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知ってるわきゃねえだろ

「クレアは、どうしてグリズワードの森の深部に行きたいんだ?」


 まずは動機を聞いてみることにした。ただ行くだけなのか、念入りに深部を探索するのかでは難易度が大違いだからだ。


「……ごめんなさい。あまり他言したくないことなの」


 彼女はそう呟くと頭を下げた。適当にはぐらかせばいいのに正直にそう謝罪したクレアに、恵二は逆に好感を持った。おそらくお願いをする立場から、いい加減なことを言いたくはなかったのだろう。


(根はいい子なんだな。ただ、ちょっととっつきにくいけど……)


 仕方ないので質問を変えてみた。


「言いたくないことは言わなくていい。グリズワードの森へは行って帰って来るだけか?それとも暫く深部に留まる必要があるのか?」


「……分からない。けど、時間は掛かると思う」


「あそこに長期滞在か……」


 いよいよもって難題だなと恵二は頭を悩ませた。


「はっきり言って、かなり厳しいと思う。俺も昔挑戦したけど深部にすら近付けなかった。あそこはAランクの魔物が蔓延るような難所だ。俺に勝てないようならとても無理だと思うぞ?」


「なら貴方を越えてみせる。魔術も武術も何もかも……!」


 そう決意表明した彼女の表情はとても真剣であった。覚悟は十分に伝わってきた。後は恵二がそれを受け入れるかどうかなのだが、一番の問題があった。


「俺、あんまし教えられる事ないぞ?」


「ここでま言わせておいてそれはない。貴方は強い。少なくとも今の私より……」


 確かに現時点でクレアと戦いになったらあまり負ける気はしなかった。彼女の魔力量は多く魔術のコントロールもなかなかのものであった。しかし先程戦ったリサベア以上かと問われると、それは違うだろう。自分でも彼女に教えられる事はあるのかもしれない。


「とは言ってもなぁ。俺も強くなる為に魔術を習いに来たようなものだし……。“教える”というよりかは“一緒に強くなろう”の方がしっくりくるよなぁ」


「貴方はどうして強くなりたいの?冒険者稼業の為?」


 今日はやけに饒舌なクレアに、恵二はこの学校に来た目的を話した。


「それは冒険家になる為さ。人がまだ到達したことのないような場所には一通り行ってみたい。グリズワードの森もいつかは踏破したいと思ってるよ」


「貴方も!?私もグリズワードが最優先だけど、そこが調べ終わったら色んな場所に行って見たかったの!」


 そう話すクレアの表情は今まで見たことの無い明るい笑顔であった。クレアは恵二も同じ目標を持っていたことにとても驚いた様子だ。恵二もこんな身近に似たような志を持つ者がいたことに不思議な気持ちを抱いていた。


「それなら、もしグリズワードに行くことがあったらお互い一緒に行けたらいいな!」


「……!そ、そうね」


 彼女は急にさっきまでの自分が恥ずかしくなったのか、顔を伏せて短くそう答えた。


「さて、そうと決まれば日々訓練あるのみだな。ちなみにクレアは学校以外で鍛錬は行っているのか?」


「……魔術の特訓は毎日やってる。運動の方はあんまり……」


 クレアは罰が悪そうに答えた。確かに昨日の動きを見る限りだと、平均以上には動けそうだが決して運動能力が高いとは言えそうになかった。


「せめて走り込みくらいはしておいた方がいい。魔物だらけの森の最奥を目指すなら、まずは体力をつけないとな」


「……分かった」


「武器は人それぞれ見合ったものがあると思うけど、別に護身用にナイフくらい持っていてもいいんじゃないか?魔物の素材を剥ぎ取る時にも便利だし……」


「……素材?それって必要?」


 クレアは何を言っているんだといった不思議な様子で恵二に聞き返した。


「そりゃあ“冒険”をするには魔物の骨とか皮とか必要ないかもしれないけどさ。今後何かと入用だろう?お金はあるに越したことないさ。魔物の素材は重要な資金源だ。それに魔物によっては食べられる肉もある。長い探索になるのなら食糧の現地調達も視野に入れないとな」


「……考え付かなかった」


「マジか……」


 彼女は森の中を探検するという行為をいまいちよく理解していなかったようだ。話を聞いてみると森が危険な場所だというのは聞かされていたそうなのだが、魔物を倒せる魔術さえ修得してしまえばどうにかなるだろうと考えていたようだ。


