アムルニス教こわっ!
「へえ、私って風と光が得意なんだね」
山中千里の測定結果は主に風と光の二種が大きく反応していた。恵二と違い時空や死霊属性などはほとんど適性が無く、正体不明な属性は全く反応がなかった。
「チサト君も時空属性の反応が少ないとはいえあるんだねえ。適性が比較的ある小人族でも滅多に反応しないんだけどねえ。異世界人は全員が適正持ちなのか?それとも青の異人特有なのだろうか……」
ミルワードは千里の測定結果を見るとぶつぶつと独り言を始め考え込んでしまった。時空属性の適性持ちは反応の大小関わらず珍しいようだ。
「校長、僕も早く測定してみたいデス!」
「ん?ああ、すまないね。それじゃあ最後にフリッジス君、やってみてくれ!」
校長に許可を貰ってフリッジスは水晶に魔力を籠める。千里ほどではないがこの少年もかなりの魔力保有量であった。恵二の倍以上はありそうだ。
「え?」
「これって……!?」
フリッジスの測定結果を見た恵二と千里は、ある属性の反応を見て驚いていた。
「僕に暗黒属性が……どうシテ?」
魔族やダークエルフのみに適性があるとされる暗黒属性、その適性数値が異様に高かったのだ。
「ふむ、やはりか……」
ミルワードはその結果を予想していたのか、神妙な顔つきでそう呟いた。
「校長!?僕は……僕は魔族なんデスカ!?」
フリッジスは紫の世界<カーラント>から飛ばされたそうだが、その世界は恵二たち青の世界<アース>と同じく魔術が存在しない世界だそうだ。それどころかエルフやドワーフといった種族も存在せず、フリッジスと同じ人型の種族のみが住んでいたのだ。
この世界に転移してきたフリッジスは、自分の容姿とそっくりな人族を見て自分もてっきり同じ種族だと思っていたそうだ。だが、今回の測定結果を見る限りだと、彼は少なくとも白の世界に住む人族とは別種なのだろう。
「一概にそうとも言えないんだよねえ。暗黒属性を使えるイコール魔族という考えは安直すぎるよ。確かに君を一目見た時、魔族に近しい雰囲気は感じていたんだけどね。ただ私が見てきた魔族ともどうやら違いそうだ」
「そ、そうデスカ……」
フリッジスにとってはショックが大きかったらしく、ミルワードの言葉にがっくりと項垂れた。望まぬ異世界転移に遭った挙句、自分の正体がこの大陸ではあまり良く思われていない魔族である可能性があるのだ。なんとも不幸な少年であった。
「そう気を落とす必要はないさ。もし魔族かそれに近い種族なのだとしたら、彼らと同じく君も魔術の才能があるのかもしれない。今後元の世界に戻る為にそれはきっとアドバンテージになる筈さ!」
「そう、でショウカ?」
気落ちするフリッジスをミルワードは一生懸命励ましていた。自分特製の測定装置で出た結果に落ち込んでしまった少年を放っては置けなかったのであろう。
「とりあえず、これで君たちの適性は分かった。一応言っておくけど今回の測定結果の一部は他の人には内緒だからね?主にケージ君の死霊属性とフリッジス君の暗黒属性はこのメンバーの心の内にだけ秘めていた方がよさそうだ。アルには私からその辺の協力をしてもらえるよう、上手く話を通しておくから」
ミルワード校長の提案に恵二たちは同意した。たしかに死霊魔術や暗黒魔術の適性があるというのは、周囲にはマイナスイメージだろう。
今回の話や測定結果はここにいる4人と市長の合計5人だけの秘密という事でこの場は解散となった。
「ただいまテオラ」
「あ、おかえりなさいケージさん。随分遅かったですね?」
<若葉の宿>の一人娘であるテオラが丁度店番をしていたようで挨拶を返してくれた。同じ学校に通っているエアリムより大分遅く帰ってきた恵二を疑問に思ったのか、そんなことを尋ねてきた。
