兄貴が魔物に襲われたー!
「銀色の狼!?東に棲息しているはずのこいつらが、どうしてこの森に……」
スーミーは主に大陸の西側で活動をしていた元冒険者であった。東のグリズワードの森を棲息地とする銀色の狼は完全に初見であったが、その情報は多少なら知っていた。
(確かこいつらBランクだったわよね?個体によってはA相当……、それが4匹!?)
初めて見る銀狼を相手に、スーミーはどう戦おうか手をこまねいていた。
銀狼たちもスーミーの実力をよく理解しているのか、迂闊に動こうとしなかった。4匹がそれぞれカバーしあえる位置取りをしながら、うろうろと様子を伺っていた。
(ちっ、さすがにBランクなだけあるわね。隙が無い……、ん?)
銀狼をよく観察していたスーミーは、その動きに不審な点があることを見抜いた。
どうも銀狼は自分と戦うのを嫌がっているらしく、一歩前へと踏み出すと必ずその分後退をする。始めは相手を警戒しているのだから当たり前だと思っていたのだが、どうも戦うこと自体を避けたそうにしていた。しかし逃げようとは決してしない。
どうやら彼らはその先に用があるのか、なんとかスーミーを出し抜いて奥へ進もうとしているようなのだ。
(何、こいつら?厄介な私を避けて生徒たち狙い?)
討伐難易度が上位の魔物になると、中には高い知能を持つ個体もいる。当然相手が強ければ戦闘を避ける魔物もいるのだが、腹が減っていればその限りではない。多少無茶だろうが襲いかかってくる。
その点スーミーと銀狼たちは数の差もあることから、ほぼ互角と言える戦力であった。にもかかわらず、仕掛けてこない銀狼にスーミーは怪訝な表情を浮かべた。
「「「「ウオオオオーーーン!」」」」
「───な、何!?」
突如銀狼たちは遠吠えをし始めた。4匹とも何度も何度も森の奥へと繰り返し吠えだしたのだ。
「仲間でも呼んでるって訳!?」
スーミーは目の前のおかしな行動をする銀狼たちをどう対処するべきか頭を悩ませた。
「───っ!」
「な、なんだあ!?」
「……狼?」
森の中を突き進んでいた第六班は復路の第四班たちとすれ違った後、突如魔物の襲撃にあっていた。それをつい今しがた倒し終わった直後、東の方角から複数の遠吠えが聞こえてきた。クレアが呟いた通り、その声は狼の遠吠えのように聞こえなくもない。
「も、もしかして青牙狼って奴すかね?」
「ニッキー兄貴とケージ兄貴なら大丈夫さ!そうっすよね?」
二人の子分に“任せておけ”と強気に返すニッキー。
(実際、ニッキーならDランクレベルでも大丈夫だろう。ただこの遠吠え……少し気になるな)
これとよく似た声を恵二は知っている。まだ冒険者に成り立てだった頃、グリズワードの森中を一緒に駆け回ったあの銀狼たちとそっくりの遠吠えなのだ。
(ポチの奴、元気かなぁ。ヒイ、フウ、ミイ、ヨウも少しは大きくなったかなぁ……)
あれから随分と遠くまでやって来た。恵二は往時を懐かしむも、今は感傷に浸っている場合ではなかった。
(もしかしてあいつらか?ここはエイルーンだぞ!?あり得るのか?)