 ただ、その考え方は最近になって改めたそうだ。課外授業で実際に森へと入り、大型の魔物と戦う恵二やニッキーを見て、魔術だけでは不十分なのではと危機感を覚えたそうだ。そこで二人みたいに接近戦も覚えようと武器を買いにこの店へと辿り着いたようだ。


「うーん、確かに市内に住む人は滅多に街の外に出ないって話だしなぁ……」


「……私はここの出身じゃない。1年前、母と一緒にこの街へと来た」


「ん?そうなのか?」


 どうやら彼女も外国人のようだ。今は母と二人暮らしをしているようだ。


「魔術を習いにわざわざここまで来たのだけど、お金がなくて推薦も取れなくてどうしようかと途方に暮れていた。だから<第二>が出来たのは本当にありがたかった」


「……だよな」


 彼女と同じような理由で魔術学校へ入れなかった生徒は多い。しかし純粋に魔力の腕だけで言えば彼女は<第一>の方でもかなりの上位に着けるだろう。そういった隠れた才能を逃さない為にも市長や校長は格安で魔術学校を開いたのだ。理由はどうあれその志は恵二にも共感できた。


「あのぉ、お客様。もしかしてお二人は<第二>の生徒さんで?」


二人が話し込んでいると、突如横から声を掛けられた。


「?そうですけど……」


 声を掛けてきたのはさっきまでカウンターにいた禿げ頭の店員であった。見た目は小さい子がみたら泣きだすレベルの強面だが、その言葉遣いや対応はとても丁寧であった。


「おお!やはりそうでしたか!いや~、実は私の娘が最近<第二>に行きたいって言い出すものでね。生まれたばかりの孫にも将来は魔術学校に通わせたいと思っているのですが、<第二>の評判が気になっておりましてね」


「は、はあ……」


 敬語なのは変わらないが、少し砕けた感じで話しかけてきた店員に恵二は困った顔を浮かべた。すると向こうも“しまった”といった表情をするも、すぐに取り直して挨拶をした。


「お、おほん。大変失礼いたしました、お客様。私、この店のオーナーでありますガフランという者です。以後お見知りおきを……」


「あ、ケイジと言います。こっちはクレア」


 態度を改めガフランと名乗った男に恵二とクレアは簡単に挨拶をした。


「先程はお見苦しい真似を。それで、もし宜しければ<第二>についての情報を頂けないでしょうか?娘や孫にはなるべく良い学校に行かせてあげたいのです。出来ればあのジジイ……失礼、ハワード校長のいらっしゃる<第一>は避けたいのですが、<第二>の新校長も一癖ある方だと聞き及んでおりますもので……」


 ガフランの話を聞くと、どうやら彼には二人の娘と生まれたばかりの孫娘がいるそうだ。上の娘さんは既に結婚して子供も産んでいるそうなのだが、下の歳の離れた娘の方はまだ幼く、数年後にはどこかの学校へと通わせる予定だったそうだ。


 最初は<第一>しか選択肢がなかったところに、突如新設された<第二>の存在。さらには下の娘も、彼女の友人が熱心に<第二>へと誘っているらしく、一緒に行きたいと言い出す始末。出来たばかりの新設校に娘の将来を任せても大丈夫なのかガフランは心配していたそうだ。


 恵二は新校長の悪癖を暴露しつつも、基本的には穏やかで活気に満ち溢れている校風だとガフランに伝えた。


「そうですか!やはり子供は明るく元気なのが一番ですな!いやあ、従来の魔術学校の方は、どうしてもギスギスしたあの雰囲気が好きになれなくてですなあ。アトリ坊ちゃんは娘を誘ってくれていたのですが、親としてはどうしたものかと考えていたのですよ」


 ガフランの滑らせた話で分かった新事実だが、下の娘さんと市長の息子であるアトリは幼馴染だそうだ。ガフラン自身も市長と少しばかり面識があるそうだ。おそらくアトリ少年が恋慕している少女とは、この禿げ頭である店主ガフランの娘なのだろう。


(そうか。好きな子の父親が魔術学校をよく思っていなかったから、俺に校風を変えさせようとしたんだな)


