噂をすればなんとやら
「ドラゴンか……」
その話を聞いた恵二は昔のことを思い出す。グリズワードで護衛依頼をしていた時、ひょんなことから巨大な甲羅のない亀みたいな魔物を退治したことがあった。それがどうやら大地竜の子供だったようなのだ。
セオッツは英雄願望とでも言うのだろうか、お伽噺や物語に登場する主人公のような激しい戦いや冒険を望む傾向にある。そんな彼にとって竜種討伐者という称号は一種の憧れなのだそうだ。
「遠くからチラッと見たんだけどな。あいつ、中々強そうだから手を貸して欲しいんだ!ほら、ずっと前に言ったろ?協力してくれるって」
「……そんなこと、言ったっけか?」
その亀のような魔物を大地竜と知らずに一人でさっさと退治してしまい、出遅れたセオッツが不貞腐れていたのはなんとなく覚えているのだが、もしかしてその時に勢いでそんな口約束をしてしまったのだろうかと恵二は首を捻って思い出そうとする。
「言った!絶対に言ってた!だから頼むぜ?サミたちはこの話、あんまり乗り気じゃないんだよ……」
セオッツが両手を合わせて頼みこんでくる。サミの方をみると、やれやれといった表情で口出しをしてきた。
「そりゃあそうよ!“ドラゴンっぽいのを見た!”って報告だけで、それがどの竜種かも分からないのよ!?リスクが高すぎるし、どこにいるかも分からないんじゃあ無駄足踏むだけよ!」
「うっ!で、でもよぉ!ケージなら広範囲で索敵できるし戦力としても十分だ。それに、竜種の素材っていったら凄く金になるぜ?」
最後の“金になる”というワードにサミはピクリと反応をする。確かにドラゴン狩りはリスクが高いが、それに見合った収入も見込める。ドラゴンの血に骨、それと丈夫な皮はどれも素材としては超一級品だ。もし魔石でも手に入れば大儲けなのであった。
「うーん、確かにケージが居れば戦力的には大丈夫なのかもしれないけど……、あの子たちは連れて行けないわよ?」
「分かってる!行くとしたら俺とサミとケージの三人だけだ。他のメンバーは正直足手まといだからな」
“あの子たち”とは恐らく新しく入ったというパーティメンバーだろう。恵二が知っているメンバーは後一人、馬車の操縦を教えてくれた少年テラードだけであった。ユリィの手紙にはその他二人加わっているそうなのだが、それがどんな人たちなのかは全く聞かされていない。
「まぁ、俺もドラゴンには少しだけ興味があるし、特に予定もないから構わないけど……」
「よっしゃあ!なら決まりだな!明日朝から町を出るから今の内に準備しておいてくれ!」
セオッツは嬉しそうに声を上げると一旦宿泊先に戻っていった。少し前までは孤児院で居候をしていたようだが、冒険者としての稼ぎが安定すると宿に泊まるようになったそうだ。そのうち立派な自宅を購入するのが当面の目標だと以前に話していた。ドラゴンの素材が手に入ればその目標にもぐっと近づけるだろう。
この後アミーシアが領主であるカインを連れて戻ってきた。セオッツも一旦着替えて孤児院にやってくると、広い食堂は懐かしい面々で一杯であった。
「いやあ、久しぶりだなケージ!」
小太りな青年が笑いながら声を掛けてくれた。この青年こそ、この町とその一帯を治める領主であるカイン・シア・クロフォード伯爵であった。片思いであったアミーシアともお近づきになれ、現在は晴れて交際中の身である。
「カインさんもお元気そうですね」
「ああ、最近はやっと領主の仕事にも慣れてきてね。アミーも手伝ってくれるしなんとか頑張れているよ!そういう君は学校の方どうなんだい?」
実はカインはエイルーン魔術学校のOBでもあった。運動が苦手な彼だが魔術の腕はそこそこであった。サミに魔術を教えたのもこのカイン青年だ。
まだ詳しく魔術学校について語っていなかった恵二は、エイルーンの今の状況を伝えた。
「そうか……ミルワード教頭が……。まぁ、あの頑固な校長は私もうんざりだったからな。無事に魔術を学べているのなら良いんじゃないかな?」
「ふーん、今は<第二>なんてあるのね。学費が掛からないんなら私も通ってみようかしら?」
横で恵二とカインの話を聞いていたサミも学校に興味を持ち始める。<第一>の方に入る条件は厳しい上に学費も相当かかるので平民には相当な負担が強いられた。しかしアルバード市長やミルワードたちが新たに立ち上げた<第二>はその点の心配がない。
「おいおい!お前がエイルーンに行っちまったらパーティどうするんだよ!?あいつら、絶対お前に付いてっちまうぞ!?」
(あいつら?)
