結果
その日はとても疲れたのですぐに眠気が襲った。先程まで療養所で魔力とスキルが尽きるまで治療を頑張っていたからだ。
ユリィと軽く会話をした後、眠くなってきた恵二は一足先に用意されたベッドの上に寝転んだ。重い瞼に耐えながらも恵二は今日の事を噛みしめる。
(神聖魔術……。<神堕とし>がなくなっても扱い辛いのは変わらず、か……)
魔術の優先権の件はすっかり忘れていた。授業ではまだ習っていないが、魔術学校の入試に受かる生徒ならば当然そこの辺りは知識として勉強済みだ。だが実際に試したことはない。それに受験勉強中は神聖魔術など自分には使えず関係ないと思い込んでいたのだ。
(魔術の優先権……もしかして、<神堕とし>で神聖魔術が使えない原因ってこれか?)
一瞬名案が浮かんだようにも思えたが、それはないだろうとすぐにその考えを否定する。その現象はあくまでも近くで干渉し合って発動できないというだけであった。大陸のほぼ全土を範囲とする<神堕とし>とは規模が違う。それに、そこの辺りは既に学者たちが研究をして思いついているはずだ。
現在<神堕とし>について、その原因となりうる推論は大きく分けて3つある。
魔術の優先権による干渉説
神聖魔術の源泉ともされるアムルニス神の身に何かが起こっているという説
神聖属性と対を成す暗黒属性による超常現象説
何れも明確な根拠は無くただの空論に過ぎない。それに最早恵二にはどうでもよかった。
(これで<神堕とし>の因縁とはおさらばか……。あいつらが使命をやり遂げてくれたのだろうか?それとも―――)
大災厄<神堕とし>は既に成されてしまったのだろうか。
第一次<神堕とし>では500年ほど前に国が吹き飛んで、今その場所は大きな湖だそうだ。
二度目は300年前で竜人族がほぼ全滅したと聞いている。
そして120年前に起こった三度目の大災厄は魔王が中央大陸に攻め込んで抗魔大戦が勃発した。
では四度目は、もし災厄が起っていたとしたら一体どんな恐ろしいことが起こるのだろうか。
(まぁ、その内分かるか……)
そろそろ眠気も限界であった恵二は、そう結論付けると深い眠りについた。
時は少し遡る。
8月に入って異世界の勇者たちはすぐ行動に移った。<神堕とし>の原因を今度こそ究明し、それを解決する為に北上を開始したのだ。
前回は足として頼りにされていた石山コウキは≪背教者≫エレティアと王国の守護を任されていた。その代わり今回は滅多に国外を出ないハーデアルトの精鋭二人が同行をしていた。
王国魔術師長ランバルド・ハル・アルシオンと王国騎士団長キース・グリフィードの二名である。勇者6人を含んだ8人はグリズワードの森経由からラーズ国へと不法侵入をする。この行為は国際法上では大問題であったがルイス国王はGOサインを出した。国が消し飛んだり国民が全滅する大災厄に比べれば些事であったからだ。
ハーデアルトの精鋭部隊が向かうのは、この大災厄の中心地点と思われるポイントだ。災厄が発見された当初はハーデアルトの北部で影響を及ぼしていたこの現象は、ついに大陸のほぼ全土を埋める範囲まで拡がっていた。では、こんな状況でどうやって正確な中心地点を割り出すかというと、それはマジックアイテム頼りであった。
魔導の勇者ナルジャニアが手にしているそれは、魔力を送ると光を灯すだけのマジックアイテムだ。ただしその光を生み出す原理には神聖魔術が組み込まれている。つまり<神堕とし>の影響下にあるここでは本来使えないマジックアイテムなのだ。
だがそれに手を加えることで、膨大な魔力を送っても壊れないよう改良することに成功した。神聖魔術は正確には使えないのではなく、効果が激減するだけであった。つまり大量の魔力を送りさえすればマジックアイテムの光はキチンとつくのだ。
そこを利用する事にした。
これはあまり知られていない情報だが、<神堕とし>の中心点と思われる場所に近づけば近づくほど、ほんの僅かだが神聖魔術の効果がより低下をする。魔力量と魔術の扱いに長けたナルジャニアは、そのマジックアイテムを利用して効果の減少具合を観察していた。神聖魔術の効果がより減少する場所こそが中心点であるはずなのだ。
「……まだまだ北ですね」
北に進めば進むほど神聖魔術の減少が感じられるとナルジャニアは報告をする。ハーデアルトの精鋭部隊は数日をかけて北へ北へと進んで行く。そして遂にはレインベル帝国の領土内にまで潜入をした。
「……妙だな。今回は妨害なしか?」
「流石にこの人数じゃあ、手を出すのが怖いんじゃないですか?」
ルウラードの問いに茜が返した。確かにこの豪華メンバーなら前回の赤の異人集団が現れても返り討ちにできる自信がルウラードにはあった。
「誘いか、それとも……。どちらにせよ俺たちは前進あるのみだ!」