 今となっては流れた依頼だが、結果としては新しい学校が出来たのでこれで良かったのだと思う。




「なんかすみません。こんなにサービスしてもらっちゃって……」

「……ありがとう」


「いいってことだ。二人には色々と情報を貰っちまったしな。それに将来の娘の先輩になる生徒とあっては、これくらいのサービスどうってことねえさ!」


<スライムの胃袋屋>の店主ガフランとすっかり打ち解けた恵二とクレアは、店の商品を格安で融通してもらえた。仲良くなった頃にはガフランの口調もすっかり変わってしまい、乱暴な言葉遣いとなったがあまり不快な気持ちにはならなかった。どうやら彼は特別親しい客にはこのような口調になるのだそうで、普段は猫を被っているのだという。


 目的の品を買えた二人は<スライムの胃袋屋>を後にした。



「それじゃあ俺は寄る所あるからここで」


「……今日は色々と参考になったわ。ありがとね」


 ガフランだけでなく、班員であるクレアとも大分仲良くなったのは収穫であった。これから暫くは一緒に授業を受ける仲間だ。不仲なままよりかは断然にいい。


「クレアはとにかく体力の向上だな。武術に関してはスーミー先生か他に当たった方が良いと思う。正直自分もまだまだ未熟だからな」


「……ケージはどこで学んだの?独学?」


 ハーデアルトの王城で、とは正直に答えられない恵二は言葉に詰まった。かといって嘘はつきたくない。


「んー、ちょっと昔にね。ただ最近は実戦、かな?依頼やダンジョン探索をこなしていたら自然と身についた感じ」


「冒険者……私もなった方がいいのかな?」


 クレアの問いに恵二はどうだろうと自分が冒険者になった頃を思い浮かべる。あの時は突然先輩冒険者に絡まれ、危ないところで自身のスキルに目覚めたのだ。


 今となっては懐かしい思い出だが、冷静に考えると酷い冒険者デビューであった。


 それでも冒険者になるメリットは十分にある。ギルドがバックアップについてくれる上にDランク以上になれば国の行き来も楽になる。ギルドの入会時に稀にある新人の洗礼なんかも、恵二がきちんと付いていってあげればいいだけの話だ。


「ああ、そうだな。それもいいかもしれない。やっぱどこかで実戦を経験するのは必要だし冒険者になれば討伐依頼をこなしながらで一石二鳥だしな。入る気なら今度一緒に行ってやろうか?」


「……うん、助かる」


 恵二も丁度お金に心許なくなってきた頃だ。来る日に備えお金は今の内に貯めておこうと考えた恵二は久しぶりに討伐依頼でも受けようかと思案した。



 今度こそ本当にクレアと別れた恵二は、再びラングェン邸を目指した。



 アルバード市長は帰宅済みで一緒に出掛けていたアトリも帰っていた。恵二はさっそく4匹の銀色の狼(シルバーウルフ)について相談を持ち掛けたが、どうやらミルワードから事前に話を聞いていたようで、条件付きではあるのだが4匹の<魔物飼い(オーナー)>としての許可はあっさりと下りた。


「4匹にはそれぞれ研修という名目でエイルーン市の門に暫くの間配属してもらいたい」


 ここ魔術都市エイルーンには東西南北に4つの正門が存在する。そこには壁外を警備する市営警備隊が常駐しているのだが、そこに1匹ずつ銀狼たちを配属させろというのだ。つまり番犬である。


「そうすることで兵士たちには銀狼に慣れてもらう。そのまま徐々に市民にも受け入れてもらう。これで彼らを街中へと入れる名目と信用を同時に得られる、という訳さ」


 魔物を市内に入れること自体はそう珍しいことではない。家畜用の魔物を飼う者や運搬用として使役する者もいる。それらの魔物は何れも人の言うことを聞く低ランクの魔物で、その役割も決まっており信用も得ている。


 銀色の狼(シルバーウルフ)はBランクの魔物ということで市民にはなかなか受け入れ辛いだろうが、番犬としての役割でいったらこれほど頼りになる存在はいない。そこで真価を発揮した後で様子を見てから市内に入れると市長は説明をした。


