戻ってきた
「ケージさん。良かったら魔術を教えてくれませんか?」
朝食を済ませた後、恵二はユリィにそうお願いされた。
今日はアリサの店での手伝いは無いようで、日中彼女は空いているそうだ。夕方は家事当番のようで、それより前には孤児院に戻りたいとのことだが、それを横で聞いていたアミーシアが“今日は私が夕飯作るわ”という援護射撃も加わり、二人は散歩がてら、町から少し離れた場所までやってきていた。
先ずは彼女のレベルが知りたかったので、扱える魔術を一通り実践してもらうことにした。彼女は恵二に見つめられながら、少し照れつつも魔術を次々と披露をしていく。
「ど、どうですか?」
「……思ったよりもできてるじゃないか。正直ビックリした」
カインやサミたちの教え方が良かったのもあるのだろうが、おそらく彼女の日頃の努力の賜物であろう。レパートリーは少なく魔力量も恵まれている訳ではなかったが、一つ一つの魔術がとても効率よく発動されていた。
それに詠唱も短かった。多分無詠唱でも放てるのだろうが、彼女はあえて言葉を発することでイメージをより強固なものにし、効率化を図っているのだろう。無駄に長い詠唱をただ覚えただけで、考え無しに唱えている三流魔術師とは全然違う。きっと何度も魔術を繰り返し練習して、自分なりの最適な方法を模索してきたのだろう。
「良かった。ケージさんのお墨付きなら大丈夫そうです!」
「ん?大丈夫って?」
変な言い回しをしたユリィに恵二は思わず尋ねると、彼女は慌てて訂正をした。
「あ、いえ……“安心です”の間違いです……。それで、できれば色々とアドバイスが欲しいんですけど───」
「───ああ、アミーさんにも気を遣わせてしまったからな。今日は付きっきりで教えて上げるよ」
「つ、付きっきり!?」
ユリィは恵二と今日一日中一緒にいられると知ると顔を赤く染めて照れてしまい、そんな彼女の姿を見てしまった思春期の少年は、大胆なことを言ってしまったかと同じく照れながらも軽く後悔をする。
二人で魔術の鍛練に励むという、凡そデートとは程遠い過ごし方ではあったが、恵二とユリィは今日という日を心の底から楽しんでいた。
「───なあ。結局の所<神堕とし>って一体何なんだ?」
赤髪の大男が青年へと尋ねた。その青年は幼い顔立ちをしているが、噂によると自分より年上なのだそうだ。下手をすれば実年齢は30代後半かも知れないが、見た目は10代と言われても信じてしまいそうな容姿であった。
「珍しいね。アルガンがそんなことに興味を持つだなんて……」
質問には答えず青年はそのような事を口走る。それほどこの赤毛の大男が口にした言葉は意外だった。
アルガンと呼ばれたその男の性格を一言で表すなら“脳筋”だ。折角あらゆる魔術を直ぐに習得できるという恵まれたレアスキル持ちだというのに、彼はそれをただ相手を殴る為の補助スキルくらいにしか思っていないのだ。
そんな脳筋野郎が戦い以外の他のことに興味を持つのはとても珍しいことであった。
「んで?どうなんだよ?リーダー」
再度アルガンに尋ねられた青年エイスは考える仕草をする。
これはアルガンの知的好奇心を高める良い機会ではないだろうか。赤の異人の纏め役として彼の成長にはできるだけ協力をしてあげたい。
そう考えていた青年だが、しかし───
「───ごめん。俺にもよく分からん」
エイスの返答にアルガンは肩透かしを食らった。
「おい!?同盟相手のことくらい知っとけよ!」
「いやぁ、黒の同志様は秘密主義だしね。それに、どうでもいいじゃん。国が滅ぶ?人が大勢死ぬ?そんなの俺たちの世界じゃ日常茶飯事だっただろう?」
「まあな」
エイスの言い訳を聞いたアルガンは素直に納得をする。さらに青年は話しを続けていく。
「勇者たちが向かっていることは相手に伝えておいたから、同盟関係の義理立ては十分果たしたでしょ。向こうも邪魔されない別の場所で続きをするって言ってたよ?」
「え?<神堕とし>ってまだ終わってなかったのか?」
アルガンはエイスの言葉に驚いていた。かなり前に帝都の人間を一掃し掌握していたことは聞かされていたが、てっきりそれが“大災厄です”という流れで終わらせるものとばかり思っていたのだ。
「うん。なんかやりたい事があるんだってさ。それにはまだまだ足りないんだって、死体が。帝都の連中は隠れ蓑にする為だけに殺したようだよ。本当の生贄はこれから必要なんだとか……」
「帝都の死体だけじゃあ足りねえってか?」
アルガンの問いにエイスは笑みを浮かべて答えた。
「却って好都合だよ。彼らが暴れてくれればそれだけ俺たちの国獲りも達成しやすくなるしね。でもなぁ、できれば帝国が欲しかったんだけどなぁ。どうせなら一番大きな国が欲しいじゃん?」
