理不尽なの
すみません、昨日分の投稿間に合わなかったです。この前すっぽかした分も何時かどこかで埋め合わせします……。
「リアか!?エイルーンに来ていたのか!」
恵二は久しぶりに再会した彼女にそう声を掛けた。彼女は一年前と変わらず童顔で背が低く、とても自分より5才年上のSランク冒険者とは思えない容姿であった。チャームポイントである紫のツインテールも相変わらずだが、今回は大きなリュックは持ってきていない。それに服装も動きやすい冒険者風なものへと変わっていた。
「ええ、ちょっと急用でエイルーンに寄らさせて頂いたっす。ナイスタイミングっすね!」
「ん?どういうことだ?」
「それは俺から説明しよう」
恵二の問いにリアが答える前に、この部屋の主であるパーモンギルド長が口を挟んだ。
「お前とは何度かギルドで顔を合わせてはいるが、こうしてちゃんと話すのは初めてだったな。エイルーン支部のギルド長パーモンだ。宜しくな、ケージ」
「ケイジ・ミツジです。宜しくお願いします、ギルド長」
恵二はギルドに足を運んだ際、この男の姿を何度か見たことがあった。会話をしたことはなかったが、恵二はこのスキンヘッドの男がギルド長であることは聞かされており、おそらく向こうもホルク辺りから少年の情報は耳に入れているのだろう。
「それで早速本題に入りたいんだが、その前に言っておくことがある。既に聞いたかもしれんが今回の件は極秘依頼だ。ここにいるメンバー以外に情報を漏らすことは許されん。故意に情報を流せば刑に処される案件だ。それを踏まえた上で話を聞いてくれ。情報さえ洩らさなければ拒否権もある。ここまではいいか?」
「……はい、問題ありません」
パーモンの言葉に恵二は少しだけ考えた後承諾をする。これが強制の依頼であれば拒否しただろうが、そうでないのなら話だけ聞くのは別に問題ない。
「よし、まず今回の依頼者だがアムルニス教団の現教皇であるシルバーノ・シディアムからだ。依頼内容は人命救助。場所は聖教国グランナガン、聖都セントレイクにあるダンジョン≪蠱毒の迷宮≫だ。詳細は追って説明するが……ここまでで質問はあるか?」
パーモンの説明に恵二は困惑していた。まず依頼者からしてぶっ飛んでいた。アムルニス教の教皇といえば、つまり教団のトップだ。大陸中に広がっているアムルニス信仰者の纏め役という立場で、その影響力はそこらの国王さえ凌ぐと言っても過言ではない。
最もグランナガンには別にきちんとした王族がいる上に、国の舵取りをする権利は教皇にはないそうなのだが、多数の信者を抱える教団トップの発言に影響力が無いわけがなかった。
(俺が思いつく限り、この大陸で一番発言力の高い人物じゃないのか?)
そんな人物の依頼が、どうしてCランク冒険者である自分ごときに振られるのかが分からなかった。救助する相手やその場所もかなり気になるのだが、一番の疑問点を恵二は口にする。
「……どうしてそんな依頼が俺宛に来るんでしょうか?他に適任者がいるんじゃないですか?」
もしかして自分が亀を信仰して神聖魔術を扱っていることが教団に露見したのだろうか。それで自分をグランナガンに呼びつけて粛清しようとしているのでは。アムルニス教にあまりいい感情を持っていない恵二はそんな深読みをしてしまう。
だが、そんな恵二の予想を否定する内容をパーモンは述べた。
「ああ、まずはそこからの説明だな。言っておくが今回の件は指名依頼ではない。教皇はお前にではなく、冒険者ギルドに依頼を出した。そしてギルドマスターがSランク冒険者数名に指示を出した。リアネールもその内の一人だ」
「えっへん!」
パーモンに名前を呼ばれたリアネールは何故か胸を逸らし誇らしげな態度をみせる。自分は大役に選ばれた凄腕冒険者なんだと自己主張でもしているのだろうか。
そんな彼女にパーモンは冷ややかな目を向けて語った。
「……ちなみにこいつはギルドマスターの命令を散々無視した挙句、勝手に一国の侍女に就いた罰として今回の依頼は強制参加だそうだ。他にも数名のSランクに声を掛けているそうだが、どいつもこいつも依頼を拒否するは音信不通はで、結局今回は二名しか用意できなかったんだ」
「てへっ☆」
てっきり厳選された上にSランクのリアネールが選ばれたのかと思いきや、どうやら彼女はギルドマスターの命令を無視し続けた罰として今回の依頼を受けているようだ。ギルド長の更に上の役職であるギルドマスターに刃向うとは恐れ知らずな女であった。
しかし彼女も流石に冒険者から除名するという脅し文句は効いたのか、命令を受けると直ちにエイルーンにまで飛んできたようだ。彼女は昨日この話しを聞いたばかりなのだとか。つまり一日未満でヴィシュトルテ王国からここまでやって来たのだろう。
(シキアノス公国よりヴィシュトルテ王国の方が近いけど、普通一日足らずでエイルーンまで来れるか?)