ランバルドがそう告げると一行はさらに北上をした。
道中レインベル領内の町を迂回し人目を避けたので目的地へ向かうのに時間を要した。だが今のところは順調に災厄の中心点と思わしき場所まで歩みを進められている。
そして7日後であった。
「───え?」
ナルジャニアが突如声を上げる。何かあったのかと他の者が彼女の方を振り向くと、彼女が持っている灯りが今までにないほどの強い輝きを放っていた。
「なんだこれは……?」
「眩しっ!」
「おい、ナル!魔力を込めすぎだ!」
グインは光が強まったのはナルジャニアが魔力を込める量を多くし過ぎたせいだと思い文句を言った。
しかしそれにナルジャニアは反論をした。
「違います!私はちゃんと適量を込めてます。さっきまでと変わらない量の魔力を送ってます!神聖魔術の抵抗力が急に弱まったんです!」
「───なんだと!?」
ナルジャニアの言葉にランバルドは驚きの声をあげた。ランバルドの気持ちを代弁するかのようにイザーが異論を唱えた。
「ちょっと待ってくれ!我々は<神堕とし>の中心点、つまり最も神聖魔術が使い辛い場所へ向かっていたんじゃなかったのか!?それがどうして急に抵抗力が弱まる?」
イザーの言葉にランバルドはすぐにピンときた。
「まさか……!おい、誰か神聖魔術を───って、この面子には使える奴いねえのか……」
ここにいるメンバーは大陸一の精鋭とも呼べる集団であったがひとつだけ欠点があった。神聖魔術の適性者が一人も居なかったのだ。
異世界から召喚された勇者たちはアムルニス教とは馴染みがなく、白の世界の住人であるランバルドとキースは適性を持っていなかった。だからこそマジックアイテムを拝借してきたのだ。
「……仕方ない。こいつを使おう」
ランバルドは異空間に物を収納できるマジックポーチを開けると、その中から通信用のマジックアイテムを取り出した。王都レイアルトに連絡をとって神聖魔術を使えるか確認をしてもらう為だ。
暫く待つこと数分、王都から衝撃的な連絡が入った。
「……使えるってよ。<神堕とし>の影響が無くなり、神聖魔術が普通に使えるってよ……!」
それを聞いた一部の者は喜んだ。だがそれ以外の者はその報せを聞いて難しい表情となった。
それを不思議に思った茜がルウラードに尋ねる。
「どうしたの?ルウ君。<神堕とし>が治まったのに浮かない顔をして……」
「……アカネ。<神堕とし>が無くなったのが、誰かが原因を究明して解決してくれたのなら素直に喜べるのだが、もし仮に大災厄が既に起こって消えたのだとしたら?」
「あっ!そっかぁ……」
神聖魔術の制限や魔物の凶暴化などは副次的な現象にしか過ぎない。この災厄の一番恐ろしいところは何時何処で何が起こるのかが分からないという点にあった。
過去三度の災厄を思い起こす限りは、きっとろくな結果ではないだろう。
「ランバルド殿、どうします?」
キース騎士団長はこの中で最年長である魔術師に尋ねた。ランバルドはそれには答えずナルジャニアに確認をとった。
「ナルの嬢ちゃん、中心点らしき方角はこのまま北でいいんだよな?」
「多分そうです。ここより北へ進むほど神聖魔術への抵抗が強かったです」
ナルジャニアの答えを聞くと今度はキースに尋ねた。
「キース、ここから北には何がある?」
ランバルドに質問されたキースは地図を広げてすぐに確認をし返答をする。
「……帝都アイオンとハーグウェン砦群ですね」
「帝都か……」
中央大陸の中でも随一の強国であるレインベル帝国の本丸、帝都アイオン。大陸でも最大規模の兵数と最新鋭の装備が揃っており、強固な守りで有名な帝国の心臓部だ。
そしてその帝都の北部にはハーグウェン山脈が連なっており、そこにはいくつもの山砦が築かれている。その場所こそ第三次<神堕とし>で引き起こされたとされる抗魔大戦の主戦場であった。
北の山脈に敷かれているその防衛ラインは、北方大陸の魔族襲撃の為に備えられた人族最大の守りであった。
そのどちらかが<神堕とし>の発生源であるかもしれないのだ。
「ここから帝都は近いのか?日が沈む前には着きそうか?」
ランバルドの言葉にキースは目を見開いた。
「まさか帝都に乗り込む気ですか?我々は不法入国しているんですよ?ノコノコ姿を見せたら捕まります!」
「だからこそだろ?不法入国までしておいて、このまま手ぶらで帰れるか!?せめて災厄の尻尾でも掴まえなければ割に合わん!」
キースの慎重な意見も尤もだがランバルドの言い分も理解できる。全員リスクは承知の上でここまで来たはずだ。今更黙って引き返す訳にもいかなかった。
「……私もランバルドさんの意見に賛成です。せめて大災厄がどのようにして治まったのかだけでも知りたい」