もしくは全く違う銀色の狼である可能性も考えられた。だとすると危険だ。Bランクの魔物などスーミーも想定外であろう。
恵二が色々考え事をしていると、突如声が掛かった。
「あら?ケージ君たち、随分早いですね」
考え事を一旦止め声をした方を振り向くと、エアリムたち第五班の面々が近づいてきた。どうやら彼女達も目的地で札を無事入手し、スタート地点に戻るところだったようだ。
「目的地はもうすぐそこですよ。ただ魔物が急に増えたので注意が必要ですが……」
「そっちもか。こっちも突然魔物が増えたようなんだよな」
「さっきまでは魔物たちの気配が全くしなかったんですけどね」
そう、始めは森の中に魔物の姿は全く見られなかった。恵二は試しに魔力探索で広範囲を索敵してみたのだが、小動物がうろちょろしているくらいだったのだ。
それがどういった訳か急に魔物たちが現れたのだ。それもどうやら西側から流れ込んでいるようだ。
普段から魔物が棲息する場所へ踏み込んでいる冒険者稼業の恵二とエアリムは、この森の魔物には何か作為的なものを感じていたのだ。
「ねえ、エアリムっち。早く戻らない?」
「そ、そうだね!さっきの遠吠えも危険な魔物かもしれない!早いところ戻ろうよ!」
エアリムと同じ班員である女子生徒と男子生徒は、いつまでも魔物の多い森の中に留まりたくないのか、そう急かしてくる。
「うーん、あの遠吠えはなんだか哀愁漂うって感じだったけどなぁ」
エルフ族であるルーディもエアリムと同じ班員だ。彼は森暮らしに慣れている事からそんな意見を述べるのだが、他の生徒にとっては魔物というだけで畏怖の対象だ。
「分かりました、先を急ぎましょう。ケージ君たちもお気をつけて」
「ああ、そっちもな」
別れを告げると第五班はスタート地点を目指し歩き始めた。
「俺達もさっさと目的地に行こうぜ、兄貴!」
「そうっすそうっす」
「ニッキー兄貴の言うとおり早く行きましょう。ケージ兄貴!」
「分かったよ。またニッキーが先頭を頼むな。俺は殿を受け持つから。他の三人は左右を警戒してくれ」
「任せてくれ!」
「「ラジャー!」」
「……」
クレアも無言で頷いてくれた。
第六班は警戒する方角を分担しながら先へと進んだ。エアリムの言うとおり、目的地の池は本当に近かったらしく、あっという間に折り返し地点に辿り着いた。
「これが、札って奴かな?」
池の前には木札が地面に刺さっていた。そこには“第六班”と文字が刻まれている。これを持ってスタート地点に戻れば無事課外授業は終了となる。
「よっしゃあ!さっさとそれ取って、五班の奴らを抜かしてやろうぜ!」
「だから競争じゃないって―――――っ!池から離れろ!」
ニッキーが札を抜いた直後、池の中からただならぬ気配を感じとった恵二は大声を発する。恵二の警告を聞いたニッキーは素早く池から離れた。咄嗟に動けるニッキーは大したものだ。普段はビッグマウスなヤンキーではあるのだが、彼の理解力や状況判断は素早い。恵二の実力をその身に思い知っていたニッキーは恵二の警告を疑う事無く聞き入れたのだ。
そのお蔭で突如池の中から現れた巨大な魔物から難を逃れる事ができた。ニッキーが班員と合流すると、恵二達は慌ててその魔物から距離を取った。
「な、なんだ、あれ!?」
「……大きい!」
池から完全に姿を現したものの姿を捉えたニッキーたちやクレアは、その巨体な魔物に目が釘付けとなっていた。
それは頭を二つ持つ巨大なワニであった。全長5メートルはあるだろうか。見るからに今まで相手してきた魔物とは明らかにレベルが違いそうだ。
「頭が二つのワニ……双頭鰐か!?」
恵二はその魔物のことを知っていた。実際にその目で見るのは始めてであったのだが、あれの情報は魔物大全集で読んではいたし、何よりも恵二が戦闘時に着ているワミ特製の服は双頭鰐の皮も素材に使われている。
「気を付けろ!そいつの皮は凄く硬い!それと、確か火も吐くはずだ!」
「さすが兄貴!博識っすね!」
「ええ!?こいつ火を吐くんすか!?」
「そんなのどうやって倒したら……!?」
恵二は双頭鰐の情報を出来るだけ班員に伝えた。ニッキーは難敵を目の前に嬉しそうな笑みを浮かべていたが、他の三人は戦闘能力が乏しくCランクの魔物を相手にどうすればいいのか引いてしまっていた。
「俺とニッキーでやる!三人は距離を取って魔術でフォローしてくれ!」
「「わかりやした!」」
「……分かった」
