嘘は言ってないですね
「おい、ちょっと待て!ここでやると人目につく。それに、学校に許可なく魔術を撃ち合うなんて―――」
「―――知ったこっちゃねえな!」
ゼノークと名乗った青年はそう声を上げると、今度は8つもの火弾を連続で繰り出した。その全てが無詠唱であった。
(―――こいつ!強い!?)
こちらも負けずに同じ数の火弾で応酬をする。幸いなことに一発一発に籠められた魔力は大したことなかったので、恵二の魔力量でも十分に対処が出来た。
「ちっ!嫌な事を思い出すぜ!そうやって俺の魔術を尽く防がれると特にな!」
そう悪態をつきながらも青年は火弾の数を増やしていく。ただ真っ直ぐ連射するのではなく、上下左右そして斜めと様々な角度をつけて火弾を放っていく。さらには低速、高速での火弾と緩急もつけてくるので非常に厄介だ。恐ろしい程の魔術制御力であった。
(くそったれ!こいつ、威力こそ以前より落ちてるけどかなり腕を上げたな!)
さすがにここまでくれば恵二も目の前の青年の正体に既に気が付いていた。
以前シキアノス公国にある町ヘタルスで、恵二は一緒に旅をしていたセオッツ、サミと共に賊に襲われたことがあった。どうやら自分たちが魔物の死体から回収した謎の赤い宝石目当ての犯行のようだ。その時、新手として現れた襲撃犯が目の前の青年だ。
「思い出したぜ!お前、あの時のバトルジャンキーか!?」
丁度あの時もこの青年は、周囲にいる人間を排除しようと火弾を放っていたのだ。それを恵二は同じように魔術で相殺していった。だが、どういうわけか以前より大分威力が落ちる。事前に魔術の特訓でもやり過ぎて魔力量が足りないのだろうか。
「やっと思い出したか、このくそガキが!俺はテメエのことを忘れなかったぜ!あれから今まで、したこともない鍛錬まで続けてきた。テメエをぶちのめす為に!お蔭様で得るモノはあったがなァッ!」
ゼノークの言うとおりかなり魔術の腕を上げたようだ。元々無詠唱で魔術を放っていた青年だが、魔力の狙いをつけるのが甘く、事前に何をどうやって放つのか恵二には丸分かりであったのだ。
だが今の青年は一味違った。ミルワードほどではないにしろ、魔術の発動が読みにくいのだ。どうやら巧く隠ぺいする技術を修得したようだ。さらに細かい制御力も身に着けたのか、魔術の軌道まで変化させてとても迎撃し辛い。
「その割には随分威力が弱まってるんじゃないのか?以前と比べるとヘナチョコ魔術だぜ!」
強がりであったがゼノークの魔力量が以前より明らかに衰えていることは明白だ。その分なんとかスキル無しでも渡り合っている。
「言ってろ!テメエこそなんだその魔力量は?手を抜いてる余裕なんざあ、なくしてやるよ!」
一方ゼノークは昔対峙した時に恵二がスキルで強化した魔力量を覚えていたのか、自分が手を抜かれていると勘違いしたようだ。そこで決め手に欠く火弾から趣向を変えた。
「―――!?」
危険を察知した恵二は慌ててスキルで身体強化をしその場を回避する。その足元からは突如火柱が舞い上がった。
(炎の柱!?これも発動がほとんど分からなかった!)
