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誤算

すみません。昨日投降できませんでした。そのうちまた連投します。

「ちきしょおッ!」

「あいつを近づけさせるな!」


 三人の賊は何か企んでいるのか、恵二から逃げようとはせず待ち受ける姿勢をとった。その奥では賊の頭らしき大男が苦しそうに呻き声を上げていた。


(何かする気か?させない!)


 恵二はナイフを片手に賊の方へと駆け出した。


「来るぞ!よく狙え!」

火弾(ファイヤーショット)!」

風刃(ウインドカッター)!」


 二人の男が魔術で恵二を迎え撃つ。賊の放つ魔術は狙いも甘く初心者丸出しであったが威力だけは馬鹿に出来なかった。どうやら賊たちは魔力量と身体能力は高いようだが、それを扱いこなす技術の方が未熟なようだ。


 とはいっても当たればそこそこのダメージを負う程の魔力量がその魔術には籠められていた。恵二はそれを間違っても被弾しないよう慎重に躱していく。一番近くにいた賊の傍まで接近することに成功すると、拳を相手の腹部に繰り出した。


「がっ!」


 強化された恵二のパンチは、大の大人を軽々と吹き飛ばした。


「こいつッ!」


 もう一人の賊に背を向けた形となった恵二を隙有りとでも思ったのか、別の男が背後から剣を振り下ろす。だが、恵二はきちんと相手の位置を把握しており、その攻撃も想定済みだ。


(―――超強化(ハイブースト)!)


 心の中で己のスキルの名を唱えた恵二は一瞬だけ身体能力を全力で強化すると、不意を突こうとした男の背後に一気に回り込み、そのまま首を刎ね飛ばした。


「ひいいッ!」


 賊はあと二人であった。先程まで魔術で恵二に応戦していた男は完全に戦意を挫かれたのか、踵を返して全力疾走でその場を去ろうとする。


(―――逃がさない!)


 背を向けた者まで命を取ろうとは思わないが、このまま黙って賊を逃がすつもりは毛頭なかった。恵二は再び脚力を強化し賊へと迫ろうとした、まさにその時であった。


「ぐおおおおおおおおッ!!」


 人が発しているとは思えない咆哮が響き渡った。声の出所を見ると、先程まで呻き声を上げていた賊の姿はそこにはなく、代わりに異形の化物が立っていた。


「な、なんだ……あれ?」


 その化物は全身が赤黒い肌をしており、頭部には角と思われる突起物が二本突き出ていた。口は大きく裂け、鋭い牙が飛び出ていた。そして何よりその体躯、先程までそこにいた筈の賊も大男であったが、その異形の化物はさらに二回りほど大きいサイズであった。


 突然沸き出てきた異形の者の姿に恵二は思わず呆気にとられた。


「え……?お頭……なのか?そうなんだな!?」


 恵二から必死に逃げようとしていた賊は、先程まで自分のお頭が立っていた場所に突如現れた化物を見て、きっとお頭が例の切り札とやらで変身したのだと確信をした。


「すげぇぜ、お頭!これならあのガキだって倒せ―――ぶぎゃッ!」


 元お頭である怪物に近づいた賊は“これで助かる”と喜んで話しかけた瞬間、仲間だった筈の化物に張り手を受けた。その巨大な化物は大きな手を賊へと振るっただけで、あっという間に男をバラバラの肉片へと変えてしまったのだ。恐るべきパワーである。


「―――こいつ、仲間を!?」


「ケージ君!来ますよ!」


 仲間殺しを平然とやってのけた化物相手に恵二が驚いていると、後ろからエアリムの警告が飛んだ。


 化物を注視すると、その巨体は膝を屈めて飛び込む為の力を溜めていた。見境のない怪物は、今度は恵二を標的としていたのだ。


「ぐおおおおおおッ!!」


 雄叫びと共に化物は溜めていたバネの反動を利用すると、爆発的な瞬発力を見せて恵二へと迫った。


(───はやっ!)


 警戒はしていたつもりだが、その巨体からは想像できない程の猛スピードで迫られた恵二は咄嗟に後方へと跳躍して間合いを取る。


 しかしそれは悪手であった。


 跳躍、つまり空中に飛んでいる間に恵二が出来ることは少ない。足の着いていない空中ではいくら脚力を強化しようとも速度アップができないからだ。


 そして何より誤算であったのが怪物の脚力だ。


 今見せた瞬発力がMAXだと思い込んでしまった。しかし恵二が本当に僅かにだが、跳躍して後ろに下がるのを見ると、化物は標的を逃すまいとその速度を更に上げたのだ。


 結果、恵二が後方に着地をする前に追い付かれてしまったのだ。


(───くっ!)