恵二は自分の事を棚に上げて、Sランクである彼女の身体能力の高さを改めて思い知らされた。
「それでは、何故Cランクの自分が?増々わけが分かりません。それに何で彼女はグランナガンではなくエイルーンに?」
「そこからは私が説明するっす。今回の依頼はダンジョン奥に閉じ込められた要人の救出っす。つまりダンジョンに長けた人材が欲しかったっす。その人材確保と飛行船目当てでエイルーンに寄ったっすよ」
パーモンから代わってリアネールがそう答えた。
エイルーンは街中にダンジョンが二つもある大変珍しい土地であった。さらにその二つのダンジョンは狡猾な罠が多数あることから、探索職の腕が高いことでも有名である。そんな街の特性に彼女は目をつけた。
ギルドマスターからは早期解決を言い渡されているが、その為にはどうしても腕利きの探索職が欲しい。ダンジョンに沸く魔物は力押しで進めるリアネールも、罠や仕掛けの見極めは自信が無い。それにあそこのダンジョンは毒があることでも有名だ。
サポート要員で探索職を探そうとしたリアネールであったが、そういえばこの街に以前出会った少年が来ている事を思い出した。ついでに恵二に顔を見せてからグランナガンに行こうと考えたリアネールはギルドに立ち寄ったら、なんとその彼が探索職であることが発覚した。
リアネールは恵二の実力を知っている。腕利きの探索職でAランク以上の実力者。今回の依頼で少年ほどの適任者はいないとリアネールは確信したのだ。
「それでケージさんをお誘いしてからエイルーンの魔導飛行船でグランナガンに行こうと考えていたっす。でも不在だと聞いていたので他の人を探そうかと思ってたっす。丁度タイミング良かったっすよ!」
エイルーンの南西地区、<第一>の方の魔術学校の隣には魔導飛行船場がある。行先や運航日は限られているが、丁度今日の午後三時に発着する便がグランナガン行きなのだという。今はお昼前と本当にギリギリであった。
「今回の任務地はダンジョンの中でも例外中の例外、毒の存在する≪蠱毒の迷宮≫だ。エイルーンのダンジョンとは勝手が違うだろうが、お前は腕利きの探索職だとホルクやジェイサムから聞いている。危険手当も出るしギルドマスター管轄の依頼とあって報酬やランク査定にもかなりメリットがあるぞ。どうだ?受けてくれないか?」
パーモンも少年の同行には賛成のようで恵二に依頼を勧めてくる。まだ細かいところで気になる点のある恵二であったが、あまり時間も残されていないので判断は出来るだけ早くしてもらいたいと告げられた。
恵二は考える仕草をするが、答えはほとんど決まっていた。この話、受けようと思っていたのだ。
(≪蠱毒の迷宮≫、確か教団管理のダンジョンだから入るのにも許可が要るんだったよな?何でも教団関係者以外は基本入れないのだとか……)
そのダンジョンは恵二が行ってみたいと思っていた場所のひとつであった。今現時点の恵二の実力でそのダンジョンに踏み込めるかどうかは全くの未知数であったが、同行者がSランクと破格の条件で、更には許可がないと踏み込めない場所を教団公認で入れるとあっては、その話を受けない手はなかった。
「分かりました。その依頼受けます!」
「よし!決まりだ!さっそく魔導船のチケットを二人分手配する。一般人では金貨積んでも乗れない貴重な飛行船だ。いい経験できたな?」
パーモンの言葉に恵二は顔を青くする。そういえば飛行船の存在をすっかり失念していた。馬車でもすぐに酔う自分が空を飛ぶ船に耐えられるのであろうか。恵二は幼少の頃、一度だけ乗った飛行機の事をおぼろげに思い浮かべて顔をしかめた。
(……俺、大丈夫なのか?)
