こうやって
ミリーズ書店で知り合ったマリーとマックス夫妻にお茶まで御馳走されて、すっかりと居座ってしまった恵二。マリーは祖母の故郷である地球についてあれこれと質問を投げかけてくる。それに恵二は勇者の事には触れず、他言しないように言い含めてからマリーたちにはも分かりやすく答えていく。
流石に日が暮れはじめると恵二の体力も限界を迎えたのか、強烈な眠気が襲ってきたのでお暇することにした。
「とても有意義な時間でした。よろしければ、またいらしてくださいね」
「はい、こちらこそ貴重な本をありがとうございます」
「お役に立てたのなら良かったです。あ、それとコレを」
マリーは懐から何やらカードのような物を恵二に渡してくる。受け取ったカードを見てみると、そこにはこのお店の名前と、店主であるマリーの名前が書かれたこれまた良質な紙で作られた名刺のようであった。
「実は当店はミリーズ書店の支店になります。このカードを見せれば本店や他の支店もきっとサービスしてくれますよ」
どうやら初代当主のミリーさんが創業した本店は、別の国にあるらしい。本店は現在マリーの叔父が運営をしているようだ。
「分かりました。機会があれば使わせて貰います」
受け取ったカードを懐に仕舞うと改めてマリーにお礼を言い、宿屋へと足を向けるのであった。
一夜明けて早朝、ダーナ商隊は出発の準備を終えるとイーストゲートの西門から町を出た。
(東門の西門ってもはやワケわかんないな)
起きたばかりでまだ頭が働かない恵二は、そんなくだらないことを考えながら大きなあくびを1つした。
「おいおい、寝不足か?」
「いや、大丈夫。もう少ししたら目が覚めるよ」
セオッツに軽く返事をする恵二。昨晩は宿屋に帰った直後、強烈な睡魔に襲われた。寝落ちする前になんとか晩飯は食べられたものの、貰った本を読む時間は全く無かったのだ。
(・・・後で休憩中にでも読むか)
また1つ大きなあくびをした恵二は、早く休憩時間にならないかなと考えていた。
<森林大国グリズワード>
国土の半分以上が森に覆われた東の大国である。森林地帯の多さから領土の割には人口が少ない。特に北部のほとんどが魔物の棲む森となっている。魔物の種類も多種多様で、手強い個体と出くわす事もそう珍しい事ではない。その為かグリズワードで活動する冒険者は皆腕が立つ。
またこの国には森林警備隊と言われる、森を巡回する専門の部隊が存在する。彼らは危険な魔物の排除の他に、森に隠れ潜む野盗の討伐や他国からの密告者等を拿捕する役割が与えられている。
ダーナ商隊は森を避ける為、グリズワードの南部にある街道に沿って進む。途中いくつかの町を経由してお隣の国、シキアノス公国を目指す。
グリズワードに入って初日、今のところ問題も無く予定通りのポイントで昼の休憩を取ることにした。護衛任務中の食事に関してはダーナたち商人が用意してくれると聞いていた恵二は、水くらいしか携帯してこなかった。
順番に昼飯が配給されていく。やっと恵二の番になって受け取ったものは、どうやら乾燥した硬いパンのようなものと温めたスープであった。
硬いパンのようなものは、日本でいうところの乾パンであろうか。試しに口の中に入れてみると、とても硬く噛み砕くのが難しい。しかしお腹の空いていた恵二はそのままガリガリとかじり続けていると、横から呆れた声が掛かった。
「お前、何やってんだ?そのままじゃ硬いに決まってるだろ?」
声の主セオッツは、こうやって食べるんだと乾パンのようなものをスープに浸し柔らかくしてから口の中に運んで行った。
(なるほど、スープと合わせて食べるのか)
真似して食べてみると、お腹が減っていたことも相乗したのか思ったよりおいしかった。ファンタジー世界の携帯食と聞いて、もっと違うものを想像していた恵二。野兎の1匹2匹掴まえて丸焼きにして食べる、そんなイメージを抱いていた。そんなことを考えながら周りを見ていたら、片手剣を装備した冒険者が野兎を手に持ってこう話した。
「さっきコイツを掴まえたんだ。丸焼きにして食べようぜ」
(やっぱりあるんかい!)