 地面に着地するまでは回避行動を取れない恵二は<超強化(ハイブースト)>で防御力を全力で強化する。


 赤黒い化物は恵二を射程に捉えると、少年がすっぽりと収まりそうな馬鹿でかい掌を、真上から凄まじい速度で叩きつけた。


「───ぐッ!」


 真上から張り手を喰らった恵二は地面に叩きつけられると、バウンドして再び宙へと浮いた。


 まるで恵二をバスケットボールのように地面に叩き跳ね上げさせると、今度は右足を後ろへと折り曲げて溜めを作った。どうやらバスケの次はサッカーをご所望のようだ。


 再び空中で逃げられない少年を、その巨大な化物は渾身の足蹴りで吹き飛ばした。


 恵二が蹴り飛ばされた瞬間、荒野一体に凄まじい轟音が鳴り響く。その音がどれ程の破壊力を秘めているのかを物語っていた。


 大木のように太い化物の足で蹴り飛ばされた恵二は遥か後方へと飛ばされる。


 それを見ていたエアリムとクレアは顔を青ざめる。張り手だけで人をミンチにする化物だ。その化物の攻撃を恵二は二度もまともに受けたのだ。今尚飛ばされ続けたままの少年は無事なのだろうか。二人は不安で仕方がなかった。


 一方化物は標的がぐんぐんと離れていくと、今度は一番近くにいた少女二人に視線を向けた。


「───!?」

「───あ」


 化物と目を合わせた二人は硬直をする。それは今までに向けられたどの種類の視線とも違っていた。化物は標的を食べたいわけでも殺したいのでもなく、ただ近くにいる者を破壊したい。それだけしか頭になかったのだ。


「───く!」


 エアリムがなんとかクレアだけでも逃がそうと覚悟したその時、突如二人を守るかのように土の壁が現れた。


「ケージ君!?」


 エアリムはすぐにそれが誰の仕業か気付く。少年は化物に吹き飛ばされながらも自分たちを守るために土盾(アースシールド)を出してくれたのだ。


「──クレアさん!ここなら安全です!今のうちに魔術を!ありったけの魔力を籠めてあいつにぶつけます!」


「わ、分かったわ!」


 恵二の壁の出現により、化物の恐ろしい視線から逃れられたクレアは硬直状態から解放された。


 二人は残りの全魔力を集中させて詠唱を始める。


 しかし、そこへ化物が壁を叩く轟音が鳴り響いた。


「───ひっ!?」


「大丈夫、ケージ君の土盾(アースシールド)なら、ちょっとやそっとじゃ───え?」


 壊れない、と続けようとしたエアリムの言葉は途中で遮られた。なんと今までどんな攻撃にも耐えてきた恵二の土盾(アースシールド)にヒビが入っていたのだ。


 更に化物が二度三度壁を叩くとそのヒビはどんどん広がっていった。それを見たクレアは再び絶望した表情を浮かべていた。そんな彼女にエアリムは檄を飛ばす。


「諦めないで!ケージ君がすぐに来てくれます!私たちは私たちでやれることをしましょう!」


 奇しくもエアリムは、昔と似たような状況に追い込まれていた。≪古鍵の迷宮≫で転移トラップに嵌まったとき、恵二が絶望しかけていたエアリムを励まし窮地を救ってくれたのだ。


(あの時とは立場が逆ですし、この化物に勝てる算段なんてないんですけどね……)


 それでも自分が絶望するわけにはいかなかった。


 隣で震えながらもしっかりと気を保とうとしている少女と、吹き飛ばされながらも少女たちの身を案じて守ってくれた少年。二人の気持ちに報いる為にも自分から勝負を投げ出すわけにはいかなかった。


「壁が壊されたら魔術を同時に化物の顔面に撃ち抜きます!いいですね?」


「……分かった!」


 クレアはしっかりと頷いた。彼女の身体はまだ震えたままだが、その目には光を宿していた。まだ完全に心は折れていないようだ。


 七度目、八度目と化物が叩く度に壁は軋んで悲鳴を上げているかのようだ。そして九度目で彼女達の守りは遂に破られてしまった。


「今です!」

「―――っ!」


 壁に空いた大穴から化物が姿を見せ、エアリムたちが魔術を放とうとした瞬間、その前に別方向から放たれた灼熱の閃光が突如化物を襲った。


 その閃光は恵二が放った炎槍(フレイムランス)であった。本来は槍の形状をした炎の魔術だが、恵二のスキルで全力投擲された炎の槍は、一筋の赤い光線となって化物の頭部を蒸発させたのだ。



「ふう……、なんとかギリギリ間に合ったか……」


 遠くから化物の頭を吹き飛ばした恵二はそう呟いた。誤算だらけの戦闘だったが、何とか二人を守りきる事が出来たと安堵した。


(まさか、あそこまで強いなんてな……)


