一狩り行こうぜ!
白の世界<ケレスセレス>は夏真っ盛りであった。
日本とそう変わらない四季が存在するここエイルーン自治領は今日も朝から日差しが強く、外を出歩く者は太陽を恨めしそうに見上げていた。
「ちゃんと水は用意しました?冒険者証は忘れてないですか?」
「……エアリムは俺のかーちゃんか?」
エイルーンを発つ恵二を見送りに来たエアリムは、心配そうに忘れ物はないか色々と尋ねた。そんな彼女に恵二は思わず突っ込みを入れる。ちょっと知り合いに会いに行くというだけなのに過剰なまでの気遣いだ。
8月1日<火の日>、今日から第二エイルーン魔術学校は30日間の長期休暇に入る。その半分の期間を恵二はセレネトの町で過ごすことに決めた。久しぶりに昔の冒険者仲間や知人に会いに行くのが目的だ。残りの半分はどこに行くかはまだ検討中だ。
「……馬車を使わないで徒歩で行く気?馬鹿なの?」
「容赦ないツッコミありがとうクレア。馬車で行く方が危ないんだ、俺の場合……」
朝早くだというのにクレアまで見送りに来てくれた。どうやらエアリムが声を掛けてくれたようだ。別に今生の別れというわけではないのに大げさすぎた。
そして更にオーバーリアクションな奴らも来ていた。
「うおおおお!ケージの兄貴ぃ!俺、もっと腕を磨きますので兄貴も頑張ってください!」
「お達者で!」
「無事生きて帰ってください!」
「……俺、これから戦場かどこかにいくんだっけか?」
どこで話を聞きつけたのか、ニッキーにダッドとデニルの三馬鹿トリオも恵二の見送りに駆けつけていた。それにしても先程から彼らの見送り方が過剰すぎる様な気がした。一体自分は何をしに行くのだと思われているのだろうか。
「ケージ君は歩くトラブルメーカーですから。外へ出るってことは、きっとまた大事になるんじゃないかと……」
エアリムのあんまりな発言だったが、恵二はそれに対して強く言い返せなかった。確かにここ最近は街を出歩けば絡まれるし、外に出れば怪物に襲われていたからだ。
「……今度はきっと竜種あたりと戦闘になるわね」
クレアも恵二をトラブル体質だと考えているのか、そんな酷い予言をしてきた。
「いやいや!ケージ兄貴はグレイトな男だぜ!?きっとこの一夏でSランク冒険者とも肩を並べたりする存在になる!」
「そうだ、そうだ!ケージ兄貴は将来救世主になるお方だ!」
「ニッキー兄貴の言うとおりだぜ!ケージ兄貴はきっと周りが妬むくらいに凄いお人になるさ!」
持ち上げてくれるのは嬉しいのだが、夏の高い気温と相まってとても暑苦しい連中であった。かといってクレアのように冷たい態度を取られてもそれはそれで悲しい。
クレアとはあの事件以来、少しだけ打ち解けてきたのだが最近会話が容赦ない。他の生徒とまだ距離を置いている点を考慮すると、恵二の扱いは十分親密だと呼べるのだが、もう少し彼女とは普通に仲良く会話がしたいと恵二は思っていた。
ちなみにエアリムやクレアたちは長期休暇中もエイルーンで過ごすそうだ。エアリムは実家に帰る気が余りないようで、暑い夏の間は図書館などで勉学に励む予定だそうだ。
クレアも母親と二人でエイルーンに来ていた手前、この街に家がある。今のところエイルーンを出る予定は無く、彼女は“グリズワードの森の深部”に行く為の鍛錬を続けると言っていた。
三馬鹿もエイルーン出身とあって、特に遠方に出掛ける予定は無いようだ。
「それじゃあ完全に暑くなる前に出るよ。また来月な!皆元気で!」
「はい。ケージ君もお元気で」
「……じゃあね」
「兄貴!また来月会いましょう!」
「「行ってらっしゃいませ、兄貴!」」
別れを告げた恵二は5人に背を向けると、そのまま駆け足で東に向かって行った。馬車を使わず駆けていった少年に兵士たちは驚いていたが、それを特に気にも留めず5人は少年が見えなくなるまでずっと見送っていた。
(さて……そろそろいいかな?)
街から大分離れたところまで駆け足のまま来た恵二は、自身の頼れるスキル<超強化>で脚力を大幅強化させた。
するとみるみる速度が上がっていく。ここまでくれば恵二を見ている者は皆無で存分にスキルを扱うことができた。
(このペースなら、今日の昼過ぎにはキマーラ国に辿り着けるか?)