心の中でツッコミを入れる恵二を余所に、おかずが増えたことに歓声を上げる冒険者たち。よく見るとベテランの冒険者たちは、それぞれ自分で持ってきたか手に入れた食材で腹を満たしていた。どうやら商人の食事持ちというのは、あくまでも最低限の量をという意味であったようだ。急に手元の配給品だけでは足りないように思えてきた恵二。一日中歩き回る若者に取ってパン1個とスープでは満足できるはずもない。
(くそー。こんなことなら事前に用意しておくんだった・・・)
周りを羨ましそうに眺めていた恵二に、突如救いの神が現れた。
「しゃーねーな。これ分けてやるよ」
顔に出ていた恵二の思いを察した赤髪の少年セオッツは、自前で用意していたのか干し肉のようなものを恵二に分けてくれたのだ。
「いいのか?」
「腹減って倒れられても面倒だからな。言っとくけど貸しだからな?」
「ああ!サンキュー、マジで助かった!」
救いの神に感謝を捧げる恵二。そのまま食べようとしたら火で炙った方がおいしいと諭され、薪代わりの小枝を集め始める二人。
「早速炙ろうぜ。お前、火の魔術使えるか?」
「まかせろ」
そう呟くと恵二は無詠唱で火弾を放ち、火種代わりにする。
「お前、器用な事できるなあ」
それを見て軽い口調で褒めるセオッツ。だが実際は高度な魔術の制御技術とシビアな火力調整が必要なのだが、それには褒めたセオッツも褒められた恵二本人も全く気が付かない。
一般的な<火弾>の魔術とは、ただ火の弾丸を目標に飛ばすだけの魔術でしかない。しかし恵二はその持ち前の制御力で、火力の調整から飛ぶ方向をコントロール出来たりと熟練魔術師並の芸当をしてみせたのだ。
あまり魔術に詳しくないセオッツはそれを器用だと軽く褒めたが、魔術に詳しいものが見たらその技術の凄さに惚れ惚れとするであろう。
しかしこの大陸でもトップレベルの魔術師に手ほどきを受け、異世界でも屈指の魔術師である仲間と共に学んだ恵二には自身の才能にまだ気が付いていなかったのだ。
今まで体験したことのない奇妙な味をした肉を平らげると、恵二は残りの時間で貰った本を読もうと荷袋から取り出した。
<魔物大全集>
元Aランク冒険者が半生かけて書いたとされる、魔物の生態が詳しく書かれた書物である。下はEランクの魔物から上はAランク、伝説級のSランク、または情報不足の未知な魔物まで取り上げられていた。
(・・・流石にこの量は宿泊先でゆっくり読んだ方が正解かな?)
余りの情報の多さに、短い休憩時間では半端になるだけだ。パラパラとページをめくりながらそう考えた恵二は本をしまおうとしたが、最後のページに記載されている著者の名前に目がいった。
(ホーキン・エイルガー・・・。ホーキン?元Aランク?)
まさかとは思ったが、名前とランクから嫌でもある人物を連想してしまう。途端にこの本がとても胡散臭く思えてしまう恵二であった。
休憩も終わり、一行は再び西を目指す。歩き始めて2時間ほど、商隊は二度目の襲撃を受けた。今回は以前よりかは襲撃者の数が少ない。しかし相手が悪かった。その襲撃者はゴブリンとは比べものにならない巨体で2メートルは超えていた。頭部には白いツノを1本生やし、その太い腕には棍棒や鉈など武器を持っているものもいる。
<一角鬼>
どの個体も2メートルを超す、パワーファイターのCランク魔物だ。それが全部で7体同時に襲い掛かってきた。すぐさま迎撃をする冒険者たち。
「前衛職は1体に二人で当たれ!後衛は火力を集中し、1体ずつ仕留めろ!」
護衛隊長のガルムが大声で素早く指示を出し終えると、単独で一角鬼の方へと駆けて行く。どうやらガルムは1人で1体引き受けるようだ。
「よし、おまえ。一緒に来い!」
槍を持った青年がセオッツに声を掛ける。他の冒険者も急造でペアを組み、一角鬼へと迎撃に向かう。
「俺たち後衛は端から殲滅して行くぞ。まずはあの右端の一角鬼からだ!」
杖とローブを装備したいかにも魔術師といった男がそう指示をする。その一角鬼は誰も前衛が当たっていなかった。
