の場として定めている。解毒効果のある治癒魔術や防御魔術の多い神聖魔術を扱う信徒にとってそのダンジョンはあくまで乗り越えるべき試練なのだ。
「一週間くらい前、<神堕とし>の影響が消えたのはケージさんもご存じっすよね?」
「あ、ああ。知っているよ……」
恵二は動揺を隠しきれず、どもりながらそう答えた。遂に魔導飛行船が完全に陸から離れ上昇を始めていたからだ。初めての空飛ぶ乗り物に恵二は内心焦っており、彼女の説明がなかなか頭に入ってこなかった。
「今まで<神堕とし>の影響で神聖魔術が扱えず試練を見送ってた人たちがいるっす。教団は試練抜きで幹部候補生たちを役職に就かせるのはあり得ないという判断のようっすね。それが晴れて神聖魔術が使えるようになり、これ幸いにと将来有望な幹部候補生たちを次々と迷宮へ送る事を決めたみたいっす」
おそらく司教か大司教以上の者は全員その試練を受けているのではというのが冒険者ギルドの見解だそうだが、教団の極秘事項ということもあり今回の依頼に際しても教えられなかった。救助するのにそんな情報は必要ないだろうというのがあちら側の考えだそうだ。
「しかしそこで悲劇が起こったっす。将来有望な若手……つまりはちょっと腕の立つ生意気なガキたちが調子に乗ったようっす。予定していた地点より奥の階層にまで足を延ばしたみたいっす。しかし、そこで―――ケージさん、大丈夫っすか?顔色が悪いっすよ?」
「―――すまん、ちょっと話しは後でいいか?」
やはり乗り物は駄目なようで恵二はすっかり酔ってしまっていた。これ以上小難しい話は聞けそうにもないのでリアネールには話を簡潔に纏めてもらった。
要はダンジョン深くに潜ったが戻れなくなって立ち往生しているであろう教皇の娘さんを含んだ神官見習いたちを全員救助しろとのことだそうだ。教団の不祥事を冒険者に頼むなど威信に関わる問題だが教皇も人の子、娘のピンチには代えられないのだろう。それをなるべく外部や内部の他の者にも知られないよう任務を遂げろということらしい。
そんなどうでもいいことを聞かされた恵二が思った事は、帰りは絶対に陸路を使おうということだけであった。
異世界の空の旅という超貴重な体験にも関わらず、恵二はずっと個室でぐったりとしていた。それでも空を飛んだ甲斐はあったのか、通常馬車で6日間掛けて辿り着く聖都に僅か一日で到着をした。
「ああ、陸の空気は素晴らしい!」
「……上空の空気の方が澄んでいる気がするっすがねぇ」
真っ先に恐ろしい乗り物から飛び出た恵二は大きく深呼吸をすると、一日ぶりの快調に気分を良くした。飛行船場の出口には受付があり、ここで入国手続きも行える。尤も乗車する前にもその辺りは行っているので、ここでの手続きは簡単な確認くらいだ。それが済むといよいよグランナガンへの入国が認められる。
<聖教国グランナガン>
王族を頂点とした一国ではあるものの、この大陸最大にして唯一といっても過言ではない宗教勢力を持つ<アムルニス教団>の総本山だ。政は王族の務めだが表向きの外交や小さな町や村の管理、それに国防などもほとんどが教団で取り仕切っている。はっきり言って国王はただのお飾りだ。実質的な権力者は教団トップの教皇であるシルバーノ・シディアム、つまり今回の依頼者が実権を握っている。
恵二たちが現在いるのはグランナガンの首都である聖都セントレイク。その東には聖なる湖と謳われている巨大なセントレイク湖が広がっている。以前ヴィシュトルテ王国で見た湖よりかは一回り小さいそうだが、それでも相当な広さだそうだ。アムルニス縁の湖として信徒からは愛されている大変綺麗な湖なのだとか。
「こっちっす」
リアネールはセントレイクにも訪れたことがあるのだろうか、目的地へと淀みなく進んでいく。恵二にとっては初めて訪れた土地ではあるが、残念ながら観光をする余裕はない。
(あちこち見るのは依頼が終わった後だな……)
そう考えながらも恵二は彼女の後をただひたすらと付いていく。まずは依頼者である教皇の元へと行くのであろうかと考えていた恵二だが、どうも違う様子だ。教皇がいるのは恐らく教団の総本山である大教会であろう。それらしい建物はここからでも見ることができるがリアネールが向かっている先はその逆方向だ。
よく考えて見ればそれも当然であった。極秘任務であるのにわざわざ大教会の教皇の所に乗り込んで“ちわー!依頼受けに来ましたー!”なんて言えば台無しだ。では、彼女は一体どこに向かっているのだろうか。この街には確か冒険者ギルドは存在しないはずであった。
二人が辿り着いた先は平凡な建物であった。その建物の扉をリアネールは軽くノックをすると奥から一人の男性が姿を見せた。
「はい、どちら様でしょうか?」