一年前にエイルーンへ来た道順を逆に辿ってセレネトへと行くことにした恵二は、強化した脚力で全力疾走しながら到着時刻をざっくり予測した。日々鍛錬を続けてた恵二の脚力は一年前より更にあがっていた。生身での速さ、強化魔術の向上、そしてスキルの使用時間の増幅など、往路と比べて色々な面が遙かに成長していたのだ。
今回馬車を使わなかったのは、何も馬車酔いを避けるためだけではない。走った方が速いと確信したからだ。
まず今日中にキマーラ国入りして、明日にはヴィシュトルテ王国に到着できる算段だ。寄り道さえしなければ大体4日もあればシキアノス公国にあるセレネトの町に到着できる見込みだ。
恵二は目的地までのペース配分を考えつつ、適度に休憩を取ってはセレネト目指して走り続けた。
(……思ったより早く着いたなぁ)
恵二が考えていた予定より1日早く、なんとたったの3日でセレネトの町に到着してしまった。
(変わってないなぁ。相変わらず綺麗な町だ)
町に入ると綺麗な建物や水路が目についた。ここは通称“水の町セレネト”と呼ばれる程、水路が張り巡らされていた。この水路の景観を保つため、汚した者は厳罰に処せられるという話であったが、それは以前この町を支配していた領主や貴族たちの意向であった。彼らは何よりも外面を気にする。
町の中央部分や北側の区画はかなり綺麗に整備されてはいるが、貧民層の住む南側は荒れていた。これも前領主の方針で、北側の貴族街のみ整備を優先してきたからだ。
ただし今は違う。
現領主であるカイン・シア・クロフォード伯爵に代わってからは、南側の整備も進められて徐々にだが貧富の差が狭まりつつある。水路に至っても生活に欠かせない水を求む者の声は多く、それを真摯に受け止めた領主は、生活用水路を増やして一部を使用出来るように指示を送った。尤も川や水路を汚す者は相変わらず罰せられるようだが、これは致し方ない。景色を楽しむにしても、生活用水として使うにしても、綺麗な水の方が良いに決まっているからだ。
(さて……まずは教会から顔を出してくるかな?)
教会は町の中央辺りに存在する。そしてその教会のすぐ隣には2階建ての建物がある。そこはかつて恵二と一緒に旅をした冒険者サミの住まいである孤児院だ。ここには親を亡くした子供たちが一緒に共同生活をおこなっていた。恵二も町に滞在中はここに泊めてもらっていたのだ。
まず始めに恵二は教会から尋ねることにした。この時間なら教会と孤児院の責任者であるコーディー・ウォール神父がいるはずであった。
「ごめんくださーい」
教会の扉をゆっくりと開けた恵二は来訪を告げると、奥にいた人物がそれに気が付いた。予想通りそこにはコーディー神父がいた。その妻であるアマスタ・ウォール婦人も一緒であった。
「おお!ケージ君ではないか!?」
「久しぶりね、ケージ君。また会えて嬉しいわ!」
二人はすぐに恵二だと気が付いた様子でこちらに近づくと、再会をとても喜んでくれた。
この二人は二代前の元領主であるウォールト家の元執事と元メイドであった。色々と複雑な事情があり、現在は神父とシスター、そして孤児院の父親と母親代わりとして日々の生活を送っている。つまり彼らはサミやその妹であるユリィの義理の両親にあたる。
そんなこともあり恵二にもかなり親密に接してくれた。もっともこの町にいるほとんどの人間が、前領主の悪行を阻止するのに尽力してくれた少年の事を好ましく思ってくれている。
「いやあ、嬉しい再会だが一体どうしたのかね?君は確かエイルーンで学校に通っているのではなかったかね?」
「8月から長期休校ってやつでして。それで久しぶりに顔を出しに来ました」
恵二は簡単にここに来た理由を説明した後、セオッツとサミはどこにいるのかを尋ねた。
「二人なら、そろそろ帰ってくるんじゃないかな?今日は簡単な討伐依頼をすると聞いているよ」
もうすぐで夕方の時間帯となる。暗くなると町の外の危険度が増す為、冒険者達も仕事を切り上げて帰ってくる時間帯だ。
「アミーも夕飯の支度で買い物に出かけているの。もう少し待っていれば皆帰ってくると思うけど―――」
アマスタは言葉を一旦止めると、何とも言えない表情でこう続けた。
