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誰か校長の暴走を止めてくれ

 恵二の祈りは神へと通じたようだ。


 生徒を乗せた馬車が向かった先は馬の脚で20分ほど、エイルーンから北東へ数キロほど離れた近場であった。そこはエイルーンの街から一番近い森林地帯であった。生徒たちの目の前には大きな木々が生茂っていた。森の中には鳥や獣の鳴き声が聞こえてきた。


「なんとか耐えてみせたぞ……」


 馬車酔いに負けまいと今まで我慢してきた少年の足取りはフラフラであった。それを心配そうに弟分であるニッキーたちは見つめていた。


「あ、兄貴。大丈夫っすか!?」


「「しっかりしてください。ケージの兄貴!」」


「あんまり大声出さないで……頭に響くから……」


「……馬鹿ばっかり」


 それを呆れた様子で同じ班員のクレアは眺めていた。




「全員着いたわね!では、これから課外授業の説明をするわ!」


 生徒たちがちゃんと揃っているか見渡すと、若干一名調子の悪そうな者もいるようだが、とくに気にせずスーミーはそのまま授業の説明を始めた。


「あんたたちにはこれから班ごとにこの森を散策してもらうわ!」


 スーミーの言葉に生徒たちはざわついた。ここに到着した時になんとなく予想できた事態だが、魔物や危険な獣が出る恐れのある森を生徒たちだけで入れというのだ。不安に思うのも当然であった。


「そこまで心配しなくていいわ。ここの森は最も危険な魔物でも討伐難易度Dランクの青牙狼(ブルービースト)が出るくらいよ。ここに棲む魔物のほとんどがEランクの連中ばかりよ」


 スーミーのその言葉に生徒たちは少なからず安堵をする。だが戦闘そのものを経験したことのない者にとっては、それでも不安を拭いきれなかった。


「当然Eランクだらけといっても魔物は魔物、油断すれば大怪我するし最悪殺されるかもしれない。まあ、その為の班単位での行動なんだけどね。班には必ず一人以上戦闘能力に長けた生徒を入れているわ。普段の実力さえ出せれば、この森でならとくに問題はないはずよ」


 各班には必ず生徒番号の末尾が1~3の生徒、いわゆる<特化生>が含まれている。戦闘能力に長けた<特化生>さえ本領を発揮できれば、この森の魔物は問題ないとスーミーは太鼓判を押す。


「もし万が一身の危険を感じたら、これを渡しておくので躊躇わず使いなさい」


 そういってスーミーが配ったのは、以前にミルワードがゴーレムを生み出した際に使っていたマジックアイテムと似ていた。


「これはミルワード校長作の<代替人形(インスタントゴーレム)>の核よ。短時間だけしか起動しないけど、詠唱や魔力無しで強力なゴーレムを瞬時に生み出すことができるの。Cランクまでなら相手に出来ると校長のお墨付きよ」


 いざという時の為に各班にひとつずつ手渡された。恵二は一先ずクレアにそれを預けておく。


「使うタイミングは任せるからクレアが持っていてくれ」


「……わかった」


 思ったよりも素直に聞き入れてくれた。これから先は班員や自分の命が懸かっている。流石にごねたり無視したりするほど彼女は愚かではなかった。


「任せてくださいよ、兄貴!DランクやEランクの魔物なんざあ、俺がぶっとばしてやります!」

「そうだそうだ!」

「ニッキー兄貴の言うとおりだぜ!」


「そうだね。でも油断はするなよ?」


 実際にニッキーと手合せした恵二だからこそ分かる。恐らくこの青年の実力ならDランクの魔物くらいならやりあえるだろう。だが中には特殊な生態を持つ魔物や群れを成すものもいる。


(いざって時はマジックアイテムもスキルも遠慮なく使わせてもらう!)


