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準備OK

 恵二たちを襲った盗賊たちの背後関係を洗うのに、ある程度の日数を要した。



<研究会>という得体の知れない組織が絡んでいるのと、街から離れた事件であった為、一部の者以外にはこの事件に関する情報は秘匿された。


 勿論そのまま放置という意味ではなく、事情を知っているアルバード市長の下、事件の捜査が極秘裏に進められた。


 その結果、今回の首謀者は恵二とエアリムの殺害を依頼したグラム・フリッターとそれを援助した父親のライス・フリッター元子爵、それと賊を斡旋した冒険者バックスに実行犯である盗賊の頭エイジンだと判明した。


 エイジンは化物に変貌した後に死亡している。


 フリッター親子は恵二たちの暗殺を企てた罪で捕まり、他にも余罪がないか現在取り調べを受けている。今分かっている時点でも親の方は相当の悪行を重ねてきたようだ。元貴族連中はそんなフリッター元子爵を売った。こちらに飛び火されては堪らないと思ったようで、事件の捜査に協力的であった。



 この事件の発端となった<第二>の生徒とのトラブルについても、他の<第一>の生徒が自供した。尤も主犯はグラムで他の生徒ら“彼に命令されて脅した”という体裁で落ち着いた。


 生徒間のトラブルの件については後日<第一>の生徒会との話し合いで折り合いが着いた。ヒスタリカを始め、良識のある者はグラムに落ち度があると分かると<第二>側に謝罪をしたが、一部の生徒はそれを快く良く思っていない様で、両校の溝はさらに深まったと言える。



 そして賊との繋がりがあったとされる冒険者バックスだが、彼も現在行方不明であった。


 バックスと共に恵二たちの身辺調査をしていたとされる冒険者マルク・マクフォードも同時に行方を眩ませていた。彼についてはグラムに依頼されて調査をしていただけの立場である為、そこまでの罪はなかったのだが、後ろ暗いことでもあるのか、その姿を消していた。


 それと生き残りの賊から聴き出した“白服の男”と“黒いローブの男”も現在捜索中である。この二人が盗賊たちに“人を進化させる薬”なる物を渡していたそうだ。その見返りとして盗賊団は薬の効果や持続時間の報告や、稀に黒ローブからの依頼を受けることもあったそうだ。


 この二人は十中八九<研究会>のメンバーだと思われる。元メンバーであるゼノークも“白服の男”については見覚えがあると証言をしている。詳しい素性までは分からないが、かなり上層部の人間なのだそうだ。



 今回の事件でその場に居合わせたエアリムにクレア、それとスーミーにも<研究会>については教えられた。実際に化物を見ている手前、秘匿するのは不可能なのと、今後もしかしたら<研究会>に目をつけられる恐れがあったからだ。事情を知っているアルバードやミルワードから説明を受けて、決して口外しないようにと言い渡された。



 ここ何週間は後始末でドタバタしていたものの、一通りの捜査はこうして終わり、今回の事件は一旦幕を閉じるのであった。




「これで今期の授業は終わりよ!明日から長期休暇に入るから簡単に連絡事項だけ伝えるわ。ほら、そこ!まだ説明があるから騒ぐな!」


 季節は巡り、魔術都市は完全に夏場を迎えていた。明日から8月に突入するということで、一ヶ月間学校は長期休暇へと入る。明日から休みとあって騒ぎ出す者もいたが、そんな生徒をスーミーは叱りつける。


(もう夏かぁ。そういえば、俺がこの世界に来たのも夏だったなぁ……)


 恵二たち異世界の勇者が白の世界<ケレスセレス>に召喚されたのは、この世界の時間で8月の真中であった。この世界に来て、もう少しで丁度二年が経つ計算となる。更にいえばこの街に来てあとひと月くらいで丸一年が経つ。この異世界生活での大半がここの街で過ごして来た事になる。


(丁度いい機会だし、どこか遠出でもするかな?)