この護衛メンバーの前衛職は全員で11名。そのうちガルムが一人で受け持ち、残り5体を前衛10人で相手をする。浮いた1体を後衛である恵二を含む後衛4名で素早く片付けようという作戦だ。
指示を出したローブの男が詠唱を始める。詠唱から察するに、どうやら火属性の魔術を行使するようだ。それに女魔術師サミも続く形で、火属性の魔術を詠唱し始める。
一方で弓を持った冒険者は、目標の気をこちらに向けさせようと先制の一矢を一角鬼へと射る。矢は左肩に見事命中し、痛みに怒り狂った一角鬼が雄たけびを上げながら後衛組の方へと向かう。
そこに1人前衛でも後衛でもない、強いて言うなら中衛にあたる女冒険者が獲物である鞭を一角鬼へとしならせる。
怒りで我を忘れ直進してきた一角鬼の横から鞭による横槍を入れられ、思わず足を止めるターゲット。そこに詠唱を終えた二人の魔術師がチャンスとばかりに魔術を叩きこむ。
「――火炎弾!」
「――炎槍!」
恵二の得意な火弾の上位互換にあたる<火炎弾>と、火属性中級魔術の中でも抜群の貫通力を誇る<炎槍>。二つの中級魔術を浴びた一角鬼は断末魔の声をあげるも、炎の轟音にかき消され一瞬でその巨体が灰へと成り果てる。
その一連の冒険者による華麗な連携攻撃を恵二はボケッと眺めていた。
(知り合ってまだ間もないってのに、よくもまぁこれだけ息が合うもんだなぁ)
これがCランクの依頼をこなす熟練冒険者の成せる技なのだろうかと関心していると、横から恵二に声が掛かった。
「ちょっとあんた!何ボケッとしてるのよ!さっさと詠唱を始めなさい」
「え?あー、うん・・・」
確かサミと名乗った魔術師の少女が恵二をどやす。皆が必死で戦っているのに1人ボケッとしていた恵二は、まさしく給料もとい依頼料泥棒と言えるであろう。彼女の文句は十分に理解できる。理解できるのだが・・・。
「その・・・。俺、詠唱苦手で覚えてない」
「「ハァ!?」」
恵二の素直な告白に思わず大声を上げる魔術師二人。王城にいたころは必死になって覚えていたが、スキルを得た後は唱えることを止めた恵二。すっかり詠唱など忘れてしまったのだ。すかさず勝気な魔術師の少女が恵二を問い詰める。
「あんた何馬鹿言ってんの?魔術が使えるって言ってたじゃない!詠唱もしないでどうやって魔術を使うのよ!!」
「こうやって」
そう呟いた直後、右手から火弾の魔術を放つと同時に超強化で魔術を強化する恵二。火弾は最初、低い弾道で見当違いの場所を飛んでいた。そこから突然高度を上げ、横に方向を変えると斧使いと手甲を装備したマッチョの間を通り抜け一角鬼へと着弾する。
「おわ!」
「な、なんだ!?」
急に飛んできた火の弾丸が、目の前の一角鬼を火達磨にしたのに驚きの声をあげる冒険者たち。火は衰えることなく、ものの数秒で先程の一角鬼同様灰燼と化した。
その光景を目の当たりにした魔術師たちは、詠唱を忘れて口をパクパクとさせていた。
無詠唱自体はそんなに珍しい技術ではない。やろうと思えばCランク冒険者である杖とローブの魔術師カンテと、同じくCランクのサミにも無詠唱で魔術を発動させることができる。ただしその代償は、自身の全魔力を持ってして蝋燭に火を灯すといったレベルだ。恵二のように無詠唱を実戦で使うことなど到底できないのだ。
二人の魔術師は目の前の少年の計り知れない実力に驚愕していると、弓使いの冒険者リックが苦情をあげる。
「なんでもいいからさっさと魔術を放ってくれ!矢が勿体ねぇ」
それにハッとする魔術師組。すぐさま詠唱を始めるカンテとサミ。一方恵二は最初の指示通り攻撃を合わせようとタイミングを計っていたのだが、無詠唱で放てる為どうにも二人に合わせ辛い。それを察した弓使いのリックは恵二にかまわずどんどん撃てと指示をする。
そこからは恵二の独壇場であった。無詠唱で放った火弾は綺麗な弾道を描き、ことごとく一角鬼へと着弾する。結局一角鬼7体の内、4体は恵二が消し炭にしてしまったのだ。