ルウラードの言葉に他の勇者たちも頷く。帝都に侵入するのは非常にリスクが高いが、その先に答えがあるのなら踏み込まない訳にはいかない。
勇者たちは潜在意識のどこかで異世界転移を望んでいたからこそ召喚された。だが召喚した側であるハーデアルト王国の悲願である<神堕とし>の鎮静化を必ずしも行わなければいけないという訳ではない。現に一人は自分の夢の為、勇者という立場を捨てた。
しかし、もうそろそろこの世界に来て二年が経つ。王国の人にも親切にされ愛着も沸いてきていた。勇者たちは今、自分たちの意志でこの地まで来ている。彼らもすっかりハーデアルト王国の一員だったのだ。その王国に仇を為した<神堕とし>の原因究明は勇者たちの悲願でもある。
「……わかりました。ですが、くれぐれも隠密行動でお願いします。勇者を引きつれて騎士団長や五大魔術師が他国に不法侵入したなんて知られたら、最悪連盟騎士団も動く案件ですよ?」
多数決では分が悪いと悟ったキースは折れた。せめて帝国兵に見つからないようにと各員に念を押し、一行は帝都アイオンへと向かった。
周囲の目を忍びながら向かっていた為、帝都付近に到着したのはすっかり日が暮れた後であった。しかし、これでも大分早く辿り着いた方だ。というのも―――
「―――どういうことだ?何で誰一人出くわさねえ?」
ここまで来る道中、人っ子一人見かけなかったのだ。噂に聞く防衛力を擁する帝都であるのなら、兵の見回りくらいあってもいいはずだ。それに国の中心部といえば物流も盛んであろう。だというのに商人の馬車でさえ一度も見かけなかった。
「どういうことでしょう?戒厳令でも敷いて外出を禁じているんですかね?」
「……だからって、門番まで引っ込めるか?誰も立ってねえぞ?」
「え!?」
キースは慌てて帝都の周りに立っている防壁の門に目を遣った。ここからだと暗い上に遠すぎてよく見えなかったが、視力を魔力で強化することにより辛うじて様子が伺えた。
「……信じられん。これでは素通りじゃないか!?」
「それに静かすぎやしねえか?街の灯りも全くねえように見える」
ランバルドの指摘通り目の前に存在する帝都はとても異様で、まるで誰も住んでいないゴーストタウンのようであった。
「ナル、ミイ。魔術で私達の隠ぺいを頼む。それと全員戦闘準備をしておけ」
ルウラードの言葉に勇者たちは頷いた。これはどうやら只事ではなさそうだ。
一行は門番が不在な入口からすんなりと入る。街の入口から気配を探るも誰一人近くにはいないようだ。そのまま中に入って街の様子を見ると一同は呆気にとられた。
「……俺は夢か幻でも見ちまってるのか?」
「一体何が……」
街の建物は一つ一つがとても綺麗で丁寧に作られており、他の国のそれとは一線を画す。外観だけみても帝国の技術力の高さが伺えた。しかし、肝心の住人たちは誰一人居なかったのだ。
街の所々には血痕や建物の破壊後が見られるが、その爪痕はほんの僅かであり、とでもではないが街の人全員が消えるなり退避するなりの戦闘行為が行われたようには見えなかった。
「魔族が攻め込んで来たから街を放棄した、ってわけじゃあねえよなぁ?」
「ええ。そこまで大規模な戦闘は行われていないように思えますが……。しかし、人が居なくなってから少なくとも一年以上は経過してますよ、これは……」
「……ちょっと待て!そいつはおかしいだろ!?」
キースの見立てにランバルドは反論をする。
「一年以上前から帝都がこうだった?だが、帝国はついこの前も王国に返答をしてきやがったんだぞ?“<神堕とし>なんて災厄は確認していない。王国の勇者たちは受け入れ出来ない!”ってなぁ!?」
帝都がこんな状態であるならば、帝国首脳部は混乱していてもおかしくないはずだ。だが帝国とは使者や通信用のマジックアイテムを通して以前と変わらずにやり取りをし続けていたが不審な点はなかった。。その時の会話では帝都がこんな状態になっていることなど全く触れていなかったのだ。それにラーズ国を始めとした帝国の従属国たちも特に動きを見せていなかった。
<神堕とし>が起っている以外は本当にいつも通りで、ランバルドたちは今回のこの事態は全く想像できなかったのだ。
「……もしかして、これが大災厄の結果なのかな?」
茜の言葉に全員はハッとなった。
一度目は国が亡び、二度目は竜人族の全滅、三度目は魔王の襲来、そして今回は帝都の住人全員の失踪。
確かに他の大災厄の被害と比較すると釣り合いは取れているようにも思えた。
「くそ!冗談じゃねえぜ!とにかく何でもいいから手がかりを探すぞ!帝都中を隈なく調べるんだ!」
ランバルドの号令で勇者たちはゴーストタウンと化した帝都アイオンを調べまわったが、結局誰一人生存者は発見できなかった。