 マジックアイテムを配り終えると、スーミーは改めて今回の趣旨を説明した。


「今日は初の課外授業ってこともあるので、まずは街の外の雰囲気になれてもらうわ。班ごとに森の中央にある池まで行って、そこにある札を取って帰ってくる。今日はこれだけよ」


「え?それだけ?」

「魔物と戦うんじゃないの?」

「しかも同じルートってことは他の班と重なるんじゃあ……」


 魔物の話をするものだから、てっきり森に入って倒して来いと言われるかと思っていた生徒たちは安心した。さっきまで表情の硬かった者もつい気が緩んだ。


 そこへスーミーは気を引き締めさせる為に忠告をした。


「言っとくけど、水場を目指すってことは高確率で獣や魔物と遭遇する可能性があるからね?それと他の班とは時間を空けて行動してもらうから。それとここの森、広さはそこそこだから行って帰ってくるだけでも結構大変よ?道は一応あるけど迷いやすいから気を付けなさい」


 スーミーが脅すようなことをいうと何人かの生徒は顔を真っ青にした。多少の緊張感を持った方がいいだろうという彼女なりの配慮であった。


「それじゃあまずは第一班!行ってきなさい!」


「皆さん、行きますわよ!」


 第一班の班長はリサベアであった。彼女は生徒番号001011の<特化生>であった。他の班員は全員男で内2人も<特化生>と、<火の組>の中で一番層の厚い班と評されていた。


 彼女自身も腕に覚えがあるのか、全く怯むことなく森の中へと入っていった。



 それから第二班、三班と時間を空けて順に入っていく。少し前にエアリムたち第五班も出発しており、次はいよいよ恵二たち第六班の番であった。


「時間ね。まあ、あんたたちなら実力は(・・・)問題ないんでしょうけどね」


「……なんか棘のある言い方ですね?それじゃあ行ってきます」


「よっしゃあ!前の奴らを追い抜いて一番に帰ってきてやんぜ!」

「そうっすね兄貴!」

「兄貴の言うとおり、トップは俺達が貰うぜ!」


「いや、競争じゃないから……」


「……お先」


 三馬鹿にツッコミしている間にクレアはひとり森の中へ入ろうとしてしまう。


「―――ちょ!班ごとに行動しないと危ないだろう!?」

「あ、テメエ!抜け駆けする気だな!?」


「……」


 恵二達には目もくれず彼女はそのまま足早に森の中へと入ってしまう。慌ててそれを追いかける恵二と、先を越されまいと駆け出す三馬鹿を見送ると、スーミーは深い溜息をついた。


「ふう。教師って意外と疲れるわね……。さて、頑張ってもうひと仕事しますかー!」


 そう自分に言い聞かせたスーミーは懐からクリスタルを取り出すと、それに魔力を流し込んだ。するとそのクリスタルは緑の輝きを放ったのだ。


 それを確認したスーミーはクリスタルをしまうと、生徒たちが入っていった場所とは違うところから森へと侵入した。




「ミルワード校長、スーミー先生から合図が来ました。どうやら生徒は全員森の中に入ったようです」


 スーミーと連絡を取り合った教員は手に持っているクリスタルを確認すると、横に待機していたミルワードへそう報告した。二人は現在森の近くまでやってきていた。教員はミルワードにサポート要員として連れて来られたのだ。


 その教員の手に持っているクリスタルは、相互に簡単な連絡が可能なマジックアイテムであった。クリスタルは二つ一組となっており、魔力を通すことで対のクリスタルに様々な色を発光させることが可能なのだ。


 今スーミーから送られた合図を受信したクリスタルは緑の輝きを放っている。これは生徒たちが全員森へと無事入ったことを示していた。


「よし、それじゃあそろそろ仕掛けるかな?」


 その合図を確認したミルワードは召喚魔術を発動させた。千のミルワードの名は伊達ではない。彼はあらゆる分野の様々な魔術を習得していた。


 彼には魔術の才能があった。それが大きな要因とも言えるが、彼をここまで上り詰めた最大の要因は、ミルワードは魔術を愛していたからに他ならない。可能ならば世界中の魔術を集める旅に出たいとすら日頃考えている。だが、それ以上に自らで新たな魔術を研究するのも生きがいであった。