恵二とニッキーから離れると、三人は思い思いの魔術を詠唱し始めた。
「俺は左の頭を狙う。ニッキーは右を頼めるか?ただ、深入りはするなよ?」
「分かってるぜ、兄貴!」
それぞれ担当する頭を決めると二人は双頭鰐に接近を始めた。火弾で遠距離攻撃を仕掛けてもいいのだが、火を吐く魔物というのは総じて耐火能力に長けている。
(スキルを使えば跡形もなく燃やせるんだろうけど……)
無暗に人前でスキルを使う気はない。やるならバレないように使う。だがCランクの魔物ごとき、スキルに頼る気はなかった。
この異世界に飛ばされてきた当初の恵二は非力で、魔力も人並みくらいしかなかった。だが、今は毎日の鍛錬を積み重ねたお蔭でそこそこの魔力量となっていた。そして実戦経験も重ねてきた恵二は、最早スキルを頼らなくてもCランクの魔物を相手取ることが出来たのだ。
左右に別れて双頭鰐に迫る恵二とニッキー。すると恵二が狙っている左の頭の口が大きく開かれた。どうやら早速火を吐くつもりなのだろう。
恵二は咄嗟に土盾を無詠唱で展開する。以前のような足を引っ掛ける程度の低さではない。魔力量が増えた恵二の土盾はなんとか人ひとり分隠せるサイズまで出すことが出来た。
双頭鰐が放った炎を恵二は土の壁でやり過ごす。さすがにスキルで強化をしていない壁は強度が落ちており、恐らくあと一度炎を受ければ土壁は破壊されてしまうであろう。
だが一回防げれば十分だ。次の炎が来る前に巨大鰐へと接近できるのだ。
「オラアッ!」
一方右側の頭部は火を吐かなかったのか、ニッキーの接近を簡単に許していた。ヤンキー渾身のパンチは鰐の頭部側面に打ちつけられた。その大きな口でニッキーを迎撃しようにも、反対側の頭部から火を出していた為、その身体を大きく動かせないのだ。
「―――!ニッキー回避しろ!」
右側の頭部から魔力の収束を感じた恵二は指示を飛ばす。それを素直に従ったニッキーは鰐の横へ回ろうとする。その直後、今度は右頭部から炎が吐き出された。
「あつつっ!あっぶねー……」
どうやら無事回避できたようだ。そしてその間に恵二は左頭部へと迫っていた。
(どうやら二つの頭同時に炎は吐けないようだな!)
双頭鰐は二つの頭部を持つ恐ろしい魔物だと思われがちだが、逆にそれが弱点でもある。身体はあくまでもひとつな為、左右からの同時攻撃には対応しきれないのだ。首を大きく動かそうとすると、どうしても身体ごと動かす必要が出てくる。右頭部はニッキーになんとか炎を浴びせようと身体を旋回させていたが、左頭部は逆に無防備であったのだ。
その隙を逃すほど恵二は甘くはない。マジッククォーツ製のナイフに魔力を籠めた恵二は、左頭部の付け根に刃を通した。頭部を両断というわけにはいかなかったが、かなり大きな傷を負わせられた。
左頭部は苦しそうな呻き声をあげる。しかも痛覚が共有されているのか、もう片方の頭も苦しそうにのたうちまわった。
「もういっぱあああっつ!」
ニッキーは更に強化した拳で右頭部の横っ面を殴り付けると、すぐにその場を離脱した。魔術の準備をしていた三人の詠唱が終わったからだ。
「―――全員魔術を放て!」
長い詠唱とあってか中々威力のある魔術が一斉に双頭鰐へと放たれた。
恵二も一度距離を取って、雷や土属性の魔術で双頭鰐を撃ち抜く。
硬い皮を持つ双頭鰐も、さすがに深傷を負った状態では耐えきれなかったのか、ついには動かなくなった。
「いよっしゃああああ!」
「Cランクを倒した!」
「さすがは兄貴たちだぜ!」
ニッキーとその子分たちは、大物を倒したことに浮かれていた。クレアもなんとか危機を脱したと安堵した様子だ。
「ニッキーは戦い慣れてるな。ダッドとデニルもいい魔術だったよ」
思ったよりもニッキーが動けたのが大きかった。お陰でCランクを楽に倒せた。デッドとダニルも時間こそ掛かったが、魔力量は恵二と同じくらいあるのではなかろうか。
そして何よりも驚いたのがクレアの魔術だ。威力こそ平凡であったが、風属性の中級魔術<疾風刃>を放っていたのだ。それも偶然か狙ったのか、双頭鰐の傷口に全弾見事に命中していたのだ。
「凄いなクレア。魔術巧いんだな」
「……たいしたことない。威力は低かった」
彼女はそっぽを向くとそう呟いた。
クレアは謙遜しているが、のたうちまわっている魔物の傷口を正確に狙える魔術制御力は、自分並にあるのではと恵二は評価していた。
(あれ?この班って、実は結構強い?)