誰のことか分からない恵二の疑問を余所にサミは笑って答えた。
「冗談よ。話に聞くと一年間は実戦訓練みたいな期間なんでしょう?今更それに時間を取られるのもねぇ。それにケージの後輩になるってのもなんだか癪だわ」
「何だよ、それ」
サミの良く分からない感想に恵二は苦笑いで応えた。
「そうか<第二>か。これはユリィ君にも追い風かな?」
「え?」
ぼそっと小声で呟いたカインの言葉がよく聞き取れずに恵二は聞き返すも、何でもないと言って流されてしまった。
「折角ケージ君が来てくれたのに、ユリィはタイミングが悪かったわね。明後日の夕方には帰ってくると思うのだけど……」
サミやユリィの義姉であるアミーシアがそう教えてくれた。その商店の仕入れは大体5日の夕方頃には馬車で帰ってくるのが通例だそうだ。
「仕事の手伝いじゃあ仕方ないですよ。俺も当分はセレネトに滞在してますし、楽しみにして待ってます」
恵二がそう答えるとユリィの関係者たち全員がニヤニヤと笑みを浮かべていた。どうやら彼女が恵二の事を少なからず思ってくれている事は既に知られてしまっているようだ。
「ユリィが戻ってくるまでは俺たちに付き合ってもらうからな!早速明日朝一番に出発だから、今日はゆっくり休めておけよ!」
セオッツの言葉に頷くと恵二は久しぶりのセレネト料理を堪能した。
「で?なんでこいつらが来てるんだ?」
ジト目でそう呟いたセオッツの視線の先には、馬車を用意してくれたテラードの他に見慣れない女子二人がいた。二人とも恵二と同い年かそれより少し下だろうか。服装を見る限り冒険者のようだ。
「すみません。内緒にって話だったんですけど馬車を用意していたら見つかって問い詰められまして……」
テラードが申し訳なさそうに頭を下げながら口を開いた。彼もセオッツ率いるパーティの冒険者で恵二たちに馬車の操縦を教えてくれた行商人の息子だ。今回セレネトから少し離れた場所に行くということで馬車を手配してもらったのだ。
そのテラードの後ろに立っている二人の少女が口を開いた。
「私達を置いて行こうなんて酷くないですか!?」
「そうですよリーダー!サミ姉さんの行くところに私たちあり!出し抜こうだなんてそうはさせませんよ!」
どうやらこの二人の少女がセオッツたちパーティに新しく加わったメンバーのようだ。どこかでセオッツたちが出かけるという情報を聞きつけたのか、テラードを問い詰めてこの場にやって来たようだ。
「はぁ、本当に油断のない子たちね。どうすんの?リーダー?」
呆れた口調でサミは決断をセオッツへと任せる。
「こんな時だけリーダー扱いかよ!?うーん、来るなって言っても聞かなそうだし、勝手に付いてこられるのも面倒だし……。ま、いいんじゃね?」
能天気なセオッツは余り深く考えずに決断を下した。その様子を見ていたサミは深い溜息をつき、恵二はこんなパーティで大丈夫なのかと不安の眼差しを向けていた。
テラードが用意してくれた馬車は町の商人から借り受けたものだ。パーティで遠出をする際よく借りている代物らしい。そろそろパーティ間で集めていた資金も溜まってきたので、専用の馬車を買おうかと相談していたところのようだ。
車両は4人乗りと少し狭いが、御者席が二人乗れる仕様なので6人全員乗ることができた。手綱を握っているのは恵二でその隣にはテラードが座っていた。
本来このパーティで馬を操縦するのはテラードの役目であったが恵二自身が買って出た。乗り物酔いが酷い恵二だが、不思議なことに自分で操縦していると酔わないのだ。
「ところでサミ姉さん、これから何処へ行くんですか?」
「それにあの人は誰ですか?冒険者のようですけど……」
時間を惜しんだセオッツは、三人を素早く乗せて馬車を走らせた。道中で恵二の紹介をさせればいいかと考えたからだ。小さい馬車なので後部車両の声は恵二の耳にも届いていた。
「こいつは俺とサミの友人だ」
「ケイジ・ミツジだ。一応俺も冒険者だ。よろしくな!」
御者席で前を向いたまま後ろに自己紹介をすると、二人は驚いた声を上げた。
「ケージって、あの!?」
「前領主事件の影の功労者で、サミ姉さんより魔術が凄く、リーダーより強靭な実力者っていうあのケージさんですか!?」
