何でも
謹慎処分を通達されてから三日目、つまり今日が謹慎期間の最終日であった。
今日も恵二はエアリムと一緒に登校をすると大人しく勉学に励んだ。午前中は学問の授業だ。内容はどうやらダンジョンについて講義をするそうだ。
ダンジョン講義は元冒険者が適任とあって、珍しくスーミーが教壇に立っていた。
「つまりダンジョンには活動状態と仮死状態があるわけ。現在エイルーンにある二つのダンジョンは両方とも仮死状態ね。暫くは階層が増えることも、大きく変化することもないはずよ」
ダンジョンについてはジェイサムから詳しく聞かされていたし、実際に体験もした。その上ダンジョンの創造主にも会っている恵二からすると、この授業は退屈なものであった。
しかし恵二とは打って変わって他の生徒たちは興味津々だ。中には冒険者を目指している者もいるらしい。
「先生!でも最近ダンジョンが復活したって母ちゃんから聞きましたよー?」
「え?あれって隠し部屋が見つかっただけじゃなかったの?」
「ちげーよ!別にもうひとつコアがあったって話だぜ?」
生徒たちはあれこれと噂話に花を咲かせる。騒がしくなった教室を静まらせ、スーミーは口を開いた。
「えー、ギルドの正式回答だと≪古鍵の迷宮≫は、実は仮死状態ではなく、本当のコアが別ルートに隠されていたらしいの。それを発見した冒険者パーティが攻略に成功したそうよ。現在は本当に仮死状態として認定されているわ」
「コアがもうひとつ!?」
「だから言ったろう?」
「そのパーティってどんな人たちなんだろうね」
まさかこの教室にダンジョン攻略者が二名いるとは生徒たちは夢にも思わないことだろう。エアリムも口外する気はなく、なに食わぬ表情で授業を受けていた。
その後もスーミーのダンジョン講座は続いた。ダンジョンの実態とは、迷宮自体が巨大な生命体だという説や、神の創った試練だという研究者の推測話しを続けていく。だが本当の真実を知っている恵二にとってはどうでもいい授業であった。
(まさかダンジョンが、精霊たちが造り出した栄養発生装置だとは思わないよなぁ……)
精霊たちは自然の活気とやらを糧に生きている存在らしい。その為自然を増やそうと精霊たちは栄養を欲しているのだとか。ダンジョンはその栄養を増やす為に創られたようだ。
これがダンジョンの真実だ。
そうとは知らずにスーミーは、ダンジョンについて説明を続けていく。
始めは授業を聞き流していた恵二であったが、暫くするとその内容に興味が出てくるものもあった。それは他国にあるダンジョンについての情報であった。
エイルーン自治領には二つのダンジョンのみ存在するが、その他の国にも様々な迷宮が存在する。スーミーはそのダンジョンの特徴などを簡単に説明していく。その中には恵二の冒険心を擽るようなものも多数存在していた。
≪底なしの迷宮≫
現存するダンジョンではもっとも深い356階層を誇るモンスターダンジョン。最近一階層更新したばかりのようだが未だに踏破者は居らず、ダンジョンの最下層がどれくらいか不明なままのようだ。噂では1000階層まであるのではと囁かれている程だ。
≪欲溺れの迷宮≫
ダンジョン内にある宝箱の中身が非常に豪華な事から、冒険者たちに大変人気なダンジョンのようだ。浅い階層はそこまで魔物も強くなくお手軽に稼げるのだが、欲に目が眩んだ者がよく先に進んでは戻ってこないことからそう名付けられた。死者数が多い危険なダンジョンなのだそうだ。
≪試練の祠≫
たった3階層しか存在しない短いダンジョンであるものの、その攻略難易度は極めて高い。ずっと昔に一度攻略されて仮死状態に入ったそうだが、その時は2階層だけだったそうだ。数十年前に心臓部が復活し、3階層に増えてからは未だに攻略されていない難関ダンジョンである。
≪蠱毒の迷宮≫
聖教国グランナガンにある教会が管理しているダンジョンである。聖都セントレイクにあるそのダンジョンは教会の関係者のみ入ることが許されるダンジョンとなっている。そしてこのダンジョン最大の特徴は“毒がある”ということだ。他のダンジョンでは毒は一切確認されていない。唯一毒があるこのダンジョンは教会曰く“神の試練”という教義で、若い神官戦士や聖騎士見習いなどの試練の場として使用されている。