無詠唱でさらに魔術発動を隠ぺいされて放たれた炎の柱を回避できたのは、ゼノークが前に同じ魔術を放っているのを恵二が覚えていたからだ。あの時は初見でも悠々と躱せたが、今回は来ると警戒しておいてなんとか回避ができた。
「ちっ!そういやあ、こいつは一度見せていたっけなあ!」
転がりながら回避をした恵二にゼノークは追撃の魔術を放つも、段々とその手数が減っていく。どうやらだいぶ魔力量を消費しているようだ。青年の表情は芳しくない。
一方の恵二も魔力量が限界に近い。スキルはまだある程度使える。ここで一気に押してしまうかと考えたその時―――
「―――そこで何をしている!」
「すぐに魔術を止めて武装解除しろ!」
東の正門を警護していた市営警備隊が駆けつけた。さすがに街の近くでドンパチすれば、暗い時間ということもあり人の目に付き過ぎたのだ。恵二とゼノークはあっという間に警備隊の兵士に囲まれた。
(どうする!?あいつがこれ以上暴れるようなら……)
以前この青年は騒ぎを駆けつけた兵士を邪魔者だと排除しようとした前科がある。今回も彼がその気なら、スキルを使って一瞬で無力化をしようと恵二は考えたが、意外にもゼノークは大人しく兵士の指示に従っていた。
「ちっ、時間切れか……」
そう呟きながらゼノークは大人しく両手を上げて降参のポーズを取る。
結局そのまま警備隊に取り押さえられた恵二とゼノークは、東の正門横にある簡易留置所に投獄された。
「はい。こちらです。一応大人しくしてはいますけど、結構な魔術を扱うそうですので注意してくださいね」
「おいおい。一体私を誰だと思ってるんだい?一応三賢者の1人だよ?子供に後れを取ると思うかい?」
「はは、それもそうですね。失言でした」
奥から聞き覚えのある声が聞こえてきた。暗い牢屋の中で両手を不思議な手錠で拘束されていた恵二は、声のした方向を覗きこむと、そこには先程の声の主であるミルワードが兵士と一緒に歩いて来た。
「それじゃあ、彼らを拘束している魔封じ錠の鍵を借りてもいいかい?」
「分かりました。それと、今後はこういうの無しでお願いしますよ?」
「ああ、無理を言ってすまなかったね。後はこちらで言い聞かせるから、君は職務に戻ってくれて大丈夫だよ」
「はい。それでは!」
牢番の兵士はミルワードに鍵を渡して挨拶をすると、そのまま所定の位置まで戻っていった。
「……さて、君も大概困った生徒だね」
「……今回は完全に巻き込まれたんですよ」
恵二は不貞腐れながらそう言った。まさか今日一日だけでこう何度も厄介事に巻き込まれた挙句、牢屋に入れられるとは思いもしなかった。尤も大人しくしていたのと、自分の素性を明かすと兵士の対応はそれ程酷くは無かった。牢屋に入れられる経験など初めての恵二は正直かなりビビっていたのだが拍子抜けした。
「そのようだね。そこのところ、君はどう思ってるんだいゼノーク君?」
恵二の隣の牢屋にはゼノークも同じように拘束されたまま幽閉されていた。兵士とのやり取りで隣にいることは知っていたのだが、お互い話すことはないとばかりに無言を貫いていた。
「……今度は場所を考えてやることにする」
「はあ、やれやれ。学校の知名度を上げるどころか、早速傷をつけてくれたねぇ」
「う゛っ」
「ちっ」
ミルワードの言葉に恵二は言葉に詰まり、ゼノークは舌打ちをする。不可抗力とは言え<第二>の生徒同士が街近くで魔術戦を行ったのだ。問題にならないわけがなかった。
「まあ、幸い目撃者は少ないみたいだからね。アルが必死に奔走して事なきを得たよ。その彼から話があるから、一度ラングェン邸に来てくれないかとさ」
ミルワードは恵二たちの拘束を開錠しながらそう告げた。その後鍵を兵士に返却したミルワードはそのままラングェン邸へと二人を連れて行った。その間、恵二とゼノークは終始無言であった。
ラングェン邸に入ると二人が案内されたのは、以前恵二がラングェン一家と会食をした場所だ。そこには大きなテーブルの上に様々な料理が用意されていた。
「あ、ミルワードおじさん。お疲れ様でした。ケージお兄さんとゼノークお兄さんも災難でしたね」
「「こいつを知っているのか?」」
思わず二人の言葉がハモる。二人は一瞬顔を見合わせるとすぐに視線を逸らす。
「ええ、そういうことです。僕としても二人が古い知り合いだったことが寧ろ驚きでしたよ」
「こいつは知り合いって関係じゃない!」
「……」
険悪な二人にアトリは困った顔を浮かべる。すると丁度そこへアルバード市長と妻のトリッシュも姿を見せた。
「お、無事解放されたようだね。まぁ色々と話しもあるだろうけど、とりあえず料理が冷めては勿体ない。まずは席に着いて食事にしようじゃないか」