「まあな。それで、今後俺たちどうするんだ?」
そう尋ねるとエイスは首を傾げた。
「あれ?言わなかったっけ?当分待機でXデーまでは戦力拡大って……」
「……聞いてねえよ。ちゃんと情報を共有しておけよリーダー」
「ええ!?言ったよ……多分……」
「―――言ってないよ」
自身なさげなエイスの背後から、それを否定する第三者の言葉が突き刺さった。
「お、スレン。戻ったのか。コトの様子はどうだい?」
スレンと呼ばれた銀髪の男はエイスからそう尋ねられると表情を歪めた。
「……荒れてる。どうにも左腕の回復が上手くいかなくてな」
「それはご愁傷様」
その言葉は負傷したコトに掛けた言葉なのか、それとも荒れている彼女の面倒をみていたスレンに放ったのか、どちらにしろあまり誠意の籠っていない言葉なので男は聞き流した。
「それで、魔石の回収も護衛も碌にできないあのポンコツを、俺は何時までお守していればいいんだ?」
スレンが愚痴をこぼすとエイスは苦笑いを浮かべながら返答した。
「そう言うなって。同じ赤の異人じゃんか。それに手負いの獣はおっかないよ?俺は今のコトとは絶対に戦いたくないね!」
「そんな猛獣、俺一人に押し付けるなよ……」
もうこれ以上は彼女の面倒を見たくないとスレンは主張すると、エイスは何かを閃いたのかポンと手を打つ仕草をする。
「それなら丁度いい!アルガンとスレンの二人で他にやってもらいたいことがあるんだ」
「あん?」
「魔石集めか?」
スレンの問いにエイスは首を横に振ってこう答えた。
「青の同志からの要請だよ。上手くいけば、てっとり早く俺らの国が手に入るかもしれない」
そう前置きをするとエイスは二人に新たな指示を出した。
赤の異人たちは再び動き出す。
月日はあっという間に過ぎ、長期休暇ももう少しで半分を消化するところであった。
「もっとゆっくりしていけばいいのに……。休みってまだ二週間くらいあるんでしょう?」
アミーシアが残念そうにそう話すのを恵二は苦笑いしつつも返事した。
「すみません。ちょっと行ってみたいところがありまして……。ユリィもごめんな。もっと時間があれば良かったんだが……」
セレネトに滞在中、二人は何度か町の外や中を一緒にまわったが、盗賊誘拐事件とユリィのお店の手伝いもあったので、そこまで十分な時間は取れなかったのだ。
申し訳ないと思っていた恵二であったが、反面ユリィの方は満足そうな表情を浮かべていた。
「いいえ、ケージさんもわざわざお休みのところ、時間を割いてしまって……。それにケージさんには行きたい所が山ほどあるんでしょう?」
ユリィは恵二の夢を知っていた。
“人が踏み入れないような秘境をあちこち冒険したい”
彼女は恵二の気持ちを汲んで、無理に引き止めようとはしなかった。ひたすら自分の夢へとひた走る。そんな少年にユリィは憧れたのだから。
「今度は私の方から会いに行きます。だからケージさんは気兼ねなく冒険を楽しんでください」
「え?エイルーンに来るのか?そりゃあ歓迎だけど、ちょっと遠くないか?」
自分はスキルによる全力疾走でたったの3日で着いてしまったが、旅に不慣れな者からすればかなりの遠出だ。もし本当にエイルーンに来るのなら迎えに行こうかと尋ねるも、それはやんわりと断られた。
「大丈夫です。絶対に行きますから、どうかお元気で!」
「あ、ああ。ユリィも身体には気をつけてな」
ユリィとの挨拶が終わるとセオッツやサミが話しかけてきた。
「ケージ、今度は一緒にダンジョンでも行こうぜ!お前、探索職になったんだろう?」
「そうね。≪欲溺れの迷宮≫並に儲かるダンジョンなら考えてもいいわね」
エルフの森にあるとされるその迷宮は儲けの良いダンジョンと噂され、冒険者の間で人気だそうだ。そこでならお金になるし同行してもいいとサミは告げてきた。
「サミは相変わらずだな。ダンジョンは面白いぞ?そこにはお金だけじゃなくロマンや幾多の試練が―――」
「―――おお!いいな、ダンジョン!俺も早くダンジョンに行きてぇ!」
恵二の語りにセオッツも熱くなる。男二人で騒いでいるのを他の女子たちは距離を置いて見ていた。
「ユリィ……あんたこの先苦労するわよ?」
「お、お姉ちゃんこそ!」
「ふふ、カインさんはそこのところ安心かしらね?」
3姉妹は夢やら冒険やらを熱く語り合っている少年二人を見つめながら、そんな話で盛り上がっていた。
「それじゃあ、またなー!」
町から離れても何時までも見送りをし続けてくれているユリィたちに恵二は大声を出しながら手を振って、今度こそ前を向いて別れた。悲しくないといえば嘘になるが、流石に二度目のお別れとあってそこまでの喪失感は生まれなかった。
それに恵二には歩を早める理由がある。
(今度は西だ!長期休暇の残り半分はサマンサ国に行くとするか!)