他にも気になるダンジョンは多数あった。さっきまで気怠そうに授業を聞いていた恵二は態度を改めて、ダンジョンの名前や特徴などを忙しそうにノートに記した。
(これらのダンジョンには何時か行ってみたいものだな)
紙にペンを走らせながら恵二は将来の冒険地候補に思いを馳せた。
今日までが謹慎日ということもあり、恵二とエアリムは真っ直ぐ<若葉の宿>へと帰宅していた。
その道中、複数の青年が二人の行く手を阻んだ。
「よお!久しぶりだな。今日はあいつらは一緒じゃないのか?」
そうエアリムに声を掛けた青年に恵二は見覚えがあった。4日前にニッキーたちがぶっ飛ばした内の1人だ。他の二人も一緒にいる。それと見たことの無い青年も二人いるが、五人全員が<第一>の制服を着ていた。
「先輩!この女です!俺達をコケにした奴らの一人です」
新たな顔ぶれの男二人は赤色のネクタイを着用していた。どうやら<第一>の三年生が後輩の敵討ちにやって来たというところだろうか。
「グラム、このガキは何だ?お前をやった奴か?」
「さあ?知らない奴です。おい!お前に用はない!さっさと帰りな!」
グラムと呼ばれた一年の青年は恵二に手を振って去るように通告してきた。だが大人しくその言葉に従う気はない。
「俺も彼女もあんたたちには用はない。このまま帰らせてもらう」
恵二が五人の青年にそう告げると、向こうはあからさまに目つきを鋭くさせた。
「はあ!?んなこと知るかよ!痛い目見たくなければ引っ込んでな、この落ちこぼれ野郎が!」
「まあまあ、こいつも女の前で格好つけたいんだろう?現実ってものを教えてやればいいさ」
「面倒くせえな。さっさとそのガキ黙らせて女だけ連れてこい!<第二>ごときがつけ上がるとどうなるか教えてやれ!」
三年生に命令された一年三人組は恵二を無理やり排除しようと行動に移る。
「仕方ないなあ……」
「ケージ君、私達はまだ謹慎中ですよ?」
こんな状況でも落ち着いた口調でエアリムが恵二を制した。それに恵二は“分かってる”と頷きながら答えた。
「悪いけど、あんたたちとは戦わないよ」
「それじゃあ黙ってやられてろ!」
グラムはそう叫ぶと詠唱を始め、他の二人は恵二へ迫ろうとした。恐らく前回の反省を踏まえて先手を取ろうとしたのだろう。だが、恵二相手に詠唱している時点でそれは叶わなかった。
恵二は無詠唱で地面から土の壁を前方に出現させた。こちらへと迫ろうとした青年二人の前に突如<土盾>が立ちはだかり、勢い余って二人は壁に激突してしまう。
「ぐあ!」
「ぶっ!」
無様な悲鳴を上げて青年たちは壁にキスをしてしまう。
そしてそれだけでは終わらなかった。恵二はさらに土盾を3枚展開させて、<第一>の生徒五人を囲むようにして閉じ込めたのだ。
「―――な!?」
「おい、何だこれは!?」
4枚ともスキルで強化した壁だ。強度も勿論だが高さも通常の土盾と比べると相当あり、身体能力がよほど高くなければ乗り越えられまい。
「ざけやがって!火炎弾!」
詠唱を終えたグラムは魔術を放ち壁を破壊しようとするも、軽い焦げ跡を残すだけでびくともしなかった。
「何だこの壁は!?土盾……なのか?」
「おい!こっから出せ!」
中から叫ぶ声が聞こえるも、恵二はそれに取り合おうとせず、ただ一言だけ言い残した。
「あんたたち幸運だったな。俺を襲ったのが今日で。明日以降は痛い目見るから、もう<第二>の生徒には関わるなよ?」
「はあ!?ふざけんな!!いいから出せ!」
「おい!さっさとこんな壁壊せ!」
「所詮落ちこぼれの出した壁だ!簡単に壊せるだろ!」
反省の色が見えない青年たちは中から魔術を放って壁を破壊しようとする。だがスキルで強度を強化された土盾はそう簡単に破壊できまい。それこそあの青槍女の閃光でもなければ易々と壊されない自信が恵二にはあった。
「よし、エアリム。さっさと帰ろう」
「うーん、一応手は出してない……ですよね?」
元冒険者であるエアリムも絡まれたりするのは慣れっこであった。これくらい可愛いものだと自分に言い聞かせながらその場を去る。土盾も暫くすると消えるように仕掛けておいた。その間青年たちには反省してもらおうと恵二は考えた。
(まあ、おそらくまた同じこと繰り返すだろうけど……)
恵二は今後も起こり得るトラブルのことを考えると溜息しか出てこなかった。