 また、彼らには現在別の仕事もある。課外授業で生徒たちの相手をすることである。Bランクの魔物との生の戦闘という、これほど為になる実戦はそうはない。そう考えたミルワードは恵二を通して銀狼たちに働いてもらっていたのだ。それで生徒たちとも早く馴染めれば儲けものだ。


 市民に完全に受け入れられるまで銀狼たちには、とりあえず外にある兵士の駐在所で寝泊まりしてもらう予定だ。


 初対面の兵士には気の毒だが、それでヒイ、フウ、ミイ、ヨウが街中へと入れるようになるのなら願ったり叶ったりとあって恵二は二つ返事で了承した。早速この後にでも森へと訪れて4匹に話をしてみようと考えた。


 ひとつ杞憂が晴れそうで恵二はほっとしながらラングェン邸を後にした。




「「「「ウォン!」」」」


「話し、ちゃんと伝わったかなぁ……」


 恵二はさっそく銀狼たちに市長の提案を分かりやすく話した。一応コマイラの冒険者時代に決めていた“YES”の合図である鳴き声1回で4匹は返事をしたが、あまり難しすぎる話は伝わらないみたいなのだ。


(まぁ、少なくともこいつらが人を襲うことはないか……)


 もし人と敵対してしまったら、逃げるか服従のポーズをとるように躾てはある。彼らから人に牙を剥くことはない筈だ。


「それじゃあ今度迎えに来るから、それまではこの森で大人しくしているんだぞ?」


 そう告げた恵二は街へと戻ることにした。




(すっかり暗くなってしまった……ん?)


 日が落ち始め、段々と周囲が暗くなり始める。完全に夜になる前になんとか市内へと入ろうとした恵二は、街の外で魔術の鍛錬をしている一人の青年に目が止まった。


(あいつは……)


 恵二はその青年の方に近づいていく。


 そこでは灰色の髪をした、恵二より少し年上くらいの青年が街の外で汗を流していた。彼の周辺の地面は黒く焦げており、火属性の魔術でも練習していたのだろうか、近づくと焦げ臭かった。


 その青年に恵二は覚えがあった。


(入学初日の実戦テストですれ違った奴だ)


 その時の口ぶりからするに、その青年とは以前何処かで会ったことがあるようなのだが、恵二は彼の名前が全く出てこなかったのだ。



 あちらも恵二に気付いたようで、声を掛けてきた。


「よお、ゴーレムなんぞに負けたって噂の特化生さんじゃねえか」


「……なあ、どこかで会ったことあるか?」


 棘のある言い方にムッとしながらも恵二はそう尋ねた。すると先程まで嫌味な笑顔をしていた青年は真顔になると、そのあと深い溜息をついた。


「はあ、参ったぜ……。本当に忘れられちまってるとはなあ……」


「名前、なんて言うんだよ?見覚えはある気がするんだよ」


 名前を聞けば分かるかもしれない。そう考えた恵二は名を尋ねると青年は笑い飛ばしながら答えた。


「―――はっ、ゼノークだ」


「ゼノーク……?」


 聞き覚えのない名だった。


「知ってるわきゃねえだろ。俺はあの時に名乗らなかったし、俺もお前の名を知ったのはつい最近だ」


 どうやらこの青年とは名乗り合わずに会っただけなのだという。増々分からなくなってきた恵二をもどかしく思ったのか、灰色の髪の青年はこう呟いた。


「仕方ねえなあ……答え合わせだ!」


 そう告げると同時に、青年は手のひらを恵二へと向けた。そしてノータイムで火の弾丸を撃ち放った。


「―――!?」


 咄嗟に恵二も応戦する。同じように無詠唱で火弾(ファイヤーショット)を放ち、自分に向かってきた魔術を相殺させた。


「―――なっ!どういうつもりだ!」


「……相変わらず器用な奴だ。しかし解せねえなあ。お前、以前より魔力量落ちてねえか?」


 恵二の抗議を受け流し、青年はそんな質問をするも、まあいいかと答えを待たずに自己完結させた。


「どちらにしろ、やることには変わりねえ。俺と勝負しろケージ・ミツジ。もし勝てたら俺の正体を教えてやるよ!」


(くそっ!またか!?今日はとんだ厄日だな!)


 まさか一日に二度も勝負を挑まれようとは思わずに、恵二は迂闊に青年へと近寄った自分を呪うのであった。

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