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あれが一番外れ

 今日の課外授業はゴブリン退治であった。


 エイルーン自治領から少し離れた北部にある森にはゴブリンの多発地帯が存在する。定期的に冒険者や市営警備隊が駆除しているのだが、次から次へと沸いて出てくるらしい。繁殖しているだけでなく自然発生もしているのではと考えられている。


 その森の名前はそのまま<ゴブリンの森>であった。


「今日はここの森でゴブリン退治をしてもらうわ」


 スーミーの言葉に生徒たちは息を呑んだ。小鬼(ゴブリン)は討伐難易度Eランクと魔物の中でも底辺の存在だ。知能は低く武器も木の棒くらいしか持っていない。子供並の運動能力と評価されている。もっとも子供だって凶器を持てば大人だって殺せる訳だし、群れればそれなりに厄介な存在だ。


 それでも今までDランクの魔物や、手を抜いているとはいえ銀狼たちまで相手してきた生徒たちが緊張するのには理由があった。


 これまで課外授業で生徒たちが相手してきた魔物は全てミルワード校長が召喚した魔物だ。そしてその魔物たちには制限がかけられていた。


 生徒たちを殺してはいけない。大怪我をさせてもいけない。


 そんな状態の魔物と実戦経験を積んできたのだとつい先程スーミーからカミングアウトされたのだ。


 そして今日は正真正銘、本当の魔物だという。命が懸かっているのだ。尻込みしない方が普通はおかしい。


「うおおお!俺もついに初ゴブリン退治かあ!腕が鳴るぜ!」

「そうっすね!」

「兄貴の言うとおりだぜ!」


 もっともいつも通り能天気な者や腕に自信のある特化生もいるのだが、ほとんどの生徒は本当の意味での初実戦であった。


「まあ初日ってこともあるしね。今日はサポート役を連れて来たわよ」


 スーミーがそう告げると、生徒たちを乗せた馬車とは別のもう一台の馬車から何人かが降りてきて顔を見せた。


「この人たちは現役の冒険者よ。各班に1名ずつ同行してもらうから安心しなさい。といっても彼らには“命に関わらないようなら手出し無用”と伝えてあるからね」


 つまり手足を食われようが犯されようが、冒険者は手出ししないとスーミーは告げたのだ。同行者の存在に一瞬安堵しかけた生徒たちは再び緊張感を持ち始める。


「それじゃあ簡単に自己紹介よろしくね」


 スーミーがそう告げると同行役で雇われた冒険者たちがそれぞれ簡単に挨拶をした。


「Bランク冒険者ジェイサムだ。よろしく頼む」

「Cランク冒険者キュトルよ!」

「同じくCランクのガエーシャよ。宜しくね」

「Cランクのシェリー、よろしく」


 思いっきり知った顔であった。エアリムも聞いていなかったのか驚いていたが、恵二は長時間馬車に乗っていたせいで、いまだに気分が悪くそれどころではなかった。


 他にも恵二の知らない二名の冒険者が簡単に挨拶を済ませ、一通りの自己紹介は終わった。


「すげえ!Bランクだってよ!」

「ああ。あのオッサン、只者じゃないよね!」

「私、あの人に同行して欲しい!」


 冒険者の中で唯一のBランクであったジェイサムは生徒たちの人気者であった。


(残念、あれが一番外れなんだよな……)


 まだ酔いが醒めぬ中、恵二は心の中でそう呟いた。他の二人の冒険者は知らないが、顔見知りの四人の中で一番戦闘能力が劣っているのは、悲しいことに恵二の師匠であるジェイサムであった。


 そうとは知らない生徒たちは、ジェイサムに群がり同行してもらえないか頼み込んでいた。


「はいはい!静かにー!冒険者たちの同行する班は事前に話し合って割り振ってあるわ。今から発表するわね」


 スーミーがそう言うと生徒たちは渋々とだが納得をする。


 予め冒険者とスーミーの間で話し合った同行者を伝えていく。恵二たちの知り合いであるジェイサムたちは第一班から四班に割り振られた。恵二とエアリムの班には知らない冒険者二人が同行することになった。


 “折角の機会なのに一緒に慣れなかったね”と声を掛けると“お前たちに同行は必要か?”と返された。確かにゴブリンくらいなら冒険者の手を借りずとも二人には楽勝であった。




 課外授業が始まると恵二たち第六班は森の中心部を目指した。ほとんどの班は無難に森の外周部を散策しているのだが、ニッキーたちはゴブリンが沢山でる中央付近を目指そうと提案してきたのだ。最初はそれに難色を示していた恵二だが、クレアも問題ないと言うので森の中央を目指して突き進んでいた。


(あの人もCランク冒険者だったか?ジェイサムよりは強そうだけど、あんまりぱっとしないなあ)