「ちょっと話し込んじゃってね。そういえばガエーシャは帰っているのかな?」
「あれ?聞いてなかったんですか?ガエーシャさんたちは今日から≪銅炎の迷宮≫で活動をされてますよ?入場料が勿体ないからって何日か泊まり込むって言ってました」
「あー、そういえばジェイがそんなこと言っていたかも……」
すっかり忘れていた。ここのところ物覚えが悪いのか失念だらけであった。
「んー、ガエーシャには相談したいことがあったんだけどなあ……」
ガエーシャは今でこそ棒術を扱う前衛型の冒険者だが、エイルーンが<神堕とし>の影響化に入るまでは神聖魔術を得意とした支援職であった。今回の測定で神聖魔術の適性があることを知った恵二は彼女と相談したかったのだ。
「あれ?ケージ君戻ったんですか?」
シャワーを浴びた後なのか、1階にある浴室の方から髪を濡らしたエアリムがやってきていた。そんな彼女の姿にドキリとしながらも恵二はエアリムに相談してみようと神聖魔術の件について話を聞いてみた。
「なるほど、ケージ君にそんな適性が……。私も専門ではないので詳しくはないのですが……」
魔術の話とあってテオラも気になるのか話しに加わり、3人は現在1階の食堂で話し合っていた。
「神聖魔術とは光属性の上位互換という説と、神の与えて下さる奇跡という説があります。前者が魔術師的な考え方で、後者が信徒の言い分ですね」
神聖魔術と光属性の魔術は大変似通っている。共に闇属性や暗黒属性に相対する為に使用されることも多く、その効能もほとんど近いものがあった。
「両者が大きく異なる点は、神聖魔術は“信仰”が必要となり、光はそうではないということです」
「それって光属性の方が簡単ってことですか?」
疑問に思ったテオラが口を挟んだ。それにエアリムは首を横に振ってこう答えた。
「適性の問題もありますし、人によっては神を信じるだけで奇跡が与えられるのなら神聖魔術の方が楽だという方もいます。そんな罰当たりなことを信者の前で言えば、石を投げつけられますけどね」
恵二はまだそこまで信心深い信者には出会った事がないから良く分からなかったが、外で迂闊な発言は控えようと心に誓った。
「それに神聖魔術はやはり強力ですよ。そこまで信心深くないガエーシャさんでもかなりの回復魔術を扱えていましたから。尤も彼女の腕が良かったお蔭もあるのでしょうが」
ガエーシャの過去については恵二もそれとなく聞いていた。なんでも同郷であるキュトルやシェリーと一緒に冒険をしたいが為に神聖魔術を習い始めたようだ。神に感謝をすることはあっても、そこまで熱心ではなかったと本人自身が口にしていた。
「それじゃあ“信仰”は必要だけど、信仰心の強さはあまり関係がないのか?」
「うーん、どうなんでしょう。信仰なんて人それぞれ感覚が違うものですし、神聖魔術はとてもデリケートな学問ですので、魔術師たちも信者の介入を嫌ってあまり研究したがらないんですよ」
やはり専門外とあってかエアリムもどこか要領を掴めない魔術のようだ。
「エアリムさん。それじゃあ≪背教者≫は?彼女は確か他宗教の信者ですよね?信仰の対象は別にアムルニス神でなくてもいいんですか?」
テオラが口にした≪背教者≫とは確かSランクの冒険者の二つ名だった筈だ。以前同じSランク冒険者であるリアネールから彼女の話は聞いていた。何でも彼女は守銭奴で、タダ働きは絶対にしない神官だそうだ。そして彼女が≪背教者≫と呼ばれる最大の所以が“アムルニス教以外の信奉者”という点だ。その為アムルニス教の多いこの大陸では彼女の評判はあまり良くないのだとか。