恵二はエイルーンで仕入れていた地図を広げると、次の目標地点をエイルーンの西隣であるサマンサ国に定めた。その国は情勢も安定しており休暇には持ってこいの場所であった。それに確かあそこには未踏破ダンジョン≪陽炎の迷宮≫が存在したはずだ。
かつて≪古鍵の迷宮≫の攻略を競い合ったアドガルたちのクラン<到達する者>もそこの迷宮の初踏破を目指していたと耳にした。短い時間で攻略できるとは思っていないが、覗いて見るだけでも面白いかもしれない。
(その前に一度、エイルーンに寄って準備をするか)
物見遊山とは言え相手は未踏破ダンジョン、準備は必要だ。セレネトのお土産も幾つか頂いたし、一度<若葉の宿>へと戻ろうと恵二は一先ずエイルーンを目指した。
それから恵二は行きと同じ様に復路でもスキル全開で駆けていった。休憩も挟みつつ三日という恐るべき速さでエイルーンへと無事辿り着いた。
(何だろう?久しぶりに戻ったけど何だかざわついているなぁ……)
長閑な町であるセレネトと比べるとここ魔術都市はだいぶ都会だ。騒がしく思うのは当たり前かと思ったが、街を歩いていると朝方だというのに兵士たちが駆けまわっている姿を見かけた。どうやら何かしら事件でも起こったのだろうか。
気にはなるものの、自分から首を突っ込めばまたトラブル体質だのなんだの言われそうなので無視をすることにした。恵二はそのまま真っ直ぐ<若葉の宿>へと向かう。
「ただいま~」
「あ、ケージさん!戻ってきたんですね?」
「おかえり、ケージ君」
まず恵二を出迎えてくれたのは、ここの宿の看板娘であるテオラ・マージと、その父親であるホルク・マージであった。ホルクは普段冒険者ギルドの夜勤を務めており、おそらく丁度帰宅したところなのだろう。少し疲れているようにも見える。
「ケージ君、丁度良かったよ!実は君宛てに依頼が来ているんだよ!」
「え?俺宛て、ですか?」
恵二は現在学生という身分であり、冒険者ギルドには休業届けを出していた。正当な理由での届けであれば、基本ギルドからの依頼に強制力は働かない。例えそれが指名依頼であってもだ。ただ受けるかどうかは個人の判断に委ねられ、査定にも影響をする。そういうこともありホルクは一応恵二に伺いを立てたのだ。
「Cランクの俺に一体誰から?それとどういった依頼なんですか?」
ホルクに尋ねると彼は顔をしかめてこう返答した。
「すまないね。極秘の依頼と上から言われていて、私にも分からないんだよ。詳しい話はギルド長を直接訪ねてみてくれ。ちなみに話しを聞いた後でも断ることは出来るらしいけど、守秘義務はあるからね?」
なんとも奇妙な依頼であった。
(Cランクなんかに極秘依頼とやらを出すってことは、少なくとも俺の実力を多少は知っている人ってことだ。市長か校長辺りか?)
色々と疑問は募るものの、断れるのなら話だけでも聞いてみたいと考えた恵二はホルクの返事に了承をした。さっそくこの後向かおうとしたが、その前に気になることを一つ尋ねてみた。
「……ホルクさん。街中が騒がしいようだけど、何かあったの?」
もしかしたらこの騒ぎと今回の依頼は何か繋がりがあるのかもしれない。そう考えた恵二は事前に情報を仕入れておこうとホルクに尋ねた。
「ああ、ケージ君は街の外にいたから知らなかったか。実は<神堕とし>の件で街中は大騒ぎなんだよ!」
それを聞いて恵二はすぐに納得をした。<神堕とし>は少し前にその影響力を失った。どこかで災厄が起ったのか、それとも無事解決したのかは不明だが、少なくとも副次的な影響が出ていた神聖魔術は再び使えるようになっていたのだ。
「それなら聞いているよ。そっか、その件かぁ。ありがとうホルクさん!」
「おや?そうだったのかい?どういたしまして」
ホルクにお礼を言うと恵二はそのまま宿を出てギルドへと向かった。
「すみません。Cランク冒険者のケイジ・ミツジです。ギルド長はいらっしゃいますか?」
「ああ、ケージ君!良かった!すぐにギルド長の部屋に向かって頂戴!」
顔見知りの職員エレラにそう告げられると、恵二はさっそくギルド長室に向かうよう急かされた。どうやら緊急の案件のようだ。
恵二は初めて行くギルド長室らしき扉を見つけると簡単にノックをする。
「―――誰だ?」
扉の向こうから野太い声が聞こえる。何度か耳にしたことのあるギルド長の声であった。
「ケイジ・ミツジです」
「おお!戻って来ていたのか!入って来てくれ!」
入室を許可された恵二はギルド長室へと入る。すると部屋の奥にはスキンヘッドの男パーモンギルド長が座っていた。そして室内にはもう一人の来客がいた。パーモンと向かい合い、丁度恵二に背を向ける形で立っていた。その来客の女に恵二は見覚えがあった。
その女は振り返ると恵二にこう告げた。
「お久しぶりっすね、ケージさん」
彼女の名はリアネール。≪双剣≫の名で知られる中央大陸に7人しかいないSランク冒険者の一人であった。