市長には二人の釈放の為に尽力してくれたのだとミルワードから聞かされていた。恵二はまずお礼を言おうと思ったのだがアルバードにそう促され、まずは席に着いて料理に手をつけた。
「……美味い」
前来た時にも思ったがここの料理は絶品だ。しかも前回と被らないようにしてくれたのか、以前とは全く違う美味しい料理の品々に恵二の箸は進んだ。
同席していたミルワードは慣れたものなのか、我が物顔で食事を楽しんでいた。
ただ一人、ゼノークだけ一口も料理に手をつけていなかった。
「どうしたかね?ゼノーク君。苦手な食べ物でもあったかな?」
「遠まわしなのは嫌いでな。何でこいつと一緒にここに呼ばれたのか聞かせて貰いたい」
「……ふむ。とりあえず料理を食べながらでも私の話を聞いてくれないか?その後に私も君達に聞きたいことがある」
「……分かった」
意外に素直な反応を見せたゼノークはそう答えると料理に手を付け始めた。皆が食事をしている中、アルバードだけが語り出した。
それは恵二がアルバードたちと知り合った経緯とその後の話であった。
アトリ少年との出会い。
市長との会合と魔術学校の依頼。
そして新設校立ち上げの経緯。
それらを語り終えた後、今度はゼノークとラングェン家の関係を市長は語ってくれた。
時は遡り、恵二が魔術都市エイルーンへと到着した日にそれは起こった。
恵二も巻き込まれた、エイルーン自治領が管理している<沼の竹林>放火未遂事件だ。
あの犯人は何を隠そう、そこに座っている灰色の髪の青年ゼノークなのだという。
恵二はあの放火未遂事件の情報を思い出した。
犯人は若い男で最初は放火かと思われたが、よくよく調べてみると朱色虎との交戦で止む無く火の魔術を使い、竹林にまで延焼した可能性があったと恵二は耳にしていた。
市議会はこれを放火事件ではなく事故として処理したのだ。
そしてその事故を起こした若い男に市は自首を呼びかけた。故意ではなかったのでかなり軽い処分となるのだが、流石にわざわざ自首してこないだろうと思っていたら、なんと来てしまったのだ。
自首したゼノークの証言では、どうやら立ち入り禁止区域だとは知らずに竹林へと踏み込んで、魔物相手に魔術の修行をしていたそうだ。そこへ偶々やって来た討伐難易度Bランクの朱色虎相手にやり過ぎて燃やしてしまったのだと自供した。
この証言は嘘を見抜くスキル魔眼<識別>持ちのアトリも立会い、真実であると市長は認識をした。
「そこで私は正直者の彼のことを気に入ってね。聞けば魔術を鍛え直す為にエイルーンに来たというじゃないか。だから彼にもケージ君と同じ依頼をしていたんだよ」
「そういうことですか……」
つまり市長とゼノークはだいぶ前から知り合いだったようだ。まさかあの時の青年がこの街に住んでいたとは驚きだ。広い街な上ここでの生活の大半をダンジョンと受験勉強に充てていた恵二はゼノークと街中で会うことがなかったのだ。まさか同じ学校の生徒として再開するとは夢にも思うまい。
「そして彼の事情についてもある程度聞いている。ゼノーク君、話しても大丈夫かね?」
「好きにすればいいさ」
ゼノークはぶっきらぼうにそう答えると再び料理に手をつけた。どうやらさっきまでは意地を張って食べなかっただけのようだ。
アルバードは魔術学校に推薦を出す際、最低限はその人となりと経歴を調べようとする。だが、ゼノークについては全く情報が出て来なかったのだ。
そこでアルバードは思い切って本人から聞いてみたのだそうだ。
すると衝撃の事実が明かされた。
何でも彼は少し前まで<研究会>と呼称される怪しい組織に身を置いていたそうだ。その<研究会>では何でも人を更に上の存在へと進化させる実験を繰り返し行ってきたのだそうだ。ゼノークはそんな<研究会>の用心棒兼被験者として参加していたのだという。
そこの<研究会>では聞くも恐ろしい様々な内容の実験が行われていた。
人の魔力を増幅させる装置の開発
魔物を強制的に<覚醒進化>させる実験。
そして遂には人をも<覚醒進化>させる悪魔の薬まで開発段階だという。
ゼノークも魔力を増幅させる装置を試験運用していたそうだが、どうもその装置を身に着けると人格に影響が出てくるのだという。その代わり生まれつき多かった魔力量がさらに膨大なものとなったが、性格はどんどん好戦的なものへと変貌していった。
だが、ある時転機が訪れた。任務中に腹に強い衝撃を受けて、腹部に埋め込んでいた装置が故障したのだ。その為膨大な魔力量を失ったが、代わりに人格が戻ったのだという。
ゼノークはそのまま<研究会>を抜け、そしてここエイルーンに辿り着いたのだそうだ。
「その<研究会>については既にギルドや各国に連絡済みだ。非人道的な実験、加えて魔物の<覚醒進化>、とても見逃せる内容ではなかったのでね。彼は一部被害者的立場にあったのと情報提供という側面から温情処分となった。当分はここエイルーン自治領の為に働いてもらう契約だ」