見知らぬ土地への冒険とあって心躍る筈が、さっそく恵二は不安を覚えた。
「それじゃあ搭乗手続きなどで一時間前には飛行場の受付に来て欲しいっす。それまでは準備をお願いするっすよ」
「……ちなみに食糧はどうするんだ?」
聞けば飛行船は半日かけて大陸南西のグランナガンへと到着するそうだ。その間、彼女が空腹を我慢できるとは思えなかったのだ。
恵二の問いにリアネールは不敵な笑みを浮かべると、小さいポーチを取り出した。
「ふっふっふ、その点は抜かりないっす。このポーチ、なんとフレイア女王にお借りしたマジックポーチっすよ!この中に大量の食材が詰め込まれているっす。ケージさんの分もあるので安心するっす!」
なんとその小さなポーチは、売れば孫の代まで遊んで暮らせるという超レアアイテム【マジックポーチ】であった。しかもその中にはヴィシュトルテ王国の女王フレイアが自ら調理した手料理も詰め込まれているのだという。
「お前、そんなとんでもない物借りた上に、女王様に料理を作らせたのか!?」
そんなツッコミを入れつつも、フレイアの料理の腕が確かであることを知っている恵二は楽しみが増えたと心の中で喜んでもいた。
「そんなわけで、ケージさんは自分の身の周りの準備だけお願いします。今回のダンジョンは毒有りですので、その辺りも入念によろしくっす!」
「分かった。二時までには飛行場に向かうよ」
そう告げて二人は別れた。
「さて、それじゃあ早速……」
一人になった恵二は<若葉の宿>の自室にお土産だけ取りに戻った後、まず真っ先に向かったのは商店でも露店でもなく≪古鍵の迷宮≫であった。探索道具の準備はその後に行うつもりだ。
(ダンジョンって言えば創造主に聞くのが一番手っ取り早い。それに≪蠱毒の迷宮≫は少し気にかかる)
恵二は≪古鍵の迷宮≫の創造主、箱庭の精霊であるシャムシャムと面識がある。最近はあまり顔を見せていないが、偶にお土産の甘い物を持って行っては彼女と会話をしていた。
シャムシャムと初めて出会った時に恵二は、精霊たちがどういった経緯でダンジョンを創ったのか、その過去の映像をざっくりとだが見せてもらった。その時に登場した精霊の女王はダンジョンに毒を使用することを禁止していた筈なのだ。
だが現に毒有りのダンジョン≪蠱毒の迷宮≫は存在する。その事をシャムシャムに話すと彼女は何やら心当たりがあるようであった。
そこら辺をもう少し詳しく知っておこうと思った恵二は1万キュールという大金を支払って≪古鍵の迷宮≫へと踏み入れた。1階層にある転移装置<回廊石碑>を起動させると、通常は転移できる階層の数字が表示される。しかし恵二だけはその他に“シャムシャムのおうち”と書かれた転移場所も表示され、そこを転移先へと指定する。
光が強くなり一瞬真っ白になると、次の瞬間には景色が一変していた。そこはダンジョン内にも関わらず暖かな自然が溢れている箱庭の精霊シャムシャムの領域であった。
「―――ああっ!けーじ、やっと来たの!!」
恵二の背後から突如幼い少女の声が響いた。
「最近全然顔を見せてくれないの!甘い物がもっと欲しいの!何でそんな酷いことするの!?」
見た目幼い少女である精霊シャムシャムは恵二の姿を見つけるや否やそう文句を言い放つ。
「……だって、お前んち来るのに毎回一万キュールも取られるんだぜ?」
そう、最近顔を合わせていない最大の理由はそれだ。冒険者稼業を休業して学業に専念していた少年は節約を心がけていた。そんな状態だというのに、何が悲しくて一万キュールとお土産を代償にこの少女の元に遊びに来なければならないのだろうか。
恵二がそう告げるとシャムシャムはピョンピョンと飛び跳ねながら反論した。
「それは勝手にあなたたちが入場料取っているだけなの!シャムシャムは悪くないの!」
そう涙目で抗議する彼女に恵二は少しだけ同情をしてしまった。確かに人の家の前に勝手に建物を建てて入場料を徴収されては泣き言の一つでも言いたくなるだろう。
だが、それもこれも全て―――
「―――お前んちがダンジョンなのが悪い!」
「理不尽なの!」
少女の悲痛な叫び声が木霊した。