そんな事を考えていたら、突如茂みの奥から音がした。何者かが近付いて来ているようだ。
「おお、ケージ君たちか!怪我はなかったかい?」
そう尋ねてきたのはミルワード校長であった。校長の他にも見覚えのある教員が茂みの奥から現れた。
「校長!双頭鰐がズタボロにされてます!きっと更に高難易度の魔物が出たんですよ!」
教員は池のほとりでボロ雑巾のようになっている双頭鰐を指してそう告げた。
「いやあ、これは違うんじゃないのかな?きっと彼らが倒したんだと思うんだけど……」
「ハハハ、まさか。Cランクでも上位に位置する魔物ですよ?いくら校長が制限を掛けていたからって……」
その教員は、恵二たちが倒したなどとは思いもしないようだ。それより、なんだか聞き捨てならない情報が出てきた。
「制限?校長、何かしたんですか?」
「そ、それより!スーミー先生を見なかったかい!?何か不足の事態が起こったようなんだよ!」
あからさまな話のそらし方に恵二はジト目で睨んだ。校長には追々問い詰めるとして、恵二はスーミーの話題に触れた。
「不足の事態って言えば、ここにCランクの魔物が出る時点で異常な気がしますが………。スーミー先生とはスタート地点で別れたきり見てませんよ」
「ううむ、彼女は一体どこに……む!?」
するとミルワードは何かを感じ取ったのか、森の東側を見つめた。恵二も魔力探索をスキルで強化し、同じ方向を探る。魔力反応が5つ。それもすぐ近くまで凄い早さで迫っていた。
「何かが近づいてくる……?ひとつはスーミー先生のようだけど、残りの4つ……これは!」
とても懐かしい魔力反応が4つ、そして先程の遠吠え。そこで恵二はその反応の持ち主たちが何者であるか確信をした。
突如森の奥から4つの影が飛び出てきた。それは一目散に恵二へと飛びかかる。
「うわあっ!ケージの兄貴!?」
「兄貴が魔物に襲われたー!」
それを見たミルワードや付き添いの教員は、飛びかかった魔物へ攻撃をしようとするも、意外な人物がその行動を制した。
「ちょっと待った!この子たちは敵じゃないわ!多分」
そう告げて魔物を庇ったのは、スーミーであった。彼女は姿を見せるとミルワードたちと魔物たちの間に割って入ったのだ。
「多分って何ですか!?生徒が目の前で襲われているんですよ!?早くそこを退いてください!」
付き添いの教員はそう捲し立てると、恵二を助けようと詠唱を始めた。だが横にいたミルワードが教員の行動を止めた。
「いや、その必要はないようだよ?よく見てみるといい」
「え?……あ、あれ?じゃれついている、だけ?」
少年へと飛びついた4匹の魔物たちは、爪を立てるでも牙で食いちぎるのでもなく、ただひたすらに恵二へとじゃれついていた。大きな頭をガシガシと擦り付け、身体中をべろべろと舐めていた。
「ぶわっ、や、やめろ!ちょっと待て!ストップストップ!」
恵二が舐めるのを止めるよう訴えると、4匹の狼たちはピタリと停止した。まるで恵二の言葉をきちんと理解しているかのようだ。
「お前達、もしかしてヒイ、フウ、ミイ、ヨウなのか?」
「「「「ウォン!」」」」
恵二の問いに答える形で銀狼は吠えた。この懐き具合といい、恵二の言うことをきちんと聞く態度といい、どうやら本当にこの4匹は、グリズワードの森に暮らしていた銀色の狼の4兄弟のようだ。
「マジでか!?お前たち大きくなったなあ!」
恵二がコマイラの町を出た時はまだ子犬くらいの大きさであった。いくら月日が経っているとはいえ、昔の小さい頃と比べると、凄まじい成長速度であった。親のポチほどではないが、全長2メートルに届きそうな巨体だ。
「一体どうしてここに?よく俺がここにいるって分かったなあ。ポチは一緒なのか?」
恵二はあれこれと質問をするも4匹はただ吠えるだけであった。この銀狼たちは何故か恵二の言葉を理解できるようなのだが、さすがに喋ることはできない。簡単な意思疎通くらいしか行えないのだ。
「これは一体どういう状況だい?東に棲息しているはずの銀狼が、まさかこんなにも懐いているとは……」
恵二も何が何だか分からない状況でミルワードにそう尋ねられ、どう答えていいのやら考え込んでしまった。




