考えてなかった!
恵二たちの馬車を追う形で後方の上空からドラゴンがやってきていた。まだ距離は離れているものの、明らかにこちらを狙っているのだろう。真っ直ぐに向かってきていた。
「ちぃ!探す手間が省けたけど、思ったよりも町の近くにいたな!」
「―――ええ!さすがにこんな近くに飛んでいるドラゴンは見過ごせないわ!」
ドラゴンとの会合は思ったよりも早かった。セオッツが目撃したと言っていた地点はもっと先であったが、想定よりも大分町の傍を飛んでいた。このまま放置していれば近いうちにセレネトの町にまで被害が及ぶかもしれない。
「で、でも、あれをどうやって倒すんですか!?」
「空をあんな早く飛んでるんですよ!?」
「あれじゃあ魔術を当てられないわ!」
想像以上の巨体で上空を素早く飛んでいるドラゴンに、テラードたち三人はすっかり弱きになっていた。
「テラード!馬車の操縦代わってくれ!」
「―――っ!分かりました!」
恵二は操縦をテラードに譲るとすぐに馬車を飛び降りた。馬車の上では酔う為、やむを得ない措置だ。
「ちょっと!?折角の足を捨てる気!?」
「いや……ドラゴンは俺たちが引きつける!サミはそのまま馬車に残ってくれ!三人を守りつつ、援護よろしく!」
サミは馬車で逃げながら応戦した方がいいのではと考えていたのだが、セオッツもそう告げると恵二に続けて地面に飛び降りた。
「ああ、もう!無茶言ってくれるわね!」
しかし馬車の上からの戦闘にもリスクがある。逃げつつ攻撃できるかもしれないが、速度は圧倒的にドラゴンの方が上ですぐに追いつかれるだろう。ならば一ヶ所に固まっているよりかは分散した方がいいのではという考え方もある。
そう無理やり納得させると、サミは残って馬車を操っているテラードに指示を送った。
「テラード!ドラゴンの息吹に気をつけながら、セオッツたちからなるべく離れないように馬車を回し続けて!」
「―――サミ先輩も結構無茶言ってますよ!?」
テラードとしては一刻も早くドラゴンから逃げたかったのだが、セオッツや恵二を置いて逃げるわけにはいかない。テラードは飛び降りた二人を中心に円を描くように馬車をカーブさせた。
「ケージ、なんか作戦はあるのか?」
一方恵二を追って馬車から飛び降りたセオッツは恵二に問いただした。
「……いや、セオッツがドラゴンと戦いたいって言ったんだろう?何か考えはないのか?」
「うーむ。しかし、ああも高くに飛ばれてちゃあなぁ……」
双頭竜はもうすぐ近くまで迫っていた。しかし高度が高すぎて遠距離攻撃の手段を持たないセオッツでは手の出しようがなかったのだ。
(セオッツの奴、どうせドラゴン相手に剣で斬って戦うくらいしか考えてなかったな?)
セオッツは決して頭が悪い訳ではないのだが、思い付きで行動することがよくある。今回も恵二が帰ってきた機会に“丁度良いからドラゴン退治をしよう”と突発的に思い付き、あまり深く考えずに行動をしていたのだろう。
だがパーティのリーダーたる者、仲間の命が懸かっている大事な決断を迫られることもある。勢いやノリだけでは務まらないのだ。今まではサミたちがサポートしてきていたようだが、今回恵二はギリギリまで手を貸さないつもりでいた。それにセオッツもなるべく自分の手でドラゴンを倒したいと思っていた筈だ。
「……仕方ない。とりあえず降りてくるまでは様子見だな」
そうぼやくとセオッツは剣を抜いて構えた。
(果たしてそう上手く降りてきてくれるだろうか……?)
心の中でそう思いつつも、恵二はセオッツの横で身構えていた。
「リーダーたち、迎え撃つ気よ!?」
「無茶よ!空を飛んでいるドラゴンに剣で挑むなんて……!?」
後部車両でその様子を見ていたミラとリンは、巨大なドラゴン相手に剣だけで挑もうとするセオッツに呆れていた。
「あいつが無茶なのは何時ものことでしょう!?それよりあんたたちも詠唱準備なさい!いい?私の合図があるまで絶対に放つんじゃないわよ?」
飛んでいるドラゴン相手には魔術や弓などの飛び道具くらいしか対抗策がない。しかしサミたちが初めに攻撃を仕掛ければ、ドラゴンは完全に馬車の方を標的にするだろう。迂闊に攻撃をするわけにはいかなかったのだ。
サミ自身も詠唱を唱えて準備に入る。そして、馬車の上から慎重に戦況を見守っていた。
「―――くる!」
「避けろ!セオッツ!」
二人の声が重なるとほぼ同時に、上空を飛んでいたドラゴンから息吹が放たれた。いや、正確には火球と呼べるような代物だ。巨大な竜の口から放たれたこれまた巨大な火の玉は、真下で身構えていた二人の頭上に降り注いだ。
遠距離からの攻撃は想定済みだ。身構えていたこともあり割と余裕で回避ができた。
しかし、そこへすぐに第二波が迫ってきた。
「―――っ!?」
「もう次弾か!?」
双頭竜はその名の通り頭部が二つあり、それぞれのから火を吐く。以前同じタイプの魔物である双頭鰐を相手したことあるが、あちらは片方の頭部ずつからしか火を吐かなかった。
しかし流石はAランクの竜種ということだろうか、双頭竜にはそんな制約はないようで、ほぼ同時に二つの口から火の玉を出していった。
恵二とセオッツは上空から一方的に浴びせられる火の玉を必死に回避していた。
空から一方的に攻撃できるのは羽を持った魔物の特権ではあるが、双頭竜の恐ろしい点はまさにそこにあった。竜種の中でも高い機動力を持つ四枚羽のこの竜は、上空を縦横無尽に飛び回り魔術や弓の攻撃さえ当てるのが難しいのだ。
さらには二つの口から間断なく放たれる火の玉で一方的に攻撃を仕掛けることができる。地を這う者にとっては、まさに空の死神とも呼べる存在だ。
「くそぉ!ワンサイドゲームだな……!」
「俺に考えがある。とにかく今は避け続けろ!」
セオッツの言葉に恵二は頷いて回避に専念をした。どうやら何か案を閃いたようだ。恵二はセオッツの指示通り火の玉を避け続けた。反撃を喰らうまいと高い高度をとっている、双頭竜だが、そのお蔭で火の玉が地上に降ってくるまでタイムラグがある。素早い動きのできる恵二やセオッツは、それを何とか回避し続けることに成功した。
そして暫く避け続けること10分、流石に二人にも疲労が見え始めたがそれは相手も同じであった。あれほどの火の玉を連続して放ち続けることは、例え魔力量の高い竜種であっても辛いようだ。痺れを切らした双頭竜は少しずつ高度を下げ始めて近づいてきたのだ。
「よーし、いいぞぉ。そのままそのまま……」
「おい。もしかしてセオッツの作戦って……」
恵二がその先を言う前にセオッツは胸を張ってこう答えた。
「ああ!名付けて我慢作戦!避け続けまくって、我慢しきれずに近づいたところをバッサリだ!」
それは本当に作戦と呼べるのだろうか、かなり大雑把な内容であった。しかし、現状セオッツが打てる手はそれしかないかと恵二は考えを改めた。彼は恵二やサミのように魔術が使えるわけではないのだ。
(しかし、剣が届く位置まであいつが降りてくるか?)
高度を下げたと言ってもまだかなりの高さがある。いくら身体能力の高いセオッツでもドラゴンのところまでは届かないだろう。
若干高度を下げたドラゴンは再び火の玉を吐き出した。今度はその機動力を生かし、あらゆる角度から獲物に命中させようと必死に動き回りながら火を吐いた。
「おい!まだ避け続けるのか!?」
「―――まだだ!まだ我慢だ!」
更に二人と一匹の我慢比べは続けられた。双頭竜もすばしっこい獲物相手に段々とイラついてきたのか、時たま高度を下げ至近距離から火の玉を放つ。それをセオッツは本当にギリギリで躱していく。
そしてドラゴンの高度が下がったところでセオッツはジャンプをして剣を振るうが、まだまだ高度は高く全く届きそうになかった。双頭竜は賢いのか、絶対に安全圏より下には降下しなかったのだ。
だが、どうもセオッツの動きには作為的なものを感じる。久しぶりの再会ではあったが、彼の動きはもっと素早かったはずだと恵二は記憶していた。ジャンプにしても手を抜いているように感じられる。
ここまで来ると恵二もセオッツの狙いが分かってきた。
もう何度目かになるドラゴンの降下が始まった。更に高度を下げて火の玉を浴びせるつもりだろう。
だが、セオッツの反撃はここからであった。
双頭竜の降下に合わせてセオッツが助走をつけ始めた。先程までとは段違いのスピードで駆け抜けてドラゴンの真下に辿り着くと、膝を思いっきり曲げてから全力で跳躍をした。
それは先程までのジャンプと比べると3倍以上の高さが出ていた。それを視認した双頭竜は思わずギョッとする。自分が安全圏だと思い込んでいた高度は、すでにセオッツの間合いだったからだ。
「もらったああああああ!」
セオッツは今までの鬱憤を晴らすべく叫び声を上げながら剣を全力で振るった。それを慌てて回避しようと動かしていたドラゴンの羽に、セオッツの剣が突き刺さる。
「ギャオオオオオォォッ!」
セオッツ渾身の一撃は双頭竜自慢の四枚羽の一枚を斬り落とす事に成功した。バランスを崩しながらも残り三枚の羽で上空へ逃げようとする双頭竜に、さらに追撃が入る。
「今よ!撃って!」
サミの号令と共に馬車からは女性陣の魔術が炸裂をする。機動力が半減した双頭竜は、いくつかの魔術を被弾し、その度に悲痛な咆哮を上げる。
「くっ!硬いわね……!」
「拙い!私達の魔術じゃあ致命傷を与えられない!?」
「このまま逃がしたらお終いよ!?」
何とか双頭竜が高度を上げる前に仕留めたかったが、流石はAランクの竜種とあってか魔術耐性も高いようだ。サミたちの魔術が当たる度に痛そうに呻き声を上げるも、致命傷には程遠かった。そして双頭竜はそのまま安全な高度まで上昇してしまった。
「ちきしょう!上手くいったと思ったのに!」
セオッツの作戦は悪くはなかった。現に羽を一枚もぎ取り、ドラゴンを上空まで退避させたのだから。だが、このチャンスで決められなかったのは痛手だ。賢いドラゴンのことだ。同じ轍は二度も踏まないだろう。それに馬車の方にも目をつけられた。恵二やセオッツと違って馬車は火の玉をそこまで回避する事はできないのだから。
ドラゴンをすんでのところまで追い込みはしたものの、逆に窮地に立たされたセオッツたちを見て恵二は手を貸すことにした。
「―――セオッツ。もう一度ドラゴンに攻撃できるチャンスを作る。それで仕留められないか?」
「おお!困った時のケージだな!頼むぜ!」
恵二がそう告げるとセオッツは嬉しそうに声を上げた。頼られるのは嫌いじゃないが、こう無条件に信頼されるのもなんだか照れてしまう恵二であった。
「俺の手に掴まれ!アイツの真上に跳ぶ!」
「お?おう!」
一体何をする気だと思いながらもセオッツは恵二の手を握る。それを確認した恵二は無言のまま魔術の準備を始めた。詠唱は不要だが、この魔術はまだ扱いなれておらず発動するまでには時間が掛かる。
(跳ぶ場所は……あそこだな!)
準備をし終えた恵二はその魔術を発動させた。その瞬間―――
―――恵二たちはその場から消え去った。
「―――っな!?ここは……!?」
「よし、成功だ!」
恵二とセオッツの二人は現在遙か上空にいた。気が付いたら空に放り出されていたセオッツは慌てるも、手を握ったままの恵二が説明を始めた。
「セオッツ!俺たちは今ドラゴンの真上だ!ほら!」
恵二の指差す方向には確かにドラゴンの背が見えていた。信じられない事に、恵二とセオッツの二人は突如ドラゴンより高い上空に転移していたのだ。
<空間転移>
これこそが恵二がたった今使用した魔術の名であった。
時空属性のその高等魔術は、術者のイメージした場所に瞬時に転移することができる。かつて勇者仲間であった石山コウキのスキルと同じ効果の魔術だ。
この転移魔術は少し前にミルワードから教わったものであった。
風紀委員になり<第一>の生徒とのトラブルを未然に防ぐ。その役目を校長に押し付けられた条件として、恵二はミルワードから好きな魔術を教えてもらえる約束を取り付けていた。
最初は一番のお目当てであった<異空間収納>の魔術を習いたかったのだが、ミルワードはその魔術を習得していないのだという。
「私は時空属性の適性が低くてね。それにその魔術は西の大陸でも一握りの者にしか伝えられていない秘伝の魔術なんだよ」
ミルワードはそう弁明した。千の魔術を扱うとされる三賢者の一人“千のミルワード”を以ってしても知らないとなると、相当難しい魔術なのだろうか。
ミルワードはさらに弁明を続けた。
「そもそも私は魔術を千個も覚えてないよ。勝手に周りがそう風潮しているだけだよ。今は大体500くらいかな?将来的には千を超えたいところだけどね」
どうやら魔術を千も覚えているというのは周囲の人間が盛っていたようだ。それでも500も覚えているのは凄まじいのではと恵二のミルワードに対する評価が下がることはなかった。
「他に何か教えて欲しい魔術はないかい?暗黒魔術とか死霊魔術とか言われても困っちゃうけど、ある程度なら教えられると思うよ?」
「うーん、他にですか……あっ!」
あれこれと考えていた恵二の脳裏に、かつて外来魔術大会で魔術師コリンが使っていた時空属性魔術が閃いた。
それが<空間転移>魔術であった。ミルワードより適性の高かった恵二はそれを教えてもらうと、すぐにある程度は扱えるようになった。発動に多少の時間こそかかるものの、目にはっきり見える範囲くらいなら転移することが可能であった。コウキのスキルとは比べるのもおこがましいほどの距離の差ではあったが、空を飛んでいる相手の頭上を押さえるのにはもってこいの魔術であった。
恵二と共に双頭竜の真上へと転移したセオッツは最初は軽く困惑するも、状況を素早く理解すると剣を構えてそのまま双頭竜へと降下した。獲物を見失った双頭竜はキョロキョロと下を探っていた為、その素早い動きも止めていた。
「せやあッ!」
双頭竜を不意討つ形でセオッツは剣を振るった。右側の一枚だけ残っている羽をばっさりと斬りつけると、突如の激痛にドラゴンは再び唸り声を上げた。
そして左側の羽二枚だけとなった双頭竜は完全にバランスを崩した。やはり片側だけでは飛べないのかそのまま地面へと落下する。
「おい、ケージ!この後どうするんだ!?」
ドラゴンと共に落下しながらセオッツが声を上げる。それを聞いた恵二はハッと気づいてからそれに応じた。
「すまん!考えてなかった!とりえあずもう一度掴まれ!」
恵二のその返答にセオッツは顔を真っ青にした。今二人がいる場所は相当の高さで、みるみると地面が近づいて行く。このままでは墜落死してしまう。最早一刻の猶予もなかった。
恵二は空中でなんとかジタバタと動きセオッツと合流をすると、急いで風属性魔術の準備にかかった。
「これでどうだ!」
恵二は風属性の中級魔術である風柱を応用した魔術を下に放つ。風の風圧を地面へと逆噴射することにより、落下速度を押さえていった。威力をスキルで強化した風の魔術で、二人はゆっくりと地面に着地することに成功をしたのだ。
その少し前に双頭竜は二つもある重い頭部から地面に激突していた。
「ふぅ、なんとか上手くできたな」
一瞬冷やりとするも、新魔術を実戦で試せた恵二は非常に満足をしていた。