 魔術の研究と魔術の収集、どうやったらそれを両立させられるか。ミルワードの出した答えは“魔術学校”であった。学校に滞在したまま研究を続けられれば、自分は魔術の研鑽に集中しながら、魔術の才能を持った若い雛鳥が勝手に学校へと集まってくる。さらにその雛鳥たちに魔術の指導をすることで、より新たな魔術を生み出し、目撃できるチャンスも増えてくる。


 ミルワードは今の生活を大変気に入っていたのだ。


 今までは教頭という立場に甘んじて研究の方に力を注いできたが、そろそろ自分の力だけでは魔術の習得に限界を感じ始めていた。そこへ新たな学校の話が舞い込んだ。それをミルワードは喜んで受け入れた。今度からは積極的に生徒たちへ魔術を指導していき、どんどん新たな魔術を生み出してもらおう。


(その為に私は、心を鬼にしてでも君達を鍛え上げるよ!)


 つまりミルワードは己の欲望の為に生徒を千尋の谷へと叩き落とすつもりなのだ。


「―――出でよ、魔の物たちよ!」


 彼がそう呟くと大小さまざまな魔物が次々と生み出された。魔物という生物は実に不思議だ。動物と同じように繁殖行動で増える場合もあれば、自然発生することもある。召喚魔術とは、後者の自然発生を意図的に行ったものだ。


(本当はこの森に魔物はほとんどいない。入ったばかりの彼らには丁度いいのかもしれないが、それだけだと<特化生>は物足りないだろう?)


 ミルワードは次々と魔物を召喚していった。初めはEランクがほとんどでDランクを少し足した程度だったが、次第に大型の魔物も増えていった。明らかにCランクはありそうな雰囲気だ。それを見た教員は慌てて口を出す。


「こ、校長!?さすがにそれは厳しいんじゃないでしょうか?」


「大丈夫、大丈夫!生み出した魔物たちには大怪我をさせないように命令を与えるし、万が一の場合にもゴーレムを渡してある。……そうだな、末尾が1番の生徒にはこいつも差し向けようかな?」


 そう告げると一際大きな魔物が3匹出現した。それは大きな咢を二つ持つ巨大なワニであった。


双頭鰐(ツインダイバー)!?半分Bに差し掛かった魔物じゃないですか!?いくらなんでも無茶ですよ!?」


 自分にすら倒せるか怪しい魔物の出現に、付き添いで連れて来られた教員は頭を抱えた。


「大丈夫だよ。ここは水源が少ないし、陸の上じゃあせいぜいCランク相当だからね。よーし、それじゃあお前達、生徒たちを驚かせて来い!」


 楽しそうな声でミルワードは指示を送ると、魔物たちは一斉に森の中へと散らばった。付き添いで来ていた教員はその光景をただ見送ることしか出来なかった。


(あああっ!誰か校長の暴走を止めてくれー!そ、そうだ!スーミー先生なら……!)


 教員はクリスタルを取り出すと、すぐに彼女に合流して校長の暴走を止めてもらえるよう黄色の帰還信号を送ろうとした。すると、クリスタルは先に色を発していた。どうやらスーミーが先に合図を送っていたようだ。


 教員が手に持っていたそのクリスタルの色は赤く輝いていた。


 それは何か不測の事態が起こった時に使われる緊急の合図であった。




 時間は少し遡る。


 生徒たちが森に入った事を確認したスーミーは一人森の中を単独行動していた。ミルワード校長が魔物を放つ計画は知っていた。打ち合わせではEランクをそこそこの数投入し、Dランクの青牙狼(ブルービースト)を1匹だけ召喚させると言っていた。


 戦闘経験のない生徒には辛いだろうが、正直あの三人には物足りないだろうなとスーミーは考えていた。


(もしかしたら、校長も同じことを考えて魔物の数を増やすかもしれない……。まあそうだとしても、せいぜいDランクが増えるくらいかしら?)