「西から二名、お館様に頼まれた品をお届けに来たっす」
これは冒険者が使う符号であった。“西”とは冒険者ギルド本部が存在する最西端ノーグロースのことを指し、“お館様”というのはギルドマスターのことを指す。お届け物とはつまり自分たちのことであった。
「……!?どうぞ入ってください」
男は最初怪訝な表情を見せたものの、リアネールがチラッと見せた純白色の冒険者証を見ると驚いていた。リアネールにしても恵二にしても見た目は幼く、とても依頼を受けにきた冒険者には見えなかったのだろう。
「失礼するっす」
「お邪魔します」
二人が中に入るとその建物は普通の民家であった。
「奥に地下への階段があります。そちらで今回の案内人がおります」
「分かったっす」
そう言ったリアネールは奥の扉を開けると、確かに地下へと続く階段があった。そこを降りていくと風景は一変した。
「……何だ、ここは?」
「……私もここには初めて来たっす。どうやら秘密の隠し通路ってやつっすかね?」
一階は普通の民家であったがその地下は頑丈な石壁で作られている通路であった。その先へと進んでいくと神官服を身に纏った一人の少女がそこに立っていた。
「お待ちしておりました、冒険者様。リアネール様とケージ様でお間違いありませんね?失礼ですが冒険者証をご提示願いますでしょうか?」
少女の問いに頷くと二人は冒険者証を取り出して見せた。恵二はCランクを現す青色のランク証を、リアネールはSランク特有である純白のランク証を見せると少女は満足したのか笑みを浮かべてこう口を開いた。
「ありがとうございます。申し遅れましたが私は青碧瞳聖騎士団の見習いでありますミルトと申します。今回お二人の案内役としてご同行を指示されております。宜しくお願い致します」
そう述べると彼女は深々と頭を下げた。
青碧瞳聖騎士団とは、教団が保有する騎士団の一つであった。
その中でも聖騎士団と名のつく部隊は限られている。
最強の部隊と言われる聖教国騎士団を筆頭に、青碧瞳聖騎士団、黄金衣聖騎士団、黒御櫛聖騎士団の4つである。
ちなみに青碧瞳とはアムルニス神の容姿から用いられた部隊名だそうだ。何でも古い教典によるとアムルニスは生前黒髪に蒼目で黄金の神官服を着ていた司祭だったそうだ。そこから騎士団の名前を拝借したそうだ。
彼女はその中でも教皇派と世間では言われている青碧瞳聖騎士団の見習い騎士なのだそうだ。見習いとはいえ精鋭の騎士団の末端ともあってその実力は、少なくとも冒険者Bランク相当はあるのではとリアネールが後で教えてくれた。
しかし―――
「―――案内人の同行は聞いていないっすね。正直、足手まといは勘弁っす」
「ご安心を。これでも武術の心得は多少なりともございます。それに、貴方の連れて来られたご同行者はお一人で、しかもCランクのご様子ですが大丈夫でしょうか?先行されていらっしゃいます≪咆哮≫様は、Bランク以上の冒険者5人を引きつれての戦力で挑まれておりますよ?」
「げ!≪咆哮≫が来ているっすか!?嫌な予感がするっす……」
ミルトの説明を聞いたリアネールは彼女の問いには答えずに嫌そうな顔をする。気になった恵二は聞いてみた。
「なあ、リア。≪咆哮≫って誰だ?もしかして……」
「そうっす。私と同じSランクの冒険者、≪咆哮≫のダンっす」
どうやら先にもう一人のSランク冒険者が同行者を連れて救出に出向いているようだ。大陸に7人しかいないSランク冒険者を一度に二人も投入するとは、過剰すぎる戦力にも思えた。しかもその同行者は全員Bランク以上なのだという。つまり恵二のCランクだけ浮いていたのだ。
「ダン様がお着きになったのは半日ほど前です。既に17階層まで進められております」
「半日で17階層!?」
その数字に恵二は驚いた。自分が慣れ親しんだ≪古鍵の迷宮≫ならば同じくらいの時間で17階層を進めることは可能だが、ここは毒有りの上おそらくダンという冒険者たちにとっては初めてのダンジョンだ。そんな未知のダンジョンをそこまで早く攻略できるとはSランクは伊達ではないということか。
「ちょっと待って欲しいっす!要救助者は一体どこまで潜ったっすか!?」
リアネールは慌ててミルトに問い詰めた。事前の話では、その試練とやらは形式的な儀式で、ちょっと行って帰ってくる程度のものだと聞いていた。それが17階層も潜った上に見つからないとなると、一体彼らはどこまで潜ったのだろうか。それとも試練とは、見習いの彼らがそこまで潜らなければいけないほどの儀式だったのだろうか。
リアネールの問いにミルトはこう告げた。
「彼らは現在47階層辺りにいると推測されます。私がお話しできるのはこれくらいです」
想像以上の深さに恵二とリアネールは唖然としていた。




