レベル3
今回のは火曜日に投稿できなかった分です。
なんとか200話までは一日一話で頑張りたいと思います!
「おはようクレア」
「おはようございますクレアさん」
「……おはよう二人とも」
季節はすっかり夏へと近づきつつあった。日中は気温が上がる為、恵二とエアリムは早朝から街の外で鍛錬をすることにした。さらに一緒に鍛錬したいというクレアとも北門で合流をする。
本日は<闇の日>、日本でいうところの日曜日に当たる。学校が休みということもあり、今日はクレアも一緒に魔術の訓練を行うことになった。日が出てきたらどこか室内にでも移ろうかと考えているが、午前中は外で鍛錬をして汗を流す予定だ。
魔術の鍛錬場所に最適な場所はいくつかあるが、そのポイントは他の者も使用していることが多い。例えば東側は夕暮れ時になるとよくゼノークが使用しているようだ。外からの帰りの時に偶に見かける。
西の方はニッキーたちが頻繁に使用しているようで、この前決闘騒ぎの時に遭遇したのも西側だ。
恵二たちは現在エイルーンから北側にある場所に来ていた。
「大分実戦慣れしてきたんじゃないか?動きながらでもスムーズに魔術を出せるようになったし」
「……二人のお蔭よ。私では思いつかないことを指摘してくれる」
クレアは独学で魔術を勉強してきたのか、とても優秀ではあったのだが実戦経験が圧倒的に足りていなかった。その為いざ魔術を使うとなると色々と問題が生じるのだ。
その点恵二はほとんど実戦で培ってきたようなものだ。
エアリムも両親から実演を交えて教わって来たのでその辺りの指導は得意なようだ。
今日は魔術の距離感を掴む特訓に励んだ。自分の扱う魔術の有効射程範囲や活かせる間合いは頭に叩き込んでおいた方がいい。それと出来れば相手が使う魔術の射程も覚える必要がある。数字で射程を覚えるのと、実際に見て身体で覚えるのとでは遙かに効率が違ってくるので、今日はお互いの魔術を見せあいながら間合いを確かめていく。
「少し休憩にしよう」
「そうですね」
「分かった」
少し根を詰め過ぎたようだ。気が付いたらとっくに太陽は真上を通り過ぎており、腹の虫も鳴りはじめていた。そろそろ昼食を取ろうと考えていたその時、一台の馬車が近づいてくるのに気が付いた。しかもかなりのスピードだ。
「あれは……!」
「追われている、のか?」
その馬車の後ろには馬に乗った屈強な男達が武器を手に持ちながら追って来ていた。どうやら前の馬車は盗賊に襲われているようだ。
「助けないと!」
クレアが慌てて助けようと動き出すも、恵二はその動きを制した。
「ちょっと待てクレア。少し様子をみたい」
「様子って、そんな余裕あるの?」
クレアは聞き返すも、それには答えず恵二はエアリムに話しかけた。
「エアリム、あの馬車どう思う?」
「怪しいですね。教科書通りの怪しさですね」
恵二の問いにエアリムはそう答えた。一体何が怪しいのか意味が解らないクレアは二人に尋ねるとエアリムが説明してくれた。
「あの馬車、綺麗過ぎませんか?盗賊に襲われてるんでしたら、もっと破損してそうなものですけどね」
エアリムがそう答えるとクレアも問い返した。
「でも、まだ追い付かれていないだけかも。逃げ切れてるから綺麗なままなんじゃないの?」
「盗賊はそんなスマートな襲い方しませんよ。基本は待ち構えるか、車輪を破壊するなりして、どんな手を使ってでも足止めをしてきます」
「ああ、俺も昔似たような手を使われた。“盗賊に襲われた!”って盗賊が言ってくるんだぜ?」
「―――っ!二人は前の馬車も盗賊だって言いたいの?」
クレアの言葉に二人は頷いた。
「極めつけに怪しいのはあの御者だ。追われているにも関わらず、後ろを気にするどころかこっちを見過ぎだ。……っと、そろそろ近づいて来るな」
「クレアさんは下がっていてください。安全が確認されるまで、決して警戒を解かないでくださいね?」
エアリムの忠告にクレアは無言で頷くと、二人から距離を取った。
「た、助けてくれー!盗賊に追われているんだー!」
御者は大声でこちらにSOSを投げかけた。
(うわ、怪しい……)
普通こんな少年少女に助けてくれと救援をするだろうか。自分は馬車に乗っているのだから、むしろこちらには“逃げろ”とか呼びかけないだろうか。恵二は御者の男を増々不審に思った。そして何より気になったのが後ろの車両に乗車している人数だ。
「―――エアリム!車両の中に五名!内二名が詠唱中だ!」
「了解です!」
恵二は魔力探索で馬車の中を調べていた。するとあからさまに四人乗りに思えるサイズの馬車に五人も人の反応があるのだ。さらに二人は詠唱を済ませている反応がある。どうやら魔術で奇襲をかける気満々のようだ。
(こいつら、ただの盗賊じゃないな!?)
盗賊とは人殺しも躊躇わない悪党と思われがちだが、彼らも生計を立てる為に盗賊稼業を行っているだけで、人を殺すのが目的ではない。奪う物がなければタダ働きなのだ。
恵二たちは見るからに手荷物が少なくお金になりそうにもなかった。とすると後は人身売買くらいしか無い筈なのだが、詠唱中の魔術から考察するに、どうも初めからこちらを殺す気でいるようなのだ。それこそ彼らがただの盗人ではない証拠でもあった。
その辺りをエアリムも察しているのか、彼女は素早く詠唱準備に取り掛かる。
一方そんな彼女の様子を見た御者は態度を豹変させた。
「くそ!バレたぞ!」
御者がそう叫ぶと車両から男達が飛び出てきた。高速で動いている馬車から飛び降りるとは中々の身のこなしだ。そこらのゴロツキよりかは多少マシな動きであった。
御者は降りずにそのまま馬車ごと恵二たちの方へと突っ込んできた。どうやらそのまま轢き殺すつもりなのだろう。
(馬には罪が無いしなぁ……。これで行くか!)
恵二は掌を御者に向けると無詠唱で石弾を放った。スキル<超強化>で魔力を上げて放った大きい岩の弾丸は、弧を描いて御者の横っ腹に着弾した。
「ぶっ!」
御者はその衝撃に耐えきれず操縦席から吹き飛ばされた。操る者がいなくなった馬車は暴走し、恵二たちの横をすり抜けていこうとする。その瞬間、恵二は石弾を更に一発車両にもお見舞いした。
「ぐあ!」
中にはまだ一人だけ搭乗していた者が残っていたのだ。詠唱準備を終えていた搭乗者は魔術で奇襲をかけようと目論んでいたのだろうが、逆に恵二の不意討ちにあい、御者と同じ様に馬車から叩き出された。
「―――エアリム!」
彼女の方は大丈夫かと視線を向けると、エアリムの十八番である土槍で馬車から出てきた他の四人は全て地べたに倒れていた。
中級魔術の土槍は、本来ならば地面から飛び出る鋭利な土槍で相手を串刺しにする恐ろしい魔術だが、彼女は今回矛の先を潰した状態で魔術を発動させていた。
明らかにこちらを襲う意思をみせていた賊たちだが、彼らの素性や目的を吐かせるまでは殺すのをエアリムが躊躇った為だ。
それでも勢いよく飛び出た土の棒が賊の身体にめり込んだのだ。直撃した賊は堪らず悶絶したまま大地へと崩れ落ちたのだ。
「馬車からのはこれで全員です!後は後続が来ます!」
「残り7人か……」
先行して騙し討ちを画策していた賊たちは大した実力ではなかった。後続は7人と数が多いのは面倒だが、同じ程度の実力ならエアリムと二人で十分対処ができる。
そう考えていた恵二だが、後から来た賊たちは距離を開けたまま馬を停止させた。
「ちっ、思った以上にやりやがるな。出来ればこいつはあんまし使いたくないんだが……」
賊の中でも一回りがたいの良い大男がそう呟いた。距離が離れている為、まさか聴力を強化している恵二が聞いているなど思いもしないだろう。
「しゃあねえ!テメエら、例のやつ飲んどけ!ガキだからって舐めて掛かるなよ!」
大男が指示を送ると賊たちは懐から瓶を取り出した。それを一気に飲み干すと賊たちは苦しそうに呻き声を上げた。
「?何をしてるんでしょう?」
「さあ?けど、ろくでもない事なのは確かだな」
これ以上の情報は得られないかと恵二は静観を止め、無詠唱で石弾を放った。高速の石礫を賊に撃ち込んで無力化しようとしたのだ。
「───な!?」
しかし恵二が予想だにしないことが起こった。
なんと賊はその石礫を手で払い除けたのだ。石礫とはいえ、魔術で生み出して高速で射出された云わば石の弾丸だ。それを片手間で防いだ上に表情ひとつ変えなかったのだ。
「今の、魔術障壁でしょうか?」
「いや……おそらく生身で弾いたと思う」
恵二の言葉にエアリムは驚愕した。初級魔術とはいえ生身で魔術を弾くなど、魔術師からしたら沽券に関わる問題だ。
「一体どんな頑丈な身体をしてやがるんだ!?」
二人がそんなやり取りをしている間に賊は動きを見せていた。騎乗していた賊が全員馬から降りたのだ。
普通に考えたら騎乗している方が足も早く、高い位置から武器を振り下ろせたりと有利に思えるのだが、賊たちはそれを放棄した。
それを不思議に思った恵二たちだが、この後更に驚かされることとなった。
賊たちは馬から降りるとそのまま自らの足で二人へと迫ったのだ。しかも全員恐ろしいまでの速さでだ。
「──!?エアリム、足止め!」
「了解です!」
二人は地属性の中級魔術<土竜の爪痕>を発動させる。すると地面に大穴が開き何人かの賊を落とすことに成功するも、反応の素早かった賊たちはその穴を回避してこちらへと迫る。その動きの速さは前衛を生業とするキュトルや速さが売りのシェリー以上の速度だ。
「俺が前に出る!エアリムはクレアの所まで下がっていてくれ!」
「でも!?……いえ、分かりました!」
いくら体術に心得のあるエアリムといっても本職は後衛の魔術職だ。あの数相手に恵二だけでは厳しいと彼女は思ったが、自分では足手まといになるだけだと悟り、大人しく言うことを聞いて後退した。
「これ以上やるってんなら、手加減できないぞ!」
恵二はそう警告すると腰に手を回し短剣を抜いた。
「何甘っちょろいこと抜かしてやがる!」
「ガキが!その減らず口を黙らせてやるよ!」
「ぶっ殺せー!」
恵二の忠告を耳にした賊は躊躇うどころかより明確な殺意で返した。そこで恵二は頭のスイッチを切り替えた。普段は人殺しに抵抗を感じる少年だが、どうしようもない悪党相手にはその手で引導を渡してきた。目の前の男達もそんなどうしようもない者たちなのだと最終確認すると恵二は覚悟を決めた。
(穴に落ちたのが三人、迫ってきているのが三人、一人は様子見か?)
少し離れたところでこちらを観察しているのは、先程賊たちに指示を出していた大男だ。恐らくこいつが頭なのだろう。戦力を分散させるつもりなら寧ろありがたい。恵二は目の前の敵に集中をした。
(まずは目の前の三人からだ!)
恵二は手に持ったマジッククォーツ製のナイフに魔力を通した。いくら魔術を素手で弾く頑丈な身体でも、魔力の籠められたこのナイフで斬れない筈は無いと恵二は確信している。
賊はいよいよ恵二の傍まで来ると、手に持った曲刀を振り下ろした。確かに常人離れした速さではあったが、あまりにも真正面からの攻撃に恵二は余裕すら感じられた。自らの五感と運動能力を少しだけ強化させると、悠々と相手の攻撃を躱しそのままナイフを賊の首元に走らせた。
「へ?」
それがその者の上げた最後の言葉となった。首を切断して一人を即死させると、恵二は続けて迫ってくる他の二人の迎撃に移った。
「この!」
「やりやがったな!」
今度は二人同時に剣と斧を振るってきた。流石にさっきのように簡単には避けれそうにない。
(今の速さのままならな!)
恵二はさらにスキル<超強化>で身体能力を上げた。ほんの僅かな間だけであったがほぼ全力強化のスピードで賊の背後へと回り込んだ。恵二のその姿を追える者はこの場には誰一人いなかった。
賊の背後に回った恵二は素早い動作でナイフを二度振った。パワーも強化されている恵二の斬撃は、まるで花を摘むかのような手応えの無さで賊二人の首を刎ね飛ばした。
「なんなんだよアイツは!」
「ば、化物!?」
ようやく落とし穴から抜け出した賊たちは戦況を確認すると、恵二の尋常ではない動きを見て戦々恐々していた。
賊たちは怪しい男に手渡された“人を進化させる薬”でドーピングしており、あり得ない程のパワーアップを果たしている状態なのだが、そんな自分たちですらまるで赤子扱いだ。
「何がBランク相当だ!ありゃあ人外の領域だぜ!」
賊のお頭であるエイジンは忌々しく吐き捨てた。エイジン自身もドーピングをしており、Aランク以上の実力を身に着けていたのだが、先程一瞬だけ少年が見せた本気の動きを全く目で追うことが出来なかったのだ。
(……拙い!このままだと絶対に勝てねえ!……逃げるか?)
しかしあの速さで追われたら逃げ切れるとは到底思えない。追い詰められたエイジンは、ふと懐にあるもう一つの切り札のことを思い出した。
エイジンたち盗賊団はエイルーン自治領の端の方で細々と盗賊行為を繰り返してきた。お頭である自分はそこそこ腕が立つと自負していたが、部下はてんで弱く使い物にならなかった。しかもエイルーンは魔術都市と呼ばれるだけあってか、魔術の達者な者が多かった。相手を良く見ずに襲い掛かれば最悪返り討ちにされてしまうこともあるのだ。
そんな冴えない盗賊団に転機が訪れる。ある日エイジンたちは白服の男と出会ったのだ。
その男は全身白い服と帽子で身を包んだ奇妙な格好をしていた。目が悪いのかただのファッションなのか眼鏡を掛けており、歳は三十代に見えなくもないがその割には落ち着いた雰囲気の男であった。
その男は怪しい薬を渡すとこういうのだ。
“それは人を進化させる新薬です。飲めば力も魔力も何倍にも増幅されますよ”
最初は赤黒い色の薬を誰もが怪しんだ。誰が飲むかと突き返したのだが“置いておきますので、もし追加が欲しければ連絡をください”と連絡手段を書いた紙を残して去って行った。
普通こんな怪しい薬を飲む馬鹿はいない。だが、荒唐無稽に思えるその新薬とやらを試してみたくなるのも人間の性だ。エイジンは部下に飲むように命じて実験をしたのだ。
その結果、この薬が本物であることが分かった。
何としてもその新薬が欲しい。そう考えたエイジンは白服の男と連絡を取り、殺してでも奪ってやると考えていた。こんな素晴らしい薬、タダで貰えるはずがないからだ。
しかし、二度目に遭った男は白服ではなく、使いの者と名乗ったローブ男であった。更にその新薬はまだまだ数があり、無料で提供してくれるというのだ。
能天気な部下たちははしゃいていたが、エイジン一人だけは怪しんだ。そんな美味しい話があってたまるかと。ローブ男にそう尋ねると、男は正直に暴露した。
「当然、こちらにも思惑はある。その薬は副作用があり、多用すると寿命を縮める。我々はその副作用を無くす研究をしている。君たちはその実験台だよ」
あまりにも正直に話すので、エイジンは怒りを通り越して呆れてしまった。そんなエイジンの考えを見越してなのか、ローブ男は話しを続けていく。
「それでも素晴らしい薬であることに変わりはない。君たちはこの先一生手に入らない力を一時的とはいえ得る事ができるのだよ?」
「……その代り命を差し出せってか?まるで神書に出てくる悪魔だな」
皮肉を込めて言葉を返すもローブ男は動じなかった。悪魔に悪魔だと言っても“だから?”といった反応の薄さだ。一通り説明し終えたローブ男はそのまま立ち去ろうとしたのだが、何かを思い出したのか立ち止まって振り返った。
「そうそう。実はもう一つあったんだ」
ローブ男は、まるでお土産を出し忘れた親戚のような気安さで懐から小さな赤い石を取り出すと、それをエイジンに手渡した。
「……これは?」
「レベル3。ちょっと飲み辛いだろうけどね。それを体内に入れると永続的に進化をし続ける事が出来る。途方もないパワーを持った超人へとね」
先に渡されていた赤黒い液体は、素晴らしい効果を発揮するも短時間しか力は増幅されない。
それに対してこの赤い石は、飲み込むと永続的に効果を発揮するのだという。
「当然、リスクも大きいんだろう?」
一時的に増幅させる薬だけで寿命を削られるのだ。では、この赤い石を飲み込むと一体どうなるのだろうか。エイジンはローブ男に尋ねると、彼はこれまた正直に答えてくれた。
「人間止めることになるね。言葉通り、別の存在へと生まれ変わる。使うかどうかは、まあ君に任せるよ」
そう告げると今度こそローブ男は去って行った。
「……おい、テメエら。時間を稼げ。その間に俺がアイツを倒す準備に入る」
「そ、そんな!?」
「無理っすよ!殺されちまいます!」
「逃げましょう、お頭!」
部下たちは弱音を口にするが、それをエイジンは一喝した。
「馬鹿どもが!さっきの見ただろう!逃げられるわけがねえんだよ!俺たちが助かるには、あのガキをやるしか道はねえんだ!」
このままでは殺されるか、捕まって一生牢屋暮らしだ。そんな人生真っ平であった。
(それならば、俺はこの石に賭ける!)
エイジンは覚悟を決めるとその小さな赤い石を飲み込んだ。