「そのようですね。少なくとも魔術師ギルドはそういう見解らしいですけど、それを公に発表すると聖教国の聖騎士団が乗り込んでくるんじゃないですか?」
「アムルニス教こわっ!」
どうやら恵二の思った以上にアムルニス教は過激な宗教らしい。勿論狂信的な信者は一部だし、ほとんどの人が常識人だ。しかしアムルニス神を否定する存在に対しては陰口レベルならまだしも、組織単位で蔑ろにするとそれこそ戦争に発展するそうだ。アムルニス神に仕え、神の威光を永遠のものとする代弁者が聖教国グランナガンの聖騎士団だそうだ。
「うーん、信仰か……」
今の話しを聞いた後にはとてもではないがアムルニスに対して信仰を持とうなど思えない。
この世界の住人はそれこそ幼い頃からアムルニス教が生活に関わってきた。日頃の糧を神に感謝し、身体を崩すと教会へ祈りを捧げ司祭に看てもらい、身内に死者が出ると死後彼らが迷わぬよう神にその魂を導いてもらう。
神などいないと心の中で思っている者が大半ではあるのだが、もし神頼みをするのだとしたらその対象はアムルニス神であって、余所の大陸から持ち込まれる胡散臭い神などでは決してなかったのだ。
(俺はそもそも神を信じていないしなあ。まあ神社にお参りくらいは行ったし、神頼みくらいするけどさ)
そんな自分にどうしてここまでの適性があったのか、恵二には理解不能であったのだ。
結局神聖魔術についての詳しい使い方はエアリムにも分からず、恵二はその件をひとまず置いておく事にした。
「おはようございます皆さん。今日は魔法史についての勉強をします」
翌日、午前の授業が始まった。今日教えてくれるのはラントンではなく、昨日ミルワードに付き添いで森に来ていた教員であった。名前をクルツという元<第一>の新人教員だそうだ。ミルワードが<第二>を創る際、<第一>から引き抜いてきた数少ない教員の1人であった。
「魔術の歴史は古く、魔法と呼ばれていた時代から始まります……」
今日は魔術の歴史についての授業らしく、生徒たちはあまり興味がないのか集中力が散漫している者がちらほらと見えた。
現在の授業形態は主に3つに区分けされている。
午前の授業その1:主に知識を高める学問の授業
午前の授業その2:魔術を実際に扱う実技訓練
午後の課外授業:様々な状況に対応できるよう課題をこなす屋外授業
少なくとも1学年はこの授業形式を続けるのだという。
今は学問の授業で若手教員のクルツ先生は熱心に魔術の歴史を生徒たちに語りかけてくる。その多くの内容は中央大陸に住み魔術師を目指す者からしたら知っていて当然の退屈な内容であったが、異世界人である恵二にとってはお伽噺を聞かされている気分にさせられる。
なにせ歴史といっても魔術が関わると嘘のようなとんでも話しが多いのだ。
曰く、昔はたった一人の大魔術師が大陸中を治めていた
曰く、遙か大昔の天空には魔力で空を飛ぶ浮遊島が存在した
曰く、更に更に大昔には、今より高度な魔術文明が築かれていたが全て崩壊した
どれも眉唾物な話なのだが、古い遺跡を踏査するとあながち全くの嘘ではなさそうなのだとか。
(何時か俺もその遺跡を見てみたいな)
恵二はその授業を面白そうに聞いていた。
午前の実技訓練は昨日と全く同じであった。組む相手を変えてお互いに力をセーブした魔術の撃ち合いを始める。
今はクレアとその撃ち合いを行っていた。
「―――くっ!」
昨日は見事な魔術を放って見せたクレアであったが、それでもこの実技は難しそうにしていた。
(制御能力は高いと思うんだけど、実戦は経験ないのかな?)