翌日晴れて謹慎の解けた恵二は、ミルワードの元へとやってきていた。例の<第一>の生徒について報告する為だ。
「なるほどね。それは災難だったね。実は君以外にも最近絡まれている生徒が増えていてね。しかも、どうやらそのグラムって青年以外にも<第一>の生徒が動いているようなんだ」
何でも恵二が謹慎していた三日間の間に数件のトラブルが発生しているようだ。グラムたちほど性質が悪いものではないようだが、<第二>の生徒に対する嫌がらせのような案件が続いているのだとか。
「どうも彼らは特級階級意識が強すぎてね。魔術を学ぶ同じ学徒の一員だというのに、“平民”が同じ学問を学ぶのがどうやら我慢ならないらしい」
ミルワードは呆れた声でそう話した。
「平民って……。確かエイルーンでは身分制度って撤廃されているんですよね?」
「そうだよ。ただ、全ての人が納得をしていないってことさ。特に甘い汁を啜っていた連中にわね。君にちょっかいをかけたっていうそのグラムって青年の本名はグラム・フリッターと言うそうだよ。フリッター元子爵家の嫡男で、親の元子爵様もそういった連中の1人だよ」
ミルワードの話では、その青年は親の影響を受けてか平民出身の者を低く見る傾向にあるようだ。グラムに限らずそういった気性の生徒は<第一>に多いのだという。
「それに最近市内でもきな臭いようでね。元侯爵家であるブロンド家を中心に、特権階級を取り戻そうと考えている輩が集まっているとアルから聞かされている」
「ブロンド家?」
何処かで聞いた家名だと恵二は首を捻るも、すぐに思い出せそうにないので頭の片隅に置いた。
「そこで君、暇そうだし放課後に見回りでもしてくれないかな?ケージ君の実力なら安心して任せられるんだけど」
「いや、暇じゃないですよ……」
謹慎処分が解けた今こそ、街を出てあれこれと新魔術を試したかったのだ。恵二は誘いを断るもそれは想定済みであったのか、ミルワードはある提案をした。
「君が引き受けてくれるなら、ひとつだけ好きな魔術を教えてあげる」
「受けます!」
恵二は即答した。
「風紀委員、ですか?」
「そう、風紀委員。校長がエアリムにも手伝って欲しいんだってさ」
恵二の実力に関しては信頼しているミルワードも、上手く立ち回れるかといった点に関しては信用がないようだ。散々トラブルを引き起こしてきたのでそれも無理はない。
エアリムにはぜひ恵二のストッパーになって欲しいとミルワードがそう提案してきたのだ。
「んー、それって私に何かメリットがあるんでしょうか?」
お人好しのエアリムも、流石に無報酬での面倒事は御免なようであった。
「校長が何でも好きな魔術をひとつだけ直々に教えてくれるってさ」
「……今、何でもって言いました?」
普段穏やかなエアリムの目が、一瞬猛禽類のように鋭くなったと恵二は錯覚をした。
「えっと……多分何でもって言ってた気がする……うん」
うろ覚えだったが恵二は“まあいいか”と曖昧な記憶のまま返答した。
「でしたら私も助力致します。一緒に学校の風紀を取り締まりましょう!」
こうして二人は暫くの間、<第二>初の風紀委員として活動することになった。
「結構被害届けが出てるんだなぁ」
「これは念入りに巡回する必要がありそうですね」
二人はミルワードから貰った資料に目を通しながら街を巡回していた。校長自らまとめたこの資料には、ここ最近の生徒たちに起こったトラブルが記載されていた。
そのほとんどが<第一>絡みのトラブルであった。
強引に決闘行為を強制したりお金を巻き上げる生徒もいた。これでは特権階級の意識高い系ではなく、単なるチンピラであった。
「あ、でも逆に返り討ちにした生徒もいるようですね」
何人かは決闘勝負を持ち掛けられても、見事勝利した生徒もいるようだ。そのほとんどが特化生で中にはゼノークの名前もある。絡んだ奴はご愁傷さまであった。
「特にこの時間辺りに人目のない裏通りで絡まれているようですね。ほら、あそこなんかいい感じじゃないですか?」
エアリムの表現に微妙な違和感を覚えるも、確かにちょっと悪さをするには“いい感じ”のロケーションだ。
しかも道の奥の方では人だかりが見えた。ご丁寧に<第一>の制服を身に纏っている集団だ。その集団の中には見覚えのある顔もあった。