 第六班に同行している冒険者はマルクと名乗っていた。一見地味な男ではあったが、それなりに腕は立つようだ。しかしキュトルたちと比べると一段落ちるといったところだろうか。最近恵二は見ただけでその者の実力がざっくりとだが分かるようになってきた。多くの実力者をその目で見てきた恵二は、気付かない間に観察眼も養われていたようだ。


「出やがったな!ゴブリンどもだ!」

「五匹だけか!」

「一人一匹っすね!」


 丁度班員と同数が現れたので、一人一匹を担当する。ゴブリンの警戒すべき点はその数だが、同数なら恵二は勿論のこと、実戦不足のクレアでも対処できるだろう。


 恵二の想定通り大きな問題は無く、ニッキーたちはゴブリンを次々と倒していく。クレアにいたっては練習でもしているのか、魔術を途中で使うのを止めて体術も試していた。といってもエアリムに教わったばかりの付け焼刃のようで、余り上手くはいっていない。最終的にはナイフや魔術で止めをさしていた。



 その後も問題なく課外授業は終わりを迎えた。強いて言うのなら、無言でずっと付いて来ていた冒険者が不気味だったくらいだ。時たま自分を見る目が怖かったのだが気にし過ぎだろうと恵二は深く考えないようにした。




「それで、どうだった?あいつらの実力は?」


 グラムは早速昨日雇った冒険者たちに、恵二とエアリムの実力を偵察させていた。丁度運良く<第二>の教員がギルドで人員募集を出していたようで、雇われ冒険者の二人は課外授業のサポートという依頼を受けたのだ。


「エアリムって女は、ありゃあやりますね。確か元は<白雪の彩華>ってパーティの魔術師だった筈なんですが、あいつら実力はB相当って話ですぜ?」


「Bランク……、道理で強いわけだ。あのケージってガキはどうなんだ?」


 グラムはマルクという名の冒険者に尋ねた。


「動きも悪くねえし魔術の腕もある。何より目が良さそうだ。確かあいつの師匠はジェイサムっていう腕の良い探索職(シーカー)だ。罠の類は通用しないと思った方がいい」


「ほう?やけに詳しいじゃないか?」


 思った以上に少年の情報を持っていたマルクにグラムは感心した。


「奴らとは色々あってな。陥れるってんなら協力するぜ?」


「でもお前はCランクだろう?B相当のあいつらを倒せるとは思えないな」


 マルクの提案をグラムは撥ね除けた。その言葉に悔しそうな表情を浮かべるマルクだが、結果あの者たちを始末できるならいいかと思い直した。


「しかし、そうなるとAランク相当の戦力は欲しいな。流石に裏稼業での実力者となると探すのは骨だな……」


 ここエイルーンには何名かのAランク冒険者が存在する。だがグラムのような人を貶める様な依頼をギルドが承認する訳もない。結果目の前にいる様な歪んだ性格の者と直接交渉するか、裏稼業の組織から斡旋してもらう他ない。Aランクレベルだと高くつくだろうが、背に腹は代えられなかった。


「それならいい奴らを知っておりますぜ!」


 すると冒険者の一人が適任者を知っていると持ち掛けてきた。その者達は最近名を売り始めた盗賊団であった。




「お、帰って来たな班長さん」

「二人ともお疲れー」


 恵二とエアリムが今日も巡回を終えて<若葉の宿>に帰宅をすると、課外授業で会ったばかりのジェイサムとキュトルが少し早い夕食を取っていた。


「ただいまキュトルさん。もう、今日はビックリしましたよ!なんで言ってくれないんですかー」


「そりゃあ驚かせたくて内緒にしてたからね!」


 エアリムが軽く文句を言うとキュトルはしてやったりと喜んでいた。


「ジェイは生徒に人気だったな」


 恵二がそう口を開くとジェイサムは胸を張ってこう答えた。


「まあ何せBランクだからな!」


「はいはい。シェリーとガエーシャは?」


 ジェイサムの言葉を聞き流し恵二は二人はどうしたのかと尋ねた。


「二人ともまだ外出中よ。なんか生徒の子たちと仲良くなっちゃって、良いお店を紹介してもらうんですって」


 どうやら二人も問題なく課外授業の同伴者を務められたようだ。それにしても無愛想なうちの同行者とは大違いだ。


「そういやあケージよ。お前んところの同行者って、マルク・マクフォードだったよな?」


 ジェイサムは唐突にそんな質問をしてきた。


「ん?確かにマルクって名乗ってたけど、下の名前までは知らない。もしかして知り合い?」


「まあ、な……」


 恵二が尋ねるとジェイサムは何だか歯切りの悪い返答をする。


「マルク・マクフォード……?それって確か……」


 エアリムはその名に聞き覚えがあるのか口を開こうとするも、その先はジェイサムの口から伝えられた。


「ああ、あいつは≪古鍵の迷宮≫の初踏破者の一人だ。偽の方のな」


 ジェイサムの告げた事実に恵二は驚かされた。


 マルク・マクフォードについてジェイサムは知っている限りの情報を教えてくれた。



 マルクはCランクの冒険者で少し前までは、探索職(シーカー)の育成機関<探究心の館>の講師として所属をしていた。何でもダンジョン初踏破の功績を称えられ特別名誉講師という特殊な席に身を置いていたのだそうだが、大層な役職の割に周りの評判はあまりよくなかった。彼は探索職(シーカー)としての腕はそこまで持ち合わせていなかったのだ。