「それとユリィなんだけど、あの子は今セレネトの町には居ないのよ」
「……え?」
意外な事実に恵二は戸惑いを隠せないでいた。
「ケージ!?久しぶりだな!」
「ホントね!元気?背、少し伸びたんじゃない?」
「セオッツにサミも元気そうだな。安心したよ」
夕方になると、アマスタの言うとおり二人は帰って来た。サミやユリィの義理の姉になるアミーシアも先程帰っており、恵二との再会を喜んでくれた。今は恋人でもある現領主カインにこの事を知らせるべく再び外出をしていた。
「しっかし……あんた来るの早すぎよ!休みって確か8月からじゃなかったの!?」
「ん?そうだよ?だから8月になったからセレネトに来たんじゃないか」
サミの問いに恵二は不思議そうに答えた。しかし恵二はここに来るまで自分がスキル全開でスピードを飛ばして来たことをすっかり失念していた。
通常の乗り合い馬車ではどんなに早くても一週間はかかる距離だ。上等な馬車を全力で飛ばしても5日は掛かるとサミは踏んでいたのだ。
実は恵二に送られた手紙の“会いたい”という一文、あれはサミの入れ知恵であった。お人好しの少年のことだから、長期休暇の前にそう伝えれば、きっと会いに来てくれるだろうと義妹のユリィに助言していたのだ。
その作は見事に功を奏した。
しかし誤算もあった。それはユリィが現在町に居ないということだ。
ユリィは最近アルバイトに勤しんでいた。ウォール夫妻の知り合いである商店で手伝いをしてお金を貯めていたのだ。貯金をしている理由までは分からないが、彼女は孤児院の家事もこなしつつ仕事にも励んでいた。
そしてその商店は、月頭に一度だけ大きな仕入れをしに隣町のヘタルスへ行く。行って帰って来るのに5日掛かるその仕入れ作業の手伝いにユリィも駆り出されていたのだ。
ユリィもまさか恵二がこんなに早くセレネトを訪れるとは思いもしなかったのだろう。5日までならとその手伝いを買って出たのだ。
「間の悪い男ね……。それで、あんた何日滞在できるの?」
「仕方ないだろう!?知らなかったんだから……。とりあえず一週間以上は居られるよ」
理不尽な物言いに恵二はそう答えた。
「そう、それならあの子と一緒の時間もちゃんと作れそうね」
「え?ああ、そうだな……」
確かにユリィに会いに来たのも今回の目的のひとつでもあったが、サミが口出しをしてくるのはちょっと違う気がする。どうもサミは自分とユリィをくっつけたいようだと恵二は考えた。
「なあ、ケージ。それなら明後日までは暇だよな?」
すると横からセオッツが恵二にそう尋ねた。
「ん?そうだなぁ。ある意味セレネトに来ること自体が目的だったから、特にやることはないなぁ」
久しぶりにセオッツやサミに会いたかったとは、恥ずかしくてストレートに言えなかった恵二は誤魔化す為にそう答えた。
それを聞いたセオッツは“それは丁度良い”と呟くと、ある提案を持ちかけてきた。
「ケージ、明日一狩り行こうぜ!」
セオッツはそう気軽に声を掛けた。
(昔クラスメイトがそんなこと言ってゲームに誘ってきたな……)
日本にいた頃、同級生の間ではそんなキャッチフレーズで売り出したゲームが流行っていた。モンスターを協力して倒すゲームだ。
ゲーム機を持っていなかった恵二には詳しく知らないが、作戦と役割をきちんと決めて望まないと攻略できないのだそうだ。その為プレイする方も凄く真剣であった。
そのゲームにはまっている同級生たちは、恵二には意味の分からない専門用語で語り合っては、必死にキャラクターを操作していた。
そんな彼らと比べると、セオッツは“ちょっと飲みに行こうぜ”というような非常に軽いノリであった。
しかし彼のその誘いは、決してゲームのモンスターを狩るのではなく、ましてや馴染みの居酒屋に出かけるのでもなく、現実に命を懸けた魔物討伐の誘いであった。
「ちなみに何を狩りに行くんだ?」
セオッツは軽度の戦闘狂であった。決して無謀な真似はしないが、無茶はよくする。
一体今度はどんな無茶をするのか尋ねると、それは想像以上の獲物であった。
「竜種だ。ドラゴン狩りをする!」
セオッツは目を輝かせながらそう告げるのであった。