「あれ、ルカさんたちじゃないですか?大変!絡まれてるようですよ?」
クラスメイトの女子二名が<第一>の生徒たちに囲まれていた。昨日と同じ連中だ。
「まさか本当にやっているとは……」
あまりにも絶妙なタイミングに若干呆れながらも、恵二たちはクラスメイトを助けるべくその集団へと駆けていった。
「ルカさん!タオさん!」
「───!?エアリムっち!ケージっち!」
「た、助けて!」
二人は恵二たちの姿を確認すると安堵した。先程まで五人の男に囲まれて気が気ではなかったのだ。
「お前は!?」
「昨日の土壁野郎!」
どうも自分に対する第一印象は“壁を出す人”になりがちだなと思いながらも、恵二は男どもと女子生徒の間に割って入った。
「おい、これはどういうつもりだ?」
「なに、ちょっと質問しただけさ。チビの土盾使いを知らないかってなあ。手間が省けたぜ!」
「こ、この人たち、兎に角付いて来いって……!私、怖くて……」
ドワーフ少女のタオは余程怖い思いをしたのか、涙目になりながら震えた声でそう告げた。
「穏やかではありませんね。ちょっと礼節がなっていないんじゃないですか?」
これにはさすがのエアリムもお冠であった。
「はっ!平民の小娘ごときが、貴族である俺に生意気な口を叩くな!」
「その貴族様は、あまり教養がないようですね」
「お前っ!女だからといって容赦はしないぞ!?」
エアリムにまで馬鹿にされたグラムは顔を真っ赤にして吠えた。
「構いませんよ。私の方は手を抜いてあげますのでご安心ください」
エアリムのとどめの口撃が引き金となった。グラムはそのままエアリムへと襲いかかった。二度の敗戦で懲りたグラムは、なんと身体強化をかけて自ら突っ込んできた。
(おいおい。いくら何でもそりゃあ無茶だろう……)
奇をてらうつもりなのか、まさかの接近戦に恵二は一瞬驚いたものの、拙い身体強化のうえ戦い慣れていないグラムの動きに苦笑せざるを得なかった。女相手に接近戦で負けるはずがないと高を括ったようだが、見当外れもいいところだ。
「エアリム、手を貸そうか?」
「いえ、結構です」
一応尋ねてみるも断られてしまった。大人しく恵二は彼女を見守る事にした。
「舐めるなああ!」
グラムはあろうことか、彼女の顔面へと容赦なく拳を振るおうとした。しかしそれをエアリムは悠々と躱すと、そのままグラムの突き出した腕を取り、自らの足で相手の足を払うとそのままの勢いでグラムを地面に投げつけた。
「ぐはっ!」
身体が回転し地面に背中を強く打ちつけたグラムは思わず悲鳴を上げる。痛みで朦朧としているのか、それとも自分より小さい女に投げ飛ばされたことが信じられないのか、仰向けのまま放心状態であった。
「手加減したのでそれ程痛くなかったと思いますけど、まだやるのでしたら何度でも投げて差し上げますよ?」
「グラム!?」
「テメエ!」
「ちっ、女にやられるなんて情けねえ!」
「やっちまえ!」
今度は四人がかりでエアリムへと殺到した。二人はグラムと同じ様に接近戦を、残りの二人は詠唱を始めた。
「石弾!」
エアリムは地属性初級魔術の石弾を二つ同時に放った。ほぼ無詠唱に近い早さで放たれた石つぶては、後ろで詠唱準備をしていた二人の腹部にめり込んだ。
「ぐふ!」
「がっ!」
思わず身体をくの字に曲げて悶絶する。二人はもはや詠唱どころではなかった。
「ちぃ!」
「この野郎!」
「野郎じゃ、ないですよ!」
二人同時に襲われたにも関わらずエアリムは冷静に対処していった。一旦後方にステップして距離を取り、地属性魔術で相手の足元を軽く陥没させる。片方がそれに引っかかって体勢を崩している間にエアリムはもう片方をあっという間に体術で無力化した。
残った1人もようやく立ち上がったところにエアリムの掌底が決まった。魔術で強化されている掌底は、エアリムより一回り以上大きい青年を軽々と吹き飛ばした。
「ぐえ!」
醜い悲鳴を上げて最後の1人もバタリと倒れた。結局エアリム一人で五人の青年を倒しきってしまったのだ。
「す、凄い!」
「エアリムっちカッコイイ!!」
タオとルカはエアリムの雄姿を目の前で見て、とても興奮していた。
(エアリムさんを怒らせるのは止めておこう)
一部始終見守っていた恵二は一人心の中でそう呟いた。