最初は見事なコントロールで魔術を相殺していったが、徐々にそのコントロールが乱れていった。どうやら連続で魔術使用を行うと集中力が切れるのか精度が落ちてしまうのだ。
それに属性に対する匙加減も苦手な様子だ。徐々に慣れてきたところで違う属性の魔術を放つと、上手く対処しきれない。とはいっても他の生徒と比べると段違いで優秀なのだが―――
「……あなたは魔術が上手ね。さすが冒険者ね」
「へ?いやあ、それほどでも……」
珍しくあちらから話しかけてきた。不意打ち気味に褒められてつい照れてしまう。
その後もペアを何度か変えて同じ様に訓練は行われていった。
そして午後の課外授業だが、こちらは完全に肩透かしであった。てっきりまた馬車で森にでも向かうと覚悟をしていたのだが、今日は街の近くの荒地での訓練であった。どうやらあの森は今日<水の組>が使用するらしい。現在あの森に住んでいるヒイ、フウ、ミイ、ヨウはその訓練の手伝いとして駆り出されるいうだ。昨日ミルワードからそう提案されたのだ。ミルワード自身も今日はそちらに付きっきりだそうだ。
「今日は的当てをしてもらうわ。相手はあのゴーレムよ!」
またミルワードが用意したのだろうか、そこには全部で6体のゴーレムが整列していた。丁度班と同数であった。
「全部で三種のゴーレムを班と同じ数分用意しているわ。あんたたちには競争をしてもらうわよ」
どの班がどれだけ早くゴーレムを倒せるのか競争をするとスーミーは説明をした。それを聞いた生徒たちは自分たちが一番になるんだと沸き立った。
「兄貴!絶対に勝ちましょうね!」
「そうだそうだ!」
「ニッキー兄貴の言うとおり、俺達が勝つ!」
競争と聞いた三人は大盛り上がりだ。当然恵二も手を抜く気はない。スキルこそ使わないものの、どうやって魔術耐性の高いゴーレムを素早く倒すか恵二は考えを巡らせた。
まず用意されたのは前回実戦テストで使用されたものと同じタイプのゴーレムだ。
「線より前に出るのは禁止よ?今回はあくまで遠距離のみで倒してみせなさい!」
「ちっ、遠距離かよ!?」
身体強化の得意なニッキーはそう愚痴をこぼした。だが恵二は知っている。ニッキーは意外に器用だ。短い詠唱で魔術を発動させているのを前回の課外授業でしっかりと見ていた。
「それじゃあ始め!」
スーミーの合図と共に生徒たちは一斉に魔術を詠唱しゴーレムへと放つ。それをゴーレムは予め決められた空間の中で必死に回避しながら防御をしている。
「くそ!大人しくしていろ!」
「足を狙え!」
「ちょっと!?どこ狙ってんのよ!」
鈍足とはいえ動くゴーレムは狙い辛いのか、苦戦する生徒が多く見られた。その中で順調にゴーレムを破壊していったのは第一班と五班、それに六班であった。
第一班は<特化生>を三人も擁するリサベアの班であった。さすがにその層は厚く、火力も然ることながら命中精度もそこそこだ。正攻法であっという間に倒してしまったのだ。
一方第五班は絡め手だ。エアリムが地属性の魔術でゴーレムの動きを止めると、事前に打ち合わせでもしていたのかそこへ他の班員が一斉に魔術を放った。そのお蔭でどの班よりも早くゴーレムを破壊した。第五班の作戦勝ちである。
そして我らが第六班はというと、力押しであった。というか作戦なんて全く立てていなかった。ニッキーたち三人ががむしゃらに魔術を放つ。命中精度こそ低いものの、数撃てば何とやらでゴーレムの胸部装甲を一部削ることに成功した。そこへ恵二は集中して魔術を叩きこんだのだ。クレアもその意図を察したのか、恵二ほどではないにしろ、持ち前の魔術制御力で一ヶ所に攻撃を集中させた。
お蔭で二番目に早くゴーレムを倒すことに成功した。
「―――そこまで!一位は五班、二位は僅差で六班ね」
特化生が一番多い一班の面々は、まさか六班に負けるとは思わず班長のリサベアは悔しそうな顔を浮かべていた。
この後競争は二回行われた。後に出てきたゴーレムは、動きの速い小型ゴーレムと大型の頑丈なゴーレムの2タイプだ。小型ゴーレムは恵二の命中精度が功を奏し六班がトップで破壊できた。大型ゴーレムは流石に第一班の火力に分があったのか僅差で負けてしまった。
それでも総合的には第六班が一番勝っており、クラスメイトの自分たちを見る目が少し変わった。今まで第六班は不甲斐ない特化生率いる問題児集団として見られていたのだ。その評価は今日の課外授業で覆された。
少し距離を置かれていた恵二はクラスメイトから声を掛けられるようになった。あのニッキーたち3人も男子生徒に話しかけられていた。クレアも女子生徒と少し困りながらも会話をしていた。
こうして二日目の課外授業も順調にこなした。
そして、その日の放課後。
「勝負しなさい!」
恵二は銀髪お嬢から白手袋を投げつけられた。