 恵二が勇者の使命を放り出し王城を出たのは、この世界の様々な場所を冒険する為だ。今はその準備期間として自らを高めている訳だが、流石に一年も同じ場所に留まっていると、どこか別の場所へ行きたい衝動に駆られてくる。


 しかし、何処へ行こうかと考えていた恵二は、ふと三日前に自分宛に届いた手紙の内容を思い出した。



 それはセレネトの町から届いたユリィの手紙であった。



 一年以上前に恵二と一緒に旅をした冒険者仲間であるセオッツとサミ。この二人は現在もそのセレネトの町で冒険者活動を行っている。そのサミの義妹に当たるのがユリィという名の少女であった。


 恵二は以前セレネトに滞在中、なんとその少女から告白をされていた。しかもユリィは“自分も恵二に付いていく!”とまで言い出したのだ。


 当時未熟だった恵二は、戦闘の術を持たない少女を危ないから連れてはいけないと、その申し出を丁重に断った。すると彼女は自分も強くなる、そして冒険者になるとまで宣言をしていた。


 結局そのまま恵二はセレネトを去ったが、その後も二人は手紙でやり取りをしていた。その内容はたわいない日常の出来事ばかりであった。


 恵二が無事魔術学校に入学出来たこと。


 セオッツやサミは相変わらず喧嘩をしながらも、パーティメンバーを増やしながら冒険者稼業を続けていること。


 グリズワードの森にいた銀狼たちが、何故かエイルーンまで付いてきたこと。


 シキアノスの貴族の間では、“ジテンシャ”なる乗り物が現在流行りだしていることなど───


 彼女は手紙に“好きです!”だの“付いていきたい!”だのは一言も書いてこなかった。


 ただ、三日前に送られた手紙には“久しぶりに会いたい”という一文が書かれていたのが印象的だ。



 その事を思い出した恵二の頭の中には、セレネトの町も夏休みの候補地に上がっていた。


(よし、決めた!夏休みの半分はセレネトに行って、残りはどこか別の場所へ行こう!)


 スーミーが夏休みの注意事項を告げている中、恵二は長期休暇の算段を立てていく。


 恵二は気付かなかった。ユリィの見計らったようなタイミングの手紙が、実は長期休暇を前にした恵二に来てもらう為の健気な作戦であったことに。


 彼女の作戦は実に簡単に成功を遂げた。




「──え?ケージ君、エイルーンを出て行くんですか!?」


 恵二から話を聞いたエアリムは驚いていた。


 出身国がハーデアルト王国ということになっている恵二は、故郷が遠くてとても一ヶ月では行って帰って来るのは無理だと考えており、てっきり長期休暇中は出掛けないものだとエアリムは思っていたのだ。


「ああ、ちょっとシキアノス公国に行ってくる。古い友人に会いにね。残り半分はエイルーンの西側にでも行ってこようかな?」


 エイルーンより更に西側の国には、まだ一度も踏み入れていなかった。ここより西にはギルテガルト王国とサマンサ国、その更に西には最西端であるノーグロース通商連合国がある。


(そういえば、この世界に来てまだ一度も海を見てないぞ?)


 図書館などで調べた限りでは地球の海とはたいして変わらなそうな印象だが、海に棲む魔物はどれも凶悪だと耳にしている。そのため大陸間を行き来するのはとても大変なんだそうだ。


 それと恵二は沿岸部の暮らしや海産物にも興味があった。特に川魚が貴重なエイルーン暮らしが続いていたので、無性に海の幸が恋しくなったのだ。そんな事を考えていたら急に寿司や海鮮丼が食べたくなってきた。この世界にも米はあるので、きっとそれらの料理もある筈だと恵二は期待を膨らませた。


 よだれを垂らしながらそんな考え事をしていた恵二だが、そのだらしない様子を見ていたエアリムは勘違いをしてこう尋ねた。


「もしかして、ご友人というのは女性でしょうか?」


「ん?ああ、一個上と年下の子もいるな」


「──ふ、二人も!?」


 恵二の返答にエアリムは狼狽していた。それを恵二は不思議に思いながらも、明日の準備があるからと言ってエアリムとは途中で別れた。



 その後、恵二はあちこち挨拶回りをした。まず向かったのはミルワード校長の所だ。彼は恵二が街の外に出るのを想定済みであったのか、さして驚きもしなかった。


「そうか。チサト君もノーグロースに帰るそうだよ?何でも書物店との約束で、長期休暇の際は一旦戻って執筆活動のようだね」


 恵二と同じく日本から異世界召喚された山中千里は、エイルーンに来る前はノーグロース通商連合国で人気小説家という地位を築いていた。


 知る人ぞ知る新星作家センリ・ヒルサイド。この白い世界にとって彼女の作品はとても斬新でいて過激的、そのため情熱的なファンが多数いるそうだ。彼女に憧れて親し名(ミドルネーム)までつけたご婦人を恵二は知っていた。