 まさかCランクのそれも上位にあたる魔物を生み出しているとはスーミーは思いもしなかった。


(だとしても、自分の役割はあくまで陰から生徒たちを観察すること。それと不測の事態に備えること。本当に危なくなったら手を出すけどね)


 心の中で自分の役割を再確認したスーミーは、森の中を凄まじい速度で駆け抜けると、一番先に森へと入っていった第一班にあっという間に追い付いた。


 まだこちらに魔物は来ていない。元々この森に魔物はほとんどいなかった。たまにEランク相当の魔物が自然発生するか、肉食の獣と遭遇するくらいだ。魔術を扱える生徒相手では退屈だったのか、一班の班長であるリサベアは不満を口にしながらも森の奥へと進んで行く。


 その時であった。元Aランク冒険者であるスーミーの五感が異物を捉えたのは―――


(―――なに?小さな魔力の反応?……いや、魔力を押さえている!?3……4匹!?東の方からだ!)


 合計4つの魔力反応が東の方角からやってきていた。しかもそれは意図的に気配を隠しているのか、感知しにくかったが相当の魔力量を持っている何かであった。


(校長たちは西にいるはず……。校長が召喚した魔物じゃない!?これは……!)


 完全に不測の事態であった。スーミーは急いでクリスタルに合図を送る。事前に打ち合わせをしていた赤い緊急時のサインだ。


(よし!まずは相手の様子を探ろう!)


 生徒たちの監視を中断したスーミーは、気配を消したまま森の東へと向かった。


(―――!?あちらも私の接近に気が付いた!?気配を消しているのに……!)


 スーミーは元森暮らしのエルフということもあって、こういった森の中で気配を消しながら獲物を捕らえる行動は非常に得意であった。それだけにまだ距離が離れている相手が自分の接近を悟ったことに驚愕を覚えていた。相当感知能力の高い者たちであろう。


(―――っ!私の生徒には、指一本触れさせない!)


 覚悟を決めたスーミーはその身に炎を宿らせると、脚力を魔力で強化し一気に加速した。例の反応とはもうそろそろ相見えるだろう。あちらは迎撃するつもりなのか、その動きを止めた。生徒の方へと向かわせまいとするスーミーからしてみれば、それは逆に好都合であった。


(さて、鬼が出るか蛇が出るか……)


 一際生茂っている林を抜けると、そこは森の中でも開けている空間であった。どうやら相手はここで戦うことを望んでいるようだ。


(上等じゃない!相手してやるわよ!)


 スーミーはその開けた地に止まると、そのまま徒手で構えを取った。



 彼女の戦闘スタイルは主に素手による肉弾戦であった。火属性を身に纏い素手で殴る彼女を見て“エルフらしくない”と後ろ指をさされることなどしょっちゅうであった。昔うっかりとは言え同族の住んでいる森を焼いてしまった時は、里中のエルフから責められたものだ。居た堪れなくなったスーミーは<陽光の里>を抜け出た。


 そんな居場所を失ったスーミーを拾ってくれたのは、同じエルフ族のミルワードであった。


 彼はスーミーの適性をいち早く見抜き、彼女に最適な戦い方を身に着けさせた。彼の指導と彼女の努力の結果、若干二十歳にしてAランク冒険者という偉業を成し遂げた。


 今でこそ、そのお蔭で里に顔を見せる事もできるようになったが、ミルワードに出会わなければ今のスーミーはなかったであろう。



(恩人であるミルワードさんに任された大切な生徒!誰一人死なせはしないわ!)


 スーミーは一人気を吐くと、ようやく相手は姿を見せた。


 それは美しい銀の毛並みを持つ獣であった。それが4匹、音を立てずに林の奥から姿を現した。


「―――銀の狼(シルバーウルフ)!?」


 スーミーはその美しい狼たちに目を奪われた。

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