 単純な運動能力でいったら過去最大の敵ではないだろうか。スキルの全力強化で防御したにも関わらず、叩かれた箇所や蹴られた部分に鈍い痛みが感じられた。あの化物は恵二のスキル全快による守りを突破したのだ。


 そして土盾(アースシールド)が破壊されたのも誤算であった。


 化物に遙か遠くに吹き飛ばされつつも、恵二は自分が戻るまでの守りとして土盾(アースシールド)を全力強化した状態で出しておいたのだ。


 しかし土盾(アースシールド)は術者から離れた場所に出現させるとその強度が著しく低下をする。その為化物の攻撃に耐えられなかったのだ。


 急いで戻ろうとした恵二だが間に合いそうもなかったので、遠くから炎槍(フレイムランス)で化物の頭部を撃ち抜いたのだ。


(まぁ誤算だらけだったけど、結果オーライだな……)


 そう溜息をつくと恵二はゆっくりと二人の元へ向かった。かなりスキルを多用した上、戦闘前に魔術の訓練をしていたせいで、魔力は今ので尽きてしまった。身体は非常に怠かったが、一先ずの危機は去っただろうと恵二は警戒を解いた。



 まさかこの後、最大の誤算が待ち構えているとは思いもよらずに



 最初に気付いたのはエアリムであった。背後から何やら物音が聞こえる。振り返ってそれを見た彼女は心底驚いた。


 次に気が付いたのはクレアである。横にいたエアリムの様子がおかしいと、ふと彼女の視線の先を追った。


 恵二はそんな二人より後に気が付いた。後ろを振り返ったまま硬直していた二人を不思議に思っていると、その二人の更に奥から巨体が立ち上がるのを目撃した。それは頭部を吹き飛ばした筈の化物であった。恵二が頭を焼き消したにも関わらず、その化物は頭が無い状態のまま起き上がって来たのだ。しかも首より上は蠢きながら徐々にその先が増えていているように見受ける。おそらく再生をしているのだろう。


「嘘だろ!?」


「クレアさん!」

「―――!?」


 化物の近くにいたエアリムとクレアは咄嗟に距離を取ると、先程放てず終いであった魔術を発動させた。事前の打ち合わせでは頭部を同時にという作戦であったが、その肝心の頭部が無い状態にも関わらず化物は動いていた。仕方なくエアリムは胸部を、クレアは足元にそれぞれの得意魔術をお見舞いする。


「―――吹っ飛べ!」


 更に恵二が強化した脚力であっという間に化物まで詰め寄ると、先程のお返しだと言わんばかりのドロップキックを化物に喰らわせた。最大出力で強化された両足蹴りは化物の腹部を粉々に吹き飛ばした。その勢いで残った化物の残骸も後方へと散って飛んでいく。


「―――どうだ!?」


 今ので残りのスキルも殆ど使い切ってしまった。エアリムやクレアも魔力切れのようで、肩を上下に揺らして息をしている状態だ。


 三人は祈るように吹き飛んだ化物の残骸を観察していた。


 しかし、その祈りはどうやら届かなかったようだ。


「う…そだろ……」


「再生してる……」


「……不死身?」


 粉々に散った化物の肉片はぶるぶると震えると、一体どういう原理なのか近くの肉片同士で合体し始めて元の身体に戻ろうとしていた。魔術などで完全に消失した部分は再生しているのか、徐々に肉付けされていく。どうやらこのままだと再び怪物の姿へと戻るのは時間の問題であった。


「おいおい……。本当に不死身なのかよ!?もう魔力も体力も残ってないぞ!?」


「一旦引きましょう!私達では手に負えません!」


「……逃げ切れる?街まで遠いよ?」


 そうこうしているうちに怪物はそろそろ復活しそうであった。これ以上戦う余力は勿論、逃げ切れる体力も最早残されていなかった。重い空気が走る中、三人の沈黙を破ったのはクレアであった。


「……私が食い止める!二人は逃げて!」


「―――はぁ!?」

「無茶ですよ!?」


 恵二とエアリムは猛反対をする。先程まで化物相手に一番怯えていたのはクレアであった。そんな彼女が一人で化物を足止めするなど自殺行為に等しかった。


「クレアには悪いけど、足止めにすらならないよ。ここは俺が残る!」


「……大丈夫!ちゃんと考えは……ある!」


 そう告げたクレアは二人より一歩前に出ると怪物と相対した。


「大丈夫、きっとやれる!私は……強い!」


 そう自己暗示するかのようにクレアは呟いて、彼女が何かをしようとしたその時であった。


「――――ウオオォン!」


 恵二の窮地に銀狼が駆けつけてやってきた。

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