 その為≪古鍵の迷宮≫が実は未踏破で、それを恵二たちが攻略してしまうとマルクの株は一気に落ちた。現在は講師も辞めさせられているようだ。もっとも<探究心の館>自体も評判が落ちており泥船を降りたようなものらしいので一概に不幸とも言えなかった。


 ただマルクの今の現状は、恵二たちとは全く無関係とは言えない状況だ。例え逆恨みだとしても、こちらにあまりいい感情を持っていないのは間違いあるまい。



「そんな奴がケージの班に同行するって言うもんだからな。少し警戒していたんだが、何もなくて良かったぜ」


「そっか、それでか……。いや、お蔭でスッキリしたよ。ありがとう教えてくれて」


 これで課外授業の時のこちらを見るマルクの険しい視線の理由が分かった。


(偶然か?いや、わざわざ俺たちの班に同行したいと言ってきたんだ。何か企んでいるのか?)


 恵二はマルク・マクフォードという名を頭の片隅に記憶しておいた。




「あんたがネズミから話のあった依頼人か?」


 大柄な男は依頼人であるグラムにそう尋ねた。


「ああ、そうだよ!」


 グラムの目の前にいる大男、名をエイジンというそうだが、彼はエイルーンで名を上げたばかりの盗賊団のお頭であった。


 ここはエイルーンから少し離れた所にある盗賊団のアジトであった。グラムは恵二たちを調査するのに雇っていた冒険者の一人からここを紹介してもらった。その冒険者も実は盗賊団の一味であったのだ。


 早速お頭に依頼の取り付けを行い、単身そのアジトまでやってきていたのだ。その点に関していえば恐るべき行動力であった。


「それで、どうなんだ?Bランク相当の二人が標的だけど、あんたたち盗賊で倒せるのか?」


 しかし、たかが盗賊団ごときがBランク相当の実力者二人を相手に出来るのか、直前になってグラムは不安を隠せなかったのだ。


「ああん?テメエ、お頭に向かってなんだその舐めた口は!?」


 エイジンの他にも話しを聞いていた盗賊たちが横柄な態度の青年を睨みつける。さすがに筋金入りの悪党の凄味には免疫がないのか、グラムはびくりと身体を振るわせるも、青年に噛みついてきた子分をお頭であるエイジンは手で制した。


「はは、うちのもんは血の気が多くてなあ。勘弁してやってくれ。それにお前さんの言いたい事も分かるさ。盗賊団ごときが冒険者に勝てるのかってんだろ?こう見えても俺様も元Bランクの冒険者でね。腕に自信があるのさ」


 エイジンだけでなく、盗賊団の中には元冒険者という者が何人かいた。腕に覚えのある者は最初は皆冒険者や騎士を目指すのだが、どこかで道を外す者もいる。そういった者は大抵街のゴロツキや盗賊稼業に身を落とすのが定番だ。


「し、しかし!相手は二人だぞ!?さらにあいつらの周りには実力者がいるって聞いている!本当にそれで標的の二人を始末できるのか!?」


 グラムが求めていたのはAランク以上の実力者だ。元Bランクのお頭とその他では戦力不足ではないかと青年は考えたのだが、エイジンはグラムの言葉を一蹴した。


「安心しろ。俺たちには切り札がある」


 そういうとエイジンは懐から瓶を取り出した。その中身には赤黒い液体が入っていた。


「こいつは人を進化させる薬だそうだ。これを飲めば魔力だけでなく身体能力も飛躍的にあがる。俺様クラスならAランクどころかSランクにも対抗できるほどにな。さらに部下の分も用意してある。これでも不足か?」


 そんな奇跡の様な薬、グラムは聞いた事もなかった。それに見るからにグロテスクなその薬品は、例え魔力が向上すると言われても飲みたいとは思わなかった。


 しかし目の前の大男が嘘を言っているようにも思えない。どんな副作用があるかは知らないが、どうやら効果だけは本物なのだろう。


「……分かった。ターゲットはケージ・ミツジにエアリムという<第二>の生徒が二人だ。あいつらは休日になると外で鍛錬するのが日課だそうだ。邪魔者は全て殺せ!それができたら残りの報酬は支払う」


「取引成立だ。殺ったあとの始末はそちらでしてくれるんだろうな?」


「ああ、父に頼んである。あんたたちの足が付かないように工作することができる」


「上出来だ。それじゃあ早速明日の<闇の日>に決行だ!」


 恵二たちの知らないところで、二人を狙う悪意が迫りつつあった。

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