セオッツたちは一体この二人に自分のことをどう説明したのだろうか。名前を告げただけで相当驚かれた。
確かにスキルで強化すれば一時的に二人を凌駕することは出来るだろうが、素の状態ではセオッツやサミには勝てないだろうと恵二は考えていた。
同年代にそういう存在がいるからこそ、恵まれた己のスキルに溺れることなく向上心を保てるのだ。元勇者仲間たちの存在も同様である。
「そりゃあ言い過ぎだ。魔術は勉強中の身だし、剣の腕はセオッツに到底敵わないよ」
恵二が謙遜すると少女二人は口を開いた。
「ですよねぇ。あんまり強そうに見えませんし」
「サミ姉さんに勝てるとは思えないです」
「……はっきり言うな、こんちくしょう」
確かに恵二の体型は平均よりもやや低く、お世辞にも強そうには見えない。それでも初対面の相手にここまでストレートに言うとは、最近の女の子は正直者だなと思いつつ恵二は落ち込んでしまった。
「あー、この毒のある二人はミラとリンだ。二人ともこう見えてDランクの冒険者だ」
「へぇ、二人ともその若さでか」
「最近マドーさんが若手の育成に力を注いでいるようでね。地元の若者だけでなく、他の支部からも若手冒険者を誘致しているらしいわよ?」
セレネトの町の冒険者ギルド長マドーは、経営が傾きかけた支部を立て直すため、色々と手を打っているようだ。その一番の試みが人材の育成であった。
ミラはセレネト出身の少女だが、リンはなんと去年までエイルーンにいた冒険者なのだという。丁度恵二と入れ違う形でセレネトに来たようだ。
勿論リンも魔術学校の存在を知っており、恵二がそこの生徒だと知ると驚いていた。エイルーン魔術学校に入る難しさは少女も理解していたからだ。
ちなみにミラとリンの二人ともサミのことをとても尊敬しているようだ。同じ女性冒険者というのもあるだろうが、その実力と男勝りな性格が慕われている要因のようだ。
その逆でリーダーであるセオッツの肩身は狭い。ミラとリンが入ったことで男女比が逆転し、男どもの発言力が弱まった為だ。リーダーであるセオッツとサミの意見では後者が優先されがちなのだとか。
「それで、結局何処に向かってるんです?」
横で恵二の操縦をサポートしていたテラードが質問を投げた。操縦している恵二自身も大体の方角だけしか聞いていなかったからだ。
「何処って、そりゃあアイツを見た所だよ。まだここより先だよ」
どうやらセオッツは竜を一目見た場所以外に心当たりはないらしく、方向をそのままで進むように指示を出した。その方向にテラードは何か思うところがあったのか、こう尋ねた。
「セオッツ先輩……アイツを見た所って、まさか……!」
「?そう言えば、一体何しに行くんですか?」
「そうそう、私もそれ気になってた」
テラードに続きミラとリンも問いかける。その三人の言葉にサミは呆れた声を上げた。
「もしかしてあんたたち、何も知らずに付いてきたの?」
サミに続いてセオッツが答えた。
「俺たちはこれからドラゴン退治だ。今はそれを目撃した場所に向かってる」
「「「えええええーっ!?」」」
三人の大声が辺りに響き渡った。
半月ほど前にセオッツとテラードは、男二人だけでセレネトから少し離れた森にやって来ていた。魔物の調査依頼を遂行する為だ。それ自体は難しい依頼ではなかった。寧ろ5人全員でぞろぞろと行くと魔物に感付かれる為、女性陣三人は残ってセオッツたちだけで行くことになった。
「……俺、一応パーティのリーダーだよな?」
「……そういうことになってますね」
ジャンケンや分担作業で自分達が行くことになったのなら諦めもつく。しかし今回は多数決で決められ、女性陣はその間休暇であった。
「理不尽だ……」
「今の領主様は平等でフェミニストですからねぇ」
それと今回の自分達パーティの決定には何か関係があるのかとセオッツは問いたかったが、テラードは既に諦めの境地に達しているのか、黙々と作業をこなしていた。
そして森を探ること三時間、やっと目当ての魔物の群れを発見した。今回は偵察任務なので無理に戦う必要はない。真面目なテラードが数を漏らさないよう必死に魔物たちを観察している最中、セオッツはふと遠くの空を見上げた。
(?今、何かが飛んでいた……?)
一瞬ちらりと空に影が差したように思えた。それが気になったセオッツはその方向を凝視する。ここは森の中とあって木々が視界を塞いでしまうが、なんとかその隙間から覗き込もうとする。
(……いる!よく見えねえけど、何かが飛んでいる……!?)
目の良いセオッツでも微かに捉えられる程だ。それほどその飛翔体は遠く離れている上に動きが相当速いのだ。距離から察するにかなり巨体な何かだ。そこでセオッツは確信した。
「え?それだけ……なのか?」
「おうよ!あの大きさで空を飛んでるんだ!ドラゴンに違いない!」
恵二の困惑した問いかけにセオッツは自信満々に答えた。
「ああ、そう言えばそんな寝言、前に言ってたっけ?」
「あれってリーダーが酔っぱらってただけじゃなかったの?」
「ちげえよ!俺はしっかり見たんだよ!?」
毒のある少女二人にセオッツは言い返していた。
「それで?そのドラゴンは結局どんなやつなの?」
サミがそう尋ねるとセオッツは表情を崩した。
「……わかんね。遠すぎてはっきり見えなかった」
その言葉に一同からため息が出る。
「セオッツらしいわね。まぁ、そんなことだろうとは思っていたけどね」
「流石にそれだけの情報じゃあ、見つからないんじゃ……いや、見つけない方が幸せですかね?」
テラードはドラゴン退治に不安があるようで、そんなことを呟いていた。
しかし、恵二は半ば確信していた。こういう時の自分は絶対にドラゴンと遭遇する。恵二はエイルーンを出る前に、見送りをしてくれたクラスメイトたちの言葉を思い出していた。
“ケージ君は歩くトラブルメーカーですから”
“今度はきっと竜種あたりと戦闘になるわね”
彼女達は見事に恵二の未来を予言していたのだ。
「せめて他にもっと情報はないの?流石に伝説級の魔物相手なら手に負えないわよ?」
サミの問いにセオッツは必死に当時の記憶を辿っていた。
「確か……羽が多かった気がする。それと……見間違いかもしれねえけど、頭が二つもあったんだ。いや……そんなのいる訳―――」
「―――双頭竜だ!」
「―――双頭竜じゃない!?」
恵二とサミはほぼ同時に声を上げた。
「知っているのか?」
セオッツの問いに恵二は頷きサミは説明を始めた。
「四枚羽の頭を二つ持つドラゴンで、Aランクの中でもトップクラスに危険な存在よ!」
サミの説明にミラとリン、テラードの三人は顔を真っ青にした。今まで相手にしてきた魔物は精々Cランク止まりで、セオッツとサミがBランクを相手取っているのを遠巻きに見ていただけであった。
それがAランクで、しかも上位クラスのドラゴンが相手だと知ると、より一層身の危険を感じたのであった。
「おお!それじゃあそいつは本当にドラゴンなんだな!?ラッキー!」
セオッツは一人だけはしゃいでいた。それを呆れた様子で見ていたサミはメンバーに提案をした。
「どうする?流石にそんな奴相手にこの三人は連れて行けないわよ?というか私も出来れば辞退したいんだけど―――」
「―――いや、もう遅いようだぞ?」
サミの言葉を恵二は途中で遮った。馬車を操縦しながら定期的に魔力探索で探っていた恵二の警戒網に、つい今しがた何者かが引っかかったのだ。しかもその巨大な何かは空から飛んで来ていた。
「噂をすればなんとやら……か?」
恵二たちの馬車を後ろから猛追してきたのは四枚羽の双頭竜であった。