それを聞いた恵二は、ゼノークに対する印象を少し変えた。だが、まだ解せないことがある。
「話しは大体理解できたのですが、なんでこいつは俺を襲ったんですか?」
「そこは私も疑問に思った。話しを聞かせてもらえるかね?ゼノーク君」
恵二とアルバードの問いに、ゼノークは心底嫌そうな顔を浮かべると、チラリとアトリを見た後に溜息をついてからこう答えた。
「あー、くそ!アトリの前では嘘つけねえからな!ただのリベンジだ!人格イカれてたっつっても、そこのガキにいいようにやられて悔しかったんだよ!これで文句ねえだろ!?」
「嘘は言ってないですね」
アトリは今の話しが真実だと補足する。
ゼノークの何とも言えない告白に恵二は気まずそうな表情を浮かべた。
「ま、まあそういうことだ。君たちの過去に何があったのかは知らないが、ゼノーク君は変わった。今回の一件は残念だったが、彼はエイルーンの治安の為に色々と協力をしてもらっている。思うところはあるかもしれないが、ケージ君も温かい目で見守ってほしい」
「まあ、そういうことでしたら……」
「……ちっ」
一先ずアルバード市長仲介の元、ゼノークとは形式上だが和解をした。今後勝手に私闘をしないよう市長に厳命されたゼノークは大人しく頷いていた。
その日は結局夕飯をラングェン家で御馳走になり帰ったのは夜遅くで、心配して待っていたエアリムやテオラに小言を言われるのであった。
厄日であったその日から暫くは、比較的穏やかな学校生活を送れた。
午前の授業では文武共に魔術の基礎を学び、午後の課外授業は班ごとに実戦の真似事を行ってきた。
放課後も自主練に明け暮れた。独学では限界があると感じた生徒たちは自主的に集まってお互いに魔術を教え合った。
そして遂には建築中であった建物のひとつが出来上がった。念願の図書館だ。それも市で一般開放されているような図書館ではない。一般人には閲覧制限のかかるような魔術書や魔法史の文献など、様々な貴重な本が棚に陳列されていた。一部はミルワードのコレクションなのだそうだが、それ以外の殆どが魔術師ギルドが提供した秘蔵書だ。ミリーズ書店も一枚噛んでいるようで、他国にある支店や本店から集めた外国の魔術書も寄贈されていた。
生徒たちは連日図書館へと訪れていた。
一方恵二はというと
「それじゃあ信仰はあんまり関係ないんだな?」
「ええ、そうね。でなかったら私があんなに神聖魔術を扱えるはずないわ!」
≪銅炎の迷宮≫のダンジョンから戻っていたガエーシャを捕まえた恵二は、彼女に神聖魔術のコツを聞いていたのだ。
「必要なのは“信仰”ではなく、あくまで“適性”と“イメージ”よ!ケージは適性があるんだから、後はイメージのコツさえ掴めば扱えるようになるわ。……<神堕とし>の影響範囲内でなければね」
ガエーシャ曰く、神聖魔術に信仰は絶対必要な訳ではない。ただ想像力を膨らませる為に信者は神を信じその恩恵をイメージして再現させるそうなのだ。つまりイメージさえしっかり出来ていれば、心の中で本当に神を信じていなくても魔術を再現できるのだそうだ。
ガエーシャは腐っても教会の孤児の出だ。なんだかんだで神聖魔術を扱う際にはアムルニス神を敬い、その恩恵をイメージして行使するのだそうだ。だが現在は<神堕とし>がそれを邪魔して全く使い物にならないのだ。
「それなんだよなぁ。折角適性があるのに、<神堕とし>の所為で試しようがない……」
現在中央大陸のほとんどの地域は<神堕とし>の影響下にある。神聖魔術が全く使えないというのは少し語弊があり、その効果が著しく低下するが正しい表現だ。
しかし神聖魔術は初心者である恵二に効果の高い魔術を扱えるわけも無く、かといって初級レベルのへっぽこ魔術では<神堕とし>の影響で全く発動しないのだ。これでは練習の仕様がなかった。
(最悪魔術はスキルで強化して無理やり試してみるか。後はイメージの問題だが……)
恵二はアムルニス教というものにあまり深く関わってこなかった。故に神の恩恵とやらをイメージしようにも、具体的なイメージ像が浮かばなかったのだ。
(待てよ?別にアムルニス神じゃなくてもいいんじゃないのか?≪背教者≫の例もあることだし……)
神聖魔術に信仰が本当に必要ないのだとしたら、別にアムルニス神に拘る必要もないのではと恵二は考えた。現にSランク冒険者である≪背教者≫は、他宗教を信仰する異端者であるにも関わらず、強力な神聖魔術を扱えるそうなのだ。
(他宗教……、神様、かぁ……)
恵二は日本に住んでいた頃の出来事を思い浮かべた。
次回、回想回。
は、つまらないので頭の方で早く終わらせようと考えております。