 そんな売れっ子作家を逃す者がどこにいるだろうか。


 千里の保護者兼担当者でもある商人は、どうしても魔術を習いに学校に行きたいという彼女の願いを聞き入れる代わりに条件を出した。


 暇な時は執筆を進めておくこと。


 そして長期休暇の際は顔を見せに一度戻ること。


 書くことが好きな千里は、その条件を快く飲んだそうだ。


「それと、休暇中は私もフリッジス君と遠出をするよ」


「そうなんですか?」


 それは意外な情報であった。ミルワードは何時も学校に籠っている印象であったが、そういえば<第一>の教頭時代には、ハワード校長の嫌がらせでよく出張に出されていたと恵二は聞かされていた。


「うん。彼の出自がどうも気になってね。<紫の異人(パープル)>は存在自体は確認されているんだけど、関連資料が少なすぎるんだよね」


 フリッジスは恵二たちとは少し違った経緯で異世界転移してきた紫の異人(パープル)の生徒だ。もっとも全体から見れば恵二たち勇者や千里のような異世界召喚の方が特殊と言えた。


 この白の世界はどういうわけか異世界人がそこそこ現れる。大きな町なら一人くらい居るのではという程の確率なのだそうだ。そんな異世界の来訪者たちは、通常望まぬ形でこの世界に飛ばされてくる。恵二のように召喚されるケースの方が珍しいのだ。


「フリッジス君は暗黒属性に適性がある。もしかしたら魔族と何か関係があるのかもしれない。それなら直接会って話を聞いてみようと思ってね」


「……それ、大丈夫なんですか?」


 恵二は未だ魔族と出会ったことがない。恵二の知っている魔族の情報は、彼らは北の大陸の更に北部に住んでおり、大昔は人族や他の種族としょっちゅう争い事をしていたというくらいだ。後は魔族を統べる魔王なる存在もいると聞かされていた。


 日本の漫画やゲームにも度々悪役として登場する魔族。そんな者たちと接触して大丈夫なのかと恵二は尋ねた。


「その点は平気だよ。誤解されがちだけど、彼らは全員が敵対的じゃないよ?確かに危ない思想の者もいるけどね。それに、まずは手始めにダークエルフと接触してみようかと思っているんだよ」


 ダークエルフとは、魔族とエルフの混血で生まれたとされる種族だ。その為なのか暗黒属性の適性を持っている数少ない種族でもある。エルフ族であるミルワードは伝手があるのか、まずはダークエルフの知人からコンタクトを取るつもりのようだ。


「それじゃあ“異世界人同盟”は暫く休みですね」


 恵二に千里、フリッジスの異世界人と、校内で唯一事情を知っているミルワードの四人で結成した異世界人同盟は、週に一回の割合で集まっては色々と魔術の実験を行っていた。


 そのほとんどがミルワードの知識欲を満たす為のものであったが、恵二たちにとっても魔術の見識が深まるのと、自分たち異世界人のことを知れるチャンスとあって、進んで協力をしていた。


 その会合も長期休暇中は全員エイルーンから出ることになり暫く解散ということになった。




 ミルワードとの挨拶を済ませた恵二はその後ラングェン邸、<ミリーズ書店>、<精霊の台所>など普段お世話になっている所に暫く不在になると告げてきた。そしてその足のまま<スライムの胃袋屋>で旅に必要な道具を買い揃えていった。


「これで準備OKだな!」


 一度行った場所とは言え久しぶりの遠出に恵二の胸は高鳴った。





「次いくよ、エレティアさん」


「……ちょっと休憩しない?」


 手を差し伸べて急かす少年にエレティアは嫌な表情を隠しもせずそう告げた。


「いやいや、僕だってさっさと終わらせてゆっくりしたいんだからさぁ。ほら、次のポイントに転移するから早く掴まってよ!?」


 そんなエレティアの態度にも慣れた石山コウキはその要求をつっぱねると、強引に彼女の手を取った。


「ほんと人使いが荒いわねぇ……」


 交渉に失敗した彼女は諦めてその手を握り返す。その直後、二人の視界が突如切り替わった。別の地に転移した二人の目の前には、大量の不死生物(アンデッド)たちが蠢いていた。


「うわぁ、ここにもいっぱい溜まっているなぁ……」


「もう、うんざりよ!絶対に大金要求してやるからね!」


 彼女はヒステリックにそう叫ぶと、無詠唱で魔術を発動させる。それは<神堕とし>の影響下にあるこの地では使えない筈の神聖属性の浄化魔術であった。


 エレティアの放った神聖魔術は広範囲な上とても強力で、不死生物(アンデッド)たちはあっという間に灰燼と化した。


「じゃあ、次いくよ」


「……だるい」


 二人はこの後も不死生物(アンデッド)どものいる場所に転移を繰り返しては、神聖魔術で浄化をしていった。




「コウキとエレティアは良くやってくれているようだな」


「左様でございますね。もっともエレティア殿の要求金額の件についてはあまり考えたくはありませんが……」


 ルイス国王の問いにオラウ宰相は冷や汗を掻きながらそう答えた。それをルイスは苦笑いしつつフォローする。


「財政を預かる宰相の立場では辛かろうが、金で解決できるのなら後でいくらでも支払おう。それよりも、だ───」


 王はそこで一旦言葉を止めると、目の前にいる精鋭たちに視線を送った。


 魔剣の勇者ルウラード

 水盾の勇者アカネ

 万弓の勇者イザー

 精霊の勇者ミイレシュ

 守護の勇者グイン

 魔導の勇者ナルジャニア


 最近国民からそう呼ばれ慕われている異世界の勇者たちがそこにはいた。


 現在別任務中である“瞬刻の勇者コウキ”を除く全ての勇者が集結していたのだ。


「これで残りの勇者全てを動かせるというわけだ!」


「これもコウキ君とエレティアさんのおかげだね」


 王の言葉に水野茜は同意してそう答えた。


 転移スキルの使えるコウキはエレティアを連れてハーデアルト王国のあちこちに転移していた。コウキのスキルは行ったことのある場所に瞬時に移動することができるのだ。今回のようなケースの為に、コウキには予め国内の至る場所に足を運んでもらっていた。


「二人が国内の不死生物(アンデッド)どもを抑え、我が国の兵士たちが彼らのカバーと敵対国に睨みを利かせる。その間に残りの勇者諸君には<神堕とし>の発生源と思われるラーズ国、或はレインベル帝国に再び潜入してもらいたい!」


 これこそがルイス国王の思いついた作戦であった。


 国内に沸く不死生物(アンデッド)を、元Sランク冒険者である≪背教者≫エレティアに駆除してもらう。<神堕とし>の影響で通常の神聖魔術が使えない現状、この大陸で最も不死生物アンデッドの天敵となるのがエレティアであったからだ。彼女のサポートにはコウキが付く。


 そして残りの戦力を全て北へと向かわせる。勇者だけでなく、騎士団長や魔術師長も向かわせる手筈だ。


 ルイスは今回で大災厄<神堕とし>を一気に片付けるつもりであった。


「流石にこのメンバーならば負ける気がしない!」

「私の魔術で吹き飛ばしてあげます!」


 ラーズ国やレインベル帝国、それに赤の異人(レッド)たちの介入があろうとも、これだけの戦力ならば撃ち破れる。ルイスはこの作戦の成功を確信していた。


「それでは諸君、頼んだぞ!」



 こうしてハーデアルト王国の史実上最大の作戦は実行され、最高戦力を北へと投入した。



 そして一週間後、中央大陸は<神堕とし>の影響から解放されることになった